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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』
82 使命
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———守るって、それっていったい誰から?
ジョエルは弾けたように半身を起こした。背中にどっと汗をかいている。
今夜の子に夢を見せているうちに自分も寝てしまっていたらしい。
離れた場所にフェロモンを運び続けるのはとても疲れるのだ。うっかり嗅ぎつけられないように微量にコントロールしながら、夢の精の気を逸らすだけのフェロモンを与え、ジョエルは順番に選んだ寮生に夢を見せる。
(中途半端に眠ってしまったけれど見せたいところまで見せられた。効果は期待できるし、不十分なら後日に再び夢を見せればいい。今夜はもうよしとしよう)
横になり目を閉じた。疲労感が体と頭を重くする。隣のベッドでは琥太郎がすこやかな寝息を立てていた。
ジョエルは鼓膜を揺らす静けさに安堵した。
また別の日の夕食の時間。カフェテリアの監視当番に立っていたジョエルは名簿に目を落とし、手に隠し持っていたメモと照らし合わせた。
今、食事にやってきた彼。今夜はこの子だ。
「はい、いいよ。夕食を楽しんでおいで。あ、君、埃がついているよ」
寮生の肩を手で払い、植物由来で作ったよく眠れる香を嗅がせておく。
「ありがとうございます」
いい匂いだな程度は感じたと思うが、寮生は特殊な香に気づかずにカフェテリアに入っていった。
「ジョエル!」
琥太郎の声に振り返る。夕食を食べにやって来たと思ったら一人だった。ジョエルが付き添えない日は毎日誰かしらのグループに混ざっているのに珍しい。
「コタロー、ご飯食べたの?」
「これからだよ。ジーンたちと約束してるから。それより明日って当番休みだろ?」
「そうだけど」
「じゃあさ、授業終わったら図書棟で勉強しようぜ」
「いいけど」
「よし、決まりだな!」
短い言葉のやり取りで会話を終わらせ、琥太郎は颯爽と帰った。
(バタバタと騒がしくて活発だなぁ)
ジョエルには琥太郎の平穏な日常が嬉しく、誰よりも何ものにも代えがたい守る対象。
そう遠くない日。『トウキョー』に帰ってしまうその日まで、無事に過ごせるように琥太郎を守り抜くことを自らの使命にした。だからジョエルは始めた。
翌朝、寝坊をしてしまったジョエルを琥太郎が起こしにくる。いつもは立場が逆なので稀な出来事だ。口元がこれみよがしに引き上がっている。
「腹立つ~・・・!」
油断している鼻を摘んで仕返しした。琥太郎が笑って咳き込む。
ジョエルは自身の寝坊に驚いた。体に疲労が蓄積しているのだろう。だがおかげで夢を見せた学園生がセラス寮の半数になった。順調といえる。
「ああそうだジョエル。夜、大事な話ある」
エッと、ジョエルは声を上げた。
「今じゃ駄目なの?」
寝坊したとはいえ、いつもが早起きなのでまだ時間はある。
「俺も心の準備ってのがあるからさ」
琥太郎は後ろを向いてうなじを掻いた。
(・・・・・・そんなに言いにくい話なんだ)
ジョエルは唾を呑み、膝の上で手のひらに汗をかく。
ついに別れの日のめどか立った話か・・・、他には考えられない。
「まぁ、まずは朝メシ食いに行こうぜ」
「わかった、起きる」
ベッドから起きると、頭を切り替える。一緒に過ごせる時間が残り少ないのなら、どんよりしていてはきっとあとで後悔する。
初めからわかっていたことなのだから今さら傷ついたって仕方ないのだ。
制服に着替えて向かったカフェテリアは混雑する頃合いで厨房に頼んで朝食を包んでもらった。それを持って外で適当な場所を見つけ、二人きりで食べた。
「おばちゃんたち忙しそうだったのにジョエルが頼んだら快くやってくれたな」
「まぁね」
監督生の特権というやつである。
「今日平気か? 疲れてるみたいじゃん」
ジョエルは秘密を顔に出さないよう首を傾げた。琥太郎が気遣わしげに覗き込んでくる。
「俺から誘っといてあれだけど、せっかく休みの日ならゆっくりしたかったんじゃ」
「どっちにしても勉強するよ。ヒートが終わったのに呑気に寝ていられない」
はぐらかしたいと思って言った言葉ではないので、真っ直ぐ伝わったようだ。
琥太郎の冴えなかった表情が軽くなった。
「さすが優等生は違いますな」
茶化した口調にジョエルは笑いを誘われる。
「ふふ、ちょっとやめてよ。やるなら真面目に勉強するからね」
「うん、わりぃ。でもジョエルが来てくれて助かるよ。フィルとジーンがお前に勉強教わりたいって」
「あの二人も来るんだ? てことは仲直り上手くいってるんだね」
「少しずつな」
「コタローはすごいや。トーキョーでもたくさん友だちがいたんだろうね」
ジョエルは嘆息した。この世界じゃない正しい別の世界で待ってるひとがたくさんいるのだと、彼の背後に顔のないジョエルの知らない世界の人間が彼を賑やかに囲っている情景が浮かんだ。
「・・・・・・ジョエル。それは」
琥太郎が口をつぐむ。
「何を言いかけたの?」
「んー」
「ごめん、無理して答えなくていいよ」
言いにくいことならと話を終わらせ、食べたものを片付ける。
「時間になるね。行こっか」
まだ考え込んでいる琥太郎も時間に急かされれば動くしかない。ジョエルと琥太郎は教室棟に向かった。
そして全授業が終了したその足で図書棟に行く。教室棟のエントランスでジーンとフィルに合流し、琥太郎をあいだにしてお喋りしながら図書棟の入り口をくぐった。
学年末テスト間近とあって勉学に励む学園生たちの張り詰めた空気感が伝わってくる。空いている机を探して皆で棟内を巡っていると、本棚の陰からひそひそ声が聞こえてきた。
ジョエルは弾けたように半身を起こした。背中にどっと汗をかいている。
今夜の子に夢を見せているうちに自分も寝てしまっていたらしい。
離れた場所にフェロモンを運び続けるのはとても疲れるのだ。うっかり嗅ぎつけられないように微量にコントロールしながら、夢の精の気を逸らすだけのフェロモンを与え、ジョエルは順番に選んだ寮生に夢を見せる。
(中途半端に眠ってしまったけれど見せたいところまで見せられた。効果は期待できるし、不十分なら後日に再び夢を見せればいい。今夜はもうよしとしよう)
横になり目を閉じた。疲労感が体と頭を重くする。隣のベッドでは琥太郎がすこやかな寝息を立てていた。
ジョエルは鼓膜を揺らす静けさに安堵した。
また別の日の夕食の時間。カフェテリアの監視当番に立っていたジョエルは名簿に目を落とし、手に隠し持っていたメモと照らし合わせた。
今、食事にやってきた彼。今夜はこの子だ。
「はい、いいよ。夕食を楽しんでおいで。あ、君、埃がついているよ」
寮生の肩を手で払い、植物由来で作ったよく眠れる香を嗅がせておく。
「ありがとうございます」
いい匂いだな程度は感じたと思うが、寮生は特殊な香に気づかずにカフェテリアに入っていった。
「ジョエル!」
琥太郎の声に振り返る。夕食を食べにやって来たと思ったら一人だった。ジョエルが付き添えない日は毎日誰かしらのグループに混ざっているのに珍しい。
「コタロー、ご飯食べたの?」
「これからだよ。ジーンたちと約束してるから。それより明日って当番休みだろ?」
「そうだけど」
「じゃあさ、授業終わったら図書棟で勉強しようぜ」
「いいけど」
「よし、決まりだな!」
短い言葉のやり取りで会話を終わらせ、琥太郎は颯爽と帰った。
(バタバタと騒がしくて活発だなぁ)
ジョエルには琥太郎の平穏な日常が嬉しく、誰よりも何ものにも代えがたい守る対象。
そう遠くない日。『トウキョー』に帰ってしまうその日まで、無事に過ごせるように琥太郎を守り抜くことを自らの使命にした。だからジョエルは始めた。
翌朝、寝坊をしてしまったジョエルを琥太郎が起こしにくる。いつもは立場が逆なので稀な出来事だ。口元がこれみよがしに引き上がっている。
「腹立つ~・・・!」
油断している鼻を摘んで仕返しした。琥太郎が笑って咳き込む。
ジョエルは自身の寝坊に驚いた。体に疲労が蓄積しているのだろう。だがおかげで夢を見せた学園生がセラス寮の半数になった。順調といえる。
「ああそうだジョエル。夜、大事な話ある」
エッと、ジョエルは声を上げた。
「今じゃ駄目なの?」
寝坊したとはいえ、いつもが早起きなのでまだ時間はある。
「俺も心の準備ってのがあるからさ」
琥太郎は後ろを向いてうなじを掻いた。
(・・・・・・そんなに言いにくい話なんだ)
ジョエルは唾を呑み、膝の上で手のひらに汗をかく。
ついに別れの日のめどか立った話か・・・、他には考えられない。
「まぁ、まずは朝メシ食いに行こうぜ」
「わかった、起きる」
ベッドから起きると、頭を切り替える。一緒に過ごせる時間が残り少ないのなら、どんよりしていてはきっとあとで後悔する。
初めからわかっていたことなのだから今さら傷ついたって仕方ないのだ。
制服に着替えて向かったカフェテリアは混雑する頃合いで厨房に頼んで朝食を包んでもらった。それを持って外で適当な場所を見つけ、二人きりで食べた。
「おばちゃんたち忙しそうだったのにジョエルが頼んだら快くやってくれたな」
「まぁね」
監督生の特権というやつである。
「今日平気か? 疲れてるみたいじゃん」
ジョエルは秘密を顔に出さないよう首を傾げた。琥太郎が気遣わしげに覗き込んでくる。
「俺から誘っといてあれだけど、せっかく休みの日ならゆっくりしたかったんじゃ」
「どっちにしても勉強するよ。ヒートが終わったのに呑気に寝ていられない」
はぐらかしたいと思って言った言葉ではないので、真っ直ぐ伝わったようだ。
琥太郎の冴えなかった表情が軽くなった。
「さすが優等生は違いますな」
茶化した口調にジョエルは笑いを誘われる。
「ふふ、ちょっとやめてよ。やるなら真面目に勉強するからね」
「うん、わりぃ。でもジョエルが来てくれて助かるよ。フィルとジーンがお前に勉強教わりたいって」
「あの二人も来るんだ? てことは仲直り上手くいってるんだね」
「少しずつな」
「コタローはすごいや。トーキョーでもたくさん友だちがいたんだろうね」
ジョエルは嘆息した。この世界じゃない正しい別の世界で待ってるひとがたくさんいるのだと、彼の背後に顔のないジョエルの知らない世界の人間が彼を賑やかに囲っている情景が浮かんだ。
「・・・・・・ジョエル。それは」
琥太郎が口をつぐむ。
「何を言いかけたの?」
「んー」
「ごめん、無理して答えなくていいよ」
言いにくいことならと話を終わらせ、食べたものを片付ける。
「時間になるね。行こっか」
まだ考え込んでいる琥太郎も時間に急かされれば動くしかない。ジョエルと琥太郎は教室棟に向かった。
そして全授業が終了したその足で図書棟に行く。教室棟のエントランスでジーンとフィルに合流し、琥太郎をあいだにしてお喋りしながら図書棟の入り口をくぐった。
学年末テスト間近とあって勉学に励む学園生たちの張り詰めた空気感が伝わってくる。空いている机を探して皆で棟内を巡っていると、本棚の陰からひそひそ声が聞こえてきた。
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