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第一章『放り込まれてきた堕天使』
17 日常の中の脅威
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スヴェア王国は一年中穏やかな気候で過ごしやすい。暑すぎる日もなく、暴風雨に見舞われる日も滅多にない。だが琥太郎に言わせればとても変な気候だそうだ。めぐる季節が常春か冬のみだと教えた時には同じことを立て続けに三度も質問されたくらいだ。
一年の締めくくりに短い冬が来るのが特徴で、その年に雪が降れば、来年に素晴らしい一年が訪れると言い伝えがあり、スヴェアの民は毎年冬を楽しみにして過ごしている。
「雪・・・かぁ」
「しぃ、コタロー、反省した顔してなきゃ。昨晩の話の続きはまた今度ね、冬なんてまだもうちょっと先の話だよ」
琥太郎が医務室に運ばれてから三日。幸い手首の怪我はびっくりした発見者が大袈裟に報告していただけだったようで、数日のうちにベッドから出られるまでに回復したので、今日は二人してシスターの事情聴取を待っている。場所は寮の面談用の個室。揃っての事情聴取はすでに一度行われており、二度目の今回で処分が決まる。
「でもさ~」
「なぁに?」
琥太郎は緊張感に欠け、シスターの到着が遅れているのをいいことに、だらしなく椅子の上でふんぞりかえっている。
いい加減ジョエルも肩肘を張っているのが馬鹿らしく感じてきた。
「なんでただの雪が言い伝えになるんだろうな」
「空から白い雪がちらちら降ってくるでしょ? その情景を見た先人たちが、これは堕天使たちの取り上げられた羽なんじゃないかって思ったんだって。その年に堕天使たちがどれだけ悔い改めたかっていう指標にもなるんだ。たくさん祈りを捧げれば、神様も怒りを鎮めてくれて、奪った羽を返してやろうと空から降らせくれる。白い雪はそんな様を表しているんだろうって」
「あー・・・なるほどなぁ」
「だから雪が降ると国民たちのオメガに対する見方が優しくなる。逆も然りだけど」
「なんか想像つく。生きにくい世の中だな」
「うん、ほんとそうだね」
民を蔑めて堕天使を擁護するような軽口もこれまでなら注意していたけれど、今は受け入れてしまっている。
しかし学園の人間に聞かれたら良くない。
「さぁ、無駄話はおしまいだよ」
「はいはい」
今度こそお喋りを中断させた時、担当のシスターが面談室に姿を見せた。
「遅れました。申しわけありません」
シスターは丁寧な口調で述べ、にこやかに向かいの席に座った。ハワードが聴取を行うと聞いていたのだが、現れたのは別のシスターで残念に思う。
そんな気持ちを見透かしたみたいにシスターは言う。
「ハワードシスター長はモーリッツ先生とお話をされています。まだお話の途中でしたので、私がかわりにここへ」
ジョエルは緊張を高めて頷いた。
「そうでしたか。どうだったでしょうか」
「ええ、あなたがたの主張と一致する証言が取れましたよ。二度と同様の事件が起きないようモーリッツ先生にはシスター長が厳しく伝えています。今回は不問になりますが今後は気をつけるように」
「はい、承知しました」
安堵の息をつき、ジョエルは肩の力を抜く。
モーリッツとも秘密の共有をすることになったわけだが、ニセの理由作りに協力してくれたのだ。理解が早くてスムーズに話が進み助かった。初見する不可思議な魔術の予感に始終目をキラキラさせ、彼の研究に協力するという条件つきだが、快く引き受けてくれた。
ニセの理由はこうだ、琥太郎はモーリッツに頼まれて茂みに入ったということにした。教師の指示ならジョエルが口を挟めなくても問題ない。もろもろ細かい部分の言いわけはモーリッツに任せた。
「そちらから追加で申告がなければ聴取は以上になります」
「ありません」
「ではこの話はこれで。そういえばアルトリアさん、次の休日明けにテストがありますね。彼の勉強の進み具合はいかがですか」
聴取から解放され、会話内容が雑談に変わる。
「げっ、テストぉ?」
琥太郎が悲痛な声をあげた。
「コタローは先生の話を聞いてなかったの?」
最終学年に進級する前にテストが二回残されている。一回目が間もなくで、二回目は雪が降る頃になるだろうか。後半のテストの結果が今学年の総合成績となる。
「ついていくのに手一杯なんだって! 居眠りしてないだけ褒めろよ」
「寝ないのは当たり前なの!」
暴君みたいな性格に呆れる。先生がたが時間を割いてくださって授業をしてくれているというのに。
ジョエルは心の声をため息に変えてこぼした。琥太郎は口を尖らせている。
「コタローさんは次のテストの結果を見て来年以降についての面談が行われると思いますよ。どの程度の知識を有しているのかで知れる情報は多いですから」
「あー、はい」
琥太郎がうなじを掻いた。返事に困っているのだろう。
「気に病まなくても平気平気」
ジョエルは笑って耳打ちをした。
「コタローが最下級生からやり直しになったとしても僕がシスターになってずっと面倒みてあげるから」
「そこでそういうこと言うのやめて」
「ん?」
見れば琥太郎が耳を押さえている。
「てかよ、進級できちゃったらヤバいじゃん」
「どうして?」
「・・・・・・わかんねぇのかよ」
まるでわからない。首を傾げた時、シスターが立ち上がる。
「あなた達が仲良くしているようで何よりです。落第点を一科目でも取ると罰則が課せられますので頑張ってくださいね」
そうだった。上位争いしかしたことのないジョエルは忘れていた。しかしジョエルは青ざめたが、肝心の琥太郎はどこ吹く風といった顔をしていた。
一年の締めくくりに短い冬が来るのが特徴で、その年に雪が降れば、来年に素晴らしい一年が訪れると言い伝えがあり、スヴェアの民は毎年冬を楽しみにして過ごしている。
「雪・・・かぁ」
「しぃ、コタロー、反省した顔してなきゃ。昨晩の話の続きはまた今度ね、冬なんてまだもうちょっと先の話だよ」
琥太郎が医務室に運ばれてから三日。幸い手首の怪我はびっくりした発見者が大袈裟に報告していただけだったようで、数日のうちにベッドから出られるまでに回復したので、今日は二人してシスターの事情聴取を待っている。場所は寮の面談用の個室。揃っての事情聴取はすでに一度行われており、二度目の今回で処分が決まる。
「でもさ~」
「なぁに?」
琥太郎は緊張感に欠け、シスターの到着が遅れているのをいいことに、だらしなく椅子の上でふんぞりかえっている。
いい加減ジョエルも肩肘を張っているのが馬鹿らしく感じてきた。
「なんでただの雪が言い伝えになるんだろうな」
「空から白い雪がちらちら降ってくるでしょ? その情景を見た先人たちが、これは堕天使たちの取り上げられた羽なんじゃないかって思ったんだって。その年に堕天使たちがどれだけ悔い改めたかっていう指標にもなるんだ。たくさん祈りを捧げれば、神様も怒りを鎮めてくれて、奪った羽を返してやろうと空から降らせくれる。白い雪はそんな様を表しているんだろうって」
「あー・・・なるほどなぁ」
「だから雪が降ると国民たちのオメガに対する見方が優しくなる。逆も然りだけど」
「なんか想像つく。生きにくい世の中だな」
「うん、ほんとそうだね」
民を蔑めて堕天使を擁護するような軽口もこれまでなら注意していたけれど、今は受け入れてしまっている。
しかし学園の人間に聞かれたら良くない。
「さぁ、無駄話はおしまいだよ」
「はいはい」
今度こそお喋りを中断させた時、担当のシスターが面談室に姿を見せた。
「遅れました。申しわけありません」
シスターは丁寧な口調で述べ、にこやかに向かいの席に座った。ハワードが聴取を行うと聞いていたのだが、現れたのは別のシスターで残念に思う。
そんな気持ちを見透かしたみたいにシスターは言う。
「ハワードシスター長はモーリッツ先生とお話をされています。まだお話の途中でしたので、私がかわりにここへ」
ジョエルは緊張を高めて頷いた。
「そうでしたか。どうだったでしょうか」
「ええ、あなたがたの主張と一致する証言が取れましたよ。二度と同様の事件が起きないようモーリッツ先生にはシスター長が厳しく伝えています。今回は不問になりますが今後は気をつけるように」
「はい、承知しました」
安堵の息をつき、ジョエルは肩の力を抜く。
モーリッツとも秘密の共有をすることになったわけだが、ニセの理由作りに協力してくれたのだ。理解が早くてスムーズに話が進み助かった。初見する不可思議な魔術の予感に始終目をキラキラさせ、彼の研究に協力するという条件つきだが、快く引き受けてくれた。
ニセの理由はこうだ、琥太郎はモーリッツに頼まれて茂みに入ったということにした。教師の指示ならジョエルが口を挟めなくても問題ない。もろもろ細かい部分の言いわけはモーリッツに任せた。
「そちらから追加で申告がなければ聴取は以上になります」
「ありません」
「ではこの話はこれで。そういえばアルトリアさん、次の休日明けにテストがありますね。彼の勉強の進み具合はいかがですか」
聴取から解放され、会話内容が雑談に変わる。
「げっ、テストぉ?」
琥太郎が悲痛な声をあげた。
「コタローは先生の話を聞いてなかったの?」
最終学年に進級する前にテストが二回残されている。一回目が間もなくで、二回目は雪が降る頃になるだろうか。後半のテストの結果が今学年の総合成績となる。
「ついていくのに手一杯なんだって! 居眠りしてないだけ褒めろよ」
「寝ないのは当たり前なの!」
暴君みたいな性格に呆れる。先生がたが時間を割いてくださって授業をしてくれているというのに。
ジョエルは心の声をため息に変えてこぼした。琥太郎は口を尖らせている。
「コタローさんは次のテストの結果を見て来年以降についての面談が行われると思いますよ。どの程度の知識を有しているのかで知れる情報は多いですから」
「あー、はい」
琥太郎がうなじを掻いた。返事に困っているのだろう。
「気に病まなくても平気平気」
ジョエルは笑って耳打ちをした。
「コタローが最下級生からやり直しになったとしても僕がシスターになってずっと面倒みてあげるから」
「そこでそういうこと言うのやめて」
「ん?」
見れば琥太郎が耳を押さえている。
「てかよ、進級できちゃったらヤバいじゃん」
「どうして?」
「・・・・・・わかんねぇのかよ」
まるでわからない。首を傾げた時、シスターが立ち上がる。
「あなた達が仲良くしているようで何よりです。落第点を一科目でも取ると罰則が課せられますので頑張ってくださいね」
そうだった。上位争いしかしたことのないジョエルは忘れていた。しかしジョエルは青ざめたが、肝心の琥太郎はどこ吹く風といった顔をしていた。
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