29 / 34
一年間の休息
冒険者ギルド
しおりを挟む
冒険者ギルドに向かいながら、ふと思い出したように殿下は話し出した。
「…旅行のことだけど、本当に許可出ると思う?」
「たぶん、出ると思うよ。お父様は私に負い目があるだろうしね。…もし出なくても、出させるよ。」
「そっか。…君は、自分で自分の道を切り拓いていける側の人間だったね。」
殿下は私を見て眩しそうに目を細めた。
「それはあなたもそうでしょ?」
「うーん、どうだろうね。僕の行動原理は君だから、君がいなくなったらどうなるか分かんないよ?」
「そうかな?あなたは私がいなくても、きっと別の誰かを見つけてたと思うよ。」
きっと、殿下はたまたま私を好きになった。
殿下の想いは本物だと思う。でも、同時に私は思うのだ。
殿下がもし、ごくごく一般的な容姿で生まれてきたら?
殿下がもし、私と出会うより前に誰かに惹かれていたら?
そうしたら、きっと殿下はここにいなかった。全ては偶然。運命なんて言えば聞こえはいいけど、所詮はただの確率の問題。一つ食い違えば、全部変わる。
「………………。そんな、寂しいこと言わないでよ。……確かに、僕が僕でなきゃ、そういうこともありえたかもしれないよ?でも、僕は僕で、君は君だ。僕達が僕達である限り、それはありえないことだよ。」
「なんでそんなに真っ直ぐなのよ…!少しは疑いなさいよ、わたくし達は、そんな綺麗な世界で生きてないでしょう…?わたくしには分からないわ、何故わたくしなのか。…だって、シルにはもっといい相手がいるはずだわ。わたくしみたいな壊れた女じゃなくて、もっとまともな、いい子が…いるはず、なのに…。」
感情のコントロールが出来なくて、言わなくていいことばかりが口を突いて溢れ出る。
僅かに残っている冷静な部分が、こんなことをしたら嫌われるわよ、と冷静に告げてくる。そんなことは分かってる。でも、止まらなかった。
だって、本当にずっと不思議だった。
何故私なのか。私でなくても、相手はいるはずだ。
いくら恐れられているといっても、殿下は第二皇子だし、容姿も能力も申し分ない。だから、決して、相手がいない訳ではないのだ。
殿下は俯く私の顔を無理矢理持ち上げ、覗き込むようにして目を合わせた。
その時初めて、見慣れているはずの血赤珊瑚を恐ろしく感じた。息遣いを感じるほど近いのに、そんなことを気にする余裕は一切なかった。
「………ブランシェ、それはいけないよ。いくら君でも、言っていいことと悪いことがある。…まぁ、今の僕はノワールだし?聞かなかったことにしてあげてもいいんだけどね?でも、そうするとまた繰り返すだろうから、答えてあげる。」
聞くのは怖かったし、殿下を視界に捉えているのも嫌だった。でも、殿下は目を逸らすことを許してはくれなかった。
「……僕はね、ずっと退屈だった。何をしても、すぐに出来てしまうし、見た目はあんなだから人は寄ってこなかったし、唯一の友人と言ってもいいシリルは、僕の退屈を覆すには足りなかった。そんなのが十年程続いた時、君が現れた。あの日、僕は君に目を奪われた。今まで、何かに見惚れることなんてなかった。あの日まで、僕は無感動で、何を見ても心動くことはなかった。…でも、君が変えた。君と出会ってからの日々は、色が付いたように鮮やかで、楽しいと思えた。君が目の届く範囲にいなくても、君もこの世界で生きていると思えば、それだけでこの退屈な世界が愉快に思えた。……それが、そのことが、どれ程僕を救ったのか、きっと君は分かってない。全然、全く、これっぽっちも、分かってない!!……それに、君はあの頃から何処か可笑しかった。でも僕は、そんなところがどうしようもなく魅力的だと思う。…壊れてしまった君を、魅力的だと思う僕の方も十分可笑しいんだろう。……僕はさ、君が思ってる程素晴らしい人間じゃないし、綺麗な人間でもない。目的のためなら、手を汚すことも厭わないし、必要なら人を殺せもする。僕は、こういう人間だ。だから、君が後ろめたく思う必要はないんだよ。」
殿下の言葉に、嘘は含まれてなかった。目の動きで、全部本当のことだと、分かった。
私は最低だ。
だって、殿下の瞳の奥に見えた執着に安心してしまったんだから。
「……僕の言ったこと、信じられる?」
殿下は、私の顔を放すと、にっこり笑って首を傾げた。さっきまでの緊張感は何処へやら、いつもの殿下だ。
「………信じるわ。嘘はなかったもの。」
「そう。それはよかった。…それはそうと、喋り方もだけど、ここは一応往来だからね?目立つことはよそうね?」
殿下に言われて周りを見ると、結構な人数に見られていて、その多くが知り合いだった。
口笛や指笛を吹く者や、大声で冷やかす者など様々ではあったが、心無いものは一つもなく、皆私達を気まずくさせないためだと分かるものだった。
「…ごめん、ノワール。」
逃げるようにその場を離れてから、小さな声で言った。
「いいよ。ブランシェは一筋縄じゃいかないって予想してたし。……それに、頭がお花畑の御令嬢と君は違うからね。」
「それってどういう意味?」
「一目惚れした、なんて理由を額面通りに受け取ったりしないよねって話。」
「…そんなの、当たり前でしょ?私達みたいな立場の人間が、裏を考えずに言葉を受け取るなんて、愚の骨頂だよ。」
「その通りなんだけど、色恋には関係ないと思っちゃうもんなんじゃない?」
「それこそ愚かだよ。恋愛において、言葉程大切なものってないと思うよ。それの意味を取り違えることなんて、あってはいけないでしょ?」
「そうだね。僕も気をつけるよ。」
そうして話していると、冒険者ギルドの前に着いた。
「…旅行のことだけど、本当に許可出ると思う?」
「たぶん、出ると思うよ。お父様は私に負い目があるだろうしね。…もし出なくても、出させるよ。」
「そっか。…君は、自分で自分の道を切り拓いていける側の人間だったね。」
殿下は私を見て眩しそうに目を細めた。
「それはあなたもそうでしょ?」
「うーん、どうだろうね。僕の行動原理は君だから、君がいなくなったらどうなるか分かんないよ?」
「そうかな?あなたは私がいなくても、きっと別の誰かを見つけてたと思うよ。」
きっと、殿下はたまたま私を好きになった。
殿下の想いは本物だと思う。でも、同時に私は思うのだ。
殿下がもし、ごくごく一般的な容姿で生まれてきたら?
殿下がもし、私と出会うより前に誰かに惹かれていたら?
そうしたら、きっと殿下はここにいなかった。全ては偶然。運命なんて言えば聞こえはいいけど、所詮はただの確率の問題。一つ食い違えば、全部変わる。
「………………。そんな、寂しいこと言わないでよ。……確かに、僕が僕でなきゃ、そういうこともありえたかもしれないよ?でも、僕は僕で、君は君だ。僕達が僕達である限り、それはありえないことだよ。」
「なんでそんなに真っ直ぐなのよ…!少しは疑いなさいよ、わたくし達は、そんな綺麗な世界で生きてないでしょう…?わたくしには分からないわ、何故わたくしなのか。…だって、シルにはもっといい相手がいるはずだわ。わたくしみたいな壊れた女じゃなくて、もっとまともな、いい子が…いるはず、なのに…。」
感情のコントロールが出来なくて、言わなくていいことばかりが口を突いて溢れ出る。
僅かに残っている冷静な部分が、こんなことをしたら嫌われるわよ、と冷静に告げてくる。そんなことは分かってる。でも、止まらなかった。
だって、本当にずっと不思議だった。
何故私なのか。私でなくても、相手はいるはずだ。
いくら恐れられているといっても、殿下は第二皇子だし、容姿も能力も申し分ない。だから、決して、相手がいない訳ではないのだ。
殿下は俯く私の顔を無理矢理持ち上げ、覗き込むようにして目を合わせた。
その時初めて、見慣れているはずの血赤珊瑚を恐ろしく感じた。息遣いを感じるほど近いのに、そんなことを気にする余裕は一切なかった。
「………ブランシェ、それはいけないよ。いくら君でも、言っていいことと悪いことがある。…まぁ、今の僕はノワールだし?聞かなかったことにしてあげてもいいんだけどね?でも、そうするとまた繰り返すだろうから、答えてあげる。」
聞くのは怖かったし、殿下を視界に捉えているのも嫌だった。でも、殿下は目を逸らすことを許してはくれなかった。
「……僕はね、ずっと退屈だった。何をしても、すぐに出来てしまうし、見た目はあんなだから人は寄ってこなかったし、唯一の友人と言ってもいいシリルは、僕の退屈を覆すには足りなかった。そんなのが十年程続いた時、君が現れた。あの日、僕は君に目を奪われた。今まで、何かに見惚れることなんてなかった。あの日まで、僕は無感動で、何を見ても心動くことはなかった。…でも、君が変えた。君と出会ってからの日々は、色が付いたように鮮やかで、楽しいと思えた。君が目の届く範囲にいなくても、君もこの世界で生きていると思えば、それだけでこの退屈な世界が愉快に思えた。……それが、そのことが、どれ程僕を救ったのか、きっと君は分かってない。全然、全く、これっぽっちも、分かってない!!……それに、君はあの頃から何処か可笑しかった。でも僕は、そんなところがどうしようもなく魅力的だと思う。…壊れてしまった君を、魅力的だと思う僕の方も十分可笑しいんだろう。……僕はさ、君が思ってる程素晴らしい人間じゃないし、綺麗な人間でもない。目的のためなら、手を汚すことも厭わないし、必要なら人を殺せもする。僕は、こういう人間だ。だから、君が後ろめたく思う必要はないんだよ。」
殿下の言葉に、嘘は含まれてなかった。目の動きで、全部本当のことだと、分かった。
私は最低だ。
だって、殿下の瞳の奥に見えた執着に安心してしまったんだから。
「……僕の言ったこと、信じられる?」
殿下は、私の顔を放すと、にっこり笑って首を傾げた。さっきまでの緊張感は何処へやら、いつもの殿下だ。
「………信じるわ。嘘はなかったもの。」
「そう。それはよかった。…それはそうと、喋り方もだけど、ここは一応往来だからね?目立つことはよそうね?」
殿下に言われて周りを見ると、結構な人数に見られていて、その多くが知り合いだった。
口笛や指笛を吹く者や、大声で冷やかす者など様々ではあったが、心無いものは一つもなく、皆私達を気まずくさせないためだと分かるものだった。
「…ごめん、ノワール。」
逃げるようにその場を離れてから、小さな声で言った。
「いいよ。ブランシェは一筋縄じゃいかないって予想してたし。……それに、頭がお花畑の御令嬢と君は違うからね。」
「それってどういう意味?」
「一目惚れした、なんて理由を額面通りに受け取ったりしないよねって話。」
「…そんなの、当たり前でしょ?私達みたいな立場の人間が、裏を考えずに言葉を受け取るなんて、愚の骨頂だよ。」
「その通りなんだけど、色恋には関係ないと思っちゃうもんなんじゃない?」
「それこそ愚かだよ。恋愛において、言葉程大切なものってないと思うよ。それの意味を取り違えることなんて、あってはいけないでしょ?」
「そうだね。僕も気をつけるよ。」
そうして話していると、冒険者ギルドの前に着いた。
137
お気に入りに追加
6,265
あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

だから言ったでしょう?
わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。
その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。
ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

初恋が綺麗に終わらない
わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。
そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。
今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。
そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。
もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。
ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完結済み】婚約破棄致しましょう
木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。
運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。
殿下、婚約破棄致しましょう。
第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。
応援して下さった皆様ありがとうございます。
リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる