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第一章『放り込まれてきた堕天使』
8 寝てばかりじゃいられないので
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ハッとする。
「君って、本当なんて言うか」
ジョエルは正直に話そうとして、明らかなうんざり顔にまたハッとした。
「もの珍しい顔だって? だろうな、それより馬術大会とかいう話だったけど?」
「ごめんなさい。そうだったね。馬術大会で行うのは騎士風でとてもかっこいい演舞だよ」
詳しい説明をしてあげると、琥太郎の口がぼんやりと開いた。
「空手・・・みたいってことか」
「カラテ?」
自分の意思に反した呟きだったらしく、琥太郎は気まずそうに口に手を当てる。
「なんでもない」
「コタローはそのカラテっていう競技をやっていたの?」
「やっていたのは俺じゃない。空手を習ってたのは・・・・・・」
しかしまた消え失せるように語尾を濁らせ、向こうを向いてしまった。
(あ、触れちゃいけないことを訊いちゃったのかな)
縮まった距離が大きく開いた。せっかく少しずつ打ち解けられそうだったのに。ジョエルは失敗を重ねたくなくて、琥太郎をひとりにしてあげるために声をかけずそっと外へ出た。
× × ×
休日明け、朝礼から直接寮室に戻ったジョエルは
「今日から授業に出てもらうよ」
と宣言した。
「もう決定? 絶対?」
「学園長が体が治っているなら同じ生活を送るようにとおっしゃっています」
想定していたどおり琥太郎は渋る。意地でもベッドを降りないつもりらしい。
「珍獣を見るようにじろじろ覗かれるのは嫌なんだ」
だがジョエルは強気に出た。人差し指をチッチッチと揺らす。
「今日はみんな昨日優勝したジェイコブの話題で持ちきりだよ。君も行ったら楽しい」
「俺が混ざるのは無理だと思う」
「何言ってるの? 出自の事情を懸念しているなら今のうちにシスターに伝えておいで。僕に話したくなかったらそれでもいいから」
「うーん・・・できるならそうしてるよ」
「え?」
問い直すと面倒くさそうな表情をされてしまった。
「わかったよ、授業に行けばいいんだろ行けば」
すごく投げやりだ。でも良かった。ジョエルは彼の気が変わらないうちに制服を渡した。黒いブレザーと、白いブラウスシャツ、鼠色のトラウザーだ。
「僕と同じ、というか学園生はこの制服を着るよ」
「ふぅん、こういうところは俺の知ってる学校とあんま変わんないんだ」
飛び出してきた新情報に、ジョエルは如実に反応を示す。
「街のスクールに通ってたの?」
「まぁ普通に。って、俺のやつあんたのと違うじゃん」
鋭く指摘され、頷いた。
「僕のは監督生だから寮ごとに違う色つきベストと、クロスタイ。来年度寮長に推薦してもらえたら、ここに宝石入りのピンを刺してもらえる」
ジョエルはクロスタイの真ん中を指でさす。
ちなみにセラス寮の専用色は真紅だ。ジェイコブのところはゴールド。もうひとつの男子オメガ寮は濃紺。
「へぇ、これは絶対しなきゃいけないのかな」
琥太郎の指でつままれているのはリボンタイだった。
「どうしてそんなに嫌がるの?」
あまりの拒絶具合に首を傾げてしまう。ブラウスの襟に、ごく一般的な黒い紐をリボン結びにするだけのものだ。
確かに十五歳までの下級生はブラウスの丸襟にフリルがあり可愛らしさが全面に出されているけれど、上級生になればスタンドカラーに変更でき、すっきりシンプルなデザインになる。不満の声など聞いたことない。
「あんたたちは似合うだろうさ。でも俺には似合わない」
「そう?」
不機嫌そうに目を背けた琥太郎に、ジョエルは眉を八の字に下げた。
シーレハウス学園では制服の違いは階級や役職を示すのに大切にされており、厳しい指導の対象だ。
ジョエルは気を落としている琥太郎に彼のためにしつらえられた制服をあててみた。
「そんなに変じゃないよ? 似合ってると思う」
「ゲームの世界から出てきたような見た目のあんたに言われてもなぁ・・・・・・。俺はこんなの着たことねぇよ」
「何を言ってるかよく理解できないけど、規則にのっとって着こなしていかないとシスターに罰則を受けるよ」
琥太郎がウッと言葉を詰まらせる。そして嫌々ながら着替えると、鏡の前に立った。
「悪くないんじゃない?」
ジョエルは隣に立ってにっこりと微笑む。
「はぁ・・・・・・」
「えっ、どうしてため息つくんだ」
「やっぱ、あんたは不思議ちゃんだよ」
心底恥ずかしそうに顔を隠し、琥太郎は鏡の中の自分を直視できないでいるようだった。
「行くよ」
往生際の悪い琥太郎の手を引く。
「あっ、ったく、やだな」
「いいからいいから、頑張ろうね」
・・・・・・とは言ったものの、「僕がついてるよ」という励ましにさほど効力はなさそうだ。教室棟へ移動する前に腹ごしらえをとカフェテリアに連れていったのだが、琥太郎は野良猫のごとく警戒心をあらわにして下を向いている。
彼が目を細めて覗き見るように周囲を観察する視線に、ジョエルはびくぅと肩が跳ねた。
こんな恐ろしい上目づかい見たことない。これだけ目つきが悪ければ、心配せずとも誰も近寄ってこないだろう。
近くの席は軒並み空いていて、距離を取られているのがわかってしまう。
何故かジョエルが周りの学園生に申しわけない気持ちになり、心臓がばくばくしてくる。
「おはよ」
まさに救世主、ジーンの挨拶に助けられた。
ジョエルは嵐の中に晴れ間を見つけた時のように顔を輝かせた。
「ジーンおはよう! フィルもおはよう、昨日はおつかれさま。聞いたよ、フィルも入賞したんだってね? おめでとう!」
「あ、いや、うん、ありがとうな」
フィルは優勝したジェイコブ一色の空気に謙遜している様子。しかし素晴らしい快挙だ。
学園生活において、こうした活動はおおいに歓迎される。寮にとってプラスの結果をもたらした学園生には得点が与えられ、学年末に最終得点が発表される際に最も点数が高かった寮には学園長から褒美が配られる。
ささやかではあるが、以前セラス寮が褒美を獲得した時には純金のアンクレットを頂いた。外の世界では大変価値がある代物なので、皆、各寮室の引き出しに大切にしまった。
得点をもらえるのは他に明確な基準があるテストの成績や、生活態度からも判断され、教員とシスターが授与する権限を持っている。一方、総合得点は寮に貢献するためのものであるが、個人の得点が卒業後の嫁ぎ先の優劣に関わってくるというのは信憑性の高い噂だった。
「でさ、なんでコタローは俺たちを睨んでるのかな?」
恐れ知らずなジーンに、ジョエルは息を呑む。
「君って、本当なんて言うか」
ジョエルは正直に話そうとして、明らかなうんざり顔にまたハッとした。
「もの珍しい顔だって? だろうな、それより馬術大会とかいう話だったけど?」
「ごめんなさい。そうだったね。馬術大会で行うのは騎士風でとてもかっこいい演舞だよ」
詳しい説明をしてあげると、琥太郎の口がぼんやりと開いた。
「空手・・・みたいってことか」
「カラテ?」
自分の意思に反した呟きだったらしく、琥太郎は気まずそうに口に手を当てる。
「なんでもない」
「コタローはそのカラテっていう競技をやっていたの?」
「やっていたのは俺じゃない。空手を習ってたのは・・・・・・」
しかしまた消え失せるように語尾を濁らせ、向こうを向いてしまった。
(あ、触れちゃいけないことを訊いちゃったのかな)
縮まった距離が大きく開いた。せっかく少しずつ打ち解けられそうだったのに。ジョエルは失敗を重ねたくなくて、琥太郎をひとりにしてあげるために声をかけずそっと外へ出た。
× × ×
休日明け、朝礼から直接寮室に戻ったジョエルは
「今日から授業に出てもらうよ」
と宣言した。
「もう決定? 絶対?」
「学園長が体が治っているなら同じ生活を送るようにとおっしゃっています」
想定していたどおり琥太郎は渋る。意地でもベッドを降りないつもりらしい。
「珍獣を見るようにじろじろ覗かれるのは嫌なんだ」
だがジョエルは強気に出た。人差し指をチッチッチと揺らす。
「今日はみんな昨日優勝したジェイコブの話題で持ちきりだよ。君も行ったら楽しい」
「俺が混ざるのは無理だと思う」
「何言ってるの? 出自の事情を懸念しているなら今のうちにシスターに伝えておいで。僕に話したくなかったらそれでもいいから」
「うーん・・・できるならそうしてるよ」
「え?」
問い直すと面倒くさそうな表情をされてしまった。
「わかったよ、授業に行けばいいんだろ行けば」
すごく投げやりだ。でも良かった。ジョエルは彼の気が変わらないうちに制服を渡した。黒いブレザーと、白いブラウスシャツ、鼠色のトラウザーだ。
「僕と同じ、というか学園生はこの制服を着るよ」
「ふぅん、こういうところは俺の知ってる学校とあんま変わんないんだ」
飛び出してきた新情報に、ジョエルは如実に反応を示す。
「街のスクールに通ってたの?」
「まぁ普通に。って、俺のやつあんたのと違うじゃん」
鋭く指摘され、頷いた。
「僕のは監督生だから寮ごとに違う色つきベストと、クロスタイ。来年度寮長に推薦してもらえたら、ここに宝石入りのピンを刺してもらえる」
ジョエルはクロスタイの真ん中を指でさす。
ちなみにセラス寮の専用色は真紅だ。ジェイコブのところはゴールド。もうひとつの男子オメガ寮は濃紺。
「へぇ、これは絶対しなきゃいけないのかな」
琥太郎の指でつままれているのはリボンタイだった。
「どうしてそんなに嫌がるの?」
あまりの拒絶具合に首を傾げてしまう。ブラウスの襟に、ごく一般的な黒い紐をリボン結びにするだけのものだ。
確かに十五歳までの下級生はブラウスの丸襟にフリルがあり可愛らしさが全面に出されているけれど、上級生になればスタンドカラーに変更でき、すっきりシンプルなデザインになる。不満の声など聞いたことない。
「あんたたちは似合うだろうさ。でも俺には似合わない」
「そう?」
不機嫌そうに目を背けた琥太郎に、ジョエルは眉を八の字に下げた。
シーレハウス学園では制服の違いは階級や役職を示すのに大切にされており、厳しい指導の対象だ。
ジョエルは気を落としている琥太郎に彼のためにしつらえられた制服をあててみた。
「そんなに変じゃないよ? 似合ってると思う」
「ゲームの世界から出てきたような見た目のあんたに言われてもなぁ・・・・・・。俺はこんなの着たことねぇよ」
「何を言ってるかよく理解できないけど、規則にのっとって着こなしていかないとシスターに罰則を受けるよ」
琥太郎がウッと言葉を詰まらせる。そして嫌々ながら着替えると、鏡の前に立った。
「悪くないんじゃない?」
ジョエルは隣に立ってにっこりと微笑む。
「はぁ・・・・・・」
「えっ、どうしてため息つくんだ」
「やっぱ、あんたは不思議ちゃんだよ」
心底恥ずかしそうに顔を隠し、琥太郎は鏡の中の自分を直視できないでいるようだった。
「行くよ」
往生際の悪い琥太郎の手を引く。
「あっ、ったく、やだな」
「いいからいいから、頑張ろうね」
・・・・・・とは言ったものの、「僕がついてるよ」という励ましにさほど効力はなさそうだ。教室棟へ移動する前に腹ごしらえをとカフェテリアに連れていったのだが、琥太郎は野良猫のごとく警戒心をあらわにして下を向いている。
彼が目を細めて覗き見るように周囲を観察する視線に、ジョエルはびくぅと肩が跳ねた。
こんな恐ろしい上目づかい見たことない。これだけ目つきが悪ければ、心配せずとも誰も近寄ってこないだろう。
近くの席は軒並み空いていて、距離を取られているのがわかってしまう。
何故かジョエルが周りの学園生に申しわけない気持ちになり、心臓がばくばくしてくる。
「おはよ」
まさに救世主、ジーンの挨拶に助けられた。
ジョエルは嵐の中に晴れ間を見つけた時のように顔を輝かせた。
「ジーンおはよう! フィルもおはよう、昨日はおつかれさま。聞いたよ、フィルも入賞したんだってね? おめでとう!」
「あ、いや、うん、ありがとうな」
フィルは優勝したジェイコブ一色の空気に謙遜している様子。しかし素晴らしい快挙だ。
学園生活において、こうした活動はおおいに歓迎される。寮にとってプラスの結果をもたらした学園生には得点が与えられ、学年末に最終得点が発表される際に最も点数が高かった寮には学園長から褒美が配られる。
ささやかではあるが、以前セラス寮が褒美を獲得した時には純金のアンクレットを頂いた。外の世界では大変価値がある代物なので、皆、各寮室の引き出しに大切にしまった。
得点をもらえるのは他に明確な基準があるテストの成績や、生活態度からも判断され、教員とシスターが授与する権限を持っている。一方、総合得点は寮に貢献するためのものであるが、個人の得点が卒業後の嫁ぎ先の優劣に関わってくるというのは信憑性の高い噂だった。
「でさ、なんでコタローは俺たちを睨んでるのかな?」
恐れ知らずなジーンに、ジョエルは息を呑む。
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