常世の彼方

ひろせこ

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金の章

12.夢見ぬ眠り

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 翌朝、第16都市に向けて出発した荷台の中で、マリーたちが唖然とした顔をしていた。
「それでですね…トウコさん、リョウさん聞いてますか!?」
トウコが疲れた顔を、リョウがうんざりした顔をしているが、ハナはそんな2人にはお構いなしに必死に話しかけている。
ヨシザキだけはにこにこと笑顔を浮かべて3人を見ていた。

「おい…何があったんだよ。」
「知らないわよ…」
デニスとマリーがひそひそと囁き合うのを聞いたハナが放った一言で、荷台の空気が凍り付いた。
「リョウさんから仲良くしようと言われたのです!」
ヨシザキですらこの一言に愕然とした顔をしてリョウを見た。
「待て。待て待て待て。言ってねえ!」
「いいえ!確かに言いました!」
「確かにリョウは言ったが…意味が違い過ぎるぞハナさん…。」
「言ったの!?」
トウコの呟きにマリーが悲鳴のような声を上げ、デニスが引き攣った顔をしてリョウを見た。
苛立たしげに頭を抱えたリョウが昨夜の話をかいつまんで説明すると、皆がなんとも言えない表情を浮かべてハナを見た。
しかし、ハナは「確かに少々ニュアンスは違うかもしれませんが、些細なことです。」としれっとした顔をして言った。

「俺は仲良くする気はない。こっちに来るな、寄るな。」
リョウが邪険に手を振って言ったが、ハナはそんなリョウをにっこり笑って見つめた。
「もう私は、トウコさんとリョウさんとお友達だと思っていますから。」
トウコが目を丸くし、リョウが頭を抱えて項垂れた。
ヨシザキが「いいですねぇ。お友達。」とのんびりとした口調で言うと、ハナが「はい!素敵なお友達ができました!」と元気よく答えた。
諦めたような顔でリョウが呟く。
「よかったな…トウコ。お前友達少ないもんな。いても娼婦だの男娼だのストリップバーのショウガールだのショウボーイだもんな。2区のお嬢様が友達とはよかったなあ…。」
「友達が少ないのはお前もだろ。そしてそいつらとは全員お前も友達じゃないか。」
「あいつらは俺のことを友達だなんて思ってねーだろ。トウコの付属品扱いだ。」
「分かりました。それではトウコさんは私のお友達で、リョウさんはトウコさんの付属品でいいので、よろしくお願いします。」
ハナの言葉にマリー達が爆笑し、トウコが唖然とした顔でハナを見つめ、リョウは崩れ落ちた。

その後、疲れた顔をしたトウコとリョウは、笑いをこらえきれていない顔で見張りをしていたデニスの仲間2人と交代し、もう都市に着くまで自分たちが見張りをすると言い張った。
それでも話しかけようとするハナをさすがにヨシザキが止め、トウコとリョウはひとまず平和な時間を手に入れた。
都市に着くまでの間、マリーがあの2人と仲良くなってもいいことなんて何もないと懇々と説明し、デニスもまた様々な悪評を聞かせたが、ハナは全く意に介さなかった。
第16都市への帰還中、1度だけ魔物の襲撃があったが、これ幸いとばかりにトウコとリョウが八つ当たり気味に蹴散らし、一行は問題なく夕刻には南門へと到着した。

ヨシとリカとは、また何かあれば一緒に依頼をこなそう、そのうちまた打ち上げでもしようと笑顔で別れた。
デニスたちは、ヨシザキとハナに危険な目に合わせたことを再び謝罪し、機会があればまた指名依頼をして欲しいが、あの神殿だけはもう勘弁してくれと言い、トウコたちにはあまり暴れるなと釘を刺して去っていった。

「みなさん、今回もありがとうございました。やはり破壊屋さんに依頼してよかったです。」
「置いてきてしまった荷物の経費や、ハナさんの治療費は本当にこっちに請求を回してね。組合への報告もありのままを書いていいんだからね。」
ぺこりと頭を下げたヨシザキに、マリーが念を押すように言うと、ヨシザキは「わかりました。」と頷いた。
「ハナ。最後に挨拶をしなさい。」
帰りの魔道車の中とは異なり、俯いて黙ってしまったハナにヨシザキが声を掛けると、ハナがおずおずと顔を上げ、トウコたちを見た。
「色々とありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
ハナが深々と頭を下げ、体を起こした後、少し俯いたまま言った。

「最初、ここで皆さんと会った時怖かったのです。私の知っている人たちとは雰囲気が全く異なったので。どうして、ヨシザキ部長はこんな乱暴な人たちを素敵な人たちだって言うのだろうって思いました。…正直、今でも乱暴だと思います。」
ハナがぎゅっと両手を握り締める。
「あの…ちゃんと私、分かっています。マリーさんとデニスさんに言われたことも。リョウさんが仲良くしようと言った意味も。トウコさんが友達になってくれない理由も。」
顔を上げたハナがトウコとリョウを見た。
「きっと、ずっと、私とは相容れないです。ですが…やっぱりお友達になりたいです。たまにお手紙を書いてもいいですか?」
トウコが苦笑を浮かべる。
「仕事で家を空けることも多いし、私はそもそも文字を書くのが苦手だからね。返事はあまり期待しないでくれると嬉しいな。」
トウコの言葉にハナが笑みを零す。
「はい。それでいいです。」
「俺は絶対に書かねーぞ。」
「リョウさんはトウコさんの付属品なので、それで構いません。」
「てめえ…。」
ハナを微笑んで見ていたヨシザキが小さく声を上げて笑う。
「本当に、破壊屋さんに依頼して正解でした。また指名します。」
トウコたちが一斉に顔を顰め、マリーが「あの神殿以外でお願いね。」と言うと、ヨシザキはまた声を上げて笑い、ハナを伴って去っていった。
雑踏の向こうでハナが振り返り、小さく手を振った。
トウコもまた小さく振り返した。


夜、シャワーを浴びたトウコがリビングに戻ると、マリーがソファで1人酒を飲んでいた。
「リョウは、明日は昼まで起きないから朝飯はいらねーって言ながら部屋に行ったわよ。がんばんなさい。」
キッチンで水を汲んだトウコが、コップを手にマリーの向かいのソファに座る。
「アンタ、早く行ってあげなさいよ。リョウが待ってるでしょ。」
苦笑を浮かべたトウコが水を一口飲む。
「…これから長いんだ。もう少しここに居てもいいだろう。」
「結果は変わんないでしょ。アンタがベッドに行くのを遅くするだけ、寝る時間が後ろにずれるのよ。」
笑いながら言ったマリーの言葉に、トウコもまた笑う。
「その通りだな。」
観念したように立ち上がり、部屋へと向かうトウコの背中にマリーが声を掛ける。
「明日は、午後から組合長に報告の約束してるからね。ちゃんと昼には起きてきなさいよ。」
「リョウに言ってくれ。」
「言ったわよ。あんたにも言わないとリョウを止めないでしょ。」
笑いながらトウコは階段を上って行った。

トウコが自室に入ると、リョウがベッドの上に仰向けになってトウコの読みかけの本を読んでいた。
「お前勝手に読むなよ。」
「おせえ。」
「ちょっとだけマリーのとこで時間潰してた。」
「んな、無駄なことしても寝る時間が遅くなるだけだぞ。」
リョウの胸の上に置かれた本を取り上げて、代わりに自分の胸を押し付けたトウコが笑う。
「全く同じことをマリーにも言われて、追いやられた。」
体を起こしたリョウがトウコを抱き抱えて体を入れ替えると、深く口付けた。
口を離したリョウが、トウコの瞳を覗き込んで口の端を上げる。
「乱暴に抱かれるのと、優しくされるのどっちがいい?」
トウコがくすくす笑う。
「なんだそれ。」
「たまには選ばせてやろうかと思って。遠慮なく選べよ。」
「お前に優しく抱かれた記憶がないな。」
「そうか?…最初くらい優しかっただろ。」
「嘘つくなよ。最初っから乱暴だった。」
微妙な表情を浮かべて何かを思い出す仕草をしたリョウだったが、すぐに「そうかもな。じゃあ、今日もいつも通りだ。」と言って、トウコの耳朶に噛みついて舌を這わせた。
トウコの忍び笑いは、すぐに苦しげで甘さを含んだ吐息に変わった。

トウコが小さな悲鳴のような嬌声を上げ、堪えきれずに肘で支えていた体ががくんとベッドに沈む。
しかし、リョウはうつ伏せになったトウコの腰を離さず、そのまま動きを速めた。
リョウの動きに合わせてトウコは泣き声のような声を漏らしていたが、すぐに一際甲高い声を上げた。
リョウもまた小さく呻くと動きを止めて大きく息を吐き出した。
トウコが激しく呼吸するのに合わせて動く背中の傷を、リョウもまた大きく肩を上下させながら指でなぞった。
少しの間そうしていたリョウが大きく息を吐くと、トウコから体を離して隣に座る。
気だるげな表情で煙草を吸いながら、未だにぐったりとうつ伏せているトウコをしばらく見ていたリョウが口を開いた。
「トウコ、煙草は?」
億劫そうに顔だけをリョウに向けたトウコがうっすらと目を開く。
「…いらない。」
すぐにまた目を閉じたトウコに顔を近づけたリョウが、耳元で囁いた。
「いい声で鳴いてたな。そんなに良かったんなら、また鳴かせててやろうか?」
「うん…良かった。けどもういらない。」
トウコの言葉にリョウがくつくつ笑いながら体を離すと、トウコがもぞもぞ動いてリョウの腹に左腕を乗せ、左足をリョウの足に絡めた。
「リョウがしつこいから限界だ。眠い…。」
「お前そこは情熱的って言えよ。」
「じゃあ、ねちっこい。」
また小さく笑ったリョウがトウコの頭を撫でていると、すぐに寝息が聞こえてきた。
しばらく頭を撫でていたリョウもまた、煙草を消すとトウコを抱き締めて横になった。
「こんだけ攻め立てりゃ、夢も見ないだろ。」
リョウが小さく呟き、すぐに寝息が2つになった。


翌朝リョウが起きた時、トウコはまだ腕の中で眠っていた。
リョウはトウコの寝顔を見るのが好きだった。
普段の少しきつい眼差しが和らぎ、小さく口を開けてあどけないとすら言える顔を見られるのが自分だけだと思うと、なかなか満たされない何かがこの時ばかりは満たされるような気がしていた。
この日もまた、口元を緩ませてトウコの寝顔を見ていたリョウだったが、すぐに悪戯っ子のような表情を浮かべると、トウコの体に手を這わせ始めた。
いつものように、眉を顰めて体を這う手を掴んで可愛げのない口調で咎めてくるかもしれないし、妖艶な微笑を浮かべて受け入れるかもしれない。
もしかしたら、絶対に自分の腕の中にいる時にしか見せない、甘えた表情ですり寄ってくるかもしれない。
いずれにしろ、どの反応が返ってきても全てが好ましく、愛おしいと思ってしまうことにリョウは内心苦笑しながら、紫の瞳が開き、自分を見つめ返してくる愛おしい瞬間を待った。

しかしこの日。
リョウが期待するいずれの反応もトウコは返さなかった。
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