Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

倉藤

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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

53 負けない

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「吹き込むって、僕は・・・」

 しかしジョエルは言い改めた。

「嘘をついてはいけませんね、ごめんなさい、言いました。コタローとあなたが仲良くするのは嫌だと言いました」
「ほらみろ! このっ!」

 掴みかかられようとしたところをセスが止めに入った。
 護衛の腕でやんわりとだが背後から確実に取り押さえられ、洋は鎮まる気配のない殺意がこもった視線をジョエルに向ける。

「ヨウ様、なりません。ジョエル様はオメガ。オメガに危害を加えれば国王陛下様にご報告せねばならなくなります」

 セスがジョエルに味方したことで、洋は振り向いてまなじりを吊り上げた。

「僕だってオメガだぞ!」
「それでもです。当国における絶対的な決まりなのです」

 体格からしてセスが力負けすることはない。やがて洋は怒りに任せた衝動を呑み込んだようだ。安易に暴力に走らないと口約束をさせられ、セスに解放される。
 ジョエルは自身の身を守るために後ずさった。

「さっきみたいなことはもうしないから。セスもいったん下がってくれる?」

 洋が、ジョエルと二人きりで話があると告げる。

「御意」

 セスはバルコニーを出た。

「・・・・・・」

 無言のジョエルの視線に洋は冷たい目をした。

「そうやってさ、色んなもの手に入れてきたの?」
「手に入れる? え・・・・・・」
「海外モデルみたいな恵まれた容姿、羨ましいよ。君がその顔で見つめれば誰でも言うこと聞いてくれるよね」

 軽蔑に近い眼差し、何やら誤解をされている。

「けど僕には何もない。学校でもいつもひとりぼっちで、もう生きていたくないなってことばっか考えてた。そんな僕と、鳥橋くんだけは友だちでいてくれた」

 涙ぐみ鼻にかかった声。そしてキッと眉間に皺を刻み、眼力を強めた目でジョエルは睨まれた。

「僕から鳥橋くんを奪わないでよ!」
「コタローを物みたいに言わないで。僕には決められない」

 僕は、僕は、と言い合っていては埒があかない。洋も同じ意見だったようで、しかし目の前の彼は勝ち誇った顔をしていた。

「どうせジョエルくんは知らないでしょ。鳥橋くんと僕の間に何があったのか」

 胸に痛みが走る。まさにジョエルを思い悩ませる根源だった。
 琥太郎の過去は未だ闇の中だ。積極的に聞いてこなかったことが今こうして牙を剥いている。

「教えてあげよっか?」

 得意の上目づかいで洋がにじり寄ってくる。
 ジョエルは青ざめたまま、だが聞く時が来たのだと、諦めてこくりと顎を引いた。

「いいよ、おっけー。・・・鳥橋くんはねぇ、僕と死んでくれるって言ったんだ」

 自慢げで自信たっぷりな声だ。

「多分、咄嗟だったと思う。運動神経とっても良かったから瞬発力あるし。へへ。鳥橋くん体育の授業じゃいつも目立ってて、明るくて、本当は苦手なグループだったんだよ」

 ジョエルには、洋の話は半分も理解できなかった。
 耳から入ってきた言葉を頭で咀嚼してみても、味のない砂みたいで、ジョエルの鼓膜を雑然と揺らしただけだった。

「一度話してみたら気が合ったっていうか、優しいよね鳥橋くん、僕なんかに同情して・・・」

 洋が涙に詰まって見せる。

「でも気づいたら二人同時に光に包まれて、この世界に運ばれてた。呼ばれたのは僕だったのに、鳥橋くんも一緒だった。これも運命だよね」
「勝手だよ。コタローには、コタローの生きる世界があるんじゃないかな。道連れになってしまった結果なら、コタローはここにいるべきひとじゃない」
「うぇぇ、萎えること言わないでよ。さすが余裕のあるひとは違うね。見た目だけじゃなく心も広くて綺麗なわけだ、へぇ、まるで女神様じゃん。いいね、やっぱ羨ましい」
「別に僕は、そんな大層な人間じゃない」

 ジョエルの生い立ちは羨ましいとは程遠い。スヴェア王国でオメガがどのように虐げられて扱われているのか、知らないからそんな馬鹿みたいな妄想ができるのだ。
 しかし、そう、この子にはこの世界で生きてきた経験がないから、訴えたところで伝わらない。

「どちらにしたって戻るのは無理だよ。国王様が許さない。でも安心して? 国王様はあっちもお上手だから」

 クスクスと笑う洋が背伸びをしてジョエルの目をじっと見つめる。

「僕から鳥橋くんを取らないって言うなら、仕方ないからジョエルくんも仲間に入れてあげる。僕たちみんなで愛されながら愉しく暮らそうよ」

 何から何まで誤解している。この子の希望的観測と誤解が錯綜して、何ひとつ正解を示していない。
 オメガが愛されて愉しく暮らす?

(僕たちは堕天使だ、あり得ない)

 たとえ国が変わったとしても、オメガはオメガ。フェロモンを放ち、子種を持つ人間を誘い、子を孕む。認識にそれほど差はないんじゃないのか。

(なんとしてもコタローは、トーキョーに帰してあげないといけない)

 ジョエルの中でその思いが強固になった。洋の話の中でわかったことはまだある。正直、洋本人の話よりそちらの方が大事なことだった。
 それは琥太郎には帰りを待っているひとがいるかもしれないということ。
 けれどジョエルにはすでにない。きっと洋も失くしてきた。否応なく放り出されたのと、自ら捨ててきたのでは意味合いが異なるが、ジョエルと洋は同じ、戻れない場所にいる。
 琥太郎だけは帰るべき世界があり、ジョエルたちとの間には交われない壁がある。
 本音では手を離したくない。そばにいたい。しがみついていたい。何処にも行かないでほしい。洋の気持ちはジョエルと同一だ。
 だが悔しいので洋には絶対に言わなかった。
 自分は身勝手なこの子のようには行動しない。
 ジョエルは洋の肩を優しく押す。

「ねぇ、ヨウ、君こそ知ってた? 誰もが君みたいに変化を受け入れられるわけじゃないよ。コタローを大切に想って、幸せを思うなら、君みたいなことは言えないはずだ」

 洋の表情に逆上の色がかげったかに見えたが、気にせず言う。

「君はもっと他人の気持ちをよく考えた方がいい」

 最後まで吐き捨てると、ジョエルはバルコニーから凛然と立ち去った。
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