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第一章『放り込まれてきた堕天使』

22 再採点の結果は

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 一日ぼんやりと過ごしたのはアルトリア家の屋敷にいた頃以来かもしれない。事情を知っているシスターたちは朝礼と当番を休ませてくれた。体調が悪いので授業も休みたいと申告すると、わかりましたと慇懃に承諾してくれた。
 ただあてどなく一日が早く終わるのを待っていたあの時とは異なり、宙ぶらりんな状況が早く終わってほしいのか終わらないでほしいのかよくわからない。
 結果が出てしまうのがコワイ。間違いでしたというシスターの答え以外聞きたくない。

(お願いです神様、僕は決して怒らないので正しい結果に訂正してください)

 ジョエルにできるのは無力に祈るだけ。
 すると、急くようにドアが開かれ、悲痛な面持ちをしてそちら見た。
 入ってきたのは琥太郎だった。まだ授業の時間のはずだ。ランチタイムには幾分早すぎる。

「や、あのさ、ちょっと抜けてきた。心配で」

 琥太郎は冗談を話す時にこの世界の人間がよくやるように肩をすくめた。ずいぶんと異世界に染まった彼の仕草にも、ジョエルは笑みを投げかけてやれない。

「そんな顔するなよ。おっと、お説教はなしだぜ? あーでも、んな辛そうな顔見るくらいならガミガミ言われてた方がマシかもな。朝起きてから何も喋らないし。どうしたよ、ジョエル、ん?」
「別になんでもない」

 シスターとの会話の中身は琥太郎には内緒だった。
 心配されているのはありがたいが、その気持ちが今は重たい。迷惑なのではなくて受け取ることができないからだ。ジョエルの問題はジョエルのもの。以前に放っておいてほしいと言った琥太郎の気持ちがこんな時に身に沁みてくるなんて。
 毎日手を伸ばせば簡単に触れ合えるほど近くで生きているのに、オメガたちは誰しもひとりぼっち。
 堕天使だから・・・ゆえの罰。
 再三、自分で口にしてきたそれだ。
 シーレハウス学園に来る前の生活に比べればずっと素晴らしい日々なのに、ジョエルは琥太郎と真にわかり合えないことが今はすごく悲しいと思ってしまうのだった。

「本当になんでもないんだ、ひとりにしてくれる?」
「でも顔色が悪いぞ、ヒートなんじゃないのか」
「ははっ、この前来たばかりでそんなに頻繁にならないよ」
「そうか、無理するなよ」
「うん、ありがとう。コタローはちゃんと授業に戻りなよ?」
「はいはい言われなくても戻りますよ~、じゃあな。具合悪いなら大人しく寝てろよ」

 普段と同じ会話の温度だ、深入りされなくてホッとする。

「・・・・・・顔見にきてくれてありがとうくらい言えば良かったかな」

 ジョエルは琥太郎が出て行った後に、ひとり寂しく呟きをこぼした。
 シスターが報告に訪れたのはその日の午後だった。
 入室してすぐ窓辺に向かったことや、やたらと天気の話で本題に入るのを引き伸ばそうとするところから、結果が目に見えてきてしまう。シスターの行動としてはらしくない。これでも彼等にとって監督生のジョエルは他の学園生より近しい存在でいたようだ、なんとか傷を和らげようとしてくれているのがひしひしと伝わる。
 しかし慣れない気づかいが余計に傷口を広げている。

「採点結果は変わらなかったんですね」

 埒があかないのでジョエルから訊ねた。誤魔化されている時間はかなり拷問だった。
 シスターは瞠目し、顔を曇らせる。

「ええ。残念ですが、そのようです」
「わざわざ無理言って頼んでいただいたのに、なんとお詫びを申し上げれば良いでしょうか」

 ジョエルは膝の上で毛布を握りしめた。

「そのことは構いません。しかし、あなたも存じている決まりですので率直に申します。アルトリアさんは此度の成績低下で監督生の基準から外れました。進級するには問題ない成績ですが、来年度からは一般の学園生、セラス寮生として在籍していただくことになるでしょう」
「はい」

 ジョエルは力なく頷く。
 監督生から除籍されるとなれば、寮長の道、その先のシスターの道も潰えた。

「期待に応えられず申しわけありませんでした」
「謝るのは止しましょう。困ったことがあればいつでも我々シスターに声をかけてくださいね。気持ちの整理をつける時間が必要でしょうから監督生の仕事はしばらく出なくて結構です」
「・・・・・・ありがとうございます。お心づかい感謝いたします」
「では、気を落とさずに。お大事にしてください」

 話を終えるとシスターは足早に出て行き、ジョエルは膝に顔をうずめた。

(休みをくれるって意味で言ってたけど、監督生の仕事はこのまま外されるのだろうな)

 気を落とさずになんて無理に決まっている。
 勝手にぼろぼろと涙が出てきた。これじゃ琥太郎にまた馬鹿にされてしまう。

(もうすぐ、授業が終わる。コタローの前では笑っていなくちゃ。昼間は言えなかったありがとうも伝えなくちゃ)

 ジョエルはごしごしと瞼をこすり、涙でほんのり濡れてしまった袖口を手のひらでぎゅっと握り隠した。

「ただいまっ、ジョエル生きてるか?!」
 
 びくりと肩が跳ねた。
 まったくタイミングが良いのか悪いのか、琥太郎が駆け足で帰ってきた。
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