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第三章『悪魔と天使のはざま』
87 sideハワード スヴェアの王の力を借りて
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「尋問は終わったはずですがねぇ」
困るんですよと尋問官の長に嫌味を吐かれ、ハワードは思っていたとおりだとうんざりする。
「シーレハウス学園の聖域を侵した者ですよ? 我々にはきつく取り調べる権利があるかと存じますが」
「うぅむ、しかしね君、処分はすでに決定しておる」
目の前で迷惑そうに顔をしかめている彼の言う処分というのが、市民への慈善活動と当面の政治参加権の一部剥奪。拘束はされたが懲役を科せられることもなく、刑が軽すぎる。しかしそのことに言及している時ではない。
「ですから、拘束期間を終える前にもう一度話をさせていただきたいのです」
「なんと申されても無理ですな」
痺れを切らしたハワードは、「ではっ」と声を強めた。
「国王陛下に直接お願いしましょう」
尋問長は一瞬目を丸くしたものの、しっしっと手の甲でハワードらを追い払う仕草をする。ハワードは、前に出ようとする怒れる専従騎士を静かに押さえた。
「どうせ会うわけあるまい」
「そうでしょうかね。セス行きますよ」
嫌味な男を見据えたまま命じるとセスは大人しく従い、遠くに離れた途端におそろしく酷い言葉で尋問長を罵倒する。
うっかりハワードは笑ってしまった。
「ふふふ、高貴な方々がいらっしゃる王の宮殿ですよ。汚い言葉は控えてくださいね。しかしたまらず私も対抗してしまいました。王に直接話しますなんてわざわざ言わなくても良かったですね」
ハワードがシーレハウス学園のシスター長であることは国の公認の事実。ロンダール王国の王弟と兼任していることはスヴェア王国の王と王太子だけが知る。
現在の国王陛下は、ロンダール王国の初代王が始めた予言上の関係を律儀に守り、シーレハウス学園を陰ながら保護してハワードの亡き父と懇意にしてくれていた。父と母が急逝し、兄と折り合いが悪くなったハワードの事情を理解し、シスター長としてくれたのも当王であった。
「イライジャ国王陛下、ご機嫌うるわしゅう」
玉座のある部屋に通されると、玉座に・・・ではなくて床で二頭の大型犬と遊んでいたのが尊敬するイライジャ・ブレイン・コーネリアスだ。
もこもこした毛が愛らしい犬たちはハワードとセスを見つけると尻尾を振った。陛下と犬たちはふくよかで、おおらかな人好きのするところが似ている。
息子の王太子はティコの婚約者であるゆえ、王妃似で引き締まりストイックな美形だが、イライジャは成長とともに威厳を置き忘れてきたかのような見た目なので家臣に強くものが言えないという難点を持っている。フローレス侯爵家に好き放題されているのはそのせいだった。
「楽にしておくれ。すまんな、ハワードくん」
「ありがとうございます陛下」
犬・・・エマとガブリエルの二頭に囲まれてハワードとセスは用意された楕円のテーブルにおさまった。
「さっそくですが、陛下。お願いがあって参りました」
ハワードは撫でてと催促する犬たちをセスに任せ、背筋を正した。
「よいぞなんなりと申せ。お主には息子の婚約の際に世話になった」
頷きながら、イライジャが顎髭をもっふりと指に絡める。
「いいえ、それほどのことではございません」
「謙遜するでない。王太子アンドリューとローレンツ家の子息を運命の番として発表するという知恵を授けてくれなければ婚約は叶わなかった。息子はそれは喜んでおったぞ」
ティコの婚約者である王太子殿下は名をアンドリューと言った。王太子はオメガを妃にする。しかし王族と国の根幹に座す三大貴族家は婚姻を結べないことになっている。特に王太子は他の同盟国と友好関係を堅固にするため、別国から妃をもらうのが慣例だ。
アンドリューは子ども時代に一目惚れしたティコ以外のオメガを娶る気はないと断言し、そこでハワードはなんとか二人が結ばれるよう助言をして差し上げたという経緯があった。
オメガが関わる説明のつかないことを神のようにも腫れ物のようにも扱うのは四国全てで同じ悪習だった。
「その後、各有力者の説得にご尽力なさったのは陛下ではありませんか」
「ほっほっほ、そうか。そうか。して、話が逸れてしまった。君の要件を聞こう」
「はい」
ハワードは改まる。
「シーレハウス学園に忍びこみヒート中の学園生を襲った、かの凶悪犯に取り次いでいただけないでしょうか」
一拍の休止ののち、アンドリューが「あいわかった」と承諾した。
しかしぬか喜びしてはならない。
「簡単ではないか。どれ、すぐに命じようぞ」
「それがフローレス侯爵閣下の息がかかっている気配がございまして」
やはり苦手な御三家の名前を出されて、アンドリューがしおしおと項垂れる。
「む、そうか・・・むむ」
「けれども陛下のお力があれば覆せましょう」
ハワードは励まし、背中を押す。敵にいいようにさせないためにはアンドリューに強気に出てもらわねばならないのだ。
「今こそ国王であるあなたのお力を」
「あいわかった、容易ではないかもしれないが尽力しよう。しばし待たれよ」
若干頼りないが上々の返答である。
さすがでございますと微笑みを返し、ハワードはアンドリューを送り出した。
困るんですよと尋問官の長に嫌味を吐かれ、ハワードは思っていたとおりだとうんざりする。
「シーレハウス学園の聖域を侵した者ですよ? 我々にはきつく取り調べる権利があるかと存じますが」
「うぅむ、しかしね君、処分はすでに決定しておる」
目の前で迷惑そうに顔をしかめている彼の言う処分というのが、市民への慈善活動と当面の政治参加権の一部剥奪。拘束はされたが懲役を科せられることもなく、刑が軽すぎる。しかしそのことに言及している時ではない。
「ですから、拘束期間を終える前にもう一度話をさせていただきたいのです」
「なんと申されても無理ですな」
痺れを切らしたハワードは、「ではっ」と声を強めた。
「国王陛下に直接お願いしましょう」
尋問長は一瞬目を丸くしたものの、しっしっと手の甲でハワードらを追い払う仕草をする。ハワードは、前に出ようとする怒れる専従騎士を静かに押さえた。
「どうせ会うわけあるまい」
「そうでしょうかね。セス行きますよ」
嫌味な男を見据えたまま命じるとセスは大人しく従い、遠くに離れた途端におそろしく酷い言葉で尋問長を罵倒する。
うっかりハワードは笑ってしまった。
「ふふふ、高貴な方々がいらっしゃる王の宮殿ですよ。汚い言葉は控えてくださいね。しかしたまらず私も対抗してしまいました。王に直接話しますなんてわざわざ言わなくても良かったですね」
ハワードがシーレハウス学園のシスター長であることは国の公認の事実。ロンダール王国の王弟と兼任していることはスヴェア王国の王と王太子だけが知る。
現在の国王陛下は、ロンダール王国の初代王が始めた予言上の関係を律儀に守り、シーレハウス学園を陰ながら保護してハワードの亡き父と懇意にしてくれていた。父と母が急逝し、兄と折り合いが悪くなったハワードの事情を理解し、シスター長としてくれたのも当王であった。
「イライジャ国王陛下、ご機嫌うるわしゅう」
玉座のある部屋に通されると、玉座に・・・ではなくて床で二頭の大型犬と遊んでいたのが尊敬するイライジャ・ブレイン・コーネリアスだ。
もこもこした毛が愛らしい犬たちはハワードとセスを見つけると尻尾を振った。陛下と犬たちはふくよかで、おおらかな人好きのするところが似ている。
息子の王太子はティコの婚約者であるゆえ、王妃似で引き締まりストイックな美形だが、イライジャは成長とともに威厳を置き忘れてきたかのような見た目なので家臣に強くものが言えないという難点を持っている。フローレス侯爵家に好き放題されているのはそのせいだった。
「楽にしておくれ。すまんな、ハワードくん」
「ありがとうございます陛下」
犬・・・エマとガブリエルの二頭に囲まれてハワードとセスは用意された楕円のテーブルにおさまった。
「さっそくですが、陛下。お願いがあって参りました」
ハワードは撫でてと催促する犬たちをセスに任せ、背筋を正した。
「よいぞなんなりと申せ。お主には息子の婚約の際に世話になった」
頷きながら、イライジャが顎髭をもっふりと指に絡める。
「いいえ、それほどのことではございません」
「謙遜するでない。王太子アンドリューとローレンツ家の子息を運命の番として発表するという知恵を授けてくれなければ婚約は叶わなかった。息子はそれは喜んでおったぞ」
ティコの婚約者である王太子殿下は名をアンドリューと言った。王太子はオメガを妃にする。しかし王族と国の根幹に座す三大貴族家は婚姻を結べないことになっている。特に王太子は他の同盟国と友好関係を堅固にするため、別国から妃をもらうのが慣例だ。
アンドリューは子ども時代に一目惚れしたティコ以外のオメガを娶る気はないと断言し、そこでハワードはなんとか二人が結ばれるよう助言をして差し上げたという経緯があった。
オメガが関わる説明のつかないことを神のようにも腫れ物のようにも扱うのは四国全てで同じ悪習だった。
「その後、各有力者の説得にご尽力なさったのは陛下ではありませんか」
「ほっほっほ、そうか。そうか。して、話が逸れてしまった。君の要件を聞こう」
「はい」
ハワードは改まる。
「シーレハウス学園に忍びこみヒート中の学園生を襲った、かの凶悪犯に取り次いでいただけないでしょうか」
一拍の休止ののち、アンドリューが「あいわかった」と承諾した。
しかしぬか喜びしてはならない。
「簡単ではないか。どれ、すぐに命じようぞ」
「それがフローレス侯爵閣下の息がかかっている気配がございまして」
やはり苦手な御三家の名前を出されて、アンドリューがしおしおと項垂れる。
「む、そうか・・・むむ」
「けれども陛下のお力があれば覆せましょう」
ハワードは励まし、背中を押す。敵にいいようにさせないためにはアンドリューに強気に出てもらわねばならないのだ。
「今こそ国王であるあなたのお力を」
「あいわかった、容易ではないかもしれないが尽力しよう。しばし待たれよ」
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