常世の彼方

ひろせこ

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金の章

26.餌

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 リョウが放った魔力石の爆炎の中に飛び込んだカインは、障壁を張ってなお肌を焦がすような熱に、自分が掛けた補助魔法で底上げされているとは言え、リョウの魔力と技術の高さに内心舌を巻いた。
しかしそれでもなお、自分にはもちろん金の巫女にもまだ及ばないと思ったとき、炎を切り裂きながら黒い澱の刃が向かってきた。
だがそれは自分にではなく、同じように爆炎の中に飛び込んだトウコへ向かって真っ直ぐ向かっていく。
カインはトウコの前へ出ると、剣を抜きざまにそれを切り裂いた。
まるでカインがそうすることが当然だと言わんばかりに、もしくはそうすることが分かっていたかのように、トウコは一切動じることなくカインの横をすり抜けて、金の巫女へと飛びかかっていった。

トウコとリョウが、金の巫女を挟むように左右から飛び込んで攻撃しようとしたが、金の巫女の足元から黒い澱が壁のようにせり出し、2人の攻撃を阻む。
トウコが黒い壁を蹴って後ろへ下がり、リョウもまたトウコ同様下がったが、下がりながら魔力石を投げた。
金の巫女の周りで爆発が起こり、破壊された黒い壁の破片が飛び散る。
2人が再び攻撃を仕掛けてくると踏んだ金の巫女が両手を左右に上げた時、黒い澱の破片が舞う中、風の刃が金の巫女の真正面から襲い掛かった。
風の刃は金の巫女に当たったが、何事もなかったかのように全て霧散する。
「あなたの攻撃は効かないのよ!カイン!」
金の巫女が嘲笑うように言った時、障壁が砕け散り、金の巫女の左腕から鮮血が舞った。
カインが嗤う。
「攻撃が効かなくても、お前の目くらましにはなる。」

障壁を蹴り砕いたトウコが後ろに飛び退り、左腕を切り裂いたリョウもまた追撃はせずに後ろへ飛んだ。
怒りに体を震わせ、柳眉を逆立てた金の巫女が2人に向かって腕を伸ばす。
金の巫女の手の先に巨大な氷柱が生まれ、トウコとリョウに殺到する。
カインが即座に地面に手をつくと、リョウの目の前に土の壁が生まれた。
「後は自分でなんとかしてくれ。」
着地したばかりのトウコに氷柱が殺到する。
不敵な笑みを浮かべ、氷柱を避ける素振りも見せずにそれを見据えるトウコの目の前で複数の爆発が起こり、氷柱が破壊される。
同時に、トウコの目の前に出たカインが、破壊し損ねた氷柱を切り裂いた。

一方で、リョウの前の土壁に複数の氷柱突き刺さり、破壊された土壁を越えて残った氷柱がリョウに襲い掛かる。
リョウは着地と同時に再度後ろへ飛び、魔力石を投げた。
魔力石の爆発で残った氷柱を破壊したリョウは、再び金の巫女へと駆け出した。

「トウコ。君、僕が助けにくるのが当たり前だと思ってるだろう?」
「カインがいるから気にせず動ける。楽だ。」
当然のように言ったトウコもまた駆け出した。

美しい顔を怒りに歪ませた金の巫女の周りで、爆炎が立ち上る。
「ちょろちょろとさっきから不愉快なのよ!あなたたちの戦い方は全て分かっているのよ!」
炎を突き破って何者かが飛び込んでくる気配を感じた金の巫女が、四方に向かって黒い澱の槍を足元から無数に生み出した。
飛び込んできた勢いそのままに、黒い槍に突っ込む影を炎の中に見た金の巫女が唇を笑みの形に歪める。
しかし、キンという澄んだ音とともに黒い槍が一刀された。
「カイン…!」
憎悪に満ちた金の巫女の青い瞳を見据えたままカインが地面に着地した瞬間。
カインの視界が真っ白に染まり、同時に爆発が起こった。

砕け散った黒い槍の残骸と共に、カインが爆風に吹き飛ばされる。
黒い槍の残骸に肌を切り裂かれたカインが、障壁を破られたことを知り慌てて張り直した。
自分が巻き込まれても無事だと思っているのか、それとも自分のことなどどうでもいいのか、はたまたその両方か。
肌をちりちりと焦がす熱を感じながら、リョウの遠慮のなさに小さく苦笑を浮かべたカインの視界に、金の巫女も爆風に吹き飛ばされているのが入った。

吹き飛ばされたカインと金の巫女がほぼ同時に地面に着地する。
着地と同時に金の巫女が怒りの形相を浮かべながら、トウコとリョウに両手を向ける。
爆発に巻き込まれた影響か、金の巫女の左腕は焼け爛れていた。
煉獄の炎の球体が金の巫女の手の平から生まれ、左右から駆け寄ってきていたトウコとリョウに向かって放たれた。
しかし、2人は攻撃が来るのが分かっていたかのようにそれを難なく避ける。
その時。

「私もいるのよ?」

金の巫女の後ろに回り込んでいたマリーがバトルハンマーを金の巫女の体に叩きこんだ。
1撃目は障壁に阻まれたが、すかさす体を捻ったマリーが反対側からバトルハンマーを叩き付ける。
障壁が砕け、マリーのバトルハンマーが金の巫女の体に当たった。
僅かに体をよろけさせた金の巫女が、怒りに顔を歪めてマリーに手を伸ばしたが、その時には既にマリーは後ろに退いていた。

「私からも一発。」
マリーに気を取られていた金の巫女がその声にはっと振り返った時、トウコが右の拳を金の巫女の左頬に叩きこんだ。
「俺からもだ。」
それと同時に、リョウが焼け爛れた腕を切断した。

「なんなのあの女。本気でいったのにちょっとよろけるだけとか!」
「両腕行けたと思ったんだけどなあ。かてえ。」
「そもそもあの爆発が直撃したのに、左腕以外無事っていうのがやばいだろ。」

後ろに下がって金の巫女と距離を取ったトウコとリョウはマリーと合流し、場違いなほどのんびりとした声で言葉を交わした。
攻撃を受けたことが信じられなかったのか、足元に落ちた左腕に視線を落として呆然としている金の巫女を見ながら、3人は会話を続けた。
「それ言ったら、カインの野郎もやばいな。むかつくぐらいピンピンしてんじゃねーか。」
「僕もちょっと火傷したし、破片で血が出たよ?もう治ったけど。」
3人に歩み寄りながら言ったカインに、リョウが面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「あいつももう怪我は治ってきているよ。」
カインの言葉通り、リョウが切り落とした左腕からしゅるしゅると澱が生まれ、傷一つないほっそりとした象牙色の腕へと変化した。
「うぜえ…。お前も腕切り落としたぐらいじゃ、すぐ生えるのか?」
「そうだね。頭とか心臓なんかをやられるとちょっと時間がかかるけど、四肢欠損ぐらいなら。」
「気持ちわりい…。」

心底気持ち悪いと思っていることが、ありありと分かるリョウの言葉に苦笑しながら、カインは3人の実力が予想以上だったことに内心驚いていた。
呪いさえなければ、カインは金の巫女を殺せると思っていた。
しかし、楽に倒せるとも思っていなかった。
そして、トウコたち3人はマリーはもちろんのこと、トウコとリョウも自分には及ばない。
そのため、補助魔法で底上げし、更に自分がフォローに入ることで何とか互角に持っていける程度だとカインは思っていたのだ。
だが、実際には互角どころか、今のところ3人は傷1つ負っていなかった。
その要因は、金の巫女の戦闘経験が圧倒的に不足していることだとカインは思った。
確かに金の巫女は強いが、戦闘経験がほぼない。
主を通して3人の戦い方を知っているというアドバンテージはあるかもしれないが、知っているのと実際に経験するのとでは大きな隔たりがある。
そこに、異分子であるカインが入ったことで、更に金の巫女の想定外の動きになり、金の巫女を翻弄する結果になった。

そこまでカインが考えた時、金の巫女の呪詛を吐くような声が響いた。
「…さない。」
真っ白だったワンピースは黒く汚れていたが、3人が負わせたはずの傷はすっかり消え、輝く金髪をなびかせ、サファイア色の瞳を憎悪で染めた金の巫女がこちらを睨みつけていた。
「許さない…!」
金の巫女の体から魔力がほとばしり、大気がびりびりと震える。
「完全にキレたな。」
「おっかねえ。女のヒステリーほど怖いもんはねえな。」
トウコとリョウが相変わらずのんびりとした口調で言い合いながら少し前へ出ると、マリーは「じゃ、よろしく。」と言いながら後ろへ下がった。

そんな3人の様子を見ながら、しかし、とカインは思う。
それでもなお、この3人では金の巫女は倒せない。
今はまだ3人が金の巫女を翻弄できているが所詮それだけだ。倒すための決定打がこの3人にはない。
今は良くてもすぐに金の巫女に押し切られるのが目に見えていた。

「やっぱダメそうなら作戦B決行しようぜ。」
「…あれか?カインを餌に置いていくやつか?」
「おう、それだ。」
「君たち本当に酷いね。」
苦笑しながらカインがトウコとリョウの隣に立つ。

勝てないだろうと思いつつ、カインの心は高揚していた。
長年一緒に戦い続け、培った3人の戦闘スタイル。基本的にリョウをきっかけに戦闘が始まるが、そのタイミングは呼吸するように3人には分かるのだろう。
先ほどはマリーが金の巫女の後ろに回り込んでいたが、それにカインは気づいていなかった。
気付いていなかったというよりも、マリーのことが意識になかった。
マリーの魔力の高さでは恐らく戦闘にはついて来られないだろうと思っていたし、事実、最初のリョウの魔力石の爆炎の中にマリーは飛び込んでこなかった。
なので、マリーは本来のヒーラーという役割で、後ろに下がっているとカインは思い込んでいたし、金の巫女もきっとそう思っていたに違いない。
しかし、マリーは前に出てきていた。
そしてトウコとリョウはそれが分かっており、マリーの攻撃を起点とした。
マリーは先ほど、2人によろしくと声を掛けて下がって行ったが、ああ言いつつもタイミングを見て前に出てくるのかもしれないし、もう本当に前には出てこないのかもしれない。
カインには分からないが、きっとトウコとリョウには分かっているのだろう。
トウコたち3人より強いと自負しているが、それだけでは入れない3人の関係に、カインは羨ましさを覚えた。
だが。
「餌にでもなんでも、君たちの好きにしたらいいよ。」
トウコとリョウが不敵な笑みを浮かべ、そう言ったカインを一瞥すると走り出した。
黒の巫女の近衛兵と呼ばれてはいたものの、その実、自分より強く守らせてくれなかった女が、あの時少しでも自分を頼っていてくれたらと、今でもカインは思わずにはいられない。
しかし、今、トウコは自分に全幅の信頼を置いて戦っている。
そして、リョウとマリーもカインが必ずトウコを守ると信じて戦っているはずだ。
カインの心は高揚していた。
トウコとリョウの後に続いて、カインもまた走り出した。

金の巫女の周りに無数の黒い檻の刃が浮かび上がり、一斉にトウコたちに向かって放たれた。
同時にカインもまた丸く輝く光の玉を生み出すと、黒の檻の刃に放った。
「残りはなんとかしてくれ。」
リョウは魔力石を投げて相殺し、相殺しきれなかったものを避けたが、トウコはさっさとカインの後ろへと移動した。
小さく声を上げて笑ったカインが、「トウコ、君徹底してるね。」と刃を切り裂きながら言うと、「死にたくないからな。ここが1番確実だ。」としれっとした顔で言い返した。
次いで、「リョウがデカい魔力石を投げる。遅れるなよ。」と言った瞬間、トウコの言葉通りリョウが魔力石を投げた。
金の巫女の周りで吹雪が巻き起こる。
カインは躊躇うことなく、吹雪に飛び込んだ。
飛び込んだカインに向かって、無数の黒い檻の槍が伸びてくる。
後から飛び込んでくるであろうトウコとリョウの為に、それら破壊したカインが金の巫女の目の前に着地する。

その時。
カインの周りで青い光の破片が舞った。
何が起こったのか分からずカインの動きが一瞬止まる。
自分の防壁が破壊されたのだと理解した時、少し白みがかった金色がカインの視界に入った。
そして。

カインの左腕が宙を舞った。

明るい青の瞳を細め、冷笑を浮かべたリョウが囁く。
「悪いな。」

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