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第一章『放り込まれてきた堕天使』
4 堕天使が集う場所
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ジョエルはカフェテリアの入り口に立ち、出入りする寮生に朝礼の内容を口頭で伝える作業をしていた。
シーレハウス学園のカフェテリアは寮ごとに分かれており、ランチタイムのみ他の寮で飲食することを許可されている。だが付き合う友人は身分に比例するため、滅多に他寮の学園生は見かけない。
その法則でいえばセラス寮は最も避けられている。
(よし、今のでラストだった)
一番遅かったグループを見送り、カフェテリア内を念のため見てまわる。誰も残っていないことが確認できると、最下級生を待たせているエントランスロビーに急いだ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
ジョエルが姿を見せた途端、最下級生たちはにわかに色めき立つ。彼らは総じて十歳だが、オメガはやはり本能的なものなのか、心が熟すのは早いようだ。
「アルトリア様、僕たちのためにありがとうございます」
幼い唇で紡がれる言葉に、ジョエルはにっこりと笑った。
「いいえ、こちらこそよろしくね」
代表してくれた彼が、ぽっと頬を染める。
微笑ましい反応であるものの恋とは違う。ジョエルがシスターに憧れを抱くように、彼らにとってはより近い存在のジョエルこそが憧れの的なのである。
多感な年齢において、学園生活で恋に目覚める者はいる。けれどオメガ同士で恋愛をしても仕方がない。これは一般論であり、ジョエルもそう思っている。
密かに想いを伝え合うのは自由だ。
触れ合うのも自由だ。
しかし本気になる前に一線を引くのがマナーとしてある。
決して塀の外には持ち出せない関係だ。番はアルファとオメガでしか成立せず、オメガ同士の子どもなど聞いたことがない。作れるのかもわからない。必要ともされないだろう。恋愛をしたいのなら、してしまったのなら、花園の中で夢を見ていたのだと心を騙し割り切れなければ自分が苦しいだけなのだ。
「では行こうか」
ジョエルは整列を乱さないでと最下級生たちに指示を出す。
塀で囲まれた敷地は広いが、塀の付近は木が植えられ鬱蒼としている。寮と教室棟は中心に固められており、その中に教会も含まれていた。
ジョエルはそこを横目に見ながら通り過ぎる。
教会は十字架が屋根に突き刺さっているような独特な造りだ。一見は神を冒涜しているかに見えるけれど、見慣れてくると、冒涜しているのは我々堕天使の方なのだと苛まれている気分になり、己の存在意義に罪深さを感じずにはいられなかった。
おそらく、あえてそのように設計しているのだろう。
学園生たちへ生まれながらに背負った重たい罪を教えるために。
「何だか・・・コワイ。僕は教会が苦手」
最下級生の中からそんな声が聞こえてきた。
ジョエルは青白い顔で俯いている子を見つけ、手を握って話しかける。
「そうだね。僕も恐ろしいと思うよ」
「アルトリア様もですか」
涙目で彼は訴えてくる。
「うん、でも恐ろしいと思うからこそ逃げてはいけない。あの十字架は僕らの罪を表しているんだよ。だから君も毎日教会に通って、神に祈りを捧げ、未来永劫悔い改め続けなければいけない」
「わかりました」
彼はこくんと頷いた。
「でもね、僕も昔は本当に苦手だったんだ。たまには祈りの時間に好きなお菓子のことを考えていてもいいと思うよ。甘い苺のタルトレットとかね!」
ジョエルがペロリと舌を出して頭を撫でてあげると、その子が嬉しそうに破顔した。ジョエルは血色の戻った彼の頬に安堵する。
それからジョエルたちが大講堂に到着した時には大半の学園生が揃っていた。順番に大講堂内に入ると、寮ごとに決められた席に最下級生を誘導する。
「ここに座って、話が長くて退屈になるかもしれないけどお利口にね」
最後に茶目っけたっぷりに付け足し、彼等の緊張した顔を和らげてあげることも忘れない。
引率を済ませたジョエルは監督生の列に並んだ。私語は禁止なので、「間もなくだな」とジェイコブが視線で伝えてくる。ジョエルは頷いて返した。
全学園生が揃う機会は少ない。慣例どおりなら、年に二度、入学式と卒業式だけになる。洗礼の儀式は入学式にまとめて行うが、貴族生まれのセラス寮の学園生はオメガと知った時点で家が贔屓している教会に連れていかれるので免除される。学園の大講堂で行われる洗礼は先ほど引率してきた彼等にとって初めて見る光景になる。
(やることは変わらないけど、この視線の中であれを受けるのは可哀想かな。しかも一緒に受けてくれる子が誰もいないんだもんな)
ジョエルが胸に同情を滲ませた時、大講堂の扉が開かれた。
扉の外に立っていたのは神父とベータの教員、新入生の両脇にいるのはシスターだ。
黒髪の新入生は熱があるのか項垂れており顔がよく見えない。服装は儀式用の真っ白な貫頭衣を着せられている。
(わっ、可哀想に、担当シスターはファビアン様か)
両脇の片方はファビアンと言い、あまりいい噂を聞かない。別のシスターなら見逃してくれるような些末な出来事にも厳しく罰を与え、罰則を受けた学園生の中には愉しんでいるようにも見えたと証言する子もいる。
しかしジョエルには何が起きても止められる権限はなく、ただ冷静に他の学園生が取り乱さないよう見守る以外にできることはない。入場してきた一同は前学園生が見つめる中を進み、低いステップを上がって壇上に並んだ。
ひっそりと静まった大講堂内に、神父が唱える洗礼の言葉だけが響く。
(彼は、大丈夫だろうか)
意識がほとんどないのかもしれない。ぼんやりとして、支えなしに立っていることすら難しそうだ。
「では神より賜わった荊の鞭を」
不安を覚えているうちに洗礼儀式が最後の段階に進んでいた。
シーレハウス学園のカフェテリアは寮ごとに分かれており、ランチタイムのみ他の寮で飲食することを許可されている。だが付き合う友人は身分に比例するため、滅多に他寮の学園生は見かけない。
その法則でいえばセラス寮は最も避けられている。
(よし、今のでラストだった)
一番遅かったグループを見送り、カフェテリア内を念のため見てまわる。誰も残っていないことが確認できると、最下級生を待たせているエントランスロビーに急いだ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
ジョエルが姿を見せた途端、最下級生たちはにわかに色めき立つ。彼らは総じて十歳だが、オメガはやはり本能的なものなのか、心が熟すのは早いようだ。
「アルトリア様、僕たちのためにありがとうございます」
幼い唇で紡がれる言葉に、ジョエルはにっこりと笑った。
「いいえ、こちらこそよろしくね」
代表してくれた彼が、ぽっと頬を染める。
微笑ましい反応であるものの恋とは違う。ジョエルがシスターに憧れを抱くように、彼らにとってはより近い存在のジョエルこそが憧れの的なのである。
多感な年齢において、学園生活で恋に目覚める者はいる。けれどオメガ同士で恋愛をしても仕方がない。これは一般論であり、ジョエルもそう思っている。
密かに想いを伝え合うのは自由だ。
触れ合うのも自由だ。
しかし本気になる前に一線を引くのがマナーとしてある。
決して塀の外には持ち出せない関係だ。番はアルファとオメガでしか成立せず、オメガ同士の子どもなど聞いたことがない。作れるのかもわからない。必要ともされないだろう。恋愛をしたいのなら、してしまったのなら、花園の中で夢を見ていたのだと心を騙し割り切れなければ自分が苦しいだけなのだ。
「では行こうか」
ジョエルは整列を乱さないでと最下級生たちに指示を出す。
塀で囲まれた敷地は広いが、塀の付近は木が植えられ鬱蒼としている。寮と教室棟は中心に固められており、その中に教会も含まれていた。
ジョエルはそこを横目に見ながら通り過ぎる。
教会は十字架が屋根に突き刺さっているような独特な造りだ。一見は神を冒涜しているかに見えるけれど、見慣れてくると、冒涜しているのは我々堕天使の方なのだと苛まれている気分になり、己の存在意義に罪深さを感じずにはいられなかった。
おそらく、あえてそのように設計しているのだろう。
学園生たちへ生まれながらに背負った重たい罪を教えるために。
「何だか・・・コワイ。僕は教会が苦手」
最下級生の中からそんな声が聞こえてきた。
ジョエルは青白い顔で俯いている子を見つけ、手を握って話しかける。
「そうだね。僕も恐ろしいと思うよ」
「アルトリア様もですか」
涙目で彼は訴えてくる。
「うん、でも恐ろしいと思うからこそ逃げてはいけない。あの十字架は僕らの罪を表しているんだよ。だから君も毎日教会に通って、神に祈りを捧げ、未来永劫悔い改め続けなければいけない」
「わかりました」
彼はこくんと頷いた。
「でもね、僕も昔は本当に苦手だったんだ。たまには祈りの時間に好きなお菓子のことを考えていてもいいと思うよ。甘い苺のタルトレットとかね!」
ジョエルがペロリと舌を出して頭を撫でてあげると、その子が嬉しそうに破顔した。ジョエルは血色の戻った彼の頬に安堵する。
それからジョエルたちが大講堂に到着した時には大半の学園生が揃っていた。順番に大講堂内に入ると、寮ごとに決められた席に最下級生を誘導する。
「ここに座って、話が長くて退屈になるかもしれないけどお利口にね」
最後に茶目っけたっぷりに付け足し、彼等の緊張した顔を和らげてあげることも忘れない。
引率を済ませたジョエルは監督生の列に並んだ。私語は禁止なので、「間もなくだな」とジェイコブが視線で伝えてくる。ジョエルは頷いて返した。
全学園生が揃う機会は少ない。慣例どおりなら、年に二度、入学式と卒業式だけになる。洗礼の儀式は入学式にまとめて行うが、貴族生まれのセラス寮の学園生はオメガと知った時点で家が贔屓している教会に連れていかれるので免除される。学園の大講堂で行われる洗礼は先ほど引率してきた彼等にとって初めて見る光景になる。
(やることは変わらないけど、この視線の中であれを受けるのは可哀想かな。しかも一緒に受けてくれる子が誰もいないんだもんな)
ジョエルが胸に同情を滲ませた時、大講堂の扉が開かれた。
扉の外に立っていたのは神父とベータの教員、新入生の両脇にいるのはシスターだ。
黒髪の新入生は熱があるのか項垂れており顔がよく見えない。服装は儀式用の真っ白な貫頭衣を着せられている。
(わっ、可哀想に、担当シスターはファビアン様か)
両脇の片方はファビアンと言い、あまりいい噂を聞かない。別のシスターなら見逃してくれるような些末な出来事にも厳しく罰を与え、罰則を受けた学園生の中には愉しんでいるようにも見えたと証言する子もいる。
しかしジョエルには何が起きても止められる権限はなく、ただ冷静に他の学園生が取り乱さないよう見守る以外にできることはない。入場してきた一同は前学園生が見つめる中を進み、低いステップを上がって壇上に並んだ。
ひっそりと静まった大講堂内に、神父が唱える洗礼の言葉だけが響く。
(彼は、大丈夫だろうか)
意識がほとんどないのかもしれない。ぼんやりとして、支えなしに立っていることすら難しそうだ。
「では神より賜わった荊の鞭を」
不安を覚えているうちに洗礼儀式が最後の段階に進んでいた。
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