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第一章『放り込まれてきた堕天使』
42 学園脱出大作戦!
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モーリッツの研究室での歓談から数日、ジョエルは監督生の見まわり当番後、ティコと待ち合わせをしていた。
シスターへ当番の報告を済ませ、寮室に戻らず、エントランスを外に出る。
場所は大講堂だ。神の啓示がされる振り子時計をずらすと、地下の用水路に続く扉が隠されている。水路は学園の外の森に繋がっていた。信頼できる者だけに口頭で伝えられてきた抜け道を通るのに特別な力も鍵も不要。場所を知っていれば開けることができるが、秘密は厳守されなければならず、扉の在りかを知っているのは卒業生でもひと握りだ。
ジョエルは琥太郎と話し合い、ジーン、フィル、ジェイコブには詳細を伝えないと決めた。話せば手助けを申し出てくれるかもしれない。中途半端に関わりがあると彼等の今後の不利になりかねない。迷惑をかけたくなかった。
だがこの時にはジョエルに利がある。
琥太郎が起こした問題の咎は世話係であるジョエルに降りかかってくるが、この時なら目を離した隙に何が起きても責任に問えない。たとえ同じ時間に裏で琥太郎が姿を消したとしても、ティコと王子が絡んでいるならジョエルの身柄も守られるだろうというちょっと狡い考えだ。
しかしこれが誰も不幸にならない唯一で最良の方法なのだった。
大講堂のドアを開けて中に入ると、ティコがチャーチベンチで眠っていた。
「ローレンツ寮長?」
そばに寄っても起きる気配がない。
「疲れていらっしゃったのかな」
困ったなと、ジョエルはぽつりとこぼす。
「やっぱり困らないかな?」
うーんと顎に手を当てた。今時間は、琥太郎もセラス寮を出られた頃だろう。前もって立てていたプランではジョエルがティコと通路を通った後、琥太郎がこっそり抜け出すのに使うといった単純な計画だった。
ティコが眠っているので足留めを食らい予定の前後が狂う。とはいえ、眠っているならいるで害はなく、琥太郎を先に通してしまえばそれでクリアだ。
ジョエルの任務はティコと時間を共有していること。
(コタローの到着を待とうかな。気持ちよく眠ってるのを起こすの可哀想だし)
結論が出た。ジョエルはティコの横に腰掛け、自分は寝てしまわないようドアを見つめていた。
時間を示す時計が一つぶん時を刻んだ頃、ギッとドアがかすかに揺れる。琥太郎が来たのだと理解した瞬間だった、ジョエルは背筋がびりっと総毛立ち、よくわからないまま直感でドアまで走り背で押さえる。
外にいた琥太郎が「は?」と声を上げた。
直後、鐘が鳴った。神の啓示の鐘だ。ボーン、ボーン・・・と地の底から振動しているような耳を塞ぎたくなる怪奇的な音。
(ローレンツ寮長が起きる)
大講堂内に響きわたる鐘の音に、冷や汗が流れた。
だがティコは目を覚まさなかった。こんなにも耳障りな大音響にも反応せず、すやすやと寝息を立てている。
(起きない・・・? 良かった)
しかし琥太郎を中に入れてあげようとした時、啓示の鐘の付近でガタンと物音がした。
誰かがいる。ジョエルはドアを背中で庇った。まだ退けられない。
塀の外の待ち合わせ場所に現れないティコを心配した王子だろうか。
目を凝らしていると、人影がぬっと立ち上がった。
ジョエルはびくりと肩を震わせ、けれどそれが近づいてくるのを目を逸らさず見据える。
「フィル、なの?」
やがて肉眼で捉えた姿に愕然とする。
「君がどうしてここに」
「こっちの台詞だよ、ジョエル。ドアの向こうにいるのはコタローでしょ? 悪いけど通路は使わせない」
「・・・・・・知ってたの?」
「ジョエルとコタローの会話が聞こえたんだ!」
フィルは地下通路を塞ぐように両手を広げる。
「今すぐ寮に戻ってベッドに入って。考え直してくれるなら何も見なかったことにしてあげるから」
「できない。フィルこそ平気なのかな。ローレンツ寮長を眠らせたのは君でしょう? 下手すれば君だけの問題で済まなくなるよ?」
「わかってる」
「本当にわかってる? 僕が言っているのはフィルの家族にまで影響が及ぶって意味なんだけど」
フィルの顔が強張った。
悪戯に薬で眠らせたことを知られたら、ティコを愛してやまない運命の番、当国の王子が黙ってないだろう。
「君こそっ、ジョエルとコタローこそ誰が影響を被るのかわかっているのかっ。君たちは勝手に自分ら二人だけの話にしているけれど、逃亡なんて前代未聞の問題を起こした学園生を出した寮がどう思われるか考えたことがある? 由緒あるセラス寮全体のイメージは失墜を免れない。減点に繋がってくるかもしれないんだよ?」
そこまで言うと、フィルが肩を落とした。
「国や学園の大人たちにとって俺たちは罪のある堕天使。どんなに優れた家柄であっても、守ってくれるようで、守ってくれないじゃないか・・・・・・」
ジョエルは唇を噛む。
「それは、僕の考えが至らなかった。ごめん」
「俺はジーンが大事なんだよ、仲良くしてくれるあいつに恩返しがしたいんだ」
フィルの主張がジョエルの胸に重く響いた。
(どうしよう、でも・・・・・・譲れない)
焦れたフィルが目を激らせる。
「そうまでしても行くというのなら、ここで大声を出して暴れる!」
「えっ」
強行策に出ようとするフィルに、ジョエルはひゅっと喉が引き攣った。
その時、隠されていたはずのとびらが開いた。地下通路の扉が開かれ、「どうやったの?」と思う間もなく、ハワードの声が聞こえてくる。
「叫ぶ必要はないですよ。すでに私がいますから。できるだけ騒ぎは避けたいですしね」
シスターへ当番の報告を済ませ、寮室に戻らず、エントランスを外に出る。
場所は大講堂だ。神の啓示がされる振り子時計をずらすと、地下の用水路に続く扉が隠されている。水路は学園の外の森に繋がっていた。信頼できる者だけに口頭で伝えられてきた抜け道を通るのに特別な力も鍵も不要。場所を知っていれば開けることができるが、秘密は厳守されなければならず、扉の在りかを知っているのは卒業生でもひと握りだ。
ジョエルは琥太郎と話し合い、ジーン、フィル、ジェイコブには詳細を伝えないと決めた。話せば手助けを申し出てくれるかもしれない。中途半端に関わりがあると彼等の今後の不利になりかねない。迷惑をかけたくなかった。
だがこの時にはジョエルに利がある。
琥太郎が起こした問題の咎は世話係であるジョエルに降りかかってくるが、この時なら目を離した隙に何が起きても責任に問えない。たとえ同じ時間に裏で琥太郎が姿を消したとしても、ティコと王子が絡んでいるならジョエルの身柄も守られるだろうというちょっと狡い考えだ。
しかしこれが誰も不幸にならない唯一で最良の方法なのだった。
大講堂のドアを開けて中に入ると、ティコがチャーチベンチで眠っていた。
「ローレンツ寮長?」
そばに寄っても起きる気配がない。
「疲れていらっしゃったのかな」
困ったなと、ジョエルはぽつりとこぼす。
「やっぱり困らないかな?」
うーんと顎に手を当てた。今時間は、琥太郎もセラス寮を出られた頃だろう。前もって立てていたプランではジョエルがティコと通路を通った後、琥太郎がこっそり抜け出すのに使うといった単純な計画だった。
ティコが眠っているので足留めを食らい予定の前後が狂う。とはいえ、眠っているならいるで害はなく、琥太郎を先に通してしまえばそれでクリアだ。
ジョエルの任務はティコと時間を共有していること。
(コタローの到着を待とうかな。気持ちよく眠ってるのを起こすの可哀想だし)
結論が出た。ジョエルはティコの横に腰掛け、自分は寝てしまわないようドアを見つめていた。
時間を示す時計が一つぶん時を刻んだ頃、ギッとドアがかすかに揺れる。琥太郎が来たのだと理解した瞬間だった、ジョエルは背筋がびりっと総毛立ち、よくわからないまま直感でドアまで走り背で押さえる。
外にいた琥太郎が「は?」と声を上げた。
直後、鐘が鳴った。神の啓示の鐘だ。ボーン、ボーン・・・と地の底から振動しているような耳を塞ぎたくなる怪奇的な音。
(ローレンツ寮長が起きる)
大講堂内に響きわたる鐘の音に、冷や汗が流れた。
だがティコは目を覚まさなかった。こんなにも耳障りな大音響にも反応せず、すやすやと寝息を立てている。
(起きない・・・? 良かった)
しかし琥太郎を中に入れてあげようとした時、啓示の鐘の付近でガタンと物音がした。
誰かがいる。ジョエルはドアを背中で庇った。まだ退けられない。
塀の外の待ち合わせ場所に現れないティコを心配した王子だろうか。
目を凝らしていると、人影がぬっと立ち上がった。
ジョエルはびくりと肩を震わせ、けれどそれが近づいてくるのを目を逸らさず見据える。
「フィル、なの?」
やがて肉眼で捉えた姿に愕然とする。
「君がどうしてここに」
「こっちの台詞だよ、ジョエル。ドアの向こうにいるのはコタローでしょ? 悪いけど通路は使わせない」
「・・・・・・知ってたの?」
「ジョエルとコタローの会話が聞こえたんだ!」
フィルは地下通路を塞ぐように両手を広げる。
「今すぐ寮に戻ってベッドに入って。考え直してくれるなら何も見なかったことにしてあげるから」
「できない。フィルこそ平気なのかな。ローレンツ寮長を眠らせたのは君でしょう? 下手すれば君だけの問題で済まなくなるよ?」
「わかってる」
「本当にわかってる? 僕が言っているのはフィルの家族にまで影響が及ぶって意味なんだけど」
フィルの顔が強張った。
悪戯に薬で眠らせたことを知られたら、ティコを愛してやまない運命の番、当国の王子が黙ってないだろう。
「君こそっ、ジョエルとコタローこそ誰が影響を被るのかわかっているのかっ。君たちは勝手に自分ら二人だけの話にしているけれど、逃亡なんて前代未聞の問題を起こした学園生を出した寮がどう思われるか考えたことがある? 由緒あるセラス寮全体のイメージは失墜を免れない。減点に繋がってくるかもしれないんだよ?」
そこまで言うと、フィルが肩を落とした。
「国や学園の大人たちにとって俺たちは罪のある堕天使。どんなに優れた家柄であっても、守ってくれるようで、守ってくれないじゃないか・・・・・・」
ジョエルは唇を噛む。
「それは、僕の考えが至らなかった。ごめん」
「俺はジーンが大事なんだよ、仲良くしてくれるあいつに恩返しがしたいんだ」
フィルの主張がジョエルの胸に重く響いた。
(どうしよう、でも・・・・・・譲れない)
焦れたフィルが目を激らせる。
「そうまでしても行くというのなら、ここで大声を出して暴れる!」
「えっ」
強行策に出ようとするフィルに、ジョエルはひゅっと喉が引き攣った。
その時、隠されていたはずのとびらが開いた。地下通路の扉が開かれ、「どうやったの?」と思う間もなく、ハワードの声が聞こえてくる。
「叫ぶ必要はないですよ。すでに私がいますから。できるだけ騒ぎは避けたいですしね」
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