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芽生え
幕間 シルヴェール・ニエルマンという男
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俺ーシリル・ベルクールの乳兄弟であり、側近として仕える主は、皇宮で腫れ物扱いされている第二皇子だ。
夜空を切り取ったような黒髪と、血赤珊瑚の瞳という魔族じみた容姿と、それを裏切らない魔力量。
でも、それだけの存在ならここまで疎まれたりしなかっただろう。
端的に言えば、あいつは出来すぎた。出来がいいと言われている皇太子殿下でさえ、四苦八苦していた皇子教育を家庭教師が泣き出す程のスピードでこなし、身につけてみせた。皇太子のスペアである第二皇子の教育は、皇太子のそれより厳しいと言われるにもかかわらず、だ。
三歳から始まったはずの教育は、デビュタントを迎える頃には片付いていた。通常は学園を卒業する十八歳か、早くても入学する十五歳だと言われている中で、十歳で終わらせてみせたのだから、その異常さは火を見るよりも明らかだった。
そんなあいつは、いつも退屈そうだった。なんでも出来る、むしろ出来すぎてしまう我が乳兄弟は、この世の全てがつまらないとでも言いたげで、俺はあの日まで血赤珊瑚に光が灯るのを見たことがなかった。
シルヴェールのデビュタントから一年、今年十歳を迎える令嬢、令息達がデビュタントした。我が国の夜会では、基本的に禁色はないがデビュタントする者は白の衣装と決まっているため、他の参加者は白を避ける。もし、デビュタントでもないのに白を纏えば、非常識だと誹られるだろう。
そんな、白が目立つ会場で、その令嬢は一等目立っていた。青みがかった、銀にも見える髪は穢れを知らない純白で、瞳は憂いを帯びたアメジスト。彼女が歩けば人波が割れ、誰もが彼女を振り返った。
ドレスや装飾品が彼女の印象とは合っていなかったが、それを差し引いても余りある美しさだった。
隣の朴念仁はどんな顔をしてるだろうと、そっと顔を窺うと、今まで見たこともない顔をしていた。
仄かに熱を孕んだ甘い瞳に、緩やかに弧を描く唇、そっと下げられた目尻がうっすら朱に染まった姿は、エルフもかくやという美しさで、吐き出された色気は美形慣れしている同性の俺でも参ってしまいそうな程だった。
「……彼女には、婚約者がいたよね。」
ともすれば聞き逃してしまいそうな、小さな声だった。
「…あぁ、隣にいるカルティエ家の次男だろ?」
「…うん。しかも勅命なんだよねぇ。」
「…諦めるのか?」
「…ううん。報われないからって、想うことをやめられる程簡単なもんじゃないよ、これは。」
『恋』と呼ぶには汚くて、『愛』と呼ぶには未熟なそれに当てはまる言葉を強いてあげるなら、『執着』が一番近いように感じた。
何にも興味を示さなかったあいつが唯一興味を示したのは、のちに『月華姫』と呼ばれるバーティン家の一人娘、レティシア・バーティンだった。
彼女に惚れてから、シルヴェールは変わった。適当にこなしていた公務や魔法の研究に力を入れ始めた。頻繁には行わなかった剣や武術の訓練を毎日し始め、魔法の腕も磨いていた。その傍で、紳士としての振る舞いをより洗練されたものにしたいと言って、俺をエスコートの練習相手にしたりした。
あれ程退屈そうな顔をしていた友が、活き活きと活動する様は面白く、それでいて新鮮だった。
様々な成果を収めながらも、あいつの頭の中にあるのはレティシア嬢のことだけらしく、段々と元気を失っていく彼女のことを何よりも気にかけていた。救い出せないことを悔しがって、涙を流すこともあった。
そんな中でも月日は流れ、レティシア嬢が十四になった年に状況は急変した。
社交シーズンも終わり、領地に帰った彼女が帝都に現れ、陛下とお会いした。その会話の内容をどこからか手に入れてきたあいつは、輝かんばかりの笑みでもって、『ざまぁみろ、エヴァリスト!!』と叫んでいた。
翌日、喜び勇んで彼女の待ち伏せする友は、世界一楽しそうだった。
俺は、レティシア嬢に何か思い入れがある訳ではない。でも、退屈さに殺されそうだったあいつを救い出してくれたことはとても感謝してるし、出来ることならあいつの想いに応えてやって欲しいとも思う。
夜空を切り取ったような黒髪と、血赤珊瑚の瞳という魔族じみた容姿と、それを裏切らない魔力量。
でも、それだけの存在ならここまで疎まれたりしなかっただろう。
端的に言えば、あいつは出来すぎた。出来がいいと言われている皇太子殿下でさえ、四苦八苦していた皇子教育を家庭教師が泣き出す程のスピードでこなし、身につけてみせた。皇太子のスペアである第二皇子の教育は、皇太子のそれより厳しいと言われるにもかかわらず、だ。
三歳から始まったはずの教育は、デビュタントを迎える頃には片付いていた。通常は学園を卒業する十八歳か、早くても入学する十五歳だと言われている中で、十歳で終わらせてみせたのだから、その異常さは火を見るよりも明らかだった。
そんなあいつは、いつも退屈そうだった。なんでも出来る、むしろ出来すぎてしまう我が乳兄弟は、この世の全てがつまらないとでも言いたげで、俺はあの日まで血赤珊瑚に光が灯るのを見たことがなかった。
シルヴェールのデビュタントから一年、今年十歳を迎える令嬢、令息達がデビュタントした。我が国の夜会では、基本的に禁色はないがデビュタントする者は白の衣装と決まっているため、他の参加者は白を避ける。もし、デビュタントでもないのに白を纏えば、非常識だと誹られるだろう。
そんな、白が目立つ会場で、その令嬢は一等目立っていた。青みがかった、銀にも見える髪は穢れを知らない純白で、瞳は憂いを帯びたアメジスト。彼女が歩けば人波が割れ、誰もが彼女を振り返った。
ドレスや装飾品が彼女の印象とは合っていなかったが、それを差し引いても余りある美しさだった。
隣の朴念仁はどんな顔をしてるだろうと、そっと顔を窺うと、今まで見たこともない顔をしていた。
仄かに熱を孕んだ甘い瞳に、緩やかに弧を描く唇、そっと下げられた目尻がうっすら朱に染まった姿は、エルフもかくやという美しさで、吐き出された色気は美形慣れしている同性の俺でも参ってしまいそうな程だった。
「……彼女には、婚約者がいたよね。」
ともすれば聞き逃してしまいそうな、小さな声だった。
「…あぁ、隣にいるカルティエ家の次男だろ?」
「…うん。しかも勅命なんだよねぇ。」
「…諦めるのか?」
「…ううん。報われないからって、想うことをやめられる程簡単なもんじゃないよ、これは。」
『恋』と呼ぶには汚くて、『愛』と呼ぶには未熟なそれに当てはまる言葉を強いてあげるなら、『執着』が一番近いように感じた。
何にも興味を示さなかったあいつが唯一興味を示したのは、のちに『月華姫』と呼ばれるバーティン家の一人娘、レティシア・バーティンだった。
彼女に惚れてから、シルヴェールは変わった。適当にこなしていた公務や魔法の研究に力を入れ始めた。頻繁には行わなかった剣や武術の訓練を毎日し始め、魔法の腕も磨いていた。その傍で、紳士としての振る舞いをより洗練されたものにしたいと言って、俺をエスコートの練習相手にしたりした。
あれ程退屈そうな顔をしていた友が、活き活きと活動する様は面白く、それでいて新鮮だった。
様々な成果を収めながらも、あいつの頭の中にあるのはレティシア嬢のことだけらしく、段々と元気を失っていく彼女のことを何よりも気にかけていた。救い出せないことを悔しがって、涙を流すこともあった。
そんな中でも月日は流れ、レティシア嬢が十四になった年に状況は急変した。
社交シーズンも終わり、領地に帰った彼女が帝都に現れ、陛下とお会いした。その会話の内容をどこからか手に入れてきたあいつは、輝かんばかりの笑みでもって、『ざまぁみろ、エヴァリスト!!』と叫んでいた。
翌日、喜び勇んで彼女の待ち伏せする友は、世界一楽しそうだった。
俺は、レティシア嬢に何か思い入れがある訳ではない。でも、退屈さに殺されそうだったあいつを救い出してくれたことはとても感謝してるし、出来ることならあいつの想いに応えてやって欲しいとも思う。
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