もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深

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芽生え

月下の密会

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 「お待たせ、着替えたわ。…今日は満月なのね。」

 寝室のカーテンの隙間から射し込んだ月明かりにつられて、バルコニーに出て見上げてみると綺麗な満月が浮かんでいた。

 「…シアと一緒に同じ月を見てもいい?」
 「ええ。着替えたからいつ来てもいいわよ。」
 「ありがとう。じゃあ一回切るね。」

 私の返事を待たずに通信は切られた。手持ち無沙汰になり、バルコニーの手すりに背中を預けていると、目の前に光る蔦が現れた。それらは絡み合うようにして人の形を作り出していき、光が弾けると殿下が立っていた。

 透け感のある黒のガウン姿の殿下は、いつもは左肩のあたりで緩く結っている髪を下ろしていた。元々中性的な綺麗な顔をしているからか、胸までの黒髪を下ろしていると女性と言われても納得出来そうだ。まぁ、あくまで顔しか見なければの話だが。殿下は細身ではあるが、男性として見ればの話だし、こうして見てみるとしなやかな筋肉が付いていることも分かる。

 …って、私ったら殿方の体をまじまじと!細身ながらしなやかないい筋肉が付いている、とか、何を考えてるのでしょう。ああ、恥ずかしい。

 「…ははっ、シア、一人で百面相してるけど、どうしたの?もしかして、僕の魅力にやられちゃった?」

 殿下は冗談めかして私の顔を覗き込んでくる。図星を突かれているから、どんな顔をしていいのか分からない。

 「…そ、そんな訳ないでしょう?わたくしを誰だと思っておりますの?社交界の華、月華姫ですのよ?」

 顔を背けている時点で認めているようなものだったが、公爵令嬢としての矜持が言葉にするのを邪魔した。

「あははっ、そうだね。でも、『月の女神』とか、『聖女』なんて讃えられる君が、『魔王』と恐れられる僕とこんな風に会っているなんて皮肉だよね。」
「そうかしら?人というものは、自分にないものに惹かれる生物だわ。だから、正反対なものに惹かれることだって十分あり得ることだと思うわ。」

 私の言葉に、殿下は声を上げて楽しげに笑った。ひとしきり笑うと、真剣な顔つきになって、私の手を取った。

「…それは、貴女が私のことを愛す可能性があると受け取ってもいいですか?」
「そう受け取ってもらってかまわないわ。」
「ありがとう。…愛しています、シア。いつか貴女が私のことを愛してくれることを祈っています。」

 目を伏せて、そっと私の掌に唇を落とした殿下は、御伽噺の一ページのように美しかった。
 こんなに美しい人に想われてもいいと思える程、私は私に価値を見出せない。

「…………………………。」
「無理に答えを出さなくていいよ。僕らはまだ出会ったばかりだし、お互い知らないことも多い。…それに、今まで婚約者から散々な目に遭わせられていた君に、すぐに信じてもらえるなんて思ってないから。」
「…殿下はわたくしを見てくれているわ。月華姫としての上っ面だけではなく、わたくし自身を。……殿下の気持ちに甘えるのは簡単だわ。でも、私の都合のいいようにしてしまうのは、なんだか不誠実な気がして気が引けるの。」
「…甘えていいのに。僕は、シアが甘えてくれたら嬉しいよ。誰にも甘えてこなかったシアが、僕にだけ甘えてくれたら、僕はそれだけで幸せだよ。」

 脳が蕩けてしまいそうな声に、少しだけ怖くなった。この人に甘えて、甘やかされて、沢山の愛情を注がれて、それで裏切られたら?
 そんなことになったら、今度こそ私は壊れてしまう。今でもまともじゃないというのに、そんなことになったら、私は狂ってしまうだろう。

 優しくて穏やかで、何よりも私を大切にしてくれそうな殿下。出来ることなら、その想いに応えたい。
 でも、失うことの、奪われることの怖さを知って臆病になってしまった私には、その手を取る勇気がない。

「……シル、わたくしは……。…わたくしは、あなたにそう言ってもらえるような女じゃないわ。」

 こんなことを言うなんて、面倒だろう。どこまで受け入れてくれるか試しているみたいだ。
 まるで美しくない。

「そんな顔しないで、シア。僕は何処にも行かないから。シアの答えが出るまで待ってるから。…だから、ゆっくり考えて。」

 ふわりと優しく頭を撫でられて、鼻の奥がツンとした。目が熱くなっていくのが止められなくて俯くと、殿下はこっちを見てという感じで私の頰を撫でた。視線だけで上を向くと、殿下は困ったような顔をして、

「…これ以上僕がここにいても、シアを困らせるだけみたいだね。明日から、城を出ることにするよ。…また会いに来てもいい?」
「………ええ、もちろん。」

 引き留めそうになるのを堪えて、無理やり微笑んだ。


 無様を晒さない。
 それは、私があの園遊会の日から心がけていること。
 私の矜持、私の指針。

 だから、甘えない。
 少なくとも、殿下が本当に私の婚約者になるまでは。


 殿下は私から離れると、またねと言って、来た時と同じように光の蔦に覆われて消えていった。
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