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飛脚のトクさん~5話~
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僕は今、生まれて初めて海を渡り、広大な大地が広がる、レト大陸に足を踏み入れています。
この大陸は僕が生まれ育ったギアン大陸より遥かに広い面積を有する大陸です。
今回この地を訪れることになった理由は、以前に仕事を頂いた貿易商のビトウ様からのお誘いがあったからです。
ビトウ様はレト大陸での事業を開始致しております。
大陸の全土を網羅するような物流システムが、今の課題だということであります。
今は比較的、整備された道を馬車などが荷物を運んでいる。
だが一歩道から外れてしまうと馬車では通行不能になってしまう場所も結構あります。
そんな理由から僕に白羽の矢が立った、という訳です。
「トクさん。待ってたよ。早速で悪いんだが配達を頼めるかい。」
ビトウ様は待ちわびている様子で僕を迎えいれてくださいました。
ただ着いて早々に仕事をさせるあたりは、人使いが荒いぞと、微かにそんな思いが過りました。
「はい、喜んで。」
心と体は裏腹です。
僕は早速、今回の荷物をお預かり致しました。
ビトウ様からの依頼は、お手紙類や小荷物です。
僕は人力なので、馬車などで運ぶ大荷物は無理です。
そこでビトウ様は、僕には非常に大事な手紙類や高価で小さなお宝類の配送を依頼するつもりだと言っておられました。
「では、これを。届け先はソルディウス国のキング、ピーター・ドレイク様だ。よろしく頼んだよ。トクさん。」
ビトウ様から受け取ったのは、手のひらサイズの光り輝く美しい宝石、ダイアモンドだった。
僕は初めて見る、その美しい石に心を奪われてしまいました。
「そ、それでは行ってまいります。」
「トクさん。くれぐれも頼んだよ。それは非常に価値のある物だからね。紛失しないでね、傷つけないでね、盗まないでね。」
「もちろんです。では――あっ!あの地図お貸し頂けますか。」
僕はビトウ様からレト大陸の地図を受け取り、早速出発です。
慣れない土地を走るのは悪くありません。
慣れ親しんだ所は安心を招きます。未知の世界は不安と期待を掻き立てていきます。
僕の目に映る全ての物が新鮮で美しく感じました――特にこのダイアモンド。
太陽にかざして見てみれば、それは虹色の輝きを放ちました。
これが僕の物なら、どんなに素晴らしいでしょう。
一度試しに懐へとしまってみます。試しにですよ。
その重みを味わって、僕は幸せを噛みしめます。
そんな僕の脳裏に、あのビトウ様の顔が浮かびました。
「いけない、いけない。」
僕はダイアモンドを布にくるみ、挟み箱へとしまいました。
危うく宝石の魅力に屈してしまうところでした。
先を急がなければなりません。目的地はまだ遥か遠くにあるのですから。
今回の配達日程は片道一週間。すでに四日が過ぎていました。
毎日毎日、魔物や盗賊、そしてダイアモンドの誘惑に僕は身も心も疲れ果てています。
目的のソルディウスまで、あと三日。
五日目。
体力には自信のある僕でしたが、どうしてでしょう?今回は相当にハードに感じています。先はまだまだ。
「し、しんどい。」
六日目。
この頃になると、自分の脚がまるで別の生き物のように感じ始めるようになりました。こんな経験は初めてです。
僕は、こんな時でも一日中、ダイアモンドを眺めて、にやけています。
「グヘヘヘ。これは僕の物だ。」
七日目。
ようやく目的のソルディウスへと到着致しました。
早速、国王ピーター・ドレイクへの謁見です。
……しかし、僕は会いたくありません。会ってしまえば、このダイアモンドちゃんともお別れです。
それは、まるで失恋のようであります。
「こ、こいつぁ誰にも渡さねえ。」
しかし、時は迫ります。
僕は、国王様の御前で激しく葛藤いたしました。
正しい自分と悪い自分です。時間にすれば、ほんの一時のことでしたが、自分自身の中では長きに渡る戦いでした。
そうですね、自分の時間で例えるなら百年の戦です。
何度も浮き沈みを繰り返す、釣り具の浮きのようでした。
「ハァハァ――打ち勝ったぞ。僕は勝ったんだ!うぉー!」
僕のシャウトに場は騒然となりました。
「お、おい。大丈夫か?」
「これは国王様。失恋いたしました。」
「し、失恋?」
僕の脳はまだ微かにダイアモンドのことを、覚えているようでした。
「いえ。何でもございません。では、これを。」
僕は任務を終えました。無事に依頼の品を納めることができたのです。
レト大陸での初仕事。それは思いがけないことの連続でした。
それでも大役を見事に果たしたと、自分を誉めてあげたい。
僕はこれまで、ぬるま湯に浸かっていたのだと自覚しました。
これを機に、僕は飛脚の本物のプロフェッショナルを目指すのだ、と。
後日。
僕はビトウ様から呼びだされました。
この間の配送の料金をお支払い頂くのでしょう。
「トクさん。この前はご苦労だったね。これは君への報酬だ。」
ズシリと重い袋を受け取った僕は、口もとが緩みそうでした。
「考えたんだが。トクさん、この地にギルドを創設しようと思うんだ。」
「ギルド……何でしょうか、それは?」
「まあ組合みたいなものだよ。もちろん飛脚のだよ。いや、飛脚だけじゃない。運送のギルドだ。そこでトクさんには皆のまとめ役をして欲しい。」
僕は、どうお答えしてよいか分かりません。
まとめ役ということはリーダーになるということでしょう。
そうなると、僕は走ることが出来なくなるのではないでしょうか?
それは困ります。
僕は自分の足で走り、お客様たちと色んな出会いをしたい。
そして一言、
「ありがとう。」と、言って頂きたい。
それが僕の人生そのものなのだから。
「ビトウ様。僕には、人をまとめる力なんてありません。ですが、いち飛脚としてなら、お力をお貸し致します。僕の人生最大の目標は『生涯現役』な、ものですから。」
ビトウ様は僕の言葉をお聞きになり、感銘を受けたと、おっしゃってくださいました。
「分かった。現役バリバリの飛脚として力を貸してください。トクさん。」
僕は皆さんに生かされています。そんな僕ができることは走る、届けること、のみです。
僕は顔を上げ、力強く言いました。
「はい!」と。
(了)
この大陸は僕が生まれ育ったギアン大陸より遥かに広い面積を有する大陸です。
今回この地を訪れることになった理由は、以前に仕事を頂いた貿易商のビトウ様からのお誘いがあったからです。
ビトウ様はレト大陸での事業を開始致しております。
大陸の全土を網羅するような物流システムが、今の課題だということであります。
今は比較的、整備された道を馬車などが荷物を運んでいる。
だが一歩道から外れてしまうと馬車では通行不能になってしまう場所も結構あります。
そんな理由から僕に白羽の矢が立った、という訳です。
「トクさん。待ってたよ。早速で悪いんだが配達を頼めるかい。」
ビトウ様は待ちわびている様子で僕を迎えいれてくださいました。
ただ着いて早々に仕事をさせるあたりは、人使いが荒いぞと、微かにそんな思いが過りました。
「はい、喜んで。」
心と体は裏腹です。
僕は早速、今回の荷物をお預かり致しました。
ビトウ様からの依頼は、お手紙類や小荷物です。
僕は人力なので、馬車などで運ぶ大荷物は無理です。
そこでビトウ様は、僕には非常に大事な手紙類や高価で小さなお宝類の配送を依頼するつもりだと言っておられました。
「では、これを。届け先はソルディウス国のキング、ピーター・ドレイク様だ。よろしく頼んだよ。トクさん。」
ビトウ様から受け取ったのは、手のひらサイズの光り輝く美しい宝石、ダイアモンドだった。
僕は初めて見る、その美しい石に心を奪われてしまいました。
「そ、それでは行ってまいります。」
「トクさん。くれぐれも頼んだよ。それは非常に価値のある物だからね。紛失しないでね、傷つけないでね、盗まないでね。」
「もちろんです。では――あっ!あの地図お貸し頂けますか。」
僕はビトウ様からレト大陸の地図を受け取り、早速出発です。
慣れない土地を走るのは悪くありません。
慣れ親しんだ所は安心を招きます。未知の世界は不安と期待を掻き立てていきます。
僕の目に映る全ての物が新鮮で美しく感じました――特にこのダイアモンド。
太陽にかざして見てみれば、それは虹色の輝きを放ちました。
これが僕の物なら、どんなに素晴らしいでしょう。
一度試しに懐へとしまってみます。試しにですよ。
その重みを味わって、僕は幸せを噛みしめます。
そんな僕の脳裏に、あのビトウ様の顔が浮かびました。
「いけない、いけない。」
僕はダイアモンドを布にくるみ、挟み箱へとしまいました。
危うく宝石の魅力に屈してしまうところでした。
先を急がなければなりません。目的地はまだ遥か遠くにあるのですから。
今回の配達日程は片道一週間。すでに四日が過ぎていました。
毎日毎日、魔物や盗賊、そしてダイアモンドの誘惑に僕は身も心も疲れ果てています。
目的のソルディウスまで、あと三日。
五日目。
体力には自信のある僕でしたが、どうしてでしょう?今回は相当にハードに感じています。先はまだまだ。
「し、しんどい。」
六日目。
この頃になると、自分の脚がまるで別の生き物のように感じ始めるようになりました。こんな経験は初めてです。
僕は、こんな時でも一日中、ダイアモンドを眺めて、にやけています。
「グヘヘヘ。これは僕の物だ。」
七日目。
ようやく目的のソルディウスへと到着致しました。
早速、国王ピーター・ドレイクへの謁見です。
……しかし、僕は会いたくありません。会ってしまえば、このダイアモンドちゃんともお別れです。
それは、まるで失恋のようであります。
「こ、こいつぁ誰にも渡さねえ。」
しかし、時は迫ります。
僕は、国王様の御前で激しく葛藤いたしました。
正しい自分と悪い自分です。時間にすれば、ほんの一時のことでしたが、自分自身の中では長きに渡る戦いでした。
そうですね、自分の時間で例えるなら百年の戦です。
何度も浮き沈みを繰り返す、釣り具の浮きのようでした。
「ハァハァ――打ち勝ったぞ。僕は勝ったんだ!うぉー!」
僕のシャウトに場は騒然となりました。
「お、おい。大丈夫か?」
「これは国王様。失恋いたしました。」
「し、失恋?」
僕の脳はまだ微かにダイアモンドのことを、覚えているようでした。
「いえ。何でもございません。では、これを。」
僕は任務を終えました。無事に依頼の品を納めることができたのです。
レト大陸での初仕事。それは思いがけないことの連続でした。
それでも大役を見事に果たしたと、自分を誉めてあげたい。
僕はこれまで、ぬるま湯に浸かっていたのだと自覚しました。
これを機に、僕は飛脚の本物のプロフェッショナルを目指すのだ、と。
後日。
僕はビトウ様から呼びだされました。
この間の配送の料金をお支払い頂くのでしょう。
「トクさん。この前はご苦労だったね。これは君への報酬だ。」
ズシリと重い袋を受け取った僕は、口もとが緩みそうでした。
「考えたんだが。トクさん、この地にギルドを創設しようと思うんだ。」
「ギルド……何でしょうか、それは?」
「まあ組合みたいなものだよ。もちろん飛脚のだよ。いや、飛脚だけじゃない。運送のギルドだ。そこでトクさんには皆のまとめ役をして欲しい。」
僕は、どうお答えしてよいか分かりません。
まとめ役ということはリーダーになるということでしょう。
そうなると、僕は走ることが出来なくなるのではないでしょうか?
それは困ります。
僕は自分の足で走り、お客様たちと色んな出会いをしたい。
そして一言、
「ありがとう。」と、言って頂きたい。
それが僕の人生そのものなのだから。
「ビトウ様。僕には、人をまとめる力なんてありません。ですが、いち飛脚としてなら、お力をお貸し致します。僕の人生最大の目標は『生涯現役』な、ものですから。」
ビトウ様は僕の言葉をお聞きになり、感銘を受けたと、おっしゃってくださいました。
「分かった。現役バリバリの飛脚として力を貸してください。トクさん。」
僕は皆さんに生かされています。そんな僕ができることは走る、届けること、のみです。
僕は顔を上げ、力強く言いました。
「はい!」と。
(了)
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