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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

58 課題のはなし

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「堕天使の由来についての再検証」

 歩きながら与えられた課題を口にする。使って良いと許されている机から自分のノートを取り、手早くめくった。

「魔力の正体がフェロモンならば、日常的に暴走してしまうケースも多かったと思うんです。今でこそ僕たちの体は使い方を忘れているけれど、当たり前に出てきてしまうものだったとしたら、そしてそれがオメガだけに現れ出ていたとするなら、恐ろしい力を使うオメガは異端な存在に見えたでしょう。邪悪と思われ、さらに定期的に逃れられない発情期が重なり、堕天使と結びつけられても不自然じゃない」

 これを見てくださいと、ジョエルはノートを見せる。ギュンターが走り書きされたメモを読み、「素晴らしい」とジョエルを褒めた。

「よくこれらを見つけたね」
「先生の書庫の中にいくつか記載がありました。発見できた資料が周辺の国々のみに限っていますが、悪魔付き、魔女、忌み血、など堕天使と似た呼称名・・・酷い呼び名ばかりです、オメガは近隣国全てで迫害を受けていた歴史が見られます」
「いいね。なんとなく信じていた君の生まれ故郷の伝承に、理解と深みが増しただろう?」
「はい」
「だが、それだけだと八十点だね」
「不足が・・・・・・?」
「ああ、フェロモンを持ちえるのはオメガだけだったかな?」
「そうでした。アルファは、・・・己れの力を隠していた?」
「ご名答。元祖の魔法が世間的に悪だと認識される何かが起きたってことだね。魔法術と、元祖の魔法は厳密に言うと別物。人々に受け入れてもらい易くするために区別されて作られたものなんだよ。フェロモン操作一つでこと足りるところを、わざわざ占いと銘打ったり、仰々しく呪文だの魔法陣だのを編み出したのも、もとは人々を安心させる目的があったのさ」
「勉強になります。しかしやはり発情期が原因なのでしょうか」

 ジョエルは眉をひそめる。その気のない他人を惹き寄せ、興奮状態に変貌させてしまうオメガの発情フェロモン。オメガ自身にとっても辛い、迷惑極まりない悪癖だ。
 なくなるものなら、失くなってほしい。

「先生、僕は発情期そのものとフェロモンは切り離して考えることができると気づいたんです」
「ほう」
「オメガは腹に子を宿せる体をしている。発情期のフェロモンは、相手を呼び寄せるためヒトに特化して効くよう調整して放出されるフェロモン。ほぼ本能的に行っていることですが、調整して出しているんです。自我を強く保てば理論上は出さないようにすることもできる」

 一方、発情期中の体の疼きはどうすることもできない。子孫を繋いでいくための肉体に組み込まれた機能だからだ。

「なるほどな。我々アルファはフェロモンのコントロールが難しい。まあ、そうする必要もないと考えてきたのだろう。常に最大に溢れさせ、己れの力を誇示するために撒き散らしていたとも考えられる。見栄っ張りなアルファの性格が大きく影響しているだろうね。アルトリアくんの意見は参考になるよ」
「ありがとうございます」

 褒められてジョエルは破顔する。

「あっ、それで何が言いたいかというと、発情フェロモンの被害を最小限に抑える方法がどうして受け継がれてこなかったんだろうと不思議なんです。時代錯誤でフェロモンと魔法の関係性は廃れてしまった。けれど発情期は変わらずあった。どの瞬間かで誰かが気づいてもおかしくないし、細々と教えみたいなものが残っていてもおかしくない」
「核心に近づいてきたね。理由は簡単じゃないかな。その方法が伝わっていたという可能性は私も捨てられない。だとすると発情期がオメガを貶めた主因じゃないってことだ」
「えーっとつまり」
「フェロモンの操作法はオメガ間で密かに伝わっていた。しかしオメガに何らかの悲劇が起こり、弾圧されるにいたった。後の現在は、今のとおりだ。オメガはフェロモンの扱い方を知らずに生きるようになった。整理するとこんな感じかな」
「はい!」
「では、やっとこれを読み解いていける」

 ギュンターは紐で括られた紙の束をジョエルの前に置いた。

「いいんですか?」

 しかしジョエルの歓声とは真逆に、ギュンターは何処か罪深いような顔をしている。

「君はこの文字が読めるかい?」
「んーと、古代の言葉ですよね。学園にいた頃に勉強したので時間をかければ読めると思います」
「そうか。いや正しいよ。私もそうして解読した」

 ギュンターは黙る。研究者のサガだろう、好奇心を閉じ込めた瞳だけが爛々と光った。今ならジョエルも気持ちがわかる。

「先生・・・・・・?」
「渡来者の二人にこれを見せてごらんなさい。恐らくスラスラと読めるから」

 畏れ多いことのように、ギュンターが呟く。

「えっ」

 ジョエルは耳を疑い立ち尽くした。
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