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第一章『放り込まれてきた堕天使』
19 またまた頭が痛い
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放っとけと言われても実際に放任しておくのは許されない。
あの琥太郎の口ぶりだとテスト当日は白紙で提出するんじゃないかと思われ、あながち大袈裟とも言えないのが困ったことだ。
セラス寮生のみんなに協力を頼み、さりげなく琥太郎の隣で勉強してもらったり、役立ちそうな部分を声に出してもらって強制的に琥太郎の耳に入れさせたりしてみるが、テスト日までの時間が一秒一秒と近づいてしまうのに、微々たる対策しかできていない。
がたんっとカフェテリアの椅子が乱暴に引かれる。
(ああ、また臍を曲げた猫ちゃんに逃げられた)
ジョエルはため息を吐く。
「追わなくていいのか」
ジーンが教科書に目を走らせながら問う。
「いい」
「無理やり連れ戻そうか?」
「いいんだ。僕もジーンも自分の勉強しなきゃ」
「はぁ、ならもう放っとけあんなの」
ちらりと視線を上げ、ジーンは肩をすくめた。
「言いすぎだジーン!」
と、フィルに咎められるが、知るかよと教科書に注意を戻し没頭し始める。
ジョエルは勉強道具をかき集めて席を立った。
「探してくる」
琥太郎が気になって集中できなかった。最初に足を運んだのは琥太郎が落ち着くと言っていた共用コート。だが姿はない。図書棟にもいなくて、一度セラス寮に戻ってカフェテリアと談話室を覗いたがいなかった。
もしかしたらと思いモーリッツの研究室を訪ねてみたが、そちらにも行っていなかった。
(コタロー・・・・・・)
君は何処にいるんだ。隠れんぼが上手なのは幼子だけで充分だ。こうも探して見当たらないのなら、猫みたいになって木の上にでもいるのだろうか。木登りができるようだし、木立の茂みの中を探してみた方がいいだろうか。
どんよりした気持ちでセラス寮に戻ろうとした時、おもむろに別寮生とすれ違った。彼等の会話に耳を疑う。
「あの新入生おもしろいな。セラス寮じゃなくこっちに来れば良かったのに」
「でも頭は悪くないんだろうな、知識にムラがあるけど語学と算学は結構できるらしいじゃん。身体能力も案外イケるしな? なんだっけ・・・見たことない」
話が続いているようだが、通り過ぎていった後ろ姿が遠のき、声も聴こえなくなった。ジョエルは慌てて追いかける。
「待って、君たちウラノス寮生だね? 今は誰の話を?」
ジョエルの立ち姿を捉えると、平民出身の学園生たちがひゅっと喉を鳴らした。これは悪事をした覚えの有無に関わらず身分差による必然の反応で、おそらく彼等が下の学年ということと、ジョエルが監督生という理由もある。
「俺たち何もしてないです」
彼等は一様に目を泳がせた。
「ごめんね、突然呼び止めて無礼な真似をしてしまった」
控えめな口調で詫びると、意外だったのだろう、顔を互いに見合わせている。
「会話に出てきた新入生の居場所を教えてくれるかな?」
「・・・今もそこにいるかわかりませんが、ウラノス寮のカフェテリアか、もしくは中庭のテラスに」
「わかった。ありがとう。今度お礼をさせてね!」
泡を食ったような顔をする彼等に手をふり、ジョエルは足を早めた。
学園生活で初めて足を踏み入れるウラノス寮。
エントラスをくぐったジョエルは向けられる驚きの視線に会釈と笑顔を返し、まっすぐカフェテリアに足を運ぶ。
どの寮も建物の建築様式は変わらず、調度品などは貴族家の寄付金で賄われているため古さに違いがあるものの、内装外装共に大まかな差はない。
感じたのは香りか。過剰なフレグランスの香りに酔いそうになる。カフェテリアが近づくと、その香りに食べ物や飲み物の匂いが混ざり、独特の刺激臭が作り出されていた。
息を止めておきたくなるような匂いだが、ウラノス寮生にとっては日常であるため、平気な顔でくつろいでいる。
加えて気になったのはテーブルの上の乱雑さ。
教科書やペンの横に食べかけのトレーが置きっぱなし、注意を促したくなりウラノス寮の監督生を探したが、他の寮生に混じって気に留めていなかった。
しかし、ジョエルの視線はある一点に向けられる。
いくつかに分かれた集団が、くっつけたテーブルを囲んで何やら騒々しくしていた。
「反対だ、それだと一部の人間にしか恩恵がいかない。俺は国営機能を管理する役人は末端にこそ数を増やして見守るべきだと思うぜ」
「だが予算はどうするんだ。末端ってことは食うのにも厳しい農村地だ。金を稼げる見込みのない場所に人員を割こうっていうお偉いさんはいないだろ。それよりも王都と各都市の繋がりをさらに強固にして人や物の流れを円滑にするべきでは?」
「ぁあ? お前は村育ちじゃないからそんな人でなしみたいな考え方ができるんだっ!」
「へ、そうかもな」
そして意見していた片方がもう片方の首根っこを掴んで立ち上がると、わぁわぁと周りがはやし立てた。
(これは・・・政治の話?)
怒声ともつかぬ大声で論じ合いながらの学び方は興味深く、おもしろいものがある。しかも集団の中には琥太郎の姿があり、セラス寮にいる時より自然体に見える。
気のせいだろうか。
楽しそうな琥太郎の表情に踵を返そうかと足が止まる。
(でも政治の話はテストとは関係ない。オメガには必要ないこと・・・連れ戻さなきゃ)
ジョエルは気を取り直してテーブルの合間を進み、討論中の集団に近づいた。
「コタロー、迎えにきた。帰るよ」
静かに声を出したつもりだったが、むしろ冷たい口調になってしまった。
「ジョエル?!」
琥太郎はギョッとする。ジョエルは彼の手首を掴んだ。
「こういう話の方がおもしろいかもしれないけど帰ろうね。もう勝手は許さないよ」
「お、おいっ、俺は嫌だ!」
「嫌でも帰るの。テストまで時間がないの、授業以外はセラス寮から出さないからね」
「やめ、はなせ!」
琥太郎のことになると信じられないほど力が出る。自分の腕力に驚いた。ジョエルは暴れる琥太郎を無言で引きずり、ウラノス寮を出てセラス寮まで強制連行した。その後セラス寮生たちの注目を集めながら廊下を歩き、寮室に琥太郎を押し込むと内側から鍵をかけてドアの前で腕を組んだ。
琥太郎がジョエルを睨みつけていたが、負けじと眉間に力を入れて威嚇する。
「慣れないことされても怖くねぇけど」
「黙りなさい! 僕は君の不真面目さに怒っています!」
あの琥太郎の口ぶりだとテスト当日は白紙で提出するんじゃないかと思われ、あながち大袈裟とも言えないのが困ったことだ。
セラス寮生のみんなに協力を頼み、さりげなく琥太郎の隣で勉強してもらったり、役立ちそうな部分を声に出してもらって強制的に琥太郎の耳に入れさせたりしてみるが、テスト日までの時間が一秒一秒と近づいてしまうのに、微々たる対策しかできていない。
がたんっとカフェテリアの椅子が乱暴に引かれる。
(ああ、また臍を曲げた猫ちゃんに逃げられた)
ジョエルはため息を吐く。
「追わなくていいのか」
ジーンが教科書に目を走らせながら問う。
「いい」
「無理やり連れ戻そうか?」
「いいんだ。僕もジーンも自分の勉強しなきゃ」
「はぁ、ならもう放っとけあんなの」
ちらりと視線を上げ、ジーンは肩をすくめた。
「言いすぎだジーン!」
と、フィルに咎められるが、知るかよと教科書に注意を戻し没頭し始める。
ジョエルは勉強道具をかき集めて席を立った。
「探してくる」
琥太郎が気になって集中できなかった。最初に足を運んだのは琥太郎が落ち着くと言っていた共用コート。だが姿はない。図書棟にもいなくて、一度セラス寮に戻ってカフェテリアと談話室を覗いたがいなかった。
もしかしたらと思いモーリッツの研究室を訪ねてみたが、そちらにも行っていなかった。
(コタロー・・・・・・)
君は何処にいるんだ。隠れんぼが上手なのは幼子だけで充分だ。こうも探して見当たらないのなら、猫みたいになって木の上にでもいるのだろうか。木登りができるようだし、木立の茂みの中を探してみた方がいいだろうか。
どんよりした気持ちでセラス寮に戻ろうとした時、おもむろに別寮生とすれ違った。彼等の会話に耳を疑う。
「あの新入生おもしろいな。セラス寮じゃなくこっちに来れば良かったのに」
「でも頭は悪くないんだろうな、知識にムラがあるけど語学と算学は結構できるらしいじゃん。身体能力も案外イケるしな? なんだっけ・・・見たことない」
話が続いているようだが、通り過ぎていった後ろ姿が遠のき、声も聴こえなくなった。ジョエルは慌てて追いかける。
「待って、君たちウラノス寮生だね? 今は誰の話を?」
ジョエルの立ち姿を捉えると、平民出身の学園生たちがひゅっと喉を鳴らした。これは悪事をした覚えの有無に関わらず身分差による必然の反応で、おそらく彼等が下の学年ということと、ジョエルが監督生という理由もある。
「俺たち何もしてないです」
彼等は一様に目を泳がせた。
「ごめんね、突然呼び止めて無礼な真似をしてしまった」
控えめな口調で詫びると、意外だったのだろう、顔を互いに見合わせている。
「会話に出てきた新入生の居場所を教えてくれるかな?」
「・・・今もそこにいるかわかりませんが、ウラノス寮のカフェテリアか、もしくは中庭のテラスに」
「わかった。ありがとう。今度お礼をさせてね!」
泡を食ったような顔をする彼等に手をふり、ジョエルは足を早めた。
学園生活で初めて足を踏み入れるウラノス寮。
エントラスをくぐったジョエルは向けられる驚きの視線に会釈と笑顔を返し、まっすぐカフェテリアに足を運ぶ。
どの寮も建物の建築様式は変わらず、調度品などは貴族家の寄付金で賄われているため古さに違いがあるものの、内装外装共に大まかな差はない。
感じたのは香りか。過剰なフレグランスの香りに酔いそうになる。カフェテリアが近づくと、その香りに食べ物や飲み物の匂いが混ざり、独特の刺激臭が作り出されていた。
息を止めておきたくなるような匂いだが、ウラノス寮生にとっては日常であるため、平気な顔でくつろいでいる。
加えて気になったのはテーブルの上の乱雑さ。
教科書やペンの横に食べかけのトレーが置きっぱなし、注意を促したくなりウラノス寮の監督生を探したが、他の寮生に混じって気に留めていなかった。
しかし、ジョエルの視線はある一点に向けられる。
いくつかに分かれた集団が、くっつけたテーブルを囲んで何やら騒々しくしていた。
「反対だ、それだと一部の人間にしか恩恵がいかない。俺は国営機能を管理する役人は末端にこそ数を増やして見守るべきだと思うぜ」
「だが予算はどうするんだ。末端ってことは食うのにも厳しい農村地だ。金を稼げる見込みのない場所に人員を割こうっていうお偉いさんはいないだろ。それよりも王都と各都市の繋がりをさらに強固にして人や物の流れを円滑にするべきでは?」
「ぁあ? お前は村育ちじゃないからそんな人でなしみたいな考え方ができるんだっ!」
「へ、そうかもな」
そして意見していた片方がもう片方の首根っこを掴んで立ち上がると、わぁわぁと周りがはやし立てた。
(これは・・・政治の話?)
怒声ともつかぬ大声で論じ合いながらの学び方は興味深く、おもしろいものがある。しかも集団の中には琥太郎の姿があり、セラス寮にいる時より自然体に見える。
気のせいだろうか。
楽しそうな琥太郎の表情に踵を返そうかと足が止まる。
(でも政治の話はテストとは関係ない。オメガには必要ないこと・・・連れ戻さなきゃ)
ジョエルは気を取り直してテーブルの合間を進み、討論中の集団に近づいた。
「コタロー、迎えにきた。帰るよ」
静かに声を出したつもりだったが、むしろ冷たい口調になってしまった。
「ジョエル?!」
琥太郎はギョッとする。ジョエルは彼の手首を掴んだ。
「こういう話の方がおもしろいかもしれないけど帰ろうね。もう勝手は許さないよ」
「お、おいっ、俺は嫌だ!」
「嫌でも帰るの。テストまで時間がないの、授業以外はセラス寮から出さないからね」
「やめ、はなせ!」
琥太郎のことになると信じられないほど力が出る。自分の腕力に驚いた。ジョエルは暴れる琥太郎を無言で引きずり、ウラノス寮を出てセラス寮まで強制連行した。その後セラス寮生たちの注目を集めながら廊下を歩き、寮室に琥太郎を押し込むと内側から鍵をかけてドアの前で腕を組んだ。
琥太郎がジョエルを睨みつけていたが、負けじと眉間に力を入れて威嚇する。
「慣れないことされても怖くねぇけど」
「黙りなさい! 僕は君の不真面目さに怒っています!」
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