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第一章『放り込まれてきた堕天使』
12 優しさ
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「言わなくていい」
琥太郎が険しい声で止めに入る。
「すまない。でもコタローだけの問題じゃないからね。ヘリオス寮とウラノス寮の学園生が図書棟で揉めていたようなんだ。俺は騒ぎを聞きつけて駆けつけた」
なるほどそういった経緯が。上級生にも物怖じしないジェイコブはすごい。ところがジョエルには納得できることと、できないことがあった。
「なぜコタローは図書棟に? 真っ直ぐ寮に帰ってねって言ったよね、答えてコタロー!」
うっかり問い詰めてしまい、琥太郎のいい加減にしろというような視線で我にかえる。
「ごめんなさい」
「ふん、期待されてもびっくりする理由はないぜ? ふらっと寄っただけだよ、暇だったから」
「え・・・・・・」
どうしようと、ジョエルは奥歯を噛んだ。図書棟は教室棟からセラス寮までの道のり上にないのだ。ふらっと寄れる場所じゃない。追加で質問をしたいけれど、我慢すべきだろうか。
「うーん」
ジェイコブが業を煮やして唸る。
「コタロー、俺は君たちの間にある詳しい事情を知らないから言ってしまうね。悪いがこのままじゃ夕食の時間になってしまうよ。コタローは猫族についての書物を調べていたんだろ?」
「うっ、てめぇ!」
琥太郎の耳朶が真っ赤に染まった。
「隠すことじゃないだろうさ」
「あんたには俺らの事情がわかんないんだろ!」
「まあ、そうだけど」
ジェイコブに噛みつく矛先を変えた琥太郎を、はらはらしながら見つめ、ジョエルは口を開く。
「猫族のことを知りたかったの?」
琥太郎は両頬まで真っ赤だ。
「・・・・・・ちっ、最初はガチで獣人がいるなんて信じてなかった。リアルな世界で聞いたことも見たこともなかったから」
「うん」
ジョエルは相槌を打ち、かすかに胸騒ぎを覚えた。
つい数十分前にモーリッツと話した内容が頭をよぎる。
「だから、何も知らない俺を揶揄ってるんじゃないかって思って腹が立った。それであんな真似を」
「ツンツンし続けてたのは僕が傷つけてしまったせいだったんだね、ごめん」
眉を八の字に下げるジョエルに、琥太郎がうろたえてうなじを掻く。
「や、でも・・・これまでの授業の内容とか、周りの人間の反応とか、そういうのを見ているうちに気持ちが変化していった。猫族は、本当にいたんだな」
「うん、うん! 猫族はいるよ、コタロー」
「ああ、子どもみたいに拗ねてて悪かったよ、・・・・・・ジョエル」
「!」
初めて名前を呼んでくれた。目を潤ませると、琥太郎はツンと目を逸らし、全容を話し始めた。あそこまで喋ってしまえば後は饒舌だった。
「あらかた調べ終わったあたりで図書棟で喧嘩が起こった。最初は五、六人程度のグループどうしがお上品に罵り合ってるって感じだったのが、しばらく見てたら不穏な雰囲気になってきて、やたらと特定の学園生を攻撃し始めたんだよね。で、その学園生が胸ぐらを掴まれた時点で抑えが効かなくなって咄嗟に止めに入ってた」
セラス寮生ではまず起こらない事件だ。ジョエルは不可解で首を捻る。
ジェイコブがその原因を教えてくれる。
「平民階級は、貴族みたいに目に見える形で順位がないだろう? だから貴族社会よりも上下関係が複雑なのさ。後日には笑い話になるようなちょっとしたことでもいざこざが起こる」
「知らなかった」
驚嘆するジョエルは笑われてしまった。
「ひとつ賢くなって良かったじゃないか。今度ぜひウラノス寮のカフェテリアに行ってみるといい。腰を抜かすぞ。寮の外じゃお利口にしている学園生も、わりと自由で違った顔を見せる。彼等は精神が逞しいから上手く立ち回れるやつが多いのさ」
「う・・・ん、考えておく。それで琥太郎の話の続きは?」
促すと琥太郎は話を再開する。
「野次馬が増えてたのもあってその場はおさまったんだけど、片方のグループのリーダーに目をつけられてたらしくて、セラス寮まで乗り込んできたそいつらに連行された」
「そこに騎士ジェイコブ・グルーバー様がかっこよく登場してコタローを救い出したわけだな」
「おいっ」
ふふっと、ジョエルは割って入ってきたジェイコブに微笑を送り、目を逸らそうとする琥太郎の視線を捕まえる。目が合った途端にまたしても顔を背けるので、頬を手で挟んで阻止した。
「ちょ、勘弁して。この距離感って学園じゃ普通なの?」
琥太郎はジェイコブに助けを求める。
「まぁな。か弱い小鳥が身を寄せ合うのと同じだ」
「小鳥~~?」
冗談じゃないとばかりに卒倒しそうな声を出すので、ジョエルはプッと吹きだした。
胸騒ぎの件が引っかかったままだが、必ずしも悪い未来とイコールではないのかもしれない。きっと。願わくばそうあってほしいと思う。
「僕はコタローを見直した。嫌味な男だと思っていたけど優しくていいやつだ」
「ああ、そう? そりゃどうも」
返事のわりに琥太郎は全然嬉しそうじゃなくて、この世の終わりのような顔にジョエルもジェイコブもおかしくなって大きな声でまた笑った。
琥太郎が険しい声で止めに入る。
「すまない。でもコタローだけの問題じゃないからね。ヘリオス寮とウラノス寮の学園生が図書棟で揉めていたようなんだ。俺は騒ぎを聞きつけて駆けつけた」
なるほどそういった経緯が。上級生にも物怖じしないジェイコブはすごい。ところがジョエルには納得できることと、できないことがあった。
「なぜコタローは図書棟に? 真っ直ぐ寮に帰ってねって言ったよね、答えてコタロー!」
うっかり問い詰めてしまい、琥太郎のいい加減にしろというような視線で我にかえる。
「ごめんなさい」
「ふん、期待されてもびっくりする理由はないぜ? ふらっと寄っただけだよ、暇だったから」
「え・・・・・・」
どうしようと、ジョエルは奥歯を噛んだ。図書棟は教室棟からセラス寮までの道のり上にないのだ。ふらっと寄れる場所じゃない。追加で質問をしたいけれど、我慢すべきだろうか。
「うーん」
ジェイコブが業を煮やして唸る。
「コタロー、俺は君たちの間にある詳しい事情を知らないから言ってしまうね。悪いがこのままじゃ夕食の時間になってしまうよ。コタローは猫族についての書物を調べていたんだろ?」
「うっ、てめぇ!」
琥太郎の耳朶が真っ赤に染まった。
「隠すことじゃないだろうさ」
「あんたには俺らの事情がわかんないんだろ!」
「まあ、そうだけど」
ジェイコブに噛みつく矛先を変えた琥太郎を、はらはらしながら見つめ、ジョエルは口を開く。
「猫族のことを知りたかったの?」
琥太郎は両頬まで真っ赤だ。
「・・・・・・ちっ、最初はガチで獣人がいるなんて信じてなかった。リアルな世界で聞いたことも見たこともなかったから」
「うん」
ジョエルは相槌を打ち、かすかに胸騒ぎを覚えた。
つい数十分前にモーリッツと話した内容が頭をよぎる。
「だから、何も知らない俺を揶揄ってるんじゃないかって思って腹が立った。それであんな真似を」
「ツンツンし続けてたのは僕が傷つけてしまったせいだったんだね、ごめん」
眉を八の字に下げるジョエルに、琥太郎がうろたえてうなじを掻く。
「や、でも・・・これまでの授業の内容とか、周りの人間の反応とか、そういうのを見ているうちに気持ちが変化していった。猫族は、本当にいたんだな」
「うん、うん! 猫族はいるよ、コタロー」
「ああ、子どもみたいに拗ねてて悪かったよ、・・・・・・ジョエル」
「!」
初めて名前を呼んでくれた。目を潤ませると、琥太郎はツンと目を逸らし、全容を話し始めた。あそこまで喋ってしまえば後は饒舌だった。
「あらかた調べ終わったあたりで図書棟で喧嘩が起こった。最初は五、六人程度のグループどうしがお上品に罵り合ってるって感じだったのが、しばらく見てたら不穏な雰囲気になってきて、やたらと特定の学園生を攻撃し始めたんだよね。で、その学園生が胸ぐらを掴まれた時点で抑えが効かなくなって咄嗟に止めに入ってた」
セラス寮生ではまず起こらない事件だ。ジョエルは不可解で首を捻る。
ジェイコブがその原因を教えてくれる。
「平民階級は、貴族みたいに目に見える形で順位がないだろう? だから貴族社会よりも上下関係が複雑なのさ。後日には笑い話になるようなちょっとしたことでもいざこざが起こる」
「知らなかった」
驚嘆するジョエルは笑われてしまった。
「ひとつ賢くなって良かったじゃないか。今度ぜひウラノス寮のカフェテリアに行ってみるといい。腰を抜かすぞ。寮の外じゃお利口にしている学園生も、わりと自由で違った顔を見せる。彼等は精神が逞しいから上手く立ち回れるやつが多いのさ」
「う・・・ん、考えておく。それで琥太郎の話の続きは?」
促すと琥太郎は話を再開する。
「野次馬が増えてたのもあってその場はおさまったんだけど、片方のグループのリーダーに目をつけられてたらしくて、セラス寮まで乗り込んできたそいつらに連行された」
「そこに騎士ジェイコブ・グルーバー様がかっこよく登場してコタローを救い出したわけだな」
「おいっ」
ふふっと、ジョエルは割って入ってきたジェイコブに微笑を送り、目を逸らそうとする琥太郎の視線を捕まえる。目が合った途端にまたしても顔を背けるので、頬を手で挟んで阻止した。
「ちょ、勘弁して。この距離感って学園じゃ普通なの?」
琥太郎はジェイコブに助けを求める。
「まぁな。か弱い小鳥が身を寄せ合うのと同じだ」
「小鳥~~?」
冗談じゃないとばかりに卒倒しそうな声を出すので、ジョエルはプッと吹きだした。
胸騒ぎの件が引っかかったままだが、必ずしも悪い未来とイコールではないのかもしれない。きっと。願わくばそうあってほしいと思う。
「僕はコタローを見直した。嫌味な男だと思っていたけど優しくていいやつだ」
「ああ、そう? そりゃどうも」
返事のわりに琥太郎は全然嬉しそうじゃなくて、この世の終わりのような顔にジョエルもジェイコブもおかしくなって大きな声でまた笑った。
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