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the past
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「また、こうして会えるとは思わなんだ。会えてよかったぞ、我が弟子よ。」
真っ白になった髪で出迎えたのは、私の最初の師匠マスター・ゼロであった。
私は予想だにしなかった再会に、ただただ驚いていた。
「なんじゃ、その顔は?私が、もう死んでいるとでも思っておったのか?」というマスター・ゼロの言葉に私は反射的に頷いてしまった。
「まあ無理もない。私も随分、生きてきたからのう。」
その言葉に私は、
「あんた、幾つなんだ?」と、訊ねてやりたかったが、止めておいた。
「ディルクよ、ご苦労だったな。」
「いいえ、ゼロ様。それよりも早く、お話しを。いつ追手がくるか分かりませんゆえ。」
「そうか。それでは、我が弟子――いや、レジェスよ。よく聞くのだぞ。」
私は、ゼロが何を言っているのか、この時はまだ、さっぱり分からなかった。
だがゼロが口にした「レジェス」という名には聞き覚えがあった。
それは、かつてサフィアが私に対して呼んだ、名であった。
その名が意味する話を紐解いていくには、これより十五年程、遡ることになる。
マスター・ゼロは、ゆっくりと語り始めた。
十六年前のグリフォンブルー。
「そろそろ、王妃様たちが戻られる頃だろう。迎えの者をガレスに向かわせよ。」
黒く艶やかな長い髪をしている、この男は当時の六牙将軍の一人、マスター・ゼロである。
「た、たいへんです、ゼロ様!」と、狼狽えた一人の兵士がゼロの元へ飛び込んできた。
「どうしたのだ、騒がしい。」
「王妃様たちが乗った船が、嵐に遭遇し難破したとの報告が!」
マスター・ゼロは全身から血の気が引いていくのを生まれて初めて感じた。
「全部隊に連絡を入れろ!なんとしても王妃様たちを、お救いするのだ!」
捜索は夜を徹して行われた。
船を持たないグリフォンブルーは、ガレスに停泊していた船を強引に狩りだし、捜索に当てた。
しかし王妃たちの乗った船は、発見されることはなかった。
所々に船の残骸らしき木片等がプカプカと浮いているだけである。
「だ、だめなのか……。」と、ゼロは力なく呟いた。
その時であった、
「海に人影が――子供だ!子供がいるぞ!」と、漁師の男が声を上げた。
すぐさま、その船に引き揚げられた子供には、まだ息があった。
「生きているぞ!」
「子供……レジェス様か!」と、ゼロは叫んだ。
救出されたのは、グリフォンブルーの王子であり、次期国王でもある――レジェス王子だった。
レジェスは大至急、城へ運ばれ一命をとりとめた。
しかし、レジェスの母であり、王妃のシュリナは結局、発見されることはなかった。
「――というのが、お前の生い立ちだ。」と、ゼロは席を立ち、お茶を淹れた。
「わ、わたしがグリフォンブルーの王子!?そんな馬鹿な……私には確か長ったらしい名前があった筈だ。」
第一話参照である。
「いや!あの変な名前は私の二番目の師匠、ピートという男がつけた名だ……おのれピート、遊び半分で名付けおって!」と、私は一人で腹をたてた。
「続けるぞ。考えごとは全ての話を聞いてからにせい。」と、マスター・ゼロはお茶を一口啜ってから、話を続けた。
レジェス王子が救出されたことに国王様は、大変喜ばれた。
しかし、それと同時に最愛の妻であった王妃シュリナを喪った悲しみが国王様を襲った。
レジェス王子は助かったものの昏睡状態が続いていた。
そんなグリフォンブルーに大きな変化があったのは、その事故から一年近く経った、ある夏の日だった。
傷心の国王様に近づき、言葉巧みに新王妃の座に就いた女が現れた。それが現王妃――メルバだ。
メルバはレト大陸から、やって来た元娼婦だとの噂だった。
そのメルバは、すぐに国王との子を宿した。
それが現在の次期国王であるウェル王子である。
つまりレジェスとウェルは腹違いの兄弟なのだ。
その頃、レジェス王子は長い昏睡状態から奇跡的な回復をみせていた。
しかし、過去の記憶が曖昧になっており、実の父親である国王のことすら認識できない状況であった。
「国王様。次期国王は是非ウェルに。」と、メルバは毎日、口癖のように国王に言った。
しかし、国王プライトにとっての次期国王はレジェスしかいないと、頑なにメルバの願いに首を縦に振ることは、しなかった。
しかしある時、事態は急変することになった。
日々、回復の兆しをみせていたレジェス王子に、ある重大な後遺症が表れていたのだ。
それは――声を失ってしまっていたのである。
さすがに声を発せない者を国王の座に就かせるのは、どうだろうか?という意見が、色々な所から聞こえてきた。
しかし、国王プライトは諦めなかった。
時間が経てば、また話せるようになる。
そう、信じていたからだ。
それを、妬んだのはメルバである。
メルバは義母として、レジェスとも接した。
しかし、言葉を話せなくなったレジェス王子に対して、メルバは冷たく当たった。
「まったく。言葉も喋れないくせに、国王になろうなんて図々しいにも程があるわ。あなたなんて――役立たずのくせに!」
この頃のメルバは口癖のように「役立たず!」と、レジェス王子を罵倒していた。
そんな、ある日、メルバは突然マスター・ゼロの元を訪ねた。
「ゼロ。貴方に折り入って頼みがあるんだけど。」
「私に出来ることなら何なりと。」
メルバは辺りを伺い、小声で驚くような事を言い出した。
「レジェスを……暗殺して欲しいの。」
ゼロは驚きを通り越し怒りさえ感じた。
しかし、ここで自分が断っても、メルバは他の誰かを、あたるだろう。
この事を国王プライトに相談しても無駄な事だということも、分かっていた。
当時の国王プライトはメルバの言うことに逆らうことすらできない、腑抜けな男に成り下がっていたからだ。
「――承知致しました。」というゼロの言葉に、メルバは目を輝かせて喜んだ。
彼女にしてみれば、先の王妃の子よりも、我が子を王に据えたいという当然の願望だったに違いない。
それでも最初は叶わぬ夢にしか過ぎないものだったであろう。
しかし、メルバにチャンスが巡ってきたのだ。
レジェス王子が事故に合い、言葉を喋れなくなったのがメルバにとっては好都合だった。
「まあ、やって頂けるのね。もし成功させてくれたら、我が子ウェルが国王に就任すると同時に貴方を六牙将軍より、更に上の双牙宰相に任命してあげるわ。」
しかし、ゼロは分かっていた。
もしも、レジェス王子に手をかければ、自分が反逆者の汚名を着せられるで、あろうことを。
当時から双牙宰相の二人、ホワイトとブラックは絶大な権力を握っていた。
いくらメルバでも簡単に彼らを、どうこう出来るものではない。
恐らく、両者は既に裏で手を組んでいるのであろう。
ゼロは、この時決意した。
「もう、この国に希望はない。」と。
そしてその夜、ゼロは直ぐに行動に出た。
レジェスを抱え、馬に飛び乗りグリフォンブルーを脱した。
当然、追っ手も放たれた。
しかし、その手際の良さに、
「最初から、私がこうすることが分かっていたな、女狐め!」と、ゼロは憤怒した。
なんとか追っ手を振り切り、ゼロとレジェスは生き延びることができた。
「よいか。今日から、お前は私の弟子だ。」
二人は各地を転々としながら、ひっそりと暮らした。
その生活の中で、ゼロがレジェスの名を呼ぶことは一度たりともなかったのである。
「――というのが、お前の過去だ、レジェスよ。」
ゼロが打ち明けた話を、私は上手く理解出来なかった。
「グリフォンブルーの王子……そんなことを急に言われても。」と、私は困惑していた。
「お前が、これからどう生きていくのかは分からんが、今は過去との因縁に決着をつける時だ。行ってこい、グリフォンブルーへ。」と、ゼロは師として最後の命をレジェスに下した。
しかし、私は混乱を極めていた。
「私は、どうすればよいのだ。今更、グリフォンブルーへ行ったとしても、何もできない……いや、それよりも私が揉め事の火種になるのではないだろうか?」と、考えた。
すると、その様子を黙って見ていたディルクが私の気持ちを察したかのように口を開いた。
「レジェス様。あなたは今、この騒動の中心におられる。それは避けては通れない道。王妃は、貴方が生きていると知った時から、グリフォンブルーの正統な王位継承権をもつレジェス様を消し去る事だけを考えています。貴方を探し出す為だけにハーゲン・ライブを滅ぼしてしまう程に、レジェス様に固執しています。暴走していると言ってもよいでしょう。このままでは、遅かれ早かれグリフォンブルーは衰退の一途を辿ってゆくのは明白です……私は、グリフォンブルーを愛しています。自分の生まれ故郷が、弱っていくのを黙って見ていることは、もう我慢ならないのです。」
「それは私も同意見だ。私もグリフォンブルーで生まれ育った男だ。今は離れてしまったが、その気持ちは変わらぬ。それに、それは、お前にも言えることだ――レジェスよ。」
ディルクとゼロの言葉は、私の心の芯に突き刺さった。
そして、更にディルクは続けた。
「それに、ウェル様だけではなく、実はサフィア様も腹違いの兄弟なのです。お三方共に母は違いますが、国王様の血を受け継いでおられる。それに、サフィア様、ウェル様共に現状に苦しんでおられる筈です。長男である、貴方の助けが必要なのです。」
「そういう事じゃ。ウェル様もメルバ王妃の言われるがままの、操り人形と化してしまっている。哀れなもんじゃ。行ってくれるな、レジェスよ。」と、ゼロは言った。
「兄弟……私に二人も兄弟が居たのか。」
私は実感は無いものの、じわりと熱いものが込み上げてきた。
これまでの人生で諦めていたものが、突如降りだした雨のように、私の頭上に降り注いだ。
――歓喜だ!
私に訪れたのは、これまでの人生で味わったことのない至福の時。
この先の結果が、どうであれ、このまま行動を起こさなかったら、一生後悔することになるだろう。
「ええい!勢いだ!」と、私は開き直った。
自分が何者であろうと構わない。
私の助けを必要としてくれている人が待っている。
私はグリフォンブルーへ向かうことを決意し、力強く頷いた。
「うむ、よく決心した。」と、ゼロは私を褒めた。
私にとって親同然であったゼロに、私は深々と頭を下げた。
「レジェス様。どうやら時間切れのようです。」と、ディルクは冷静だが焦っている様子で言った。
「追手か?」
「ゼロ様、恐らくは六牙将軍の誰かと思われます。レジェス様は先にお行きください。ここは私が足止めを。」
六牙将軍相手では、いくらディルクといえど、一人では無理だろう。
私は、その提案を承諾しなかった。
「案ずるな。私も共に戦おう。お前は行くのだ、レジェス。」
元六牙将軍のゼロではあるが、やはり老いには勝てまい。
私は、二人を残して行くことなど出来ない。
「後のことは頼みました、レジェス様――出てこい!」
ディルクが声を上げると、気配もなく一人の男が現れた。
どうやらグリフォンブルーの兵士のようだ。
「この男は私の配下の者です。案内役として、お連れください。」
「お初にお目にかかりやす。おいら、アンダーヘアーと申します。さあレジェス様、参りやしょう。」
「なんか、暑苦しい男だ……しかも、その名前、なんとかならんものか。」と、私は苦笑いした。
「では、サフィア様のこと宜しく頼みます。」と、ディルクはゼロの家を出た。
「裏手から行け。また会おうぞ我が弟子、レジェスよ。」と、ゼロもディルクの後に続いた。
「急いでくだせぇ、レジェス様!ディルク様の気持ちを無駄にしねぇでくだせぇ。」と、アンダーヘアーは私の背を押した。
私は悩んだ。
しかし、答えは出なかった。
私は流れのまま、ゼロの家をアンダーヘアーと共に脱した。
「二人共、どうか無事で。」
私は、グリフォンブルーへ向け走り出した。
空には不吉な灰色の雨雲が、私の気持ちを反映させているように広がっていた。
今にも降りそうだが、まだ雨は落ちていなかった。
真っ白になった髪で出迎えたのは、私の最初の師匠マスター・ゼロであった。
私は予想だにしなかった再会に、ただただ驚いていた。
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「まあ無理もない。私も随分、生きてきたからのう。」
その言葉に私は、
「あんた、幾つなんだ?」と、訊ねてやりたかったが、止めておいた。
「ディルクよ、ご苦労だったな。」
「いいえ、ゼロ様。それよりも早く、お話しを。いつ追手がくるか分かりませんゆえ。」
「そうか。それでは、我が弟子――いや、レジェスよ。よく聞くのだぞ。」
私は、ゼロが何を言っているのか、この時はまだ、さっぱり分からなかった。
だがゼロが口にした「レジェス」という名には聞き覚えがあった。
それは、かつてサフィアが私に対して呼んだ、名であった。
その名が意味する話を紐解いていくには、これより十五年程、遡ることになる。
マスター・ゼロは、ゆっくりと語り始めた。
十六年前のグリフォンブルー。
「そろそろ、王妃様たちが戻られる頃だろう。迎えの者をガレスに向かわせよ。」
黒く艶やかな長い髪をしている、この男は当時の六牙将軍の一人、マスター・ゼロである。
「た、たいへんです、ゼロ様!」と、狼狽えた一人の兵士がゼロの元へ飛び込んできた。
「どうしたのだ、騒がしい。」
「王妃様たちが乗った船が、嵐に遭遇し難破したとの報告が!」
マスター・ゼロは全身から血の気が引いていくのを生まれて初めて感じた。
「全部隊に連絡を入れろ!なんとしても王妃様たちを、お救いするのだ!」
捜索は夜を徹して行われた。
船を持たないグリフォンブルーは、ガレスに停泊していた船を強引に狩りだし、捜索に当てた。
しかし王妃たちの乗った船は、発見されることはなかった。
所々に船の残骸らしき木片等がプカプカと浮いているだけである。
「だ、だめなのか……。」と、ゼロは力なく呟いた。
その時であった、
「海に人影が――子供だ!子供がいるぞ!」と、漁師の男が声を上げた。
すぐさま、その船に引き揚げられた子供には、まだ息があった。
「生きているぞ!」
「子供……レジェス様か!」と、ゼロは叫んだ。
救出されたのは、グリフォンブルーの王子であり、次期国王でもある――レジェス王子だった。
レジェスは大至急、城へ運ばれ一命をとりとめた。
しかし、レジェスの母であり、王妃のシュリナは結局、発見されることはなかった。
「――というのが、お前の生い立ちだ。」と、ゼロは席を立ち、お茶を淹れた。
「わ、わたしがグリフォンブルーの王子!?そんな馬鹿な……私には確か長ったらしい名前があった筈だ。」
第一話参照である。
「いや!あの変な名前は私の二番目の師匠、ピートという男がつけた名だ……おのれピート、遊び半分で名付けおって!」と、私は一人で腹をたてた。
「続けるぞ。考えごとは全ての話を聞いてからにせい。」と、マスター・ゼロはお茶を一口啜ってから、話を続けた。
レジェス王子が救出されたことに国王様は、大変喜ばれた。
しかし、それと同時に最愛の妻であった王妃シュリナを喪った悲しみが国王様を襲った。
レジェス王子は助かったものの昏睡状態が続いていた。
そんなグリフォンブルーに大きな変化があったのは、その事故から一年近く経った、ある夏の日だった。
傷心の国王様に近づき、言葉巧みに新王妃の座に就いた女が現れた。それが現王妃――メルバだ。
メルバはレト大陸から、やって来た元娼婦だとの噂だった。
そのメルバは、すぐに国王との子を宿した。
それが現在の次期国王であるウェル王子である。
つまりレジェスとウェルは腹違いの兄弟なのだ。
その頃、レジェス王子は長い昏睡状態から奇跡的な回復をみせていた。
しかし、過去の記憶が曖昧になっており、実の父親である国王のことすら認識できない状況であった。
「国王様。次期国王は是非ウェルに。」と、メルバは毎日、口癖のように国王に言った。
しかし、国王プライトにとっての次期国王はレジェスしかいないと、頑なにメルバの願いに首を縦に振ることは、しなかった。
しかしある時、事態は急変することになった。
日々、回復の兆しをみせていたレジェス王子に、ある重大な後遺症が表れていたのだ。
それは――声を失ってしまっていたのである。
さすがに声を発せない者を国王の座に就かせるのは、どうだろうか?という意見が、色々な所から聞こえてきた。
しかし、国王プライトは諦めなかった。
時間が経てば、また話せるようになる。
そう、信じていたからだ。
それを、妬んだのはメルバである。
メルバは義母として、レジェスとも接した。
しかし、言葉を話せなくなったレジェス王子に対して、メルバは冷たく当たった。
「まったく。言葉も喋れないくせに、国王になろうなんて図々しいにも程があるわ。あなたなんて――役立たずのくせに!」
この頃のメルバは口癖のように「役立たず!」と、レジェス王子を罵倒していた。
そんな、ある日、メルバは突然マスター・ゼロの元を訪ねた。
「ゼロ。貴方に折り入って頼みがあるんだけど。」
「私に出来ることなら何なりと。」
メルバは辺りを伺い、小声で驚くような事を言い出した。
「レジェスを……暗殺して欲しいの。」
ゼロは驚きを通り越し怒りさえ感じた。
しかし、ここで自分が断っても、メルバは他の誰かを、あたるだろう。
この事を国王プライトに相談しても無駄な事だということも、分かっていた。
当時の国王プライトはメルバの言うことに逆らうことすらできない、腑抜けな男に成り下がっていたからだ。
「――承知致しました。」というゼロの言葉に、メルバは目を輝かせて喜んだ。
彼女にしてみれば、先の王妃の子よりも、我が子を王に据えたいという当然の願望だったに違いない。
それでも最初は叶わぬ夢にしか過ぎないものだったであろう。
しかし、メルバにチャンスが巡ってきたのだ。
レジェス王子が事故に合い、言葉を喋れなくなったのがメルバにとっては好都合だった。
「まあ、やって頂けるのね。もし成功させてくれたら、我が子ウェルが国王に就任すると同時に貴方を六牙将軍より、更に上の双牙宰相に任命してあげるわ。」
しかし、ゼロは分かっていた。
もしも、レジェス王子に手をかければ、自分が反逆者の汚名を着せられるで、あろうことを。
当時から双牙宰相の二人、ホワイトとブラックは絶大な権力を握っていた。
いくらメルバでも簡単に彼らを、どうこう出来るものではない。
恐らく、両者は既に裏で手を組んでいるのであろう。
ゼロは、この時決意した。
「もう、この国に希望はない。」と。
そしてその夜、ゼロは直ぐに行動に出た。
レジェスを抱え、馬に飛び乗りグリフォンブルーを脱した。
当然、追っ手も放たれた。
しかし、その手際の良さに、
「最初から、私がこうすることが分かっていたな、女狐め!」と、ゼロは憤怒した。
なんとか追っ手を振り切り、ゼロとレジェスは生き延びることができた。
「よいか。今日から、お前は私の弟子だ。」
二人は各地を転々としながら、ひっそりと暮らした。
その生活の中で、ゼロがレジェスの名を呼ぶことは一度たりともなかったのである。
「――というのが、お前の過去だ、レジェスよ。」
ゼロが打ち明けた話を、私は上手く理解出来なかった。
「グリフォンブルーの王子……そんなことを急に言われても。」と、私は困惑していた。
「お前が、これからどう生きていくのかは分からんが、今は過去との因縁に決着をつける時だ。行ってこい、グリフォンブルーへ。」と、ゼロは師として最後の命をレジェスに下した。
しかし、私は混乱を極めていた。
「私は、どうすればよいのだ。今更、グリフォンブルーへ行ったとしても、何もできない……いや、それよりも私が揉め事の火種になるのではないだろうか?」と、考えた。
すると、その様子を黙って見ていたディルクが私の気持ちを察したかのように口を開いた。
「レジェス様。あなたは今、この騒動の中心におられる。それは避けては通れない道。王妃は、貴方が生きていると知った時から、グリフォンブルーの正統な王位継承権をもつレジェス様を消し去る事だけを考えています。貴方を探し出す為だけにハーゲン・ライブを滅ぼしてしまう程に、レジェス様に固執しています。暴走していると言ってもよいでしょう。このままでは、遅かれ早かれグリフォンブルーは衰退の一途を辿ってゆくのは明白です……私は、グリフォンブルーを愛しています。自分の生まれ故郷が、弱っていくのを黙って見ていることは、もう我慢ならないのです。」
「それは私も同意見だ。私もグリフォンブルーで生まれ育った男だ。今は離れてしまったが、その気持ちは変わらぬ。それに、それは、お前にも言えることだ――レジェスよ。」
ディルクとゼロの言葉は、私の心の芯に突き刺さった。
そして、更にディルクは続けた。
「それに、ウェル様だけではなく、実はサフィア様も腹違いの兄弟なのです。お三方共に母は違いますが、国王様の血を受け継いでおられる。それに、サフィア様、ウェル様共に現状に苦しんでおられる筈です。長男である、貴方の助けが必要なのです。」
「そういう事じゃ。ウェル様もメルバ王妃の言われるがままの、操り人形と化してしまっている。哀れなもんじゃ。行ってくれるな、レジェスよ。」と、ゼロは言った。
「兄弟……私に二人も兄弟が居たのか。」
私は実感は無いものの、じわりと熱いものが込み上げてきた。
これまでの人生で諦めていたものが、突如降りだした雨のように、私の頭上に降り注いだ。
――歓喜だ!
私に訪れたのは、これまでの人生で味わったことのない至福の時。
この先の結果が、どうであれ、このまま行動を起こさなかったら、一生後悔することになるだろう。
「ええい!勢いだ!」と、私は開き直った。
自分が何者であろうと構わない。
私の助けを必要としてくれている人が待っている。
私はグリフォンブルーへ向かうことを決意し、力強く頷いた。
「うむ、よく決心した。」と、ゼロは私を褒めた。
私にとって親同然であったゼロに、私は深々と頭を下げた。
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「追手か?」
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六牙将軍相手では、いくらディルクといえど、一人では無理だろう。
私は、その提案を承諾しなかった。
「案ずるな。私も共に戦おう。お前は行くのだ、レジェス。」
元六牙将軍のゼロではあるが、やはり老いには勝てまい。
私は、二人を残して行くことなど出来ない。
「後のことは頼みました、レジェス様――出てこい!」
ディルクが声を上げると、気配もなく一人の男が現れた。
どうやらグリフォンブルーの兵士のようだ。
「この男は私の配下の者です。案内役として、お連れください。」
「お初にお目にかかりやす。おいら、アンダーヘアーと申します。さあレジェス様、参りやしょう。」
「なんか、暑苦しい男だ……しかも、その名前、なんとかならんものか。」と、私は苦笑いした。
「では、サフィア様のこと宜しく頼みます。」と、ディルクはゼロの家を出た。
「裏手から行け。また会おうぞ我が弟子、レジェスよ。」と、ゼロもディルクの後に続いた。
「急いでくだせぇ、レジェス様!ディルク様の気持ちを無駄にしねぇでくだせぇ。」と、アンダーヘアーは私の背を押した。
私は悩んだ。
しかし、答えは出なかった。
私は流れのまま、ゼロの家をアンダーヘアーと共に脱した。
「二人共、どうか無事で。」
私は、グリフォンブルーへ向け走り出した。
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