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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

59 独占したい

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 何がどうなっているのか。
 華宮に戻ったジョエルはギュンターの教えに従い、琥太郎と洋を部屋に呼んだ。
 ぶつくさと文句を垂れる洋を琥太郎がなだめすかし、手渡した先刻の紙の束を見せる。
 訝しみながら覗き込んだ二人は、声を重ねるようにして中身を読み上げた。

「確認したいんだけど、ここに書かれている文字はトーキョーの言葉と同じなの?」
「そんなわけないじゃん」

 洋に即答され、ばっかじゃないのという顔で見られる。

「何この陰気臭い文章~、誰の日記~?」

 ジョエルはムッとしたが、とても重要な発言がもたらされた。

「そこに書かれているのは日記なんだね?」
「だから、そうだってば」

 その時、やめろと、琥太郎が洋を制止する。

「頼むわ芥屋少し黙ってて」

 琥太郎の目が日記だという古代の文章を追っているのがわかった。モーリッツの研究室に通っていた琥太郎なら、きっと細かく説明せずとも趣旨を理解してくれただろう。

「会ったのか?」

 かすかに睨まれたようだったが、ジョエルは安堵した。琥太郎は学園で過ごした日々を忘れていない。

「まさか盗んできた・・・ジョエルに限ってそれはないか」
「うん、秘密にしててごめん。実は魔術師様が会いにきてくださった。今は僕の先生。僕は先生の研究の手伝いをしてるんだ」
「そいつがジャングルの犯人だったのかよ。んで、そうかよ、そうだったのかよ。早く言えよ」

 こぼれ落ちた呟きの最後尾はいたく不機嫌だった。ジョエルは首を傾げる。「僕も話に入れてよー!」と口を尖らせていた洋が悪い顔をした。

「あーあ、かわいそ。ジョエルくんって結構冷たいよね。鳥橋くん、ずっと心配してたのに」
「は?」

 ジョエルは怪訝な声を上げる。

「スティーブ様に気に入られて連れて行かれたんじゃないかって昼も夜も元気なくて」

 その名は国王陛下のことだ。合点がいった。琥太郎はジョエルと同じことを案じてくれていたのだ。同じように心を砕いてくれていた。

「ありがとう、コタロー。僕は何もされてないよ? 国王陛下には一度も会ってない」

 琥太郎はツンと下を向いたまま聞いている。
 面白くないという顔をしたのは洋だ、しかし「でもこの僕が呼ばれてないのにありえないよね」と強がりを言った。そして退屈だと欠伸をする。

「それ読んでても退屈だから自分の部屋に戻る」

 洋はジョエルの部屋を出て行った。
 二人きり、琥太郎が口を開く。

「追いかけなくていいのか」

 この瞬間ジョエルは琥太郎が思い違いをしていることなど頭から抜けており、これ以上なく眉間に深い皺を寄せた。めちゃくちゃに苦くて不味いものを噛んだみたいなジョエルの表情に、琥太郎の口が「え」という形で固まった。

「僕はコタローと話がしたい。ヨウと話すことなんて何もないよ?」

 ジョエルがきっぱりと伝えると、琥太郎の耳がじわじわと赤くなる。それから彼はうなじを掻き、「あれぇ?」と呟いた。

「とにかく僕たちやっとこれを手に入れたんだよ。魔法術についてもね、すごいんだ! 琥太郎には聞いてほしいことがたくさんあるんだよ!」

 声が弾む。ジョエルは琥太郎の横に腰かけ、肩を寄せた。

「けどさ、よく見せてくれたな?」
「あ、あー・・・うん」

 どうせ・・・わかったところで何もできない。
 ギュンターがジョエルに魔法術を教えてくれるわけには、これが大前提としてある。単純な好奇心とか仲間意識とか、他にもキラキラした不純物がいっぱい詰まっているわけだが。
 不意に、ちりっとジョエルの胸が痛みに焼かれた。

「コタローは覚悟できてるの?」

 脈絡のない質問に琥太郎が瞬きをする。

「華宮って、つまり後宮ってどういう場所なのか、国王陛下に指名されたら何をしなくちゃいけないのか、ヨウに教えてもらったんでしょう? 僕のこと気にかけてくれたもんね」

 知らなかったら心配はできない。
 まだお手付きになっていないジョエルと琥太郎も近い将来に国王と肉体関係を持つ。それはそう遠くない未来なのだ。

「覚悟する方法なんてわかるかよ。俺は普通の男子だったんだぞ・・・・・・。けどその時はなるように任せるしかないだろ」

 琥太郎が捨て鉢気味に答えた。

「そんなの嫌だ。嫌だよ」

 僕がと、ジョエルは即座に言い添える。
 顔を見つめ、コツンとおでこを当てた。友だちとしては近すぎる距離を、琥太郎は嫌がらない。

「これは?」

 琥太郎の手には大切な研究材料がある。

「あとで。読んで聞かせて」

 ごめんなさいとジョエルは胸のうちで懺悔した。少しだけずるをして、琥太郎を誘うフェロモンの濃度を高める。
 琥太郎の瞼がとろんと眠たそうに重たくなる。
 やはりジョエルのフェロモンだと調整してもオメガ相手にはこの程度だ。子どもが親の懐で安堵している感じと同程度なのだろう。葉が育ち、繭のように二人を取り囲む。ここはいわばジョエルのテリトリーだ。琥太郎を守るジョエルの巣。優しくあたたかい、琥太郎を守るためにジョエルが作った・・・この中でなら強くあれる気がする。

「ね、国王陛下様は純潔かどうかを気にするかな?」
「・・・んぁ? なんて?」

 琥太郎の声がふわふわしている。
 ジョエルは糸が切れたような琥太郎の肩を抱き寄せ、こめかみに頬擦りした。

「僕が最初にコタローに手を付けたら、国王陛下様はお怒りになって僕を処刑するかな?」

 そうなれば恐ろしいはずなのに、今は全てが思いどおりな気分。微笑みがこぼれる。クスっと声が出てしまうと、琥太郎の体が強張った。

「怖いことはしないよ」

 耳元で囁いて安心させる。うなじを指先で掻いてあげた途端、触れている首筋の体温が上がった。汗に混じったフェロモンの匂いにジョエルは息を呑む。
 
(きた・・・っ、クラクラする)

 我慢していた。待とうと思った。でももう無理だ。
 
「僕に嫉妬させたコタローが悪いんだからね」

 最大限に衝動を抑えこめているのはジョエルがオメガだからだ。それほどまでに琥太郎のフェロモンは抗いがたく濃厚なのだ。

「ジョエル・・・・・・」
 
 と動いた唇に応じるようにキスをする。
 ふにと柔らかい感触。唇がもう一度重なった。

「ん、ふ」

 琥太郎が吐息をこぼす。

「はぁ・・・、キスって気持ちいいんだね」

 知らなかったと、ジョエルは重ねた唇を舐めてみた。琥太郎は唇にかすかに力を入れたようだが、離れていかない。受け入れてくれていることを確認すると、さらに貪欲になってみる。舌を滑りこませ、吸う。ちゅる。ちゅう。音と感触。両方に羞恥がかさむ。興奮。気分の高揚。心臓の高鳴りがすごかった。
 夢中になってキスするジョエル。溢れてしまう唾液をこぼすまいと、こくんと琥太郎の喉が鳴った。

「ン、ジョエル、俺・・・・・・ごめん」

 彼の下半身に手が置かれている。

「なんで謝るの? 触るね?」

 まだ琥太郎の中では迷いがあるのかもしれない、腰を引こうとする。

「僕も同じだから」

 そう言ってジョエルは琥太郎を向かい合わせに抱きしめ、背中をさすった。触れそうな距離に近づいた腰と腰のあいだにそれぞれの屹立があり、そちらが先に重なり合う。

「ほら、ね? 怖くない。触ってもいい?」
「・・・・・・いいよ」

 顔を真っ赤にして琥太郎が答える。
 ジョエルは赤くなった耳朶にキスすると、自分のと琥太郎のそれを露出させ、一緒に手のひらで包んだ。
 頬っぺたと耳朶に負けず、熱の上がった唇は普段より赤みを帯びている。ゆっくり屹立を擦ると、悩ましげに開かれて吐息が漏れた。

「気持ちいい?」
「う、ン、気持ち・・・い、い」

 額に汗が浮かぶ。

「僕も」

 琥太郎が好きだ。ジョエルは琥太郎の首筋に顔を埋め、感情の抜け道を探す。
 言ってしまいたい。
 今の気持ちをありのままにぶちまけてしまいたい。
 ジョエルが顔を伏せてきつく眉を寄せているうちに、手のひらの内側は二人ぶんの精液で濡れていた。





吾は大きな罪を犯してしまったのだろう。取り返しがつかない。もはや国は血と火の海。操られた人と人が騙し合い、憎み合い、もう止められないところまで来てしまった。
あれは悪魔だ。吾は悪魔をこの世界に召喚させてしまったのだ。ああ、なんということだ。吾は己れの犯した罪を償わなければならない。そのために命からがら逃げ出してきたのだから。

※※

森に身を隠して数日経つ。あの国は滅亡の一途を辿っているらしい。まだ持ち堪えていることが奇跡だ。皇帝の椅子に座り、人々の愚かな争いを愉しんでいるのだろうか。何はともあれ奴はあの国にとどまっている。急がねばならない。

※※※

準備が整った。決行は明日の予定だ。吾のフェロモンを全て捧げるつもりでいる。どうか足りてほしい。吾は死ぬだろうが構わない。問題は願いを聞き入れてもらえなかった時だ。


※※※※

失敗した。しかし吾は生きている。こうなったのも運命なのだろう。奴は死んでいない。吾にはやるべきことが残されている。この世界から魔法を失くさねば。何よりも心苦しいが、誰に恨まれようとも、吾がやらなくては。



 ジョエルと琥太郎は、ゆりかごになった葉の中で眠った。この日、脇に放って置かれた古い手記から文字が消えた。
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