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とある勇者の独白

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 私は勇者である。伝説はまだ無い。
 数年前に選ばれた勇者だ。
 これについては残念ながら疑いようがない。もちろん私の気が狂った可能性は否定出来ないが。

 ある日突然選ばれる勇者。誰に、どうやって選ばれるのか。神ではないのか。
 神に選ばれるとして、神はどこにいるのか。
 この『選択』の詳細を知る者は少ない。
 私も自身に降りかからなければ信じなかっただろう。

 私の父も勇者だった。だが別に世襲制という訳では無いらしい。父方の祖父は弟子入りした7歳の時から死ぬまで村の鍛冶師として農具を打ち続けた。私の家系は代々鍛冶屋だ。

 父は祖父がその生涯で唯一打った剣を担ぎ、旅に出たと言う。
 私がようやく乳離れした頃の話だ。

 魔王を倒せるのは勇者だけで、魔王を倒さないと世界は滅びるらしい。
 私はその話を教会の絵本で読んだ事がある。
 ひねくれた子供だったので「魔王を倒したことがないのになぜ勇者が魔王を倒せるの? 世界が滅びた事がないのに何故世界が滅びるとわかるの?」と聞いて回ったが、誰も答えてはくれなかった。

 母は毎日教会で父の無事を祈り、父は最初のうちはたまに帰って来てはいたものの、その間隔は長く回数は少なかった。

 私はそのうち父の顔を忘れてしまった。そもそも覚えていたかも怪しい。


 やがて母以外、父の事も勇者の事も魔王の事も、誰も話題にしなくなった。
 私は村の数少ない男手として、祖父に弟子入りした後はずっと鍛冶屋と馬の世話をしていた。

 父である先代勇者の訃報を聞いたのは、私が勇者に選ばれた後の話だ。
 詳細は聞いていない。ただ王都から一報があっただけだ。先日見つかった遺体は勇者のものであった、と。

 私にとって、勇者も魔王も遠いおとぎ話のようなものだった。正直父の事ですら、この何も無い村と信心深すぎる妻と似ていない赤ん坊に嫌気がさして出ていっただけなのではないかと途中から思っていた。
 魔物にも数えるほどしか遭遇していない。今どき手順通り弔いをすれば人が魔物になることは無いし、動物も同様だ。普通に暮らしていればせいぜい妖精どものイタズラか子供が知らずに野生のスライムの巣をつつくぐらいで、魔王の存在すら感じない。
 もちろんこの地が平和なだけという可能性はある。何せ父の訃報が届くのに半年はかかった。
 何にせよ私にとって魔王も勇者も、馬の糞より遠い存在だったのだ。



 > ユーザーネームを入力して下さい


 あの日私が勇者に選ばれるまでは。




 私が勇者に選ばれたことは、その瞬間に理解した。理解したが、全く意味がわからなかった。私には私ではない名が付けられ、以降私はその名で呼ばれる事になった。村の者全員にだ。幼馴染みや、兄弟子、そして母にすら。

 これは神託なんかでは無いのだ。神は確かにいるのかもしれない、だが私が勇者として選ばれたのは何かもっと別の大いなる力で

 > 漆黒の刃†の冒険が、今始まる――――

 そしてそれはおそらくーー誰かの、何らかの、遊びなのだ。























おまけ


「ふぁ……†漆黒の刃†ちゃん、朝ご飯食べた?」

 寝惚けたルルが私を呼ぶ。
 彼女は父の代からの『従者』で、外見こそ幼女だが当時も幼女だったためおそらく見たままでは無いだろう。
 私が勇者に選ばれた後偶然(では無いと思う)再会した。この女も父が以前の僕の名を呼んでいたのを聞いていたはずなのだが。

「ねぇルル」
「あ……ごめんごめん。おはよぉ勇者クン♡」

 今の名前で呼ばれるのはあまり好きではないが、別に勇者クンと呼ばれたいわけでもない。

「ルルの中ではさ、俺の名前ってずっとそうなの?」

 ついでに確認してみる。

「ん~~?」

 ルルが目をくるくる回している。記憶を呼び戻しているらしい。

「勇者クンって、先代勇者クンの名前って覚えてる?」
「父さん?」
「そうそう」
「えーと、kuraudoだったかな」
「そうそう、そうだったねぇ」

 ルルがくすくす笑う。

「先代勇者クンは君のことは我が愛しい息子~~って感じだったよ! ふふっ……あはははは!」
「何笑ってんだよ……で、次はどこだって?」
「なんかねぇここから北の湖にユニコーンが3匹いるんだけど、そのうち1匹が童貞こじらせて暴れてるから大人しくさせて欲しいんだってぇ」
「うわぁ」
「倒していいのは1匹だよ!さぁ今日も冒険しようね♡」

 私の名は†漆黒の刃†。勇者だが伝説はまだ無い。
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