花にまみれて、血を隠す

倉藤

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中編

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「この女性の格好は父の趣味でした」

 そのような文言から始まった彼の告白は、悲劇的で僕の哀愁をひどく誘う内容だった。

 彼の名前は竹城恭太郎たけしろ きょうたろう
 戦後の華族制度廃止まで侯爵位を叙されていた、竹城家のご令息だ。財閥が解体された後は、戦前ほどの勢いをなくしたものの、経済界に強く影響力を持つ偉大な一族である。

 彼は、少女趣味である父の着せ替え人形のごとく育てられ、反抗すれば暴力を振るわれたという。

「男の私がこんな格好をして、滑稽でしょう?」

 と、殴られた時の腕のあざを隠してもの悲しそうに微笑む彼を、僕は抱きしめずにはいられなかった。

「大丈夫。強盗の仕業に見せかけるように、僕が話をつけてあげるから」

 僕には警視庁に勤める優秀な幼馴染がいました。幼馴染の父は警視総監で、大体の事柄はもみ消せる力を持っています。

 僕は彼に「あなたを守ります」と心からの愛を誓い、永遠の約束をしたのでした。


 +++++


 結果的にこの事件がきっかけとなり、僕たちは結ばれた。

 僕が竹城の家に婿に入り、仲の睦まじい夫婦として慎ましい暮らしを送っている。子どもができないのを怪しまれた際には、妻の身体が弱いためだとして誤魔化した。

 だが何も知らない僕の両親が孫の予定をしつこく訊ねてくるもんで、僕は申し訳なさと居た堪れなさを強く抱き、養子を取るのはいかがかと恭太郎に直談判した。

 彼は数日悩んだ末に了承してくれ、僕たちは子どもについて話し合った。

 しかし然るべき手続きを済ませた男児を迎え入れるぎりぎりになって、子が流行病で亡くなり、急拵えで新しい子の面会に出向かねばならなくなった。そこで心を動かされたのが、つやつやとした大きな瞳が大変に愛くるしい女の子だった。

 どことなく恭太郎に似ているのを僕は気に入り、将来は婿を取れば良いと考えたのである。

 あまりにも気に入ったので、その日のうちに一度連れて帰ろうかとも思ったけれど何とか思いとどまり、その話を持ち帰ると、予想だにせず恭太郎に大反発をくらった。

「私は男の子しか認めないっ!」

 泣き喚き、頑なに意見を曲げない彼。
 恭太郎の辛い生い立ちがそうさせるのかもしれないと、僕は考えを改めて、女の子を養子に迎え入れるのは諦めた。

 子どもに関してはまた一から、共に決めていけばいい。

 そう思い直したのだが、これを機に僕の中で蓋をされていた過去の疑惑がもやもやと頭を出してしまったのである。

 恭太郎が父を刺してしまった事件の後処理の時だ。

 僕の要請を受けて、幼馴染——亀井義嗣かめい よしつぐはすぐに動いてくれた。

 いち一般人のお願いをスイスイと聞いてくれるのには、僕が思うに僕と義嗣の間に大きな借りがあるからだと考える。しかし、このことは今は割愛しておく。

 あの時、現場を確認した義嗣から、おかしな点があると報告を受けていたのを思い起こす。

 戦火を免れて生き残った立派な竹城屋敷はこの一帯では有名な建造物だ。
 どこからどう見ても金持ちの家であったので、資産目当ての強盗の仕業に見せかけることは容易であった。当時は相当なニュースになったものだ。

 かつては十万坪あったと言われており、時代の流れに沿って縮小されて現在の敷地面積はおおよそ一万坪。

 それでも公園並みの広さがある。

 竹城家の大黒柱であった当主、その妻。双方の祖父、祖母。子だくさんであったのも有名で、兄弟姉妹、従兄弟たち、恭太郎の他に子どもは十数人程度いたとされる。当然に使用人の数も馬鹿にならない。

 事件が起きた時間、屋敷にいた人間は一人残らず殺されていたそうだ。

 若い年齢の者は仕事と学校で家を空けており助かったが、高齢の祖父祖母、仕事をしていない母親、多くの使用人らが犠牲になった。

 現場では乱心した当主がやったのだというふうに推論づけられ、報道では伏せられていたが、恭太郎は身を守るために仕方なく父親を刺したのだと。

 
 僕も異論はなかった。


 が、本当にそうか?


 父親の趣味から解き放たれた恭太郎は、どうして今も女装を解かないのだろう。

 たしかに同性同士のカップルに世間の風当たりは強い。お金の力で戸籍を操作して結婚が叶ったので、彼が女を装うことに反対はしない。

 しかし反発していたにしては、苦しみ葛藤している様子がまるで見られないのだ。

 それから、彼岸の花畑でぢりっと感じていた違和感が拭い去れない。暴力的で横暴な父に少女の姿を強いられていたのなら、髪型まで徹底させられていたのではないだろうか。

 そのまま詰襟の学生服に着替えても不自然じゃない、中途半端な短髪・・・、隠れて趣味で女装をしていたのは恭太郎の方なのではないか。

 僕はゾッとした。

 だとすると、話は大きく変わってくる。

 父親に女装趣味を咎められた恭太郎が、逆上して父親を包丁で刺した。
 その方がずっとずっとしっくりきた。

 暴力をふるい息子に変態的な趣味を強いていたという人物像を当てはめていたからこそ、父親が家族を虐殺したという推論が成り立てる。

 加えて当時、司法解剖を経た後で、当主は足を捻挫して痛めていたことがわかったのだ。

 それが原因で会社を休み、家で療養をしていた。

 怪我は事件が起きた日以前のものと推測されている。

 片足首を引きずった状態で、広い敷地内を歩き、人を刺して回れるだろうか。

 花畑の中心で恭太郎が見せてくれた腕のあざは、死に際の父親に腕を強く掴まれた痕だったのではないだろうか。

 考えれば考えるだけ、そちらの推理が正しいと思えてしまう。

 家族を虐殺した恭太郎。けれど愛する僕の妻だ。

 事件はすでに解決されているゆえ、今さら蒸し返そうなんて気はさらさらない。

 生涯をかけて、僕は恭太郎を守ると約束をしたのだから。
 恭太郎が僕に同じことをして危害を加えようとするはずはない。ならば起きたことは忘れよう。過去は過去。
 僕はもう一度、疑惑の蓋を閉めようとした。

 ・・・・・・。

 あゝ・・・しかし僕はなんて堪え性のない心の持ち主なのか。気になり出したら止まらないもので、あれやこれやと詮索してしまいそうになる。

 そこで不意に発見してしまったことがあった。

 僕たちは結婚をしてから敷地内の離れに居住している。その離れを担当してくれている使用人が、全員男であったのである。

 僕は本邸に赴く機会が多いために、敷地内で女性の顔を見る回数も多くて気がつけなかったのだが、よくよく考えればおかしい。

 思い返してみると、恭太郎は数えるほどしか本邸に顔を出したことがなかった。僕が本邸に赴く理由そのものが、恭太郎に使いを頼まれて行く場合がほとんどなのだ。

 恭太郎は女性と顔を合わせることを、極端に避けていると考えられる。
 女の子を引き取ろうと言った時の頑固な様子も納得がいった。


『では、どうして?』


 いよいよもって耐えられなくなった僕は、ベッドの中で彼に訊ねてみた。
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