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金の章
25.開戦
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「やあ、思ったより早かったね。もうトウコの体は大丈夫なのかい?」
トウコたち3人が神殿へ足を踏み入れると、柱にもたれ掛っていたカインが、微笑みを浮かべながらそう声を掛けて来た。
「それじゃ、後はこの間話した手筈通りってことでいいよね?」
質問の体を取りながらも、3人の返答を待たずにカインは静かに歩き出し、トウコたちも黙って歩き出した。
祭壇奥に開けられた穴にカインが気負いなく入って行き、3人もまたそれに続く。
穴の先はひんやりとした空気が漂う洞窟だった。
「5分くらいかな。魔物は出ないから大丈夫だよ。」というカイン言葉通り、5分ほど歩いたところで魔物に襲撃されることもなく、出口であろう光が見えた。
「ここは…。」
洞窟を抜けた先の光景を見た3人が驚いたように足を止め、トウコが少し目を見張って呟くと、カインも足を止めて振り返った。
「彼女…黒の巫女がいた離宮だよ。」
洞窟を抜けた先、鬱蒼とした森の中に白い石造りのこじんまりとした2階建ての宮殿があった。
幾本もの白い円柱の柱に、半円の窓。窓の周りは鮮やかな青で彩られおり、ところどころに控えめながら金色の装飾が施されている。
「そんなに大きくないけれど、とても綺麗で静謐な空気が流れる離宮だったよ。今は見る影もないけどね。」
日が差さない死の森に沈む離宮は暗く、白い壁も柱もそれを彩る青も陰鬱とした影を落としていた。
また、洞窟を抜けた瞬間から重くまとわりつくような不快な空気が漂っており、それがより一層、離宮に暗く沈んだ印象を与えていた。
「なるほど。ことを起こした場所に留まり続ける。良い趣味をしている。」
馬鹿にするような口調のトウコの呟きに同意するようにカインが小さく笑みを浮かべ、また前を向いて歩き出した。
「ここには、本来は庭があったんだ。季節ごとに色とりどりの花が咲き誇っていたよ。」
行くものを拒むように生い茂る草や木をかき分けて前を行くカインが、誰に言うともなく話し出す。
「だけど彼女は紫の小さな花を1番好んだ。離宮の裏手には草原が広がっていてね。そこは、ある時期になるとその紫の小花が一斉に咲き誇るのさ。彼女はそれを見るのが大好きだった。」
リョウが横目でトウコを窺ったが、トウコは何も気にした素振りを見せず、何を考えているのか分からない顔で、前を向いて歩き続けていた。
固く閉ざされた離宮の入口の前まで来たカインが、その手を扉に掛ける。
「封印されてるんじゃないのか?」
「ここまでは僕も入れるんだ。」
トウコの問いに答えながら、カインが金の装飾が施された扉をそっと押すと、その言葉通り扉は内へ向かって静かに開いた。
入った先は小さな広間になっており、左右へ延びる廊下と、中央には2階へと続く階段があった。
「…嫌な空気。」
少し呻くようして言ったマリーの額には汗がにじんでいた。
「ああ、すまない。忘れていた。ここは金の巫女の瘴気が濃いからね。障壁を張っていても高魔力じゃないと貫通するんだよ。僕が張ろう。」
言いながらカインがマリーに向かって手を振ると、マリーがほっとしたように息を吐いて礼を言った。
君たちはどうだというように、カインがトウコとリョウを見ると、2人は首を振った。
「さすが2人とも魔力が高いね。…行こう。2階だよ。」
踵を返したカインが再び歩き始める。
「…お前、剣士と魔導士どっちだ?前は魔導士だって言ってたが。」
階段を上がりながら前を行くカインにリョウが聞くと、「どっちもかな。」とカインが前を向いたまま答えた。
「もちろん剣の方が得意だよ。彼女…黒の巫女に術は教えてもらったんだ。それに時間だけは有り余っていたからね。いつの間にか魔導士としての腕も上がったよ。」
そう言ったカインが振り返り、少し不敵な笑みを浮かべた。
「どちらも君には負けないよ。」
「死なねえ時点で反則だろ。そのクセ今日は役立たずだ。」
「はは。手厳しいね。だけど補助はできるよ。僕のことが大嫌いな君にもちゃんと補助するから安心していいよ。」
「入れなかったら本当の役立たずだな。」
「入れることを祈っててくれ。」
2階へ上がるとカインは迷うことなく右へ進んだ。
左は近衛兵が詰めていた部屋、右の一番奥に闇の巫女の部屋があったとカインは歩きながら静かに言った。
そして、右の廊下を少し進んだ場所にあった1つの扉の前で足を止めた。
「ここだよ。」
カインが扉の前を明け渡すように一歩後ろへ下がる。
「ここが、金の巫女がいる場所。黒の巫女が封じられている場所。…あの日の部屋だ。」
金で装飾された白い扉の前でそう言ったカインは微笑んでいた。
想像もできないほど永い間、討つことを願っていた相手と対峙することにも、焦がれ続けた女に会えるかもしれないことにも、まるで何も思っていないかのような、いつもの微笑みを浮かべているカインを、トウコもまた感情の乗らない顔で静かに見つめた。
トウコが扉の取っ手に手を掛け僅かに力を入れると、カチリという軽い音と共に扉は簡単に開いた。
トウコが体をずらしてカインを見る。
カインは微笑んだまま扉を押し開き、足を踏み出した。
カインの足は、何の抵抗もなく部屋の床を踏んだ。
途端、カインの雰囲気が激変した。
獲物を前にした猛獣のような鋭い紫の瞳を昏い喜びに爛々と輝かせ、歯を剥き出しにして笑うその顔は、嬉しくて堪らないと言った様子だった。
しかし、その体からは抑えきれない殺気が漏れ出ており、カインの殺気にあてられたトウコたち3人の背中が粟立った。
「こいつが役に立たないとかマジかよ。」
「…まったくだな。」
珍しく顔を少し引き攣らせたリョウが呟くと、トウコも頷きながら部屋の中へ足を踏み入れた。
部屋の中は離宮の一室とは思えない、白い石壁に囲まれた広い空間が広がっていた。
その中央にぽつんと豪奢なベッドが置かれており、そこに1人の女が上半身を起こしてこちらを見ていた。
「久しぶりね、カイン。私に会いたくて堪らなかったって顔をしているわね。」
言いながら女―金の巫女が立ち上がる。
緩やかにウェーブした輝くような金髪。
ぱっちりとした心持ち吊り上がった大きなサファイア色の瞳。
しっとりとした象牙色の肌。優美に弧を描く眉。すっと通った鼻筋。
薄く色づいた桃色の艶やかな唇。
金の巫女は体に密着した袖の無い胸元が開いた白いワンピースを着ており、その肢体は儚げで、しかし匂い立つようだった。
サファイアの瞳に獲物を嬲る悦びの光を灯し、花弁のような艶やかな唇を歪めて愉悦の笑みを浮かべる金の巫女は美しかったが、しかし毒々しかった。
「ああ。お前に会いたくて会いたくて堪らなかった。この手で八つ裂きにできないのが残念だ。本当に。」
ほっそりとした手を口元にあて、鈴を転がしたような声で小さく笑った金の巫女は「まあ怖い。」と言いながらトウコを見た。
「それで…彼女に助けを求めたの?あの子の現身の成りそこないの女に。」
馬鹿にするようにクスクス笑った金の巫女は、トウコを見たまま言葉を続けた。
「あなた…トウコだったかしら。目障りだわ。本当に。あなたが死なないから、あなたが幸せを掴もうとするから、あの子が絶望しないじゃない。本当に目障り。」
憎しみの籠った目でそう言われたトウコはしかし、気にした素振りも見せずに、腰のポーチから煙草を取り出すと火をつけると、うまそうに煙を吐き出した。
「お前が私のことをどう思おうと、私はお前に用はないんだ。」
足元に視線を落とし、金の巫女を見ないままトウコがそう言うと、金の巫女は不愉快そうにその柳眉を僅かに顰めた。
「私はお前の片割れに用があるだけだ。お前の片割れを1発殴ったらここを出て行く。だから、とっとと出せ。」
「…あなた私を馬鹿にしているのかしら。カインに聞いたのでしょう?私がいる限り、あなたは死ぬ運命。だから私を殺しに来た。そうでしょう?」
楽しそうに歌うように言った金の巫女をトウコが見た。
嘲りの表情を浮かべたトウコが嗤う。
「何度も殺し損ねている分際でよくほざく。思い上がりも甚だしい。何度も言わせるな。私はお前のことなどどうでもいい。とっとと片割れを出せ。」
柳眉を吊り上げ、怒りに顔を歪ませた金の巫女だったが、すぐに哀れみの表情を浮かべた。
「あの子は出してあげられないわ。だって…。」
金の巫女がワンピースの胸元を広げて、花が綻ぶような笑顔を浮かべる。
「ここにいるから。」
金の巫女の胸元に、赤黒い球体がめり込んでいた。
球体は赤黒い血管のような管で金の巫女の体と繋がっていた。
それを見たカインが鬼のような形相で呻いた。
「…お前、彼女の力を取り込んでいるのか。」
「ええそうよ。そうしないとあの子出てこようとするんですもの。ずっと一緒って約束したのに酷いわよね。」
ワンピースの胸元を戻しながら、何でもないことのように言った金の巫女を見ながら、トウコが吸っていた煙草を足元に落とす。
腰のポーチからフィンガーレスグローブを取り出し、煙草を足で揉み消しながらそれを装着した。
「なるほど。お前を殺さないと片割れを殴れないというわけだな。」
「さあ、どうかしら。私を殺したらあの子も死ぬかもしれないわよ。」
「それならそれで仕方がない。双子なんだから顔もどうせ同じだろう。お前で我慢してやる。だから、とっとと死ね。」
「…本当に腹の立つ女だわ。死ぬのはお前よ!」
金の巫女の体から黒い澱が噴き出し、鋭い槍となってトウコたちに襲い掛かった。
「煽り過ぎだボケ!」
「トウコ!このおバカ!」
リョウとマリーがトウコを罵りながら槍を避け、金の巫女へと駆ける。
飛び退って槍を避けたトウコの隣に、カインが静かに降り立った。
「それじゃあトウコ行こうか。頼んだよ。でも、あいつは殺していいけど、彼女は殺してほしくないな。そうでないと、僕が君を殺してしまいそうだ。」
金の巫女の元へ駆けながら、トウコが蠱惑的な笑みを浮かべて隣を走るカインを見た。
「カイン、お前今までで1番いい顔しているな。あの胡散臭い顔より、今の顔の方がよっぽどいい。ぞくぞくする。」
「それは嬉しいな。僕にまだこんな感情が残っていたとは自分でも驚きだよ。だけど、そんなこと言ったら彼がまた怒るよ。」
「自惚れるなよ。リョウと比べたらお前なんか足元にも及ばない。…だが、私がそう言ったことはあいつには内緒にしててくれると助かる。」
「それはどっちだい?ぞくぞくするって言ったこと?それとも比べたこと?」
2人の目の前で、リョウの放った魔力石が爆炎を上げた。
「どっちもだ!」
叫んだトウコと、壮絶な笑みを浮かべたカインがその中に飛び込んだ。
トウコたち3人が神殿へ足を踏み入れると、柱にもたれ掛っていたカインが、微笑みを浮かべながらそう声を掛けて来た。
「それじゃ、後はこの間話した手筈通りってことでいいよね?」
質問の体を取りながらも、3人の返答を待たずにカインは静かに歩き出し、トウコたちも黙って歩き出した。
祭壇奥に開けられた穴にカインが気負いなく入って行き、3人もまたそれに続く。
穴の先はひんやりとした空気が漂う洞窟だった。
「5分くらいかな。魔物は出ないから大丈夫だよ。」というカイン言葉通り、5分ほど歩いたところで魔物に襲撃されることもなく、出口であろう光が見えた。
「ここは…。」
洞窟を抜けた先の光景を見た3人が驚いたように足を止め、トウコが少し目を見張って呟くと、カインも足を止めて振り返った。
「彼女…黒の巫女がいた離宮だよ。」
洞窟を抜けた先、鬱蒼とした森の中に白い石造りのこじんまりとした2階建ての宮殿があった。
幾本もの白い円柱の柱に、半円の窓。窓の周りは鮮やかな青で彩られおり、ところどころに控えめながら金色の装飾が施されている。
「そんなに大きくないけれど、とても綺麗で静謐な空気が流れる離宮だったよ。今は見る影もないけどね。」
日が差さない死の森に沈む離宮は暗く、白い壁も柱もそれを彩る青も陰鬱とした影を落としていた。
また、洞窟を抜けた瞬間から重くまとわりつくような不快な空気が漂っており、それがより一層、離宮に暗く沈んだ印象を与えていた。
「なるほど。ことを起こした場所に留まり続ける。良い趣味をしている。」
馬鹿にするような口調のトウコの呟きに同意するようにカインが小さく笑みを浮かべ、また前を向いて歩き出した。
「ここには、本来は庭があったんだ。季節ごとに色とりどりの花が咲き誇っていたよ。」
行くものを拒むように生い茂る草や木をかき分けて前を行くカインが、誰に言うともなく話し出す。
「だけど彼女は紫の小さな花を1番好んだ。離宮の裏手には草原が広がっていてね。そこは、ある時期になるとその紫の小花が一斉に咲き誇るのさ。彼女はそれを見るのが大好きだった。」
リョウが横目でトウコを窺ったが、トウコは何も気にした素振りを見せず、何を考えているのか分からない顔で、前を向いて歩き続けていた。
固く閉ざされた離宮の入口の前まで来たカインが、その手を扉に掛ける。
「封印されてるんじゃないのか?」
「ここまでは僕も入れるんだ。」
トウコの問いに答えながら、カインが金の装飾が施された扉をそっと押すと、その言葉通り扉は内へ向かって静かに開いた。
入った先は小さな広間になっており、左右へ延びる廊下と、中央には2階へと続く階段があった。
「…嫌な空気。」
少し呻くようして言ったマリーの額には汗がにじんでいた。
「ああ、すまない。忘れていた。ここは金の巫女の瘴気が濃いからね。障壁を張っていても高魔力じゃないと貫通するんだよ。僕が張ろう。」
言いながらカインがマリーに向かって手を振ると、マリーがほっとしたように息を吐いて礼を言った。
君たちはどうだというように、カインがトウコとリョウを見ると、2人は首を振った。
「さすが2人とも魔力が高いね。…行こう。2階だよ。」
踵を返したカインが再び歩き始める。
「…お前、剣士と魔導士どっちだ?前は魔導士だって言ってたが。」
階段を上がりながら前を行くカインにリョウが聞くと、「どっちもかな。」とカインが前を向いたまま答えた。
「もちろん剣の方が得意だよ。彼女…黒の巫女に術は教えてもらったんだ。それに時間だけは有り余っていたからね。いつの間にか魔導士としての腕も上がったよ。」
そう言ったカインが振り返り、少し不敵な笑みを浮かべた。
「どちらも君には負けないよ。」
「死なねえ時点で反則だろ。そのクセ今日は役立たずだ。」
「はは。手厳しいね。だけど補助はできるよ。僕のことが大嫌いな君にもちゃんと補助するから安心していいよ。」
「入れなかったら本当の役立たずだな。」
「入れることを祈っててくれ。」
2階へ上がるとカインは迷うことなく右へ進んだ。
左は近衛兵が詰めていた部屋、右の一番奥に闇の巫女の部屋があったとカインは歩きながら静かに言った。
そして、右の廊下を少し進んだ場所にあった1つの扉の前で足を止めた。
「ここだよ。」
カインが扉の前を明け渡すように一歩後ろへ下がる。
「ここが、金の巫女がいる場所。黒の巫女が封じられている場所。…あの日の部屋だ。」
金で装飾された白い扉の前でそう言ったカインは微笑んでいた。
想像もできないほど永い間、討つことを願っていた相手と対峙することにも、焦がれ続けた女に会えるかもしれないことにも、まるで何も思っていないかのような、いつもの微笑みを浮かべているカインを、トウコもまた感情の乗らない顔で静かに見つめた。
トウコが扉の取っ手に手を掛け僅かに力を入れると、カチリという軽い音と共に扉は簡単に開いた。
トウコが体をずらしてカインを見る。
カインは微笑んだまま扉を押し開き、足を踏み出した。
カインの足は、何の抵抗もなく部屋の床を踏んだ。
途端、カインの雰囲気が激変した。
獲物を前にした猛獣のような鋭い紫の瞳を昏い喜びに爛々と輝かせ、歯を剥き出しにして笑うその顔は、嬉しくて堪らないと言った様子だった。
しかし、その体からは抑えきれない殺気が漏れ出ており、カインの殺気にあてられたトウコたち3人の背中が粟立った。
「こいつが役に立たないとかマジかよ。」
「…まったくだな。」
珍しく顔を少し引き攣らせたリョウが呟くと、トウコも頷きながら部屋の中へ足を踏み入れた。
部屋の中は離宮の一室とは思えない、白い石壁に囲まれた広い空間が広がっていた。
その中央にぽつんと豪奢なベッドが置かれており、そこに1人の女が上半身を起こしてこちらを見ていた。
「久しぶりね、カイン。私に会いたくて堪らなかったって顔をしているわね。」
言いながら女―金の巫女が立ち上がる。
緩やかにウェーブした輝くような金髪。
ぱっちりとした心持ち吊り上がった大きなサファイア色の瞳。
しっとりとした象牙色の肌。優美に弧を描く眉。すっと通った鼻筋。
薄く色づいた桃色の艶やかな唇。
金の巫女は体に密着した袖の無い胸元が開いた白いワンピースを着ており、その肢体は儚げで、しかし匂い立つようだった。
サファイアの瞳に獲物を嬲る悦びの光を灯し、花弁のような艶やかな唇を歪めて愉悦の笑みを浮かべる金の巫女は美しかったが、しかし毒々しかった。
「ああ。お前に会いたくて会いたくて堪らなかった。この手で八つ裂きにできないのが残念だ。本当に。」
ほっそりとした手を口元にあて、鈴を転がしたような声で小さく笑った金の巫女は「まあ怖い。」と言いながらトウコを見た。
「それで…彼女に助けを求めたの?あの子の現身の成りそこないの女に。」
馬鹿にするようにクスクス笑った金の巫女は、トウコを見たまま言葉を続けた。
「あなた…トウコだったかしら。目障りだわ。本当に。あなたが死なないから、あなたが幸せを掴もうとするから、あの子が絶望しないじゃない。本当に目障り。」
憎しみの籠った目でそう言われたトウコはしかし、気にした素振りも見せずに、腰のポーチから煙草を取り出すと火をつけると、うまそうに煙を吐き出した。
「お前が私のことをどう思おうと、私はお前に用はないんだ。」
足元に視線を落とし、金の巫女を見ないままトウコがそう言うと、金の巫女は不愉快そうにその柳眉を僅かに顰めた。
「私はお前の片割れに用があるだけだ。お前の片割れを1発殴ったらここを出て行く。だから、とっとと出せ。」
「…あなた私を馬鹿にしているのかしら。カインに聞いたのでしょう?私がいる限り、あなたは死ぬ運命。だから私を殺しに来た。そうでしょう?」
楽しそうに歌うように言った金の巫女をトウコが見た。
嘲りの表情を浮かべたトウコが嗤う。
「何度も殺し損ねている分際でよくほざく。思い上がりも甚だしい。何度も言わせるな。私はお前のことなどどうでもいい。とっとと片割れを出せ。」
柳眉を吊り上げ、怒りに顔を歪ませた金の巫女だったが、すぐに哀れみの表情を浮かべた。
「あの子は出してあげられないわ。だって…。」
金の巫女がワンピースの胸元を広げて、花が綻ぶような笑顔を浮かべる。
「ここにいるから。」
金の巫女の胸元に、赤黒い球体がめり込んでいた。
球体は赤黒い血管のような管で金の巫女の体と繋がっていた。
それを見たカインが鬼のような形相で呻いた。
「…お前、彼女の力を取り込んでいるのか。」
「ええそうよ。そうしないとあの子出てこようとするんですもの。ずっと一緒って約束したのに酷いわよね。」
ワンピースの胸元を戻しながら、何でもないことのように言った金の巫女を見ながら、トウコが吸っていた煙草を足元に落とす。
腰のポーチからフィンガーレスグローブを取り出し、煙草を足で揉み消しながらそれを装着した。
「なるほど。お前を殺さないと片割れを殴れないというわけだな。」
「さあ、どうかしら。私を殺したらあの子も死ぬかもしれないわよ。」
「それならそれで仕方がない。双子なんだから顔もどうせ同じだろう。お前で我慢してやる。だから、とっとと死ね。」
「…本当に腹の立つ女だわ。死ぬのはお前よ!」
金の巫女の体から黒い澱が噴き出し、鋭い槍となってトウコたちに襲い掛かった。
「煽り過ぎだボケ!」
「トウコ!このおバカ!」
リョウとマリーがトウコを罵りながら槍を避け、金の巫女へと駆ける。
飛び退って槍を避けたトウコの隣に、カインが静かに降り立った。
「それじゃあトウコ行こうか。頼んだよ。でも、あいつは殺していいけど、彼女は殺してほしくないな。そうでないと、僕が君を殺してしまいそうだ。」
金の巫女の元へ駆けながら、トウコが蠱惑的な笑みを浮かべて隣を走るカインを見た。
「カイン、お前今までで1番いい顔しているな。あの胡散臭い顔より、今の顔の方がよっぽどいい。ぞくぞくする。」
「それは嬉しいな。僕にまだこんな感情が残っていたとは自分でも驚きだよ。だけど、そんなこと言ったら彼がまた怒るよ。」
「自惚れるなよ。リョウと比べたらお前なんか足元にも及ばない。…だが、私がそう言ったことはあいつには内緒にしててくれると助かる。」
「それはどっちだい?ぞくぞくするって言ったこと?それとも比べたこと?」
2人の目の前で、リョウの放った魔力石が爆炎を上げた。
「どっちもだ!」
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