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第一章『放り込まれてきた堕天使』
16 認識のすり合わせ
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「魔術師か・・・魔法で俺は飛ばされてきた?」
問いかけるよう語尾を跳ね上げる彼にジョエルの方も首を傾げた。
「もしかしてコタロー自身もよくわかってないの?」
「ああ。でもだから・・・あいつ」
ぼそぼそと呟き続けているが、声が小さくて聴こえない。
「コタロー! ねぇ、あいつって誰なの? シーレハウス学園の人間?」
「いや、俺と一緒に東京から飛ばされてきて。・・・・・・いいや、どうだろう。同じ場所に降り立ったのを見たわけじゃないからわからない」
わからない・・・わからない・・・と頭を抱える琥太郎。ジョエルは見ていられず、「ごめん、無理して思い出さなくてもいい」と謝った。
おそらく記憶に関しては使用された魔術が作用している可能性も示唆できる。
「あのね、僕が知っていることを話すから楽にして耳だけ貸して。魔術史学のモーリッツ先生がお持ちの古い書物の中に、コタローと似た境遇の人物の記載があったの。先生がそのことをこっそり僕だけに教えてくださった」
ジョエルがモーリッツとの会話の内容を話すと、琥太郎はここが彼が生まれ育った世界とは全く別物の世界だという事実の確信を強めた。何者かの手によって作為的に呼び寄せられたということも。
「まじでヤバすぎだけど、現実にこうなってんだから信じるしかないよな」
「まじ? ヤバすぎ? 面白い言葉だね。琥太郎の・・・なんだっけ・・・トーキョーの言葉?」
「おう、状況は笑えないけどな」
琥太郎の手が震えている。強がっているのだ。
「泣きなよ」
親切のつもりで言ったらジョエルは睨まれた。
「泣くかよ、メソメソびーびー、誰かさんじゃあるまいし」
「は、はぁぁ? ひとが優しくしてあげたらすぐ調子のるんだから! もういいですコタローなんて知らない。僕は怒ったからね許さない」
「けど、いつも寝る前には許してくれるよな」
クックッと笑われてしまい、ぐうの音も出なくなる。
彼の温度の戻った頬っぺたに、ジョエルは何故だか胸が騒いだ。
また胸騒ぎだ。———けれど、これまでとは少し違う気がした。ざわざわするのに不快にならない、奇妙な感じ。不思議で、目を逸らせなくて、見つめ続けたいと思うような。そんな感じ。
「あのさ」
琥太郎が毎度の癖でうなじをガリガリと掻いた。
「朝のあれはジョエルのことじゃない。自分自身の今後を見てるようで恐ろしくなって・・・気持ち悪いなんて言った。傷つけてごめんなさい」
「いいよ。そっか、コタローはオメガじゃないんだよね。トーキョーにオメガはいなかったの?」
「普通の男と女だけだよ。世界中どこ探したって男と女で子どもを作ってる、それ以外にない」
「普通のって、ベータしかいないってことなのかなぁ」
「認識としては間違ってないんだと思う、けど、そもそも第二の性っていうのが存在しない」
「ふぅん、変なの、僕らにとっては当たり前なのに。ベータだけで国は成り立つのかな? 優秀なアルファもいないのに?」
「んなこと知らん。俺が生活できてたんだから成り立つってことなんじゃねぇの? ちょ、ちょっと質問ストップしろ」
ジョエルは気づけば顔をぐぐっと近づけていた。
「ごめん、・・・・・・コタローの体はどうなっちゃうんだろうね。シスターにもどう報告したものか」
「ああ」
笑っている時は黒曜石のように輝く瞳が暗く翳った。
先が見えない不安に押し潰されそうだ。潰されないためには自分に殻を作り、固く頑丈な覆いの下でじっと耐える。琥太郎はこれからも不安定なままで過ごさなければいけないのか。
「でもこの先は平気なふりをしないで。コタロー」
今言えるのはこの一言だけだ。ジョエルと琥太郎は秘密の事情を共有した。二人の間でなら話せることがあるだろう。
「ありがとな」
「当然だよ」
支えてあげたいなと思う。
この細腕がもっと逞しければ良かった。
守れる力がもっとあれば良かった。
琥太郎に降りかかる重たい現実が少しでも軽くなるように、もっと、もっと。
この気持ちは何だろう。琥太郎と生活し始めてから胸騒ぎと一緒に幾度も湧いてくる焦燥感。
このままじゃ駄目だと急き立てられる。
すぐ手が届く距離にジョエルの目指していた未来があり、もうちょっとでたどり着けそうなところにいるはずなのに。順調な道にいるはずの自分には他に何が足りないのだろう。
自分は何を欲しているのだろう。
「話し疲れたから寝ようかな・・・の前に、今回の言いわけどうするよ?」
「へ、ぁ、ああ、うん。それはさっき言ったように、僕の監督不行き届きで」
「馬鹿っ、庇われても俺は嬉しくないぞ」
ジョエルは思わずムッとする。
「わがまま言わないでよ」
「そうじゃないだろ。俺はこの世界の住人じゃないけど、人として何が正しくて間違ってるかの判断はできる。その認識は俺のいた世界でもこの世界でも同じだと思ってるけど、ジョエルは違うのか?」
「違わない」
「だろ? 言っとくけど、全面的に俺が悪いってことにしても全部正直に話すつもりないからな。俺だって罰を受けるのは嫌だし」
あっさりと琥太郎に言いくるめられてしまった。
ジョエルは「いいな」と念を押され、「わかった」と答える。
「なら、話の裏を合わせるために打ち合わせするぞ」
しかし少しばかり悪だくみをするのも、悪くない気分かもしれない。
琥太郎といると、何だって痛快で刺激的に変化する。
「うん」
と、ジョエルはわくわくしながら頷いた。
問いかけるよう語尾を跳ね上げる彼にジョエルの方も首を傾げた。
「もしかしてコタロー自身もよくわかってないの?」
「ああ。でもだから・・・あいつ」
ぼそぼそと呟き続けているが、声が小さくて聴こえない。
「コタロー! ねぇ、あいつって誰なの? シーレハウス学園の人間?」
「いや、俺と一緒に東京から飛ばされてきて。・・・・・・いいや、どうだろう。同じ場所に降り立ったのを見たわけじゃないからわからない」
わからない・・・わからない・・・と頭を抱える琥太郎。ジョエルは見ていられず、「ごめん、無理して思い出さなくてもいい」と謝った。
おそらく記憶に関しては使用された魔術が作用している可能性も示唆できる。
「あのね、僕が知っていることを話すから楽にして耳だけ貸して。魔術史学のモーリッツ先生がお持ちの古い書物の中に、コタローと似た境遇の人物の記載があったの。先生がそのことをこっそり僕だけに教えてくださった」
ジョエルがモーリッツとの会話の内容を話すと、琥太郎はここが彼が生まれ育った世界とは全く別物の世界だという事実の確信を強めた。何者かの手によって作為的に呼び寄せられたということも。
「まじでヤバすぎだけど、現実にこうなってんだから信じるしかないよな」
「まじ? ヤバすぎ? 面白い言葉だね。琥太郎の・・・なんだっけ・・・トーキョーの言葉?」
「おう、状況は笑えないけどな」
琥太郎の手が震えている。強がっているのだ。
「泣きなよ」
親切のつもりで言ったらジョエルは睨まれた。
「泣くかよ、メソメソびーびー、誰かさんじゃあるまいし」
「は、はぁぁ? ひとが優しくしてあげたらすぐ調子のるんだから! もういいですコタローなんて知らない。僕は怒ったからね許さない」
「けど、いつも寝る前には許してくれるよな」
クックッと笑われてしまい、ぐうの音も出なくなる。
彼の温度の戻った頬っぺたに、ジョエルは何故だか胸が騒いだ。
また胸騒ぎだ。———けれど、これまでとは少し違う気がした。ざわざわするのに不快にならない、奇妙な感じ。不思議で、目を逸らせなくて、見つめ続けたいと思うような。そんな感じ。
「あのさ」
琥太郎が毎度の癖でうなじをガリガリと掻いた。
「朝のあれはジョエルのことじゃない。自分自身の今後を見てるようで恐ろしくなって・・・気持ち悪いなんて言った。傷つけてごめんなさい」
「いいよ。そっか、コタローはオメガじゃないんだよね。トーキョーにオメガはいなかったの?」
「普通の男と女だけだよ。世界中どこ探したって男と女で子どもを作ってる、それ以外にない」
「普通のって、ベータしかいないってことなのかなぁ」
「認識としては間違ってないんだと思う、けど、そもそも第二の性っていうのが存在しない」
「ふぅん、変なの、僕らにとっては当たり前なのに。ベータだけで国は成り立つのかな? 優秀なアルファもいないのに?」
「んなこと知らん。俺が生活できてたんだから成り立つってことなんじゃねぇの? ちょ、ちょっと質問ストップしろ」
ジョエルは気づけば顔をぐぐっと近づけていた。
「ごめん、・・・・・・コタローの体はどうなっちゃうんだろうね。シスターにもどう報告したものか」
「ああ」
笑っている時は黒曜石のように輝く瞳が暗く翳った。
先が見えない不安に押し潰されそうだ。潰されないためには自分に殻を作り、固く頑丈な覆いの下でじっと耐える。琥太郎はこれからも不安定なままで過ごさなければいけないのか。
「でもこの先は平気なふりをしないで。コタロー」
今言えるのはこの一言だけだ。ジョエルと琥太郎は秘密の事情を共有した。二人の間でなら話せることがあるだろう。
「ありがとな」
「当然だよ」
支えてあげたいなと思う。
この細腕がもっと逞しければ良かった。
守れる力がもっとあれば良かった。
琥太郎に降りかかる重たい現実が少しでも軽くなるように、もっと、もっと。
この気持ちは何だろう。琥太郎と生活し始めてから胸騒ぎと一緒に幾度も湧いてくる焦燥感。
このままじゃ駄目だと急き立てられる。
すぐ手が届く距離にジョエルの目指していた未来があり、もうちょっとでたどり着けそうなところにいるはずなのに。順調な道にいるはずの自分には他に何が足りないのだろう。
自分は何を欲しているのだろう。
「話し疲れたから寝ようかな・・・の前に、今回の言いわけどうするよ?」
「へ、ぁ、ああ、うん。それはさっき言ったように、僕の監督不行き届きで」
「馬鹿っ、庇われても俺は嬉しくないぞ」
ジョエルは思わずムッとする。
「わがまま言わないでよ」
「そうじゃないだろ。俺はこの世界の住人じゃないけど、人として何が正しくて間違ってるかの判断はできる。その認識は俺のいた世界でもこの世界でも同じだと思ってるけど、ジョエルは違うのか?」
「違わない」
「だろ? 言っとくけど、全面的に俺が悪いってことにしても全部正直に話すつもりないからな。俺だって罰を受けるのは嫌だし」
あっさりと琥太郎に言いくるめられてしまった。
ジョエルは「いいな」と念を押され、「わかった」と答える。
「なら、話の裏を合わせるために打ち合わせするぞ」
しかし少しばかり悪だくみをするのも、悪くない気分かもしれない。
琥太郎といると、何だって痛快で刺激的に変化する。
「うん」
と、ジョエルはわくわくしながら頷いた。
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