常世の彼方

ひろせこ

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金の章

17.嘘と真

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 「君たちが僕の事をどう思っているのか、一度じっくり話を聞いてみたいね。どうだい、今度食事でも。」

長い脚を組み、ソファのひじ掛けに置いた腕に顎を乗せて、反対側の手で煙草をくゆらせた組合長が、いつもの微笑をたたえて言うと、トウコたち3人はそろって嫌そうに顔を歪めた。
「ミラ、僕のスケジュールはどうなっているかな?この馬鹿共と食事をする時間はありそうかい?」
「ございません。ただし、3日後の都市幹部職員達との会食なら別日程にずらすことは可能かと思います。」
「だそうだが?」
「誰が行くか。」
リョウが即答すると組合長は微笑みを崩さないまま、「それは残念だ。」と言いながら足を組み替えた。
「それで?マリーに泣きつかれた僕が、必死に、君たちのために、様々な場所に、大きな、とても大きな、借りを作って、どうにか、トウコを見てくれる、2区の、治療師を、手配したというのに、蓋を開けてみれば、もう、不要になった、と。ああ、そうだった。トウコ、おはよう。」
最後だけ、全く目が笑っていない笑顔を浮かべて組合長はトウコを見たが、トウコは鼻で笑うと煙草を1口吸って煙を細く吐き出した。
「私が眠っている間のことなんて知らない。」
「なるほど。リョウ?」
「俺も知るかよ。マリーがお前に泣きついたことすら知らなかったぐらいだ。」
「マリー?」
気まずそうに目を逸らしていたマリーが名を呼ばれ、恐る恐る組合長を見るも、すぐにまた目を逸らした。
「…仕方ないでしょ。あの時は他に手がなかったんだもの。」
「なんでよりによってこいつに泣きつくんだよ!大丈夫だからじっとしてろって俺は言っただろ!」
口の中でもごもごと言ったマリーにリョウが即座に怒鳴りつけると、マリーも負けじと反論した。
「なによ!どう大丈夫なのか聞いても、教えてくれなかったくせに!じっとなんかしていられるわけないじゃない!」
「リョウのコネで高位の治療師を呼んで、トウコは無事に目覚めました。めでたしめでたし、か。」
組合長が割り込み、リョウとマリーが口をつぐんだ。

「それで結局何が原因だったのかな?」
「…呪いの類だ。」
「へえ。呪い…ね。」
リョウの言葉に組合長が少し面白そうな顔をする。
「恨まれる心当たりがありすぎて困りそうなくらいだものね、君たちは。」
トウコたち3人が面白くなさそうな顔で黙り込み、組合長は1つ息を吐くと言葉を続けた。
「まあいい。君たちが一体何に巻き込まれているのかは知らないが、どうせロクでもないことで、そしてそれを僕に話す気はさらさらない。それならそれで、僕は君たちに仕事をしてもらうだけさ。僕に作った大きな借りを存分に返すといいよ。」
組合長がにっこり笑って締めくくると、早速ミラが一歩前に出ようとしたが、それをリョウが制する。
「仕事をするのはいいが、もう少し待て。」
組合長が小首を傾げる。
「トウコがまだ本調子じゃねえ。」
「…ああ。なるほど。少し痩せたものね。抱き心地が悪そうだ。早く元に戻すといい。」
トウコが鼻で笑い、リョウが組合長を睨み付けたが、組合長は意に介することなくその視線を受け流した。
「すぐに仕事はしなくていいよ。ただ、何を受けるかは今決めてくれたまえ。君たちが選ばなかった仕事を他の組合員に回す必要があるからね。」
組合長がミラに合図をすると、すぐにミラが次の仕事の説明をした。

3人に出された仕事は、例の神殿の調査だった。
前回のヨシザキとハナの遺跡護衛の最終日、突如現れた魔物―バイティングプラントによって破壊された祭壇。
その祭壇奥に開いた穴の先がどうなっているのか、どこかに繋がっているのかの調査である。
ただし、現状では穴の先の脅威度が不明のため、完璧な調査をする必要はなく、穴の先に魔物が出るのか、どのような地形なのか、どのくらいの距離が続いているのかなど、大まかにでも脅威度の判定材料となる情報を集めてくれば十分とのことだった。
なお、調査開始日および調査期間は3人に一任するとも説明された。

またあの神殿に行く必要があると聞かされた3人は、その仕事も含め、金輪際あの神殿関連の仕事はしないと言い張った。
それでは、と次に提示された仕事は魔物討伐だった。
本来ならば死の森の深層付近に現れる魔物が、都市の北にある大森林に現れたため、砦から討伐できる組合員の派遣を求められたそうだ。
それならいいのでは、と受けかけた3人だったが、「ちなみに魔物は大型の蜘蛛型の魔物だよ。」という組合長の一言で、受けるのを即座に取りやめた。
その後もいくつか提示されたが、悉く3人が顔を顰めるものばかりであった。

「…悪意を感じる。」
「全くだわ。おまけにどれも依頼料が安くって、これじゃ経費だけで飛んでいくじゃないのよ。」
トウコが静かに言うと、マリーが大きく頷いて追随したが、組合長が心外だと言わんばかりの顔でトウコたちを見た。
「君たちの僕への悪意に比べれば可愛いものだと思うけれどね。諦めてどれか選びたまえ。大きな大きな僕への借りは早く返しておくにこしたことはないよ。」
組合長の言葉に3人は盛大にため息を吐くと、最初に提示された神殿調査を選択した。
しぶしぶ契約書を受け取ったマリーが目を剥いて叫んだ。
「ちょっと!荷物持ちとドライバーはこっち持ちってどういうことよ!そ下手したら赤字になるじゃないのよ!」
「僕への、大きな、大きな、大きな借りを、早く返すといいよ。」
いつもの微笑ではなく満面の笑みを浮かべた組合長を見て、3人はすべてを諦めた。

「リョウ、今回お前はは魔力石は使うなよ。大赤字になる。」
「深層の魔物が出てきたらどうすんだよ…。」
「その時は尻尾巻いて逃げて、そこで調査終了よ…。」
うんざりした顔で3人が言い合いながら組合長室を出て行く。
それを楽しそうに組合長が見ていた


組合本部を出て自宅へと帰る途中、トウコが呟いた。
「うまくいったかな。」
「いってないだろ。絶対何か感づいてるぞ、あれ。」
リョウがうんざりしたように言うと、マリーもまたリョウの言葉に頷いた。
「私たちが本当は神殿に行きたがってること、分かっていそうね。ほんと、やな男。いいのは顔だけ。」
「荷物持ちとドライバーもこっち持ちになったしな。」
「俺たちにとっちゃ好都合だが…。」
「それも読まれてそうよねぇ。」

3人はため息を吐いて、家路を急いだ。

**********

リョウがトウコの夢に入った日。
結局その日は2人とも目覚めなかった。
カインは相変わらず眼を閉じたまま動かず、マリーもまた一睡もしないまま夜を明かした。
そして、昨日までのどんよりとした天気が嘘のように晴れ、2人が眠り続ける部屋に朝日が差し込み始めた頃、カインが静かに目を開けた。
「…驚いたな。」
本当に少し驚いたような口調で言ったカインの顔をマリーが見る。
「何?何かあったの?」
カインが口元に小さな笑みを作り、初めて見た感情の宿るカインの端正な顔にマリーが一瞬見とれる。
「トウコは…もう大丈夫だ。彼も大丈夫だよ。」
マリーがはじかれたように立ち上がると、未だ眠ったままのトウコとリョウを凝視した。

マリーの視線の先、リョウの長い睫毛が揺れたかと思うと、青の瞳が勢いよく開き、同時に掛布を跳ね上げて体を起こした。
「トウコ!?」
ぴくりとトウコの瞼が動き、ゆっくりと紫の瞳が開いた。
トウコがぼんやりとした顔でリョウを見上げて微笑む。
「…なんだ、焼け死ななかったんだな。」

「トウコ!リョウ!」
叫んだマリーが2人に覆いかぶさるように抱き付き、リョウはまたトウコの隣へと逆戻りした。
「マリー!やめろ!苦しい!離れろ!」
トウコと一緒に抱き付かれてベッドに押し倒されたリョウがもがくが、マリーは2人をぎゅうぎゅうと抱き締めながら、おうおうと声を上げて泣き始めた。
トウコがマリーの背中を宥めるようにさすりながら、マリーの肩越しに微笑むカインを見た。
「大森林以来だね、トウコ。おはよう。」
「何でカインがここにいるんだ?そういえばリョウが、カインがどうこう言ってたな…。」
「君を助けるのはこれで何度目かな。とは言っても…。」
いつもの無表情ではなく、人間らしい表情でトウコと親しげに話すカインをリョウが忌々しそうに睨みつけ、そんなリョウにカインが視線を移して言葉を続けた。
「今回は僕ではなく彼が助けたけれどね。」

トウコはリョウを見ようとしたが、マリーに抱きつかれているため身動きが取れず、苦笑を浮かべながらマリーの肩をぽんぽんと叩いた。
「マリー、分かったから離れてくれ。なんだかものすごくお腹が空いてるんだ。朝ごはん作って欲しいな。」
「俺も腹減った。マリー、飯。」
トウコとリョウの言葉にマリーが体を起こし、涙でぐしゃぐしゃになった顔で叫ぶ。
「もう!本当にあんたらは!トウコ!あんた、もう3日以上も眠ってたのよ!」
「そんなに寝てたのか…。道理でこんなに空腹なわけだ。」
体を起こしたトウコが言葉を続けた。
「カインの分も作ってくれ。4人で食べて、それから話そう。」
リョウも体を起こし、トウコの言葉に少し驚いた顔をしているカインを忌々しそうに見ながら言った。
「洗いざらい全部話せ。もう隠し事はなしだ。」
リョウの言葉にカインは静かに頷いた。

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