Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

倉藤

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第三章『悪魔と天使のはざま』

84 sideハワード 見極める

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 まだらな空模様の某日、セラス寮の寮長部屋にてハワードとセスは眠り姫よろしい洋を見守っていた。
 ティコに呼ばれていたのだが、その本人はいずこで時間を費やしているのか、まだ現れない。
 そんな時にセスがおもむろに口を開いた。

「彼の話は恐らく、学園に広まっている不可思議な事例についてだと」
「不可思議な事例が広まっている?」

 思わず、ハワードはセスの報告に問い返した。片眉を吊りあげた拍子に、顔面の右半分がひび入ったように痛んだ。

「殿下これを」
「ああ、ありがとう」

 ハワードはセスから受け取った蒸しタオルをあてた。何ごとも解決の糸口が見つからないまま問題ばかりが増えていき、こめかみがズキンズキンと痛んで止まない。

「何が起こっているのでしょうか」

 セスが物思いにふける主人を痛ましそうに見つめる。

「わからない。しかし説明がつかない現象には魔法術が絡んでいると考えるのが定石です」
「悪魔の予言でしょうか」
「いやどうだろうか」
「心当たりがおありですか?」

 問いにハワードは答えなかった。確信が持てないことはむやみに口に出すものではない。今や魔法術は一部の人間の領域ではなくなっている。学園の中の誰しもを疑わなくてならないのだ、慎重にもなるだろう。

「とにかくその不可思議な事例とやらの詳細を集めてほしいとローレンツさんにお願いしなければなりませんね」

 ハワードがそう言うと同時にドアが開いた。

「それはもうやっておきました」

 にこやかにティコが登場する。

「遅れてすみませんハワード様。野暮用が手間取ってしまって」

 ティコは歌うように喋りながらソファに腰を下ろした。セスがハワードの後ろにサッと立ち、ティコとハワードは対面するかたちになる。

「野暮用はよろしいのですか」
「ええすっかり済みました。僕がいない間に話を進めてくれていたようですね。さっそくですけれど、かなりかんばしくない状況です。今すぐにでも手を打つべきかと」

 ティコのジャケットから手帳が出てくる。テーブルに置き、指でこちらに滑らせた。ハワードが視線を落とすと、学園生の名前がリスト化されていた。

「こんなに・・・」
「はい。皆、目撃者ではなく、実際に経験した子たちです」

 ざっと見て百人はいる。全学園生の実に三分の一に及んだ。
 上から順に目を通すうち、ハワードはある共通項に気がついた。

「ローレンツさん、この子たちは」
「偏りに気づきましたか? セラス寮生だけがほぼ全員リストに入っています」
「入っていないのはそこの眠り姫とコタローくんとアルトルアくん。この結果をどう考えますか?」
「渡来者は我々と同等には考えられない。そしてアルトリアさんは魔法術に慣れている。不自然じゃないと言えば不自然じゃない、けれど・・・まさか・・・動機はなんなのです」
「わからないのなら調べましょ」
「しかし」

 煮え切らないように目を伏せるハワードに、ティコは説得を試みる。

「シーレハウス学園を守るのがハワード様の役目なのでしょう? 学園生たちがオメガのフェロモンの利点に目覚め、魔法術を使いこなす前になんとかしなければ、オメガのあり方が変わってしまう。力を手にした人間がどういう選択をするのか、あなたがたサンチェス家が一番に理解しているのではないですか?」
「疑われていると知れたら傷つけてしまうかもしれません」
「お任せください。そのための野暮用でしたから」

 ティコは立ち上がると、足取り軽くドアに向かう。

「入って」

 ドアが開かれ、廊下に立っていたジェイコブが目を見開いた。

「なっ、どういうことですか! 誰にも言えない話があるっていうからついて来たのに」

 ハワードは組んだ足の上に肘を置き、手に顎をのせて小首を傾げる。

「おや、彼は、グルーバーさんは初耳な話のようですが」

 くすくすとティコは笑った。

「ごめんねジェイコブ。とりあえず廊下に突っ立っているのもなんだから入っておいで。どうぞ好きなところに座って」

 ティコに言われて不承不承ながらジェイコブは入室し、離れた席に腰を落ち着けた。しかし全寮のシスター長であるハワードと明らかなアルファ騎士がいる場でその身は固い。

「突然のことで驚いたでしょう」

 ハワードが口調を軽快にする。気を紛らわせるためだとわかり、ジェイコブは苦笑いした。

「ええ、まぁ、ってこれ俺が参加していい話し合いなのかティコ!」
「くふふ」
「笑ってる場合じゃないってば」

 ティコに非難の声を向けると、薄い肩越しにもう一人参加者が見える。植物のベッドで寝かされている洋を見つけてジェイコブの顔がギョッとする。

「な、あれ、なんだ。誰・・・ですか」

 狼狽える彼にあざとくほくそ笑んだのはティコだ。

「あー、気がついちゃったね。ヨウを見つけちゃったならジェイコブはもう僕らの仲間だ」
「はい?」

 ティコは続ける。

「君に呼んだのは他でもない。君を通じて学園生たちの生活を知りたいからさ」
「具体的には、アルトリアさんのことです」

 と、ハワードが言い添えた。

「ジョエルの?」
「そう睨まないで」

 ジェイコブはティコからの指摘にハッと下を向いた。

「申しわけありませんでした」
「気にしていませんよ。私たちがグルーバーさんの大切な友だちのことを怪しんでいると思ったのでしょう? でも、なるほど、あなたは勘がいい。話の流れを察しているのですね」
「・・・・・・学園がおかしくなってきています。それをジョエルが仕掛けているのだと考えているんですよね」

 ハワードは目を細める。

「ご明察。ちなみにグルーバーさんは例の夢を見ましたか?」
「見ていません。既知の仲の俺に見せると正体がバレるかもしれないと思っているのかもしれません」
「ええ、そうかもしれませんね」

 ジェイコブの顔が苦しそうに歪んだ。

「親しい俺にジョエルがやってるっていう証拠を掴めってことですか」
「ねぇ、ジェイコブ。もちろんタダでとは言わない」

 ティコはテーブルの上に身を乗り出した。

「君にとっても悪い話じゃないはず。そこのベータのふりしてる男が、正統な騎士なのは気づいてるでしょ」
「だからどうだって言うんだ。彼がアルファだってのもわかってますよ!」 

 張り上げられた声に、セスが反応する。ハワードはティコが勝手に約束しようとしていることが読め、やれやれと目を閉じた。

「ジェイコブが彼のもとで騎士見習いになれるよう口添えしてあげる。それよりも家に戻されて雑用をやらされてる方がいいの?」

 策士なティコの餌食となり可哀想なジェイコブは奥歯を強く軋ませる。
 寝耳に水のセスが「殿下」と訂正を求めたが、ハワードはティコの決めてしまった約束にのってあげることにした。

「よく考えて」

 とティコはダメ押しする。
 この部屋にいる間に結論は出せないようだが、ティコの持ち掛けた交換条件はジェイコブにとって涎が出るような話だ。
 多分はそう待たずに、利用価値のある報告が得られるのだろうと、ハワードは予想した。



 × × ×



「殿下はわざとローレンツ様に驚いた声を聞かせたのですか」

 ジェイコブを送っていくと言いティコが退出したあとの会話だ。

「彼を信用していないので?」
「心ではしていますよ。しかし状況が状況ですから、誰も信用しないようにしなければなりません。そうすることが学園の子たちを守ることに繋がります」

 ハワードは深くため息をついた。ティコがもたらした情報は事前に耳に入っていた。遅れてきたティコの立場を見極めるためにあえてお芝居を仕組んだ。

「あの熱心さ。ローレンツ様に疑わしいところはないと証明されたのではないですか」
「そうかもね」

 セスが励ますように話してくれたので、振り向いて弱々しく微笑んだ。

「アルトリアさんが怪しいという線が益々濃厚になったけれど」
「・・・・・・はい。それは、お辛いことです」

 それぞれの・・・・・思惑が何を示しているのか。
 少しは、本当に少しだが問題解決が進歩したと言えるかもしれないものの、ハワードの胸はわずかにも晴れなかった。
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