2 / 15
02
しおりを挟む
異質な色無しの少女―トウコと引き合わされた後、ミツルは寝起きしている部屋替わりの小さな物置にトウコを案内した。
トウコは荷物を何1つ持っていなかった。
助けられた時に団員の誰かに着せられたのであろう、ぶかぶかのシャツの下は薄い布地で作られたひらひらしたワンピースのようなものを着ていたが、それも土と埃そして血で汚れている上に、ぼろぼろだった。
ミツルは、少し小さくなった着古したシャツとズボンを1度手に取ったが、少しだけ考え込んだ後にそれを置くと、代わりに比較的新しいズボンとシャツをトウコに手渡した。
「…その格好じゃ仕事できないから。これやるよ」
トウコは小さな声で「ありがとう」と言ってそれを受け取った。
「俺、部屋の外に出てるから。着替えたら出てこい。家の案内と仕事を教える」
色無しは皆、美しい整った容姿をしていると言われており、事実、ミツルがこれまで見たことがある色無しは、男も女も、大人も子供も例外なく美しかった。
しかしトウコは、愛らしい顔立ちはしているものの、それは子供特有の可愛らしさであり、色無しの際立った美しさではなかった。
ミツルのシャツとズボンを着て部屋から出てきたトウコは、黒髪に紫の瞳という事を除けば、どこにでもいる痩せた孤児の少女にしか見えなかった。
それはミツルを安堵させ、そして少しの親近感を覚えさせた。
ミツルが寝起きしている部屋代わりの小さな物置で、トウコと一緒に寝起きするようになって1週間が経った。
初日にミツルが服を渡した際に「ありがとう」と言って以降、トウコは一言も声を発しなかった。
家の中を案内し、しなければならない仕事をミツルは教えていったが、トウコは頷くだけで何も言わなかった。
ミツルは当初、何も言わないトウコに困惑し苛立った。
「何か言えよ」と何度も声を荒げたが、トウコはその大きな紫の瞳でじっとミツルを見るだけで何も言わなかった。
感情の浮かばないその紫の瞳で見つめられるたびに、心の奥底を見透かされているようで、ミツルは落ち着かない気分になった。
しかし、トウコは何も言わないだけで、1度教えたことはきちんと覚え、黙々と働いた。そのため、ミツルはトウコに話させることを次第に諦めた。
朝から晩まで。起きてから眠りにつくまで。
ミツルとトウコは1日中働いていた。
起きたらすぐに朝食の手伝い。団員たちが食べ終わると、自分たちも素早く済ませて後片付け。
それが終われば、家中の掃除に洗濯。そして昼食の手伝い、後片付け、夕食の手伝い、後片付け。その合間に団員から細々としたことを言い付けられることもあった。
食事の準備は団員が交代で行っていたし、団員たちが仕事に出ている時とそうでない時の差はあれど、それでも自由時間はほとんどなかった。
しかし、午後のほんの少しの時間。
昼食の後片付けが終わり、夕食の準備が始まる前まで。
短い間だが、何も仕事をしなくていい空白の時間があった。
ミツルはその時間、いつも中庭にいた。
それはその時間、仕事に出ていない団員が、中庭で鍛錬をしていることが多かったからだ。
中庭の隅にある木の下で、鍛錬に励む団員を見るのがミツルは好きだった。
トウコには、「お前は見てもつまらないだろうから、好きにしてていいぞ」と言ったが、トウコもミツルの隣で膝を抱えて座り、じっと団員たちを見つめていた。
最初は無言で団員たちを見ていたミツルだったが、トウコが隣に座るようになってから数日が経った頃、ぽつりぽつりとトウコに話しかけるようになった。
あいつはいつも嫌なことを言ってくる奴、でも剣の腕はすごい。
あの人はそんなに強くないけど、嫌なことは言ってこない。
あの人は魔力は高くないはずなのに、なぜか結構強い。
そんなことをミツルは取り留めもなく話した。
相変わらずトウコは何も言わなかったが、聞いていないわけではないようで、団員たちをじっと見つめながらミツルの言葉に小さく頷いたり、たまに小首を傾げたりしていた。
たとえ返事が返ってこなくとも、トウコと話すのは楽しかった。
ある日、いつものようにミツルのシャツとズボンを身に着けたトウコと2人、黙々と団員たちの汚れた服を洗っていると、いつもミツルのことを色無しと馬鹿にしてくる男たちがやってきた。
ミツルが顔を俯かせ、小声で囁く。
「…あいつら嫌なことばっかり言うけど、気にするなよ」
2人の元へやって来た男たちが、いつものように汚れた服と下着を投げつけて来た。
汚れた服がミツルの体に、下着がトウコに当たって地面にぽとりと落ちる。
「色無しのガキの次は、本当の色無しの忌み子を拾ってくるなんて団長もどうかしてるよな」
「あの人は人がいいからなあ。でも、忌み子のガキを拾ってくるなら、もう少しでかい色無しの女を拾ってきた方が、色々使い道があんのによ」
「ガリガリのガキで、おまけにこいつ色無しの癖にブスだしな。でかくなっても期待できねえ」
男たちが言いあいながら遠ざかっていくと、ミツルはトウコの側に落ちた下着をかき集めて自分の洗濯桶の中に入れ、自分の側に落ちていた服を1枚だけトウコの桶の中に入れると、残りは全て自分の桶の中に入れた。
「…あんなの気にしちゃだめだ」
ミツルが俯いたまま横目でトウコを窺うと、トウコは男たちの背中をじっと見ていた。
男たちが見えなくなると、トウコは視線を手元に戻し、また手を動かし始めたので、ミツルもまた黙って汚れ物を洗い始めた。
そのまま黙々と洗っていると、突然隣から「ありがとう」と小さな声が聞こえた。
何が起こったのか分からず、ミツルが固まる。
トウコが言葉を発したのだと気づき、慌てて隣を見ると、トウコは下を見たまま手を動かしていた。
そのまましばらくトウコを見ていたが、それ以上は何も言わなかった。
諦めたミツルがまた手を動かし始めると、再びトウコが口を開いた。
「いつも下着をあらってくれる。」
再びトウコが言葉を発したこと、そして気づかれていないと思っていた自分の行動が、気付かれていたことに狼狽えながらも、「お、お前は一応女だからな。野郎の下着なんか…洗わせられないだろ。」とミツルがそう言うと、トウコが唇をほんの少しだけ動かした。
その動きの意味が分からず、一瞬ポカンとしたミツルの顔が次の瞬間真っ赤になった。
熱を持った顔を見られないよう、ミツルは慌てて顔を伏せると必死に下着を洗い出す。
ほんの少し上がったトウコの唇。
初めて見たトウコの微かな笑顔に、ミツルの心臓がうるさいくらいに鳴った。
トウコは荷物を何1つ持っていなかった。
助けられた時に団員の誰かに着せられたのであろう、ぶかぶかのシャツの下は薄い布地で作られたひらひらしたワンピースのようなものを着ていたが、それも土と埃そして血で汚れている上に、ぼろぼろだった。
ミツルは、少し小さくなった着古したシャツとズボンを1度手に取ったが、少しだけ考え込んだ後にそれを置くと、代わりに比較的新しいズボンとシャツをトウコに手渡した。
「…その格好じゃ仕事できないから。これやるよ」
トウコは小さな声で「ありがとう」と言ってそれを受け取った。
「俺、部屋の外に出てるから。着替えたら出てこい。家の案内と仕事を教える」
色無しは皆、美しい整った容姿をしていると言われており、事実、ミツルがこれまで見たことがある色無しは、男も女も、大人も子供も例外なく美しかった。
しかしトウコは、愛らしい顔立ちはしているものの、それは子供特有の可愛らしさであり、色無しの際立った美しさではなかった。
ミツルのシャツとズボンを着て部屋から出てきたトウコは、黒髪に紫の瞳という事を除けば、どこにでもいる痩せた孤児の少女にしか見えなかった。
それはミツルを安堵させ、そして少しの親近感を覚えさせた。
ミツルが寝起きしている部屋代わりの小さな物置で、トウコと一緒に寝起きするようになって1週間が経った。
初日にミツルが服を渡した際に「ありがとう」と言って以降、トウコは一言も声を発しなかった。
家の中を案内し、しなければならない仕事をミツルは教えていったが、トウコは頷くだけで何も言わなかった。
ミツルは当初、何も言わないトウコに困惑し苛立った。
「何か言えよ」と何度も声を荒げたが、トウコはその大きな紫の瞳でじっとミツルを見るだけで何も言わなかった。
感情の浮かばないその紫の瞳で見つめられるたびに、心の奥底を見透かされているようで、ミツルは落ち着かない気分になった。
しかし、トウコは何も言わないだけで、1度教えたことはきちんと覚え、黙々と働いた。そのため、ミツルはトウコに話させることを次第に諦めた。
朝から晩まで。起きてから眠りにつくまで。
ミツルとトウコは1日中働いていた。
起きたらすぐに朝食の手伝い。団員たちが食べ終わると、自分たちも素早く済ませて後片付け。
それが終われば、家中の掃除に洗濯。そして昼食の手伝い、後片付け、夕食の手伝い、後片付け。その合間に団員から細々としたことを言い付けられることもあった。
食事の準備は団員が交代で行っていたし、団員たちが仕事に出ている時とそうでない時の差はあれど、それでも自由時間はほとんどなかった。
しかし、午後のほんの少しの時間。
昼食の後片付けが終わり、夕食の準備が始まる前まで。
短い間だが、何も仕事をしなくていい空白の時間があった。
ミツルはその時間、いつも中庭にいた。
それはその時間、仕事に出ていない団員が、中庭で鍛錬をしていることが多かったからだ。
中庭の隅にある木の下で、鍛錬に励む団員を見るのがミツルは好きだった。
トウコには、「お前は見てもつまらないだろうから、好きにしてていいぞ」と言ったが、トウコもミツルの隣で膝を抱えて座り、じっと団員たちを見つめていた。
最初は無言で団員たちを見ていたミツルだったが、トウコが隣に座るようになってから数日が経った頃、ぽつりぽつりとトウコに話しかけるようになった。
あいつはいつも嫌なことを言ってくる奴、でも剣の腕はすごい。
あの人はそんなに強くないけど、嫌なことは言ってこない。
あの人は魔力は高くないはずなのに、なぜか結構強い。
そんなことをミツルは取り留めもなく話した。
相変わらずトウコは何も言わなかったが、聞いていないわけではないようで、団員たちをじっと見つめながらミツルの言葉に小さく頷いたり、たまに小首を傾げたりしていた。
たとえ返事が返ってこなくとも、トウコと話すのは楽しかった。
ある日、いつものようにミツルのシャツとズボンを身に着けたトウコと2人、黙々と団員たちの汚れた服を洗っていると、いつもミツルのことを色無しと馬鹿にしてくる男たちがやってきた。
ミツルが顔を俯かせ、小声で囁く。
「…あいつら嫌なことばっかり言うけど、気にするなよ」
2人の元へやって来た男たちが、いつものように汚れた服と下着を投げつけて来た。
汚れた服がミツルの体に、下着がトウコに当たって地面にぽとりと落ちる。
「色無しのガキの次は、本当の色無しの忌み子を拾ってくるなんて団長もどうかしてるよな」
「あの人は人がいいからなあ。でも、忌み子のガキを拾ってくるなら、もう少しでかい色無しの女を拾ってきた方が、色々使い道があんのによ」
「ガリガリのガキで、おまけにこいつ色無しの癖にブスだしな。でかくなっても期待できねえ」
男たちが言いあいながら遠ざかっていくと、ミツルはトウコの側に落ちた下着をかき集めて自分の洗濯桶の中に入れ、自分の側に落ちていた服を1枚だけトウコの桶の中に入れると、残りは全て自分の桶の中に入れた。
「…あんなの気にしちゃだめだ」
ミツルが俯いたまま横目でトウコを窺うと、トウコは男たちの背中をじっと見ていた。
男たちが見えなくなると、トウコは視線を手元に戻し、また手を動かし始めたので、ミツルもまた黙って汚れ物を洗い始めた。
そのまま黙々と洗っていると、突然隣から「ありがとう」と小さな声が聞こえた。
何が起こったのか分からず、ミツルが固まる。
トウコが言葉を発したのだと気づき、慌てて隣を見ると、トウコは下を見たまま手を動かしていた。
そのまましばらくトウコを見ていたが、それ以上は何も言わなかった。
諦めたミツルがまた手を動かし始めると、再びトウコが口を開いた。
「いつも下着をあらってくれる。」
再びトウコが言葉を発したこと、そして気づかれていないと思っていた自分の行動が、気付かれていたことに狼狽えながらも、「お、お前は一応女だからな。野郎の下着なんか…洗わせられないだろ。」とミツルがそう言うと、トウコが唇をほんの少しだけ動かした。
その動きの意味が分からず、一瞬ポカンとしたミツルの顔が次の瞬間真っ赤になった。
熱を持った顔を見られないよう、ミツルは慌てて顔を伏せると必死に下着を洗い出す。
ほんの少し上がったトウコの唇。
初めて見たトウコの微かな笑顔に、ミツルの心臓がうるさいくらいに鳴った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
心の鍵と彼女の秘密
アルカ
恋愛
伯爵令嬢のアリシアは、カールストン伯爵家の舞踏会で壁の花に徹していた。ある使命を帯びて久々の舞踏会へと出席したためだ。
一方、ランクス・ラチェットは部下と共に突入の準備をしていた。カールストン伯爵家から、どうしても見つけ出さなければいけないものがあるのだ。
そんな二人の、運命の出会いから始まる恋と事件の語。
小説家になろうにも掲載しております。
◆◆完結しました!◆◆
マギアルサーガ~うたかたの世に幕を引け~
松之丞
ファンタジー
――魔物は、災厄。
世界に蔓延る獰猛な獣を、人々はいつからかそう呼んでいた。
人の営みを悉く粉砕する災厄の如き魔物を前に、しかし人類は、剣を執る。
年若い戦士アクセルは、魔物の侵入を防ぐために敷設された関門に駐屯する兵士。
国家安寧の為、彼は決して終わることのない、戦いの日々を送っていた。
だがある日、彼の元に二人の女が現れた。
その一人は、かつて彼が使用人として仕えていた主、ウルリカだった。
尊大な態度でアクセルに迫る、すると彼女は、予想だにしない言葉を放つ。
「あたしが成し遂げる勇者の功業に、貴方も参列なさい」
その言葉が彼を、目を背けてはならない宿命へと誘うのだった。
五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。
あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。
夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中)
笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。
え。この人、こんな人だったの(愕然)
やだやだ、気持ち悪い。離婚一択!
※全15話。完結保証。
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。
今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
第三弾『妻の死で思い知らされました。』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。
※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。
【完結】夫は王太子妃の愛人
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。
しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。
これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。
案の定、初夜すら屋敷に戻らず、
3ヶ月以上も放置されーー。
そんな時に、驚きの手紙が届いた。
ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。
ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる