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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』
46 同じじゃない
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この日、ジョエルは起きてこない琥太郎の部屋の前で番をした。番と言っても、壁に寄りかかって時間を無駄に過ごしていただけだが、少しでも室内に異変があればドアを蹴破ってでも突入する気持ちでいた。
ずっと休みなしで歩いてきたので、ふと立ち止まると時間そのものが止まってしまったかのような錯覚になる。
気づけば窓を眺めて一日が経ち、空の色が変わる幻想的な瞬間に吸い込まれそうになっていた。
その時、ころころと足元に転がってきた芋と林檎。
ぱちんと指で弾かれたように現実に戻った。
一階の騒音が鼓膜を震わせる。
「あー、良いところにいるじゃねぇか、おーい、綺麗な兄ちゃん、ちょっと手伝ってくれねぇか。食材を一階まで運ぶだけでいいんだ」
階段を降りてきた店主はジョエルを大声で呼ぶ。
店主が両手で抱えているのは大きな木箱に入った野菜や肉。ジョエルの足元の芋と林檎はぎゅうぎゅう詰めの箱の中から転げ落ちてしまったようだ。
コタローの部屋の前から動くのを迷ったが、飲み屋は今夜も繁盛しているらしく、人手が足りていない様子、ジョエルは芋と林檎を拾い上げた。
「上の階にもありますね」
「すまんな」
階段に転々と落ちている食材を見つけると、店主は苦笑いして頭を掻く。
「僕が拾って行きましょう。ご主人は一階へお戻りください」
「気が効くな。じゃあ頼んだよ」
「お任せください」
店主が階段を降りていくのを見届け、ジョエルは落ちている食材を集める。ひととおり見てまわってから一階へ降りたが、慌ただしい最中で声をかけられそうにない。
仕方なくキッチンにお邪魔し、抱えていた食材を置く。
すると飲み屋の店員が入ってきて目があった。
「ぼうっとしてないで、そこの客席に持ってって!」
「はい?」
しかし神業のような早さで店員はジョッキグラスを鷲掴みにして踵を返していた。
(どうしよ、キッチンにいたから勘違いされちゃった・・・・・・っ)
そこのと指示されたテーブルには皿に盛られた料理がある。
(とりあえず頼まれたこれだけは運ぶ?)
変な部分で正義感が顔を出した。無視して二階に戻るのもしのびないので、皿を手に取った。
幸いにホールに出ると、「待ってました」と客の方から手をあげてくれる。これだけ届けたらすぐに二階に戻る。ジョエルはそう思って近づいた。
「追加で、酒持ってきて。いつもの~」
「え、や、僕は店員ではない」
「そうなの? でもいいじゃん」
良くありませんと返したかったが完全に機会を失った。勝手がわからないジョエルは孤立し、他の店員を捕まえて事情を話すと「ならこっちとかわって」と別の仕事を振られる。流されるまま次から次に手伝わされ、息つく間もなく夜中を迎えていた。
「ちょ、あの、僕はこれで戻ります」
客が少なくなった合間を見計らって告げると、きょとんとした店員たちは「あら、そういえば、そうね」なんて言ってケラケラと笑っている。
「悪かったな綺麗な兄ちゃん、旅人を臨時で雇ってやることもあって店員の顔が日によって違う時が多くてな。お詫びに好きなもん作ってやるよ」
店主がカウンターの内側から弁明する。
「では、コタローにも訊いてきます」
二階に駆け上がろうとした時だった、通り過ぎたジョエルの横でグラスを落とした客がいた。
客は階段下でヒクヒクと鼻を動かしている。
「・・・・・・いだ、オメガの匂いだ。店内に堕天使が紛れてるぞ」
店主が呆れ返った様子でカウンターを出てくる。
「お客さん何言っちゃってんの、酔っ払ってんの?」
「あんたも香るだろう、よくこの辺りを嗅いでみろ」
「うーん?」
階段付近の匂いを嗅ぐ店主は、磔にされたように立ちすくむジョエルに目を向けた。
「違います、本当です。僕じゃありません!」
ジョエルは答えると同時に階段を駆け上がる。そうだ、違う。琥太郎のフェロモンが暴発している。ジョエルはヒートのサイクルが安定しており、薬も忘れずに服用していた。発情の兆しもないので、至近距離からでもジョエルが香るとは考えられない。
「コタ・・・・・・」
ジョエルはむぐっと自身の口を塞いだ。大声を出すと、匂いの発源元はここですよと教えているようなものだ。興味本位で客が上がって来るかもしれない。
ドアを叩きノブを何度も回して、お願い気づいてと小声で琥太郎の名前を囁いた。
「ジョ・・・エ・・・ル?」
ノブが内から回され、ドアの隙間がうっすらと開く。
「コタロー、中に入れて」
「ぁ、あぁ、う・・・ん」
どれほどひとりで我慢していたのか、琥太郎は朦朧としていた。室内入った途端にむっと匂い立つフェロモンにジョエルは鼻を隠す。しっかりと施錠を確認した後に、念のため動かせる家具でドアの前に防壁を作った。
(大丈夫、大丈夫。落ち着け。僕が焦っちゃダメ)
アルファの体ではないので、同じ種類のフェロモンを嗅いだとしても凶暴的に変わってしまう作用はない。ただ、ある程度、いや・・・かなりか、こちらも疼いてきてしまうだけであって。琥太郎のヒートを鎮めることに専念する。
けれどジョエルは驚くばかりだった。
琥太郎は意志でどうにかできるものでもない欲求に抗っていた。
「助けてジョエル・・・、いやだ・・・、こわい」
ずっと休みなしで歩いてきたので、ふと立ち止まると時間そのものが止まってしまったかのような錯覚になる。
気づけば窓を眺めて一日が経ち、空の色が変わる幻想的な瞬間に吸い込まれそうになっていた。
その時、ころころと足元に転がってきた芋と林檎。
ぱちんと指で弾かれたように現実に戻った。
一階の騒音が鼓膜を震わせる。
「あー、良いところにいるじゃねぇか、おーい、綺麗な兄ちゃん、ちょっと手伝ってくれねぇか。食材を一階まで運ぶだけでいいんだ」
階段を降りてきた店主はジョエルを大声で呼ぶ。
店主が両手で抱えているのは大きな木箱に入った野菜や肉。ジョエルの足元の芋と林檎はぎゅうぎゅう詰めの箱の中から転げ落ちてしまったようだ。
コタローの部屋の前から動くのを迷ったが、飲み屋は今夜も繁盛しているらしく、人手が足りていない様子、ジョエルは芋と林檎を拾い上げた。
「上の階にもありますね」
「すまんな」
階段に転々と落ちている食材を見つけると、店主は苦笑いして頭を掻く。
「僕が拾って行きましょう。ご主人は一階へお戻りください」
「気が効くな。じゃあ頼んだよ」
「お任せください」
店主が階段を降りていくのを見届け、ジョエルは落ちている食材を集める。ひととおり見てまわってから一階へ降りたが、慌ただしい最中で声をかけられそうにない。
仕方なくキッチンにお邪魔し、抱えていた食材を置く。
すると飲み屋の店員が入ってきて目があった。
「ぼうっとしてないで、そこの客席に持ってって!」
「はい?」
しかし神業のような早さで店員はジョッキグラスを鷲掴みにして踵を返していた。
(どうしよ、キッチンにいたから勘違いされちゃった・・・・・・っ)
そこのと指示されたテーブルには皿に盛られた料理がある。
(とりあえず頼まれたこれだけは運ぶ?)
変な部分で正義感が顔を出した。無視して二階に戻るのもしのびないので、皿を手に取った。
幸いにホールに出ると、「待ってました」と客の方から手をあげてくれる。これだけ届けたらすぐに二階に戻る。ジョエルはそう思って近づいた。
「追加で、酒持ってきて。いつもの~」
「え、や、僕は店員ではない」
「そうなの? でもいいじゃん」
良くありませんと返したかったが完全に機会を失った。勝手がわからないジョエルは孤立し、他の店員を捕まえて事情を話すと「ならこっちとかわって」と別の仕事を振られる。流されるまま次から次に手伝わされ、息つく間もなく夜中を迎えていた。
「ちょ、あの、僕はこれで戻ります」
客が少なくなった合間を見計らって告げると、きょとんとした店員たちは「あら、そういえば、そうね」なんて言ってケラケラと笑っている。
「悪かったな綺麗な兄ちゃん、旅人を臨時で雇ってやることもあって店員の顔が日によって違う時が多くてな。お詫びに好きなもん作ってやるよ」
店主がカウンターの内側から弁明する。
「では、コタローにも訊いてきます」
二階に駆け上がろうとした時だった、通り過ぎたジョエルの横でグラスを落とした客がいた。
客は階段下でヒクヒクと鼻を動かしている。
「・・・・・・いだ、オメガの匂いだ。店内に堕天使が紛れてるぞ」
店主が呆れ返った様子でカウンターを出てくる。
「お客さん何言っちゃってんの、酔っ払ってんの?」
「あんたも香るだろう、よくこの辺りを嗅いでみろ」
「うーん?」
階段付近の匂いを嗅ぐ店主は、磔にされたように立ちすくむジョエルに目を向けた。
「違います、本当です。僕じゃありません!」
ジョエルは答えると同時に階段を駆け上がる。そうだ、違う。琥太郎のフェロモンが暴発している。ジョエルはヒートのサイクルが安定しており、薬も忘れずに服用していた。発情の兆しもないので、至近距離からでもジョエルが香るとは考えられない。
「コタ・・・・・・」
ジョエルはむぐっと自身の口を塞いだ。大声を出すと、匂いの発源元はここですよと教えているようなものだ。興味本位で客が上がって来るかもしれない。
ドアを叩きノブを何度も回して、お願い気づいてと小声で琥太郎の名前を囁いた。
「ジョ・・・エ・・・ル?」
ノブが内から回され、ドアの隙間がうっすらと開く。
「コタロー、中に入れて」
「ぁ、あぁ、う・・・ん」
どれほどひとりで我慢していたのか、琥太郎は朦朧としていた。室内入った途端にむっと匂い立つフェロモンにジョエルは鼻を隠す。しっかりと施錠を確認した後に、念のため動かせる家具でドアの前に防壁を作った。
(大丈夫、大丈夫。落ち着け。僕が焦っちゃダメ)
アルファの体ではないので、同じ種類のフェロモンを嗅いだとしても凶暴的に変わってしまう作用はない。ただ、ある程度、いや・・・かなりか、こちらも疼いてきてしまうだけであって。琥太郎のヒートを鎮めることに専念する。
けれどジョエルは驚くばかりだった。
琥太郎は意志でどうにかできるものでもない欲求に抗っていた。
「助けてジョエル・・・、いやだ・・・、こわい」
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