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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

49 王都目前

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「思い出した」

 と、マーサーがぱちんと指を弾く。

「王宮だな」
「詳しく話せ」

 勢いづいた琥太郎の横でジョエルは静かに息を呑んだ。

「お、おう? すごい剣幕だな。まぁいいぜ。俺が王宮に出向いて絹織物を売った相手ってのが、兄ちゃんと同じ黒髪黒眼の少年だったわけよ。て言っても向こうの方がだいぶ小柄で兄ちゃんとは若干異なる風体だったがな」
「黒髪黒眼ってこっちの世界じゃ珍しいのか・・・・・・?」

 琥太郎が首を傾げるので、ジョエルは「珍しいよ」と答えてあげる。

「黒い髪はたまにいるけど。コタローほどの黒い瞳は見かけないね。コタローは顔立ちの雰囲気が独特というか、僕らとは違いがあるよ。だからマーサーさんの直感は正しいと思う。コタローが探している友だちはロンダールの王宮に召喚されたんだ」

 琥太郎の顔がみるみる真剣な表情に変わった。

「商人のおっさん、そいつ、名前とか言ってなかったか?」
「うーん、なんせ直接会話をしたんじゃないからなぁ。その子は頷くか首を横に振るかだけで、話をするのは基本が仲介役の世話人さ。金持ちだとそれが普通なんだろうけどな」
「そうなのか、くそっ、情報が足りねぇ」

 悔しそうに膝を打つ琥太郎にかけてあげる言葉が見つからない。
 否、自分がかけてもいいと許せる言葉が見つからない・・・だ。

「コタロー、高価なものを買い与えてもらっているなら苦しい生活を強いられているんじゃないって証明されたよ」
「でも急ぐぞ」
「えっ」
「えって何だよ」
「何でもない、ごめん」

 あぁ嫌だ。本当の堕天使みたいな性格になってしまう。

「ええ? もしかして兄ちゃんたち実はめちゃくちゃ仲が悪いの?」

 不穏とまではいかないが、気まずい雰囲気にマーサーが茶々を入れる。
 
「そんなことありません。ね、コタロー?」
「ああ」
「そうかぁ? おっちゃん何もできないけど話くらいなら聞いやるからな。それから王都には責任持って送ってってやるから任しときな」

 しかし良かれと思って言ってくれたのだろう助言に、「ありがとうございます」とも「結構です」とも言えず、二人とも黙りしてしまった。
 微妙な空気で口火を切った馬車旅は快適で徒歩で向かう日数の半分で進むことできた。
 コタローは王宮にいるであろう友人の話題に触れてこなかったが、日増しにソワソワしているのが見ていて伝わる。ジョエルの心は複雑な波に攫われたようにあっちこっちに流されながら沈んでいく。
 その末にある確実な別れがチラつくせいだ。
 終わりは着実に近づいている。マーサーとの最後の夜は王都アルセルヌを視界に捉える場所で野宿をした。
 隣で眠る琥太郎がモゾモゾと動く。
 寝苦しいのかと手を伸ばし、止めた。
 触れちゃいけないような神聖な気分で心にストップがかかる。

(心臓、すごく、どきどきしてる)

 もしかしたら緊張しているだけなのかと思い直すと、ぼぼぼっと頰が熱くなった。
 琥太郎とはもう同性としての軽い触れ合い方ができない。
 平気で顔を近づけたりハグをしたりすることは考えられなくなっていた。

「んだよ、お前もヒートか?」

 むこうを向いていた琥太郎が仰向けになり、ジョエルを覗き見て揶揄ってくる。

「しいっ、僕のヒートはずっと先」

 ジョエルは声をひそめて答えた。

「マーサーのおっさんなら前の席に座ったまま、でかい口開けていびきかいてんぞ」

 御者席のマーサーは昼に立ち寄った街で仕入れた酒で一杯やったようで、気持ちよさそうによだれをだらして寝入っている。鼻頭の上で蝶が羽を安めていても気づかないほど深い眠りだ。

「ふふ、ほんとだ。席からずり落ちないか心配だね」
「ほっとけ、ほっとけ、そうなったら思いきり笑ってやろうぜ」
「くふふ、うん、だね」

 自然にこぼれる笑み。旅の疲れの気怠さと、眠れないが瞼にのしかかっている眠気と、夜だからという理由から来るよくわからない開放感と、そんなものが二人を元通りに打ち解けさせてくれたのか。

「ジョエルはさ、どうしたいんだ」

 しかしそう不意に訊ねられ、思わず瞠目する。

「王宮行きたくなさそうじゃん。不満がダダ漏れしてる。秘密にされんの嫌だから今思ってること言え」
「行きたくないって僕が言ったら考えてくれるの?」

 意地悪な返し方をする。
 琥太郎が夜空に目を向けながら大きくため息を吐いた。

「思ってんのかよ」

 自業自得だ。ジョエルは自分の返し方のせいで言葉に詰まった。

「・・・・・・今のは嘘。言ってみただけ」
「はぁ? ふざけんなよお前」
「ごめん」

 本気で怒った口調ではないが、胸にざっくりと切り傷を受けたように心が痛んだ。

「予定通りでいいんだよな」

 いいよ、と、ジョエルはこくりと顎を引く。
 その後はわずかに眠ったが、結局もやもやを残したまま、翌朝の王都入りを迎えた。

「じゃあな、この道真っ直ぐ行ったら王宮の門がある。一般市民が普通に入れるところじゃねぇけど頑張んな!」

 マーサーが走り去っていく馬車から手を振る。

「はい。ありがとうございました」

 ジョエルが頭を下げると、琥太郎は「何を頑張るんだよ、うるせーおっさん」と憎まれ口を叩きながらも手を振り返していた。そのさまを微笑ましく思い、頬をゆるませてしまうと、琥太郎が耳を赤くする。

「そんな目で見るな。恥ずかしくなる」

 嫌がられたことにジョエルはショックを受けた。

「ごめん、もう見ない」

 口を引き結んで歩みを進める。琥太郎が駆け足で追いかけてくる。

「おい、ジョエル? 無視かよ」

 王宮の門はすぐそこだった。ずんと佇む城壁の袂にたどり着いたが、外敵から国王を守るために高い壁が築かれているわけで、余所者をほいほいと入れてくれるはずもない。
 けれど衛兵だらけの敷地内に上手く忍び込めるだけの技量はない。見つかった時の罪は重い。
 
「正攻法で正門から行く、べき・・・・・・」

 頭を悩ませるジョエルの横を通り過ぎ、琥太郎は堂々と門に向かっていく。両脇は屈強そうな兵士に固められている。彼等の手には長槍が装備されている。槍は地面に垂直に立てられ、上部には鋭い先端が光っており迫力があった。

「何奴だ」

 両脇の衛兵は琥太郎を睨み、互いの槍を門を塞ぐようにクロスさせる。
 
「王に会いにきた。俺はこの国の王さまの秘密を知ってる」

 衛兵たちは目を見開いて仰天した。

(まさかの脅し?)

 ジョエルは琥太郎の無茶を制止し損ねてしまい、激しく胸を動悸させる。
 怪しい人物が現れたと高確率で危険視されただろう。ジョエルは後の対処法のために頭を使う。だが衛兵たちは顔を見合わせ、鉄壁の守りをしていた長槍を下ろした。

「えっ、まじでオーケーな感じ?」

 琥太郎が首をくるりと後ろに向け、ジョエルに「やった」と視線で示す。驚きで声が出ない。

「少し待て」

 衛兵はジョエルと琥太郎に告げると、ひとりを残してもうひとりが門の内側に姿を消した。
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