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一年間の休息
ミュルヴィル領2
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バスチアンに案内されたのは、シリル様が行きたいと話していたパティスリー・アントワネット。裏手から階段を上り、二階の個室に通された。
バスチアンは一度部屋を出て、店員と何か話していたがすぐに戻ってきた。
「改めまして、私はミュルヴィル公爵家が第一子、バスチアン・ミュルヴィルと申します。第二皇子殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます。」
「シルヴェール・ニエルマンだよ。お忍びだし、かしこまったことはいいよ。それと、今はノワールだから、よろしくね。」
「そうでしたか、ノワールさんですね。」
バスチアンは折り目正しく殿下に挨拶をしてから、同じようにシリル様にも挨拶をして席に着いた。
「それで、レティシアはどうしてミュルヴィルに?風の噂であの酷い男を振ったのは聞いたけど。」
「さすがに耳が早いわね。……私も限界だったのよ。バスチーにも随分心配をかけたわよね。」
バスチーをはじめ、辺境公の子供達には本当に心配をかけたと思う。
同世代の彼らには親世代の耳には入らない些細な噂話も聞かれているし、エヴァリスト様との不仲をより近くで見ていたはずだ。
「まぁ、君は大切な友人だからね。個人的にも彼のことは気に入らないから、君との縁が切れたのなら私にも考えがある。」
バスチアンは人好きのする笑みを浮かべているが、長年の付き合いからこういう顔をしている時こそあくどいことを考えていると知っている。
まぁ、もう私には関係のないことだから、口は挟まない。
「それで、お父様に休暇を頂いたの。来年には学園に入学するから、それまでの一年間だけれど。」
「そうだったんだね。レティシアは頑張り屋さんだからね、存分に休暇を楽しむといいよ。」
労わるように見つめられて、なんだかくすぐったい気持ちになった。
自然と口角が上がって笑ってしまう。
思えば昔から、バスチーには助けられている。もしお互いの事情が違って結婚相手になったとしても、それはそれでいいと思えるくらいには私は彼のことを好ましいと思っている。
あくまで人として、ではあるけれど。
「ええ、そのつもりよ。四人で旅をするのだけどね、ここまで来るのもとても楽しかったのよ。」
「そう、それはよかった。まだ宿が決まっていないのなら、我が家に泊って行くといい。裏から入れば身分がバレることもないと思うよ。」
ありがたい申し出だし、ミュルヴィル公爵夫妻にも今回の婚約破棄に関してきちんとお話をしたいと思う。
ただ、それは私個人の事情で関係ない殿下達を巻き込んでいいものか迷う。
「…いい提案だと僕は思うよ。君が僕達を気にして断ることはない。ここには二泊ほどしかしないし、僕達は好きに観光するから何か用事があるのなら遠慮なく済ませなよ。ミュルヴィルの宿はいつもいっぱいだって聞くしね。」
迷っていた私を見かねたのか殿下が賛成してくれた。
シリル様もロザリーも了承しているようで、頷いてくれる。
「…それなら、甘えさせてもらおうかしら。」
「歓迎するよ。……お邪魔したね、私は先に帰るからゆっくりしてくれたまえ。」
そう言い残してバスチアンは颯爽と出て行った。
バスチアンと入れ替わりに店員が入ってきて、お茶の用意をした。
色とりどりの美しいケーキを店員は一つ一つ紹介して、本店限定だというケーキを私達に一つずつ取り分けた。
「こちらは『ブラン』と言って、当店自慢の一品です。オーナーがぜひ皆様に召し上がって頂きたいと。」
「…こちらのオーナーをバスチーがしていたとは驚きましたわ。家業をいくつか任されているとは聞いていたけれど、甘いものの話をしてるところなんて見たこともなかったもの。」
「…オーナーが当店を任されたのはごく最近の話ですから、ご存じないのも仕方ありませんよ。」
人当たりのいい店員は苦笑しつつ教えてくれた。
赤みがかった茶髪は綺麗に纏められて、頭の上で団子を作っている。
「彼はとても領地のことを大切にしているみたいだね。」
「ええ、オーナーはよく街を歩いて何か問題がないか見て回られてますよ。ミュルヴィルは代々民と距離の近い貴族ですから。」
殿下はバスチアンのことが気になるようだった。
まぁ、ミュルヴィルほど街に降りている貴族もいないし、物珍しいだろう。
「そのようだね、君も彼に対して気安い。」
「分かってしまいますか。公爵家の皆様は本当に我々に心を砕いてくださるのです。トラブルが起こればいつも間に入ってくださいますし、判断も公平です。だからこそ、私達はこの領地を盛り立てていこうと思えるのです。」
そこまで話すと、彼女は我に返ったのか気恥ずかしそうに微笑んで、ごゆっくりどうぞと退室した。
「ミュルヴィルはいいところだね。貴族とはかくあるべき、なのかもしれないね。」
「ああ、人の上に立つ者の在り方もいくつかあると思うが、あんな風に慕われると身が引き締まるよな。」
ケーキを食べながら、殿下とシリル様は少し難しい顔をしている。
今のバスチアンしか知らなければ、彼は素晴らしい人間に見えるだろう。
「バスチアン様も、すっかりミュルヴィルらしくなられましたね。小さい頃はあんなに人見知りでしたのに。」
「そうね、昔は街に行きたくないって泣いていたもの。」
こっそり話しかけて来たロザリーに、笑って応えた。
人見知りで、人と話すのが苦手で、いつも誰かの後ろに隠れるようにしていたのに、いつのまにか立派になっていた。
バスチアンが変わったように、私も変わっていて、きっとこれからも変わり続けるのだろう。
なんだかそれは、とても素敵な事のように思えた。
バスチアンは一度部屋を出て、店員と何か話していたがすぐに戻ってきた。
「改めまして、私はミュルヴィル公爵家が第一子、バスチアン・ミュルヴィルと申します。第二皇子殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます。」
「シルヴェール・ニエルマンだよ。お忍びだし、かしこまったことはいいよ。それと、今はノワールだから、よろしくね。」
「そうでしたか、ノワールさんですね。」
バスチアンは折り目正しく殿下に挨拶をしてから、同じようにシリル様にも挨拶をして席に着いた。
「それで、レティシアはどうしてミュルヴィルに?風の噂であの酷い男を振ったのは聞いたけど。」
「さすがに耳が早いわね。……私も限界だったのよ。バスチーにも随分心配をかけたわよね。」
バスチーをはじめ、辺境公の子供達には本当に心配をかけたと思う。
同世代の彼らには親世代の耳には入らない些細な噂話も聞かれているし、エヴァリスト様との不仲をより近くで見ていたはずだ。
「まぁ、君は大切な友人だからね。個人的にも彼のことは気に入らないから、君との縁が切れたのなら私にも考えがある。」
バスチアンは人好きのする笑みを浮かべているが、長年の付き合いからこういう顔をしている時こそあくどいことを考えていると知っている。
まぁ、もう私には関係のないことだから、口は挟まない。
「それで、お父様に休暇を頂いたの。来年には学園に入学するから、それまでの一年間だけれど。」
「そうだったんだね。レティシアは頑張り屋さんだからね、存分に休暇を楽しむといいよ。」
労わるように見つめられて、なんだかくすぐったい気持ちになった。
自然と口角が上がって笑ってしまう。
思えば昔から、バスチーには助けられている。もしお互いの事情が違って結婚相手になったとしても、それはそれでいいと思えるくらいには私は彼のことを好ましいと思っている。
あくまで人として、ではあるけれど。
「ええ、そのつもりよ。四人で旅をするのだけどね、ここまで来るのもとても楽しかったのよ。」
「そう、それはよかった。まだ宿が決まっていないのなら、我が家に泊って行くといい。裏から入れば身分がバレることもないと思うよ。」
ありがたい申し出だし、ミュルヴィル公爵夫妻にも今回の婚約破棄に関してきちんとお話をしたいと思う。
ただ、それは私個人の事情で関係ない殿下達を巻き込んでいいものか迷う。
「…いい提案だと僕は思うよ。君が僕達を気にして断ることはない。ここには二泊ほどしかしないし、僕達は好きに観光するから何か用事があるのなら遠慮なく済ませなよ。ミュルヴィルの宿はいつもいっぱいだって聞くしね。」
迷っていた私を見かねたのか殿下が賛成してくれた。
シリル様もロザリーも了承しているようで、頷いてくれる。
「…それなら、甘えさせてもらおうかしら。」
「歓迎するよ。……お邪魔したね、私は先に帰るからゆっくりしてくれたまえ。」
そう言い残してバスチアンは颯爽と出て行った。
バスチアンと入れ替わりに店員が入ってきて、お茶の用意をした。
色とりどりの美しいケーキを店員は一つ一つ紹介して、本店限定だというケーキを私達に一つずつ取り分けた。
「こちらは『ブラン』と言って、当店自慢の一品です。オーナーがぜひ皆様に召し上がって頂きたいと。」
「…こちらのオーナーをバスチーがしていたとは驚きましたわ。家業をいくつか任されているとは聞いていたけれど、甘いものの話をしてるところなんて見たこともなかったもの。」
「…オーナーが当店を任されたのはごく最近の話ですから、ご存じないのも仕方ありませんよ。」
人当たりのいい店員は苦笑しつつ教えてくれた。
赤みがかった茶髪は綺麗に纏められて、頭の上で団子を作っている。
「彼はとても領地のことを大切にしているみたいだね。」
「ええ、オーナーはよく街を歩いて何か問題がないか見て回られてますよ。ミュルヴィルは代々民と距離の近い貴族ですから。」
殿下はバスチアンのことが気になるようだった。
まぁ、ミュルヴィルほど街に降りている貴族もいないし、物珍しいだろう。
「そのようだね、君も彼に対して気安い。」
「分かってしまいますか。公爵家の皆様は本当に我々に心を砕いてくださるのです。トラブルが起こればいつも間に入ってくださいますし、判断も公平です。だからこそ、私達はこの領地を盛り立てていこうと思えるのです。」
そこまで話すと、彼女は我に返ったのか気恥ずかしそうに微笑んで、ごゆっくりどうぞと退室した。
「ミュルヴィルはいいところだね。貴族とはかくあるべき、なのかもしれないね。」
「ああ、人の上に立つ者の在り方もいくつかあると思うが、あんな風に慕われると身が引き締まるよな。」
ケーキを食べながら、殿下とシリル様は少し難しい顔をしている。
今のバスチアンしか知らなければ、彼は素晴らしい人間に見えるだろう。
「バスチアン様も、すっかりミュルヴィルらしくなられましたね。小さい頃はあんなに人見知りでしたのに。」
「そうね、昔は街に行きたくないって泣いていたもの。」
こっそり話しかけて来たロザリーに、笑って応えた。
人見知りで、人と話すのが苦手で、いつも誰かの後ろに隠れるようにしていたのに、いつのまにか立派になっていた。
バスチアンが変わったように、私も変わっていて、きっとこれからも変わり続けるのだろう。
なんだかそれは、とても素敵な事のように思えた。
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