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第一章『放り込まれてきた堕天使』
18 お勉強して?
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テストまで残された日は五日間。時間でいえば四五〇時間! この世界の時計のてっぺんは全て十五。初めてシーレハウス学園の時計を目にした時、いやいやおかしいと眉をひそめた琥太郎に一日は三〇時間だと言ったら仰天された記憶がある。琥太郎のいた世界には一から十二までの月と呼ばれる単位で一年が区切られていたようだが、ここでは一日の時間を示す時計と、三○時間でひとつ針が進む周期時計がある。大講堂に置いてある、啓示の鐘を鳴らす例の振り子時計だ。
十五日で授業のワンクールと数え、十二の針を差したら三日休み、また次のクールが始まる。琥太郎に教えると、曜日のない一週間みたいなものだなと言われたことを思い出す。話の合間にジョエルは「ヨウビ?」ってなんだろうと不思議に思っていた。
ちなみに一年の終わりは冬が来るということ以外に天文学の専門家が月と星と太陽の位置をもとに計算して出しており、周期時計の一年の終わりのズレは毎年知らぬ間に直されていて、学園の誰かが直しているのかと思っていたが、琥太郎の出現と啓示の鐘を聴いた後では考えが変わった。もしかしたら人外的な力が働いているのか・・・・・・
(ダメ、ダメ、ダメ! 余計なこと考えてる余裕ない!)
次回のテストは冬の学年末テストを控えた、いわば予行練習のようなものだ。出題範囲が絞られているとはいえ、こっちの世界の知識がない琥太郎は不利中の不利。
ジョエルは夕食後、談話室に行こうとする琥太郎を捕まえ分厚いノートを押しつける。
「これの中身を覚えて」
「うへぇ、鈍器かよ」
「喩え方がなにそれ。言っても太陽の王子様の童話くらいでしょ」
「その童話を知らんわ。聞いたことあるような無いような名前だな」
「文句垂れてないで僕が当番を終えるまでちゃんと勉強しててよね?」
「眠くなっちゃうかも」
「また洗礼の時みたいに荊の鞭で打たれたいの? 落第点ってね、それほど重罪なんだよ」
琥太郎が唇をひくりと引き攣らせる。嘘をついてしまったが、彼のためだ。
「わーったよ」
「よしよし、これを丸暗記すれば間違いないから!」
押しつけたノートの中身は——紙に紐を通してバラバラにならないよう結えただけだが——、ジョエルが出題問題の山を張り、厳選した項目が詰まっている。
自分が勉強するために作成したノートだけれど、特別に貸してあげるのだ。
できるなら、全項頭に入れるに越したことはない。
しかし半分・・・最悪三分の一でもテスト当日までに覚えていれば落第点はまず免れる。
「寝てたら叩き起こすからね、じゃあ僕は当番に戻るから」
本当は付きっきりで勉強を見てあげられたら良かった。琥太郎もひとりで勉強するのは心細いのだろう。浮かない顔でうなじを掻いている琥太郎を残し、ジョエルは忙しなく彼のそばを離れた。
だが監督生の仕事を終えて寮室に戻ったジョエルは失望する。
「うーん」
愕然とするあまり額を手で覆い唸った。
今夜はどの部屋にもまだ明かりが灯っている。本来なら就寝時刻を過ぎているので規律違反になってしまうが、テストを間近に控えた期間だけは特例でシスターは目をつぶってくれる。
そんな中、一番危ういこの男はベッドの上で寝息を立てているではないか。
見損なうどころか危機感が足りなすぎる。
荊の鞭は嘘でも、落第点を取るということがシーレハウス学園では何を意味するのかよくお説教しなければいけない。
ジョエルはゆらりと琥太郎のベッドに足をかけ、彼を跨ぐようにして仁王立ちした。
「こぉぉら、起きろっ! コタロー!!!!!」
腕を組み、大声で叫ぶ。すると琥太郎はバネのように勢いよく飛び起きた。
夜中にひとを怒鳴りつけるなんて、大貴族令息にとってはあるまじき行いだったかもしれない。
でも今はなりふり構っていられない。
「僕、寝ないでお勉強してって言ったよね? 言わなかったっけ?」
「言いました。ごめんなさい」
「謝るくらいならちゃんとしてよ。どうして?」
ぐいぐいと距離を詰めると、琥太郎がお決まりの嫌そうな顔でそっぽを向く。
「ちょっと・・・顔近い」
「誤魔化さないでよ」
「はぁ? 別に俺の成績なんか放っとけばいいじゃん。別に俺は点数悪くてもいいし」
「なっ」
成績が悪くなっても気にならないとは理解に苦しむ。
ジョエルはしばし沈黙し、「なるほど」と思い立ってベッドを降りる。それから拗ねている琥太郎に手を差し伸べた。
「なんのつもりだよ」
「だって、ひとりで勉強するのが寂しいんでしょ? ごめんね、少しだけなら付き合ってあげられる。明日は当番休みだから一日一緒に勉強できるよ」
「ちげぇよ、ばーか」
「馬鹿? コタローに言われたくないんですけど」
その時ドアがノックされ隣室のジーンとフィルがひょこっと顔を出した。二人ともテスト勉強に勤しんでいるのだろう、疲労感を滲ませた顔でとても眠たそうだ。
「ぎゃーぎゃー騒ぐのもほどほどに、静かにお願いします」
「頼むよお願い~。集中できなくて覚えた単語が頭からこぼれてっちゃう」
ジーンとフィルが涙ながらに手を合わせる。
「マジの苦情じゃん。悪ぃな」
琥太郎の軽々しさに物申したくなったが、ジョエルは全て呑み込んで「ごめん」と謝罪する。彼等が自室に戻っていってからの空気は消化不良な熱を持て余した状態で、どちらも喋らず口をつぐんでいるために、しんとした静けさと空気にこもった熱がミスマッチで居心地が悪い。
(こんなはずじゃなかったのにな・・・・・・)
琥太郎に貸したテスト用ノートはよく出来ていると自負できる。あらゆる範囲を網羅してあり、素直に暗記すれば済む話なのに、拒否する理由がわからない。
(そこまで勉強嫌いなのかな・・・・・・確かに嫌いそうだけど)
琥太郎との生活にも慣れてきて、気持ちを汲み取ってあげることも以前に比べて得意になったと思っていたけれど全然ダメだったみたいだ。
難しい。
不甲斐なさに泣きたくなる。
「俺は寝る、ジョエルの勉強の邪魔はしないから」
「あ、待・・・おやすみ」
潔く毛布に潜ってしまった背中に何も言えず、ジョエルは肩を落として自身の机に向かったのだった。
十五日で授業のワンクールと数え、十二の針を差したら三日休み、また次のクールが始まる。琥太郎に教えると、曜日のない一週間みたいなものだなと言われたことを思い出す。話の合間にジョエルは「ヨウビ?」ってなんだろうと不思議に思っていた。
ちなみに一年の終わりは冬が来るということ以外に天文学の専門家が月と星と太陽の位置をもとに計算して出しており、周期時計の一年の終わりのズレは毎年知らぬ間に直されていて、学園の誰かが直しているのかと思っていたが、琥太郎の出現と啓示の鐘を聴いた後では考えが変わった。もしかしたら人外的な力が働いているのか・・・・・・
(ダメ、ダメ、ダメ! 余計なこと考えてる余裕ない!)
次回のテストは冬の学年末テストを控えた、いわば予行練習のようなものだ。出題範囲が絞られているとはいえ、こっちの世界の知識がない琥太郎は不利中の不利。
ジョエルは夕食後、談話室に行こうとする琥太郎を捕まえ分厚いノートを押しつける。
「これの中身を覚えて」
「うへぇ、鈍器かよ」
「喩え方がなにそれ。言っても太陽の王子様の童話くらいでしょ」
「その童話を知らんわ。聞いたことあるような無いような名前だな」
「文句垂れてないで僕が当番を終えるまでちゃんと勉強しててよね?」
「眠くなっちゃうかも」
「また洗礼の時みたいに荊の鞭で打たれたいの? 落第点ってね、それほど重罪なんだよ」
琥太郎が唇をひくりと引き攣らせる。嘘をついてしまったが、彼のためだ。
「わーったよ」
「よしよし、これを丸暗記すれば間違いないから!」
押しつけたノートの中身は——紙に紐を通してバラバラにならないよう結えただけだが——、ジョエルが出題問題の山を張り、厳選した項目が詰まっている。
自分が勉強するために作成したノートだけれど、特別に貸してあげるのだ。
できるなら、全項頭に入れるに越したことはない。
しかし半分・・・最悪三分の一でもテスト当日までに覚えていれば落第点はまず免れる。
「寝てたら叩き起こすからね、じゃあ僕は当番に戻るから」
本当は付きっきりで勉強を見てあげられたら良かった。琥太郎もひとりで勉強するのは心細いのだろう。浮かない顔でうなじを掻いている琥太郎を残し、ジョエルは忙しなく彼のそばを離れた。
だが監督生の仕事を終えて寮室に戻ったジョエルは失望する。
「うーん」
愕然とするあまり額を手で覆い唸った。
今夜はどの部屋にもまだ明かりが灯っている。本来なら就寝時刻を過ぎているので規律違反になってしまうが、テストを間近に控えた期間だけは特例でシスターは目をつぶってくれる。
そんな中、一番危ういこの男はベッドの上で寝息を立てているではないか。
見損なうどころか危機感が足りなすぎる。
荊の鞭は嘘でも、落第点を取るということがシーレハウス学園では何を意味するのかよくお説教しなければいけない。
ジョエルはゆらりと琥太郎のベッドに足をかけ、彼を跨ぐようにして仁王立ちした。
「こぉぉら、起きろっ! コタロー!!!!!」
腕を組み、大声で叫ぶ。すると琥太郎はバネのように勢いよく飛び起きた。
夜中にひとを怒鳴りつけるなんて、大貴族令息にとってはあるまじき行いだったかもしれない。
でも今はなりふり構っていられない。
「僕、寝ないでお勉強してって言ったよね? 言わなかったっけ?」
「言いました。ごめんなさい」
「謝るくらいならちゃんとしてよ。どうして?」
ぐいぐいと距離を詰めると、琥太郎がお決まりの嫌そうな顔でそっぽを向く。
「ちょっと・・・顔近い」
「誤魔化さないでよ」
「はぁ? 別に俺の成績なんか放っとけばいいじゃん。別に俺は点数悪くてもいいし」
「なっ」
成績が悪くなっても気にならないとは理解に苦しむ。
ジョエルはしばし沈黙し、「なるほど」と思い立ってベッドを降りる。それから拗ねている琥太郎に手を差し伸べた。
「なんのつもりだよ」
「だって、ひとりで勉強するのが寂しいんでしょ? ごめんね、少しだけなら付き合ってあげられる。明日は当番休みだから一日一緒に勉強できるよ」
「ちげぇよ、ばーか」
「馬鹿? コタローに言われたくないんですけど」
その時ドアがノックされ隣室のジーンとフィルがひょこっと顔を出した。二人ともテスト勉強に勤しんでいるのだろう、疲労感を滲ませた顔でとても眠たそうだ。
「ぎゃーぎゃー騒ぐのもほどほどに、静かにお願いします」
「頼むよお願い~。集中できなくて覚えた単語が頭からこぼれてっちゃう」
ジーンとフィルが涙ながらに手を合わせる。
「マジの苦情じゃん。悪ぃな」
琥太郎の軽々しさに物申したくなったが、ジョエルは全て呑み込んで「ごめん」と謝罪する。彼等が自室に戻っていってからの空気は消化不良な熱を持て余した状態で、どちらも喋らず口をつぐんでいるために、しんとした静けさと空気にこもった熱がミスマッチで居心地が悪い。
(こんなはずじゃなかったのにな・・・・・・)
琥太郎に貸したテスト用ノートはよく出来ていると自負できる。あらゆる範囲を網羅してあり、素直に暗記すれば済む話なのに、拒否する理由がわからない。
(そこまで勉強嫌いなのかな・・・・・・確かに嫌いそうだけど)
琥太郎との生活にも慣れてきて、気持ちを汲み取ってあげることも以前に比べて得意になったと思っていたけれど全然ダメだったみたいだ。
難しい。
不甲斐なさに泣きたくなる。
「俺は寝る、ジョエルの勉強の邪魔はしないから」
「あ、待・・・おやすみ」
潔く毛布に潜ってしまった背中に何も言えず、ジョエルは肩を落として自身の机に向かったのだった。
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