Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

倉藤

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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

81 ちがう見え方

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 翌日、ジョエルの話を聞くハワードの眉間はずっと険しい。

「襲われて、それで、運よく助かったと・・・」
「ほんとに危ないところで、突然倒れたので驚きました」
「意識が朦朧としていたせいで記憶が曖昧ということはありませか?」
「いいえ、意識ははっきりしておりました。むしろ恐ろしくて、頭は冴えていたと思います」

 ジョエルは下を見つめて話をしていた。目が泳いでしまうのを見られないためだが、視線も声もぶれなかった。

「根掘り葉掘り聞かなくてもいーだろうがよ、助かったんだから。怖い思いしたこと思い出させんな」

 琥太郎が口を挟む。
 この場所はジョエルと琥太郎の寮室だ。ジョエルは終わりかけのヒートの体を労わってまだベッドの住人でいる。

「コタロー、失礼だよ」
「けど」
「心配してくれてありがとう」

 ジョエルは優しく琥太郎を牽制する。

「アルトリアさんを襲った依頼主を調査しなければなりません。男はあなたに何か言いましたか?」

 かたい声でハワードが質問を続ける。

「いいえ」

 ジョエルは瞼を閉じ、かぶりを振った。

「あなたを狙っていたのか、オメガを狙っていたのか、どちらだと感じましたか?」
「わかりません」
「そうですか。以前アルトリアさんを陥れようと企んだ人間はすでに捕えた後のこの事件・・・アルトリアさんが被害に遭ったのは偶然だと考えてよいのか私は引っかかります。あなたの身辺をもう一度洗ってみてもよろしいですか?」
「はい、ハワード様にお任せします」

 ハワードに問われ、ジョエルは全て無表情に答えた。

「では、私はこれで。アルトリアさんは体を休めてください」
「ありがとうございます」

 白いケープマントを翻させてハワードが出て行くと、静かにしていた琥太郎が立ち上がる。鞄を持ったり置いたり、中身を確認してまた閉めたり、鏡の前をうろうろしたり、綺麗についたクロスタイを何度も指で直してみたり、わかりやすい後ろ姿に元気をもらった気持ちになる。

「授業に遅刻するよ。いってらっしゃい」
「ひとりにしたくない」
「ハワード様がセラス寮のまわりを警戒させてるから、今襲ってくることはないと思うよ。ね」

 ジョエルが笑うと、琥太郎は不服そうに鞄を持ってドアに向かった。

「何かあったら」
「はいはい、すぐシスターに言うからね。ほらいってらっしゃい」

 ぱたんとドアが閉まり、貼り付けていた笑みを崩した。ジョエルはそうして背もたれがわりの枕を引っ張り出して抱きしめる。

(言えなかった・・・秘密にしてしまった)

 ジョエルの証言は捏造だ。

(父を庇った?)

(恐怖心のせいで気が動転している?)

(ハワード様の言いつけを破ったことを隠したかった?)

 どれも当て嵌まるようで、微妙にずれている。
 父のオスカーはジョエルに庇われなくとも何食わぬ顔で逃げ切るだろう。
 あのアルファの男は気を失って伸びているところを現行犯で捕えられた。何が起きたのかは状況が物語っている。罰を下すのは学園側の仕事だ。
 気は、動転していない。今の会話で立証できた。
 ジョエルは毛布をはぎ、靴を履く。カーディガンを肩にはおり窓辺へ行き、晴れ晴れしい天気の外を眺めた。
 しばらく棒立ちをしていたが、木漏れ日が風で揺れ動いたのに促され、窓を開ける。手のひらに陽があたるように、外気を確かめたジョエルは、風にのせてわずかなフェロモンを飛ばした。
 さわさわと葉が揺れる音に混じり、パタタ・・・と羽ばたきの音が複数近づいてくる。
 近場の枝に鳥たちが降り立ち、窓の外に手を伸ばせば、ジョエルの指に一羽とまった。

「昨日はよく来てくれたね。怪我はしなかったかい?」

 穏やかなジョエルの声に鳥は目をぱちくりさせながら頭を傾ける。

「人間の言葉がそのまま通じるわけじゃないんだね」

 ジョエルは愛くるしい仕草に目を細め、鳥を空に帰してやった。
 一羽が空に舞うと、鳥たちが「またね」と伝えるようにいっせいに飛び立ったので、枝の上は一瞬騒々しくなった。その振動で葉が室内にもひらひらと舞い落ちる。
 窓辺に落ちた葉を拾い、見つめる。
 ジョエルは魔法術を教えてくれた原点ともいえるそれと向き合った。

「燃やしてしまおうか」

 ギュンターが得意とするように。フェロモンの使い方いかんでジョエルはギュンターを真似できる。

「枯らしてしまおうか」

 偽のハワードがやって見せたように。あれもきっと容易くできる。

「でも葉っぱは僕らにひどいことをしないからね」

 ジョエルは葉を窓辺に置いた。
 愛すべき対象には加護を。アルファに襲われた自分はその瞬間の恐怖を忘れない。これまで漠然とオメガとはそういうものだと理解したつもりでいたけれど、実際に経験すると天と地ほどに恐怖の深さに差があった。
 もし昨日の自分が琥太郎だったらと思うと、黙ってはいられないのだ。力と方法が、そうするための何もかもが手の中にある。

「ハワード様は反対なさると思うけど」

 だから言えない。ため息をついて、ベッドに戻った。
 悪魔が見せた夢の中じゃなくても自分は悪魔の囁きに同調する。
 こう考えてしまうのはおかしいのだろうか。
 でもジョエルは間違っているとは思えなかった。
 それから二日ほど寝て過ごして日常に復帰した。

「おはようございますアルトリア様」

 監督生の当番で寮を見まわるジョエルに下級生たちが挨拶をしながら通りすぎる。

「おはよう、皆さん。今日も良い一日を」

 ジョエルが微笑めば、花が咲いたように下級生たちが頬を赤らめて恥ずかしそうにするのは常だった。
 大切なひとと場所を守るために。
 下を向く必要はないのだと、ジョエルは背筋を伸ばし足を踏み出した。

 
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