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金の章
19.遠い記憶
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むかしむかし、遥か昔。
気が遠くなるような昔。
この地にはかつて、今ではその名前も存在すらも忘れ去られた2つの国があった。大陸の西側を治める西の国と、東側を治める東の国。
長く争いごともなく、2国間は友好な関係を築いていた。
同じ大陸ということもあり、2国の人々の顔立ちや肌の色はほとんど同じであったが、髪の色だけが異なった。
西の国の国民は黒髪が多く、東の国は金髪が多かった。
とは言っても、2国間での人々の交流が活発であったことから、東の国から西の国に嫁ぐ者や移住する者、またその逆もあったため、西の国の金髪も東の国の黒髪もそう珍しいことではなかった。
2国はどちらも王政を敷いていたが、君主とは別に巫女が崇められていた。
君主が世襲で受け継がれているのとは逆に、巫女は代々力―魔力の強い未婚の女から選ばれてきた。
巫女は政治的な権力は一切持たず、王城にある離宮で国と国民の安寧を祈るだけの存在だったが、ある代の巫女は日照りが続いた時に雨を降らし、また別の巫女は疫病が流行った時に癒しの力で人々を癒したといった様々な逸話が残されており、巫女は人々から崇められ、そして恐れられてきた。
2国の最後の巫女は、歴史上はじめての双子の巫女だった。
東の国の男と西の国の女から生まれた双子で、姉が金髪に碧い瞳、妹が黒髪に紫の瞳をしていた。
双子は東の国で生まれたが、髪の色にちなんで姉が東の国の巫女に、妹が西の国の巫女になった。
どちらも非常に美しい容姿をしており、また歴史上類を見ないほど魔力が高かったことで、いつしか人々から憧憬と畏怖を込めてこう呼ばれるようになった。
金の巫女と黒の巫女。
双子は大変仲が良かった。
そのため、巫女になっても双子の交流は続いた。
巫女という立場上、そう簡単に会うことはできなくなったが、手紙の交換は頻繁に行っていたし、2国も巫女が双子だということを慮り、年に1度は国使として隣国に遣わせていた。
その度に、双子は抱き合って再会を喜び合っていたという。
「まあ、そう思っていたのは本人たち以外だけれどね。彼女たちはその魔力の高さを生かして、水鏡にお互いの姿を映して会話するという離れ業で、ほぼ毎日おしゃべりに勤しんでいたよ。」
カインが懐かしそうに目を細める。
「双子と言っても性格は真逆だった。姉の…金の巫女は明るい快活な性格をしているのに対して、妹の黒の巫女は穏やかで口数の少ない女性だった。でも、そう見えていただけで本当の性格は少し違ったんだ。姉は実は寂しがり屋で気弱だった。それを隠すために明るく振舞っていたのではないかな。妹の方は見た目と裏腹に気が強く負けず嫌いだった。」
何かを思い出すかのように遠くを見つめていたカインが、少し哀しげな笑みを口元に浮かべた。
「彼女たちは、本当は巫女になんてなりたくなかった。寂しがり屋の姉は妹と離れることを嫌がり、妹は離宮に囚われる生活を厭うた。水鏡で話すとき、よく姉は妹に嘆いていたよ。寂しい、会いたい、また2人で暮らしたい。姉がそう嘆く度に妹が慰めていた。」
カインがまた遠くを見つめるような目をして「そして…。」と言葉を続ける。
「妹は色々な場所を見て回りたいと思っていた。自由に生きたいと願っていた。けれど、巫女になったからには役目を全うしようと、自分の願いは封じていた。」
口を閉じたカインが、すっかり冷めたコーヒーに手を伸ばした。
呆けたように話を聞いていたマリーがそれを見て、「淹れ直してくるわ。」と慌ててキッチンに立った。
トウコは何とも言えない表情を浮かべて、リョウは無表情で煙草に火をつけた。
カインはそんな2人を一瞥すると腕を組んで目を閉じた。
3人は、マリーが戻ってくるまで何も話さなかった。
マリーがコーヒーを皆に配り、カインが礼を言いながそれを受け取り1口飲むと、また静かに話し始めた。
「仲が良かった双子の歯車が狂い始めたのは、1人の男がきっかけだった。」
巫女には、身辺を警護する近衛兵が幾人か付けられるのが慣習であった。
先代から西の巫女に仕えてきた年嵩の近衛兵の1人が引退することになり、代わりに新しく青年が仕えることになった。
青年は美しい顔立ちをしており、また巫女と同じ黒髪に紫の瞳を持っていた。
2人が恋に落ちるのにそう時間は掛からなかった。
近衛兵はその存在意義から、武勇に優れ、また魔力の高い者が選ばれていた。青年も例に漏れず剣の腕が立ち、そして魔力が非常に高かった。
巫女は未婚の女から選ばれるだけで、巫女になってしまえば結婚するのは問題なく、これまでも多数の巫女が結婚してきた。
これらのことから、魔力の高い者同士、また同じ色を持つ者同士で子を成せば、その子もまた次代の巫女にふさわしい魔力を持って生まれてくるのではないか、そのような打算から2人の仲を反対する者はいなかった。
2人が恋人同士となった時、妹はすぐさま水鏡で姉に報告し、恋人の青年を紹介した。
姉は大いに喜んだ。
そして、自分も同じ色を持つ恋人が欲しいと言った。
妹はきっとあなたにも素敵な恋人ができると言った。
青年は恋人に寄り添いながら、その様子を微笑ましく見守った。
それからそう時を経たずして、西の国で巫女と近衛兵の青年の婚約が発表された。
国民はこの慶事に大いに喜び湧いた。
巫女の婚約者となった近衛の青年は、国民の間でいつしか黒の騎士と呼ばれるようになった。
西の国の婚約発表を受けて、東の国でも金の巫女の婚約者探しが活発化した。
しかし、なかなか相手は見つからなかった。
見目麗しく魔力の高い青年が集められたが、金の巫女はその全てを拒否した。
「金の巫女は妹と同じ…自分と同じ色を持つ婚約者を欲した。彼女は本当に綺麗な髪と瞳をしていてね。金の髪は本当に輝いているようだったし、瞳もサファイアのように澄み切っていた。」
カインが目を伏せて小さく首を振る。
「そんな人物はそうそういない。けれど、金の巫女は大事なことを分かっていなかった。誰かに愛してもらうには、自分も愛さなければならないということを。」
徐々に金の巫女は塞ぎこむことが多くなった。
自室に籠りがちになり、祈りを捧げることも少なくなっていた頃、時を同じくして東の国では日照りが続くようになった。
更に間の悪いことに、日照りは穀倉地帯で起こっていた。
じわりじわりと食料の値段が上がり、国民の生活にも影響が出始め、金の巫女に何かがあったのではないかという噂が広がるのはあっという間だった。
国は、日照りが続いている地方を訪れ、祈りを捧げるよう金の巫女に願ったが、金の巫女はそれを受け入れなかった。
ならばせめて、離宮で雨乞いの祈りをと乞われた金の巫女は、不承不承祈りを捧げたが雨が降ることはなかった。
日照りは続き、食料不足が本格的に危険視され始め、国は金の巫女に祈りを捧げてもらえるよう躍起になったが、ますます金の巫女は閉じこもるようになった。
焦った東の国は、西の国―妹の黒の巫女に助けを求めた。
もちろん妹も姉の変化には気づいていた。
以前は毎日のように話していたのに、ここ最近では水鏡に姿を現さなくなり、現したかと思えば憂鬱な顔で嘆くばかり。
それも、最初の頃は寂しい、会いたいと言った内容だったのが、しまいには私の事を誰も愛してくれないと嘆くようになっていった。
助けを求められた西の国は、支援物資と共に黒の巫女を東の国へ遣わせた。
黒の巫女は黒の騎士を伴って東の国―金の巫女に会いに行った。
久しぶりに双子は再会したが、以前のように喜び抱き合っての再会とはならなかった。
妹が訪れたというのに、姉はやはり自室に籠ったままだった。
姉の部屋へ妹が入ると、姉はベッドの上で項垂れて涙を流していた。
皆が私の事を嫌い、厭う。誰も愛してくれない。あなたは皆に愛されているのに、どうして私は愛されない。
泣きながらそう訴える姉を妹は宥めあやしたが、姉が妹の言葉を聞き入れることはなかった。
結局、姉は妹すら自室に入れようとしなくなり、妹は何もできずに失意のまま帰国した。
「本当に金の巫女が皆から疎まれていたのかどうかは分からない。けれど、金の巫女は日照りが続いている穀倉地帯へ行くべきだった。雨を降らせることは不可能でも、巫女の魔力の高さならば乾いた土地を潤すことはできたはずなんだ。過去の巫女も雨が降るまでそうして凌いでいたはずで、国もそれを分かっているから金の巫女を穀倉地帯へ行かせようとしたのさ。でも、彼女はそれをしなかった。」
カインは小さくため息を吐いて続けた。
「それまでは金の巫女に何かがあったのではないかと心配していた民も、この頃になるとさすがに懐疑的になっていた。国民ですらそうなのだから、巫女に近い人間が巫女のことを友好的な目で見られなくなっていても仕方はないだろうね。」
痛ましいものを見たかのような表情を浮かべたカインが目を伏せる。
「金の巫女はやせ細っていてね。2人が双子だったと思えないほど、人相も変わってしまっていた。輝くようだった金髪も、荒れて艶がなくなっていた。そんな姉を見て、妹は本当に心を痛めていたよ。」
テーブルの上に置かれていたコーヒーカップを手に取り、しかしそれを口に運ぶことはせず、両手でカップを掴んで中身を覗き込むようにしながら、カインがまた静かに話し始めた。
「そして、あの日が来た。」
金の巫女はますます塞ぎ込むようになり、東の国の日照りは相変わらず続いていたが、西の国は予定通り黒の巫女と黒の騎士の婚姻の儀を執り行うことにした。
妹は式に姉は来ないのではないかと危惧していたが、それに反して出席する旨の返事を貰い、そして実際に金の巫女が式に出席するために東の国を出発したとの連絡が入った。
妹は大いに喜んだ。
式の前日、金の巫女は西の国に到着した。
西の国の計らいで、金の巫女の部屋は黒の巫女の離宮内に用意された。
東の国で再会した時とは異なり、双子は抱き合って再会を喜び合った。
まるで昔に戻ったかのように、姉が妹を笑顔で抱き締めたからだ。相変わらず体はやせ細っていたが、以前のように笑顔を浮かべ快活に話す姉を見て、妹は心から喜んだ。
「末永くお幸せに。」
優しく微笑んでそう言った姉に、妹は涙ぐみながら頷いた。
気が遠くなるような昔。
この地にはかつて、今ではその名前も存在すらも忘れ去られた2つの国があった。大陸の西側を治める西の国と、東側を治める東の国。
長く争いごともなく、2国間は友好な関係を築いていた。
同じ大陸ということもあり、2国の人々の顔立ちや肌の色はほとんど同じであったが、髪の色だけが異なった。
西の国の国民は黒髪が多く、東の国は金髪が多かった。
とは言っても、2国間での人々の交流が活発であったことから、東の国から西の国に嫁ぐ者や移住する者、またその逆もあったため、西の国の金髪も東の国の黒髪もそう珍しいことではなかった。
2国はどちらも王政を敷いていたが、君主とは別に巫女が崇められていた。
君主が世襲で受け継がれているのとは逆に、巫女は代々力―魔力の強い未婚の女から選ばれてきた。
巫女は政治的な権力は一切持たず、王城にある離宮で国と国民の安寧を祈るだけの存在だったが、ある代の巫女は日照りが続いた時に雨を降らし、また別の巫女は疫病が流行った時に癒しの力で人々を癒したといった様々な逸話が残されており、巫女は人々から崇められ、そして恐れられてきた。
2国の最後の巫女は、歴史上はじめての双子の巫女だった。
東の国の男と西の国の女から生まれた双子で、姉が金髪に碧い瞳、妹が黒髪に紫の瞳をしていた。
双子は東の国で生まれたが、髪の色にちなんで姉が東の国の巫女に、妹が西の国の巫女になった。
どちらも非常に美しい容姿をしており、また歴史上類を見ないほど魔力が高かったことで、いつしか人々から憧憬と畏怖を込めてこう呼ばれるようになった。
金の巫女と黒の巫女。
双子は大変仲が良かった。
そのため、巫女になっても双子の交流は続いた。
巫女という立場上、そう簡単に会うことはできなくなったが、手紙の交換は頻繁に行っていたし、2国も巫女が双子だということを慮り、年に1度は国使として隣国に遣わせていた。
その度に、双子は抱き合って再会を喜び合っていたという。
「まあ、そう思っていたのは本人たち以外だけれどね。彼女たちはその魔力の高さを生かして、水鏡にお互いの姿を映して会話するという離れ業で、ほぼ毎日おしゃべりに勤しんでいたよ。」
カインが懐かしそうに目を細める。
「双子と言っても性格は真逆だった。姉の…金の巫女は明るい快活な性格をしているのに対して、妹の黒の巫女は穏やかで口数の少ない女性だった。でも、そう見えていただけで本当の性格は少し違ったんだ。姉は実は寂しがり屋で気弱だった。それを隠すために明るく振舞っていたのではないかな。妹の方は見た目と裏腹に気が強く負けず嫌いだった。」
何かを思い出すかのように遠くを見つめていたカインが、少し哀しげな笑みを口元に浮かべた。
「彼女たちは、本当は巫女になんてなりたくなかった。寂しがり屋の姉は妹と離れることを嫌がり、妹は離宮に囚われる生活を厭うた。水鏡で話すとき、よく姉は妹に嘆いていたよ。寂しい、会いたい、また2人で暮らしたい。姉がそう嘆く度に妹が慰めていた。」
カインがまた遠くを見つめるような目をして「そして…。」と言葉を続ける。
「妹は色々な場所を見て回りたいと思っていた。自由に生きたいと願っていた。けれど、巫女になったからには役目を全うしようと、自分の願いは封じていた。」
口を閉じたカインが、すっかり冷めたコーヒーに手を伸ばした。
呆けたように話を聞いていたマリーがそれを見て、「淹れ直してくるわ。」と慌ててキッチンに立った。
トウコは何とも言えない表情を浮かべて、リョウは無表情で煙草に火をつけた。
カインはそんな2人を一瞥すると腕を組んで目を閉じた。
3人は、マリーが戻ってくるまで何も話さなかった。
マリーがコーヒーを皆に配り、カインが礼を言いながそれを受け取り1口飲むと、また静かに話し始めた。
「仲が良かった双子の歯車が狂い始めたのは、1人の男がきっかけだった。」
巫女には、身辺を警護する近衛兵が幾人か付けられるのが慣習であった。
先代から西の巫女に仕えてきた年嵩の近衛兵の1人が引退することになり、代わりに新しく青年が仕えることになった。
青年は美しい顔立ちをしており、また巫女と同じ黒髪に紫の瞳を持っていた。
2人が恋に落ちるのにそう時間は掛からなかった。
近衛兵はその存在意義から、武勇に優れ、また魔力の高い者が選ばれていた。青年も例に漏れず剣の腕が立ち、そして魔力が非常に高かった。
巫女は未婚の女から選ばれるだけで、巫女になってしまえば結婚するのは問題なく、これまでも多数の巫女が結婚してきた。
これらのことから、魔力の高い者同士、また同じ色を持つ者同士で子を成せば、その子もまた次代の巫女にふさわしい魔力を持って生まれてくるのではないか、そのような打算から2人の仲を反対する者はいなかった。
2人が恋人同士となった時、妹はすぐさま水鏡で姉に報告し、恋人の青年を紹介した。
姉は大いに喜んだ。
そして、自分も同じ色を持つ恋人が欲しいと言った。
妹はきっとあなたにも素敵な恋人ができると言った。
青年は恋人に寄り添いながら、その様子を微笑ましく見守った。
それからそう時を経たずして、西の国で巫女と近衛兵の青年の婚約が発表された。
国民はこの慶事に大いに喜び湧いた。
巫女の婚約者となった近衛の青年は、国民の間でいつしか黒の騎士と呼ばれるようになった。
西の国の婚約発表を受けて、東の国でも金の巫女の婚約者探しが活発化した。
しかし、なかなか相手は見つからなかった。
見目麗しく魔力の高い青年が集められたが、金の巫女はその全てを拒否した。
「金の巫女は妹と同じ…自分と同じ色を持つ婚約者を欲した。彼女は本当に綺麗な髪と瞳をしていてね。金の髪は本当に輝いているようだったし、瞳もサファイアのように澄み切っていた。」
カインが目を伏せて小さく首を振る。
「そんな人物はそうそういない。けれど、金の巫女は大事なことを分かっていなかった。誰かに愛してもらうには、自分も愛さなければならないということを。」
徐々に金の巫女は塞ぎこむことが多くなった。
自室に籠りがちになり、祈りを捧げることも少なくなっていた頃、時を同じくして東の国では日照りが続くようになった。
更に間の悪いことに、日照りは穀倉地帯で起こっていた。
じわりじわりと食料の値段が上がり、国民の生活にも影響が出始め、金の巫女に何かがあったのではないかという噂が広がるのはあっという間だった。
国は、日照りが続いている地方を訪れ、祈りを捧げるよう金の巫女に願ったが、金の巫女はそれを受け入れなかった。
ならばせめて、離宮で雨乞いの祈りをと乞われた金の巫女は、不承不承祈りを捧げたが雨が降ることはなかった。
日照りは続き、食料不足が本格的に危険視され始め、国は金の巫女に祈りを捧げてもらえるよう躍起になったが、ますます金の巫女は閉じこもるようになった。
焦った東の国は、西の国―妹の黒の巫女に助けを求めた。
もちろん妹も姉の変化には気づいていた。
以前は毎日のように話していたのに、ここ最近では水鏡に姿を現さなくなり、現したかと思えば憂鬱な顔で嘆くばかり。
それも、最初の頃は寂しい、会いたいと言った内容だったのが、しまいには私の事を誰も愛してくれないと嘆くようになっていった。
助けを求められた西の国は、支援物資と共に黒の巫女を東の国へ遣わせた。
黒の巫女は黒の騎士を伴って東の国―金の巫女に会いに行った。
久しぶりに双子は再会したが、以前のように喜び抱き合っての再会とはならなかった。
妹が訪れたというのに、姉はやはり自室に籠ったままだった。
姉の部屋へ妹が入ると、姉はベッドの上で項垂れて涙を流していた。
皆が私の事を嫌い、厭う。誰も愛してくれない。あなたは皆に愛されているのに、どうして私は愛されない。
泣きながらそう訴える姉を妹は宥めあやしたが、姉が妹の言葉を聞き入れることはなかった。
結局、姉は妹すら自室に入れようとしなくなり、妹は何もできずに失意のまま帰国した。
「本当に金の巫女が皆から疎まれていたのかどうかは分からない。けれど、金の巫女は日照りが続いている穀倉地帯へ行くべきだった。雨を降らせることは不可能でも、巫女の魔力の高さならば乾いた土地を潤すことはできたはずなんだ。過去の巫女も雨が降るまでそうして凌いでいたはずで、国もそれを分かっているから金の巫女を穀倉地帯へ行かせようとしたのさ。でも、彼女はそれをしなかった。」
カインは小さくため息を吐いて続けた。
「それまでは金の巫女に何かがあったのではないかと心配していた民も、この頃になるとさすがに懐疑的になっていた。国民ですらそうなのだから、巫女に近い人間が巫女のことを友好的な目で見られなくなっていても仕方はないだろうね。」
痛ましいものを見たかのような表情を浮かべたカインが目を伏せる。
「金の巫女はやせ細っていてね。2人が双子だったと思えないほど、人相も変わってしまっていた。輝くようだった金髪も、荒れて艶がなくなっていた。そんな姉を見て、妹は本当に心を痛めていたよ。」
テーブルの上に置かれていたコーヒーカップを手に取り、しかしそれを口に運ぶことはせず、両手でカップを掴んで中身を覗き込むようにしながら、カインがまた静かに話し始めた。
「そして、あの日が来た。」
金の巫女はますます塞ぎ込むようになり、東の国の日照りは相変わらず続いていたが、西の国は予定通り黒の巫女と黒の騎士の婚姻の儀を執り行うことにした。
妹は式に姉は来ないのではないかと危惧していたが、それに反して出席する旨の返事を貰い、そして実際に金の巫女が式に出席するために東の国を出発したとの連絡が入った。
妹は大いに喜んだ。
式の前日、金の巫女は西の国に到着した。
西の国の計らいで、金の巫女の部屋は黒の巫女の離宮内に用意された。
東の国で再会した時とは異なり、双子は抱き合って再会を喜び合った。
まるで昔に戻ったかのように、姉が妹を笑顔で抱き締めたからだ。相変わらず体はやせ細っていたが、以前のように笑顔を浮かべ快活に話す姉を見て、妹は心から喜んだ。
「末永くお幸せに。」
優しく微笑んでそう言った姉に、妹は涙ぐみながら頷いた。
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