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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

44 旅のはじまり

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 薄暗いトンネルから梯子を登ると外に出られた。ジョエルと琥太郎は地下を移動中に着替えを済ませ、今は制服を脱ぎ、質素なシャツにパンツ、上には分厚めの外套を羽織っている。
 外は見渡す限りの森。辺鄙というか、広大な自然の中にぽつんと取り残されたような居心地の悪さだ。
 これは万が一、こっそり外に出られたとしても、死を覚悟する。琥太郎が一緒じゃなかったら、恐ろしくて一歩も歩けなかったかもしれない。

「行くぞ」

 そう言って、琥太郎はリュックサックを抱え直した。
 初日は本当に辛かった。出てきた穴の近くに小屋があったが、繋いである馬は使えないので険しい獣道を徒歩で行くしかない。崖もあるし、猛獣も出る。道の途中で疲れ果てて荷物を軽くして行きたかったけれど、オメガの二人旅は他にも危険がいっぱいある。これから街に出るにあたり旅人に紛れて体つきを隠せる外套は捨てられない。食べものは大事だ。薬は余るほどあった方が安心。
 街に出られたのは翌日だった。そこからはまだ舗装された道の上を歩くためマシだったが、ハワードが入れておいてくれたお金を節約するのに移動手段を徒歩に絞ったのだ。野宿は一般の旅人より襲われる危険性が上がるため、休む時は宿を必ず利用しなければならなかったからだ。

「僕もう足がくたくた」
「これだから、おぼっちゃま育ちは困るぜ」
「ひどいよ、僕が屋敷で不自由してたこと知ってるでしょ、こんなに大移動するの学園に入学する時以来なんだよ。その時は馬車だったし」
「わかってるよ。仕方ねぇな、がんばれがんばれ」

 そうして立ち止まるたびジョエルの手を、琥太郎が引いてくれたことは良かったけれど。
 大きな街から街へは徒歩で二日程度、その間に旅人用に小さな宿泊施設が点在しており、村もある。だいたい半日くらい歩けば宿泊場所を見つけることができる。しかしそれも地域により、どうしても安全に眠れる場所が見つからない時には夜中じゅう歩き通した。足を止めず、ひと所に留まらないよう注意していた。
 目的のロンダール王国との境界に向かうには大きな街を複数個越える。旅を始めてから十日前後経っていた。ジョエルと琥太郎は、いよいよ国境を間近に迫った最後の街に差しかかった。

(コタロー、今日はどうするかな)

 十日ほども経ったので旅に慣れていた頃だが、手を繋いで歩く二人の姿。
 仲睦まじいとも感じるけれど、琥太郎の態度に変化が生じている。

「安いとこ探そ」
「今夜も別々の部屋にするの?」
「そうしたい。不都合ある?」

 不都合ならあるだろう。手持ちのお金は無限じゃない。狭い部屋をひとつ取って、二人で眠ればいいと思うのだが、琥太郎はそれが嫌なようだ。
 頑なに拒否する理由は不明。
 心なしか言葉数も少なく、そうしてできた隙間を埋めるように手を繋いでいるみたいに思える。

「おい、あれ」
 
 琥太郎が街中で立ち止まり、一店の宿屋を指差した。

「良さそうなところがあった?」
「見ろよ。一階が食べ物屋になってる。早食いで店主に買ったら宿泊費がタダだって!」
「早食い?」

 ジョエルには聞き慣れない言葉だ。
 普通にお金を払って泊まろうよと止めようとしたが、手を引っ張られ否応なしに決められてしまった。

「すいませーん、オモテに書いてある早食いに挑戦したいんだけど」

 どんな場所でも琥太郎は物怖じしない。
 シガーにシガレット、パイプ、あらゆる種類の煙草があちこちで咥えられ、店内はひどく煙たかった。
 陽気な音楽が一時的に静まり、声をあげた新参者は注目される。
 大人しかいない店内に、若い二人は明らかに浮いていた。

「すまねぇな、ちゃんと看板読んだか坊主、ここは賭場もやってんだ。あれは賭けの一環でショーなの。大人が愉しむ見せもんなの。お子さまは帰りな」

 さっそく大柄で髭を生やした店主に門前払いを食らう。
 しかし琥太郎は引き返さない。

「子どもじゃない。十八歳はとっくに大人なんだろ?」
「コタロー・・・・・・やめようよ」

 ジョエルは賭けという非現実的極まりない単語にびびっていた。

「いいから、嘘ついて入ろうとしてるわけじゃない」

 強く手が握られる。

「でも、賭け事ってことは負けた場合のペナルティがある」
「負けなきゃ良くない?」

 琥太郎が前を向いたまま、笑ったのだとわかった。
 こんな時だが、どきっとする。頼もしい琥太郎に心臓がうるさくなる。

「へぇ、んじゃ席につきな。よく見えるよう真ん中のテーブルに座ってくれ」

 店主が指を曲げてコッチだと合図した。
 席につくと、皿が運ばれてくる。山盛りになっているのは串に肉を刺して焼いたもの。分厚く油がのった豪快な串つき肉が、二皿三皿とテーブルいっぱいに並べられる。
 見物客に混ざって見守るジョエルは見たこともない荒っぽい料理に真っ青になった。
 店主は気合い十分に腕まくりをして座っている。琥太郎は表情を変えない。串つき肉を食べる当本人たちは平気な顔をしているが、ジョエルは黙っていられなかった。

「あの、これってなんの肉ですか?」
「さぁな、知らねえ。モンスターだか、猪だか、大蛇だか、毎朝猟師が持ってきたもんを買い取ってんだ。なぁに信用できる仕事仲間だ、食べても問題ねぇもんしか持ってこないから心配いらねぇよ」

 顔面蒼白のジョエルに、店主は「やめとくか?」と肩をすくめる。

「今なら、坊主の勇気に免じて許してやるぜ。どうする?」

 問われた琥太郎はかぶりを振った。

「別にいい。腹なら強い方だし、ゲテモノ料理も食える」
「挑戦者がこう言ってんだ。お連れさんは黙って見てるこったな」

 ジョエルはぐうっと声を詰まらせる。

「じゃ、ルール説明を始めるぜ。簡単だ。俺と坊主がこの串つき肉を全部食べ終わるまでの時間を競う。客のみんなにはどちらが勝つか好きな方に好きな金額をベットしてもらう。勝利した客は賭け金の二倍を手に入れ、負けた客は賭け金の没収。そんで挑戦者の坊主だが、早食いに勝った場合は宿泊費タダ+俺と坊主に賭けられた総額の五倍を店から払おう。負けた時は今日この場にいる客が呑み食いしたぶんの金額を払ってもらう」

 ジョエルは出そうになる声を手で押さえて口を閉じた。
 琥太郎が冷静に訊ねる。

「払えなかったら?」
「そん時は払えるまでうちで働いてもらう」
「わかった」

 内心、落ち着いていられない。五倍だなんてふっかけるような額、店主は勝つ自信があるから提示できるのだ。

「お連れさんはどっちに賭けるんだ?」

 ジョエルは「ふぇ?」と情けない声をこぼした。

「店主に賭けときゃ、まぁ、多少は取り戻せる」

 よく聞けば、店員が客の賭け金を訊ねてまわっているところだった。

「いいえ、コタローを信じます。僕の有り金を全部賭けます!」
「おいおい、正気かよ」

 何が面白いのか口笛を吹かれ、ジョエルは俯きたくなったが我慢した。
 根拠などないが、本気で勝ち目のない相手に挑むだろうか。宿泊費ならあったのだから、わざわざいらない勝負をする意味はない。

(頼んだからね、コタロー・・・・・・っ!)

 負ければ一文なし。働いて返済するとなると大幅な足留めだ。
 鍋底をドラがわりにして合図の音が鳴らされ、早食いが始まった。
 劣勢に思われていた琥太郎は、開始直後から奮闘する。ひとりは「すごいや」と唖然とし、ひとりは「若いのもけっこうやるなぁ」と感心し、ひとりは「こりゃわからなくなってきた」とにわかに汗をかいていた。
 ジョエルは息を殺すようにして対決を見守った。
 そして、「ラスト一皿、あの子の勝ちが見えたな」と、客の誰かがガッツポーズをする。
 琥太郎は無心の表情で肉にかぶりついていた。
 しかし残り後三口ほどのところで様子がおかしくなる。
 かぶりと肉に大きく噛みついたのだが、顎に力が入らないのか噛みきれずに取り落とした。

「あーあ、一本追加か?」

 隣の客が含み笑ってそう言うので、ジョエルはまさかと鬼の形相で立ち上がる。

「・・・・・・卑怯です、毒を」

 琥太郎は新しい串つき肉に手を伸ばしているがその手は痙攣している。
 ジョエルは早食い対決中のテーブルに近寄りながら琥太郎の様子を伺い、サッと青ざめた。———これは毒じゃない。しかし誘発させる作用のある食べものだったのかもしれない———?
 琥太郎がピンチだと思うと、ジョエルは驚くべき早さで頭の中を整理していた。
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