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睿感。ー敔托ー

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『哀しいな、○×』

そんな言葉をすらすらと言っているのは、白衣ノ男。
妙に耳に残る声でそっと蒔く。
そうしてその白い指先に髪を絡めながらも、やさしく撫でていつものように懐柔した後。

くるり、と背を向けてわたしに、やはりすらすらと告げた。
『今日も宜しく頼むよ、芥の所をまわっておくれ。』
無辜の民の矜恃、それさえも踏み躙るのですか。
『サー。仰せの通りに』
一礼して背を向け、その場を後にした。

『そうだ、あの子の方はどうだい?』
去ろうとしていたのに、この方はとことん間が悪い。
故意的か、そこがまた改めて嫌いなのだとふっと笑った。
そして意地が悪いのは仕方ないだろう、とぐっと抑えることに。
声がかかったのを吟味しつつ、慎重に言葉を発した。
その間も「○×」に優しく声をかけていた。
全くもって、不愉快になった。
それはそれとして。

『概ね順調です、それはいかがしましょう?』
『それなら良かった。
ダメだよ、それよりもあの子を逃がすつもりで申請した訳じゃないだろうね。』

『たった少しの時間でも閲覧履歴が残りますので、それこそ貴方ほどの方でも。』
『ふうん、ヤツらにバレたくない理由でもあるの?』

『書跡が残りますが、それでよろしいでしょうか?』
『それはそうだね。うん、構わないよ。』
続けてでも、と声をかけて来た。
『君が、満足するならそれが一番だ』
『お気にかけて下さり至極光栄です、貴方に欅月の駆けが向きますよう。』
『ありがとう、無盃の民善に筺笥を。』

そんな会話を終えて、廊下に出て一礼した。

芥、と。
………。

『哀しいな。ふふ、「○×」きみはどうなりたい?』

声をかけていたから、気づかなかった。
侵入者へようこそ。
素晴らしい、後ろ姿だね。
と、そう声を掛けられていた。
何故気づいて…!
『垂涎巴』
……ッチ!
広範囲に変形した刃が拡散するように彼の身体を、切り始めた。
それは、まるで柔い地面を掘削するようで気味が悪いと侵入者は恐ろしく思った。

だが、嗤った。

侵入者へ、あるいは白衣の男へ。
声が聞こえる。

喧騒が騒がしい、そろそろ撤退しなければとは思うが。
この出不精に泡を食う出来事を、起こしてやりたい。

そうと決まれば、どこからかいつまんでやろうか。
侵入者の彼は、念の為すぐ脱出できるように足先を窓の向こうにやりながら退屈そうな仕草をしていたけれど。
白衣の男へ、細い声らしき音が微かにあって。
嬉しそうな声が聞けたのかみっともなく頬を綻ばせていた。

『ありがとう、○×』

……ただ、そうだな。
彼は、笑い方が下手だ。嘲るのなら喜んで嗤うだろうが、笑うのはどうにもいかないんだそう。

だからか傍から見たら、によによと気持ち悪い笑みを浮かべてるように見えるのが玉に瑕だが。

そんなことなどどうでもいい、はぁ。

肩を竦め、どこか愉快な心持ちで内情を話してやることにした。





『はー…………あの方は何を考えてらっしゃるのか。』
呟いた。ぼやきに来たのか、この坊やは。
囁いた。アイツに聞こえないように耳元で、話した。
耳聰いからねぇ、あの眼鏡優男は。

嘯く事になったとしても、わたしゃ関係ないよ。

『ありがとうございます、魔女様』
そう言って彼女は笑う。
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