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Epilogue
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非能力者と能力者の戦いから一年。
戦闘の傷痕は徐々に薄れ、エトランジェは今や平和な街へと変化している。
今日はエトランジェに平穏が訪れたことを祝う特別な日。ただ、ミリアムは朝から用事が入っていて、のんびりはできない。祝いの晴れやかな空気を味わうことはできるが、正直なところ緊張の方が勝っていた。
ミリアムは今日、正式に『エトランジェの女神』として人前に立つ。
ただ、ミリアムはこれからも、意思と活動を変えることはしない。これまで続けてきたことを、これからも続けていく。たとえすべてが変わろうとも、核に変化はないのだ。
「おはようございますっ。ミリアムさん」
「あぁ……サラダ。朝から元気ね」
「はいっ。わたし、今日は屋台を営業するんですよ!」
ミリアムは今から踏み込む世界のことを考えていた。今日からは、この街のために生きる——そのことについて、一人、深く考え込んでいたのだ。
そんなところに、通りかかったサラダが声をかけてきた。
「屋台?」
サラダは妙にはりきっている。
朝からこんなハイテンションで夜までもつのか不安になるぐらいだ。
「焼きそばとか作ります!」
「まさにお祭りって感じね」
「文房具屋のおばさんも手伝ってくれるんですって!」
「それは良かったわね。楽しそう」
一人でいると、つい考え事をしてしまう。それゆえ、サラダが喋ってくれている方がミリアムとしてもありがたい。
「ミリアムさんは本格的に『エトランジェの女神』になるんですよね」
「そうよ」
「もしかして緊張してます?」
「……えぇ、してるわ」
ミリアムは緊張していることを隠そうとは思わなかった。
強い自分であろう、とも、今はそれほど意識していない。
作ったものはいずれ崩れる。仮のものを永遠に使い続けることはできない。だからこそ、ありのままでいようと、そう思っている。だからもう、弱さを隠しはしない。
「でもサラダと喋っていたら元気になってきたわ」
緊張で固まっていた面にほんの少し笑みを浮かべるミリアム。
「えー? それはロゼットさんに言うセリフなんじゃないですかー?」
サラダは冗談を言うような雰囲気でそう返した。
以前の車軸を流すような豪雨など幻であったかのよう。今、エトランジェの空は明るい。ミリアムがもうじき踏み出す新たな一歩を祝福するかのように、高い空は青く染まっている。
◆
時間が流れ、人が街中に出てき始めた。
皆、心なしか浮かれているようだ。重い足取りの者は少ないし、よく喋る者が若干増えている。
「もうすぐですね」
「えぇ。緊張してきたわ……!」
広場で行われる催しに参加する瞬間が近づいてきて、ミリアムはまたしても緊張の波に襲われる。けれども、近くにロゼットがいてくれるから、心が壊れたりはしない。
「ミリアムさん、応援しています」
もうすぐ人前に出なくてはならないミリアムがかなり緊張していることに気づいていたロゼットは、白玉のような柔らかな声で励ましの言葉を発する。
「ありがとう」
温かな言葉に励まされたミリアム。ロゼットの手袋を着用した右手を、両手でそっと握る。包み込むような握り方。
「人前に出る際には隣にはいられませんが、見ていますので」
「それだけで心強いわ。感謝するわね」
二人の視線は、絡み、重なる。
それはまるで二人の心を映し出しているかのようだった。
「ミリアムさん! もうすぐです!」
「……あ、はーい」
係の人に呼ばれた。ミリアムは軽い返事をしてから、包んでいたロゼットの手の甲にそっとキスをする。
「行ってくるわ」
「はい」
ミリアムはくるりと身を反転させ、明るい方向へと歩き出す。
穏やかな風にスカートの裾が揺れていた。
◆おわり◆
戦闘の傷痕は徐々に薄れ、エトランジェは今や平和な街へと変化している。
今日はエトランジェに平穏が訪れたことを祝う特別な日。ただ、ミリアムは朝から用事が入っていて、のんびりはできない。祝いの晴れやかな空気を味わうことはできるが、正直なところ緊張の方が勝っていた。
ミリアムは今日、正式に『エトランジェの女神』として人前に立つ。
ただ、ミリアムはこれからも、意思と活動を変えることはしない。これまで続けてきたことを、これからも続けていく。たとえすべてが変わろうとも、核に変化はないのだ。
「おはようございますっ。ミリアムさん」
「あぁ……サラダ。朝から元気ね」
「はいっ。わたし、今日は屋台を営業するんですよ!」
ミリアムは今から踏み込む世界のことを考えていた。今日からは、この街のために生きる——そのことについて、一人、深く考え込んでいたのだ。
そんなところに、通りかかったサラダが声をかけてきた。
「屋台?」
サラダは妙にはりきっている。
朝からこんなハイテンションで夜までもつのか不安になるぐらいだ。
「焼きそばとか作ります!」
「まさにお祭りって感じね」
「文房具屋のおばさんも手伝ってくれるんですって!」
「それは良かったわね。楽しそう」
一人でいると、つい考え事をしてしまう。それゆえ、サラダが喋ってくれている方がミリアムとしてもありがたい。
「ミリアムさんは本格的に『エトランジェの女神』になるんですよね」
「そうよ」
「もしかして緊張してます?」
「……えぇ、してるわ」
ミリアムは緊張していることを隠そうとは思わなかった。
強い自分であろう、とも、今はそれほど意識していない。
作ったものはいずれ崩れる。仮のものを永遠に使い続けることはできない。だからこそ、ありのままでいようと、そう思っている。だからもう、弱さを隠しはしない。
「でもサラダと喋っていたら元気になってきたわ」
緊張で固まっていた面にほんの少し笑みを浮かべるミリアム。
「えー? それはロゼットさんに言うセリフなんじゃないですかー?」
サラダは冗談を言うような雰囲気でそう返した。
以前の車軸を流すような豪雨など幻であったかのよう。今、エトランジェの空は明るい。ミリアムがもうじき踏み出す新たな一歩を祝福するかのように、高い空は青く染まっている。
◆
時間が流れ、人が街中に出てき始めた。
皆、心なしか浮かれているようだ。重い足取りの者は少ないし、よく喋る者が若干増えている。
「もうすぐですね」
「えぇ。緊張してきたわ……!」
広場で行われる催しに参加する瞬間が近づいてきて、ミリアムはまたしても緊張の波に襲われる。けれども、近くにロゼットがいてくれるから、心が壊れたりはしない。
「ミリアムさん、応援しています」
もうすぐ人前に出なくてはならないミリアムがかなり緊張していることに気づいていたロゼットは、白玉のような柔らかな声で励ましの言葉を発する。
「ありがとう」
温かな言葉に励まされたミリアム。ロゼットの手袋を着用した右手を、両手でそっと握る。包み込むような握り方。
「人前に出る際には隣にはいられませんが、見ていますので」
「それだけで心強いわ。感謝するわね」
二人の視線は、絡み、重なる。
それはまるで二人の心を映し出しているかのようだった。
「ミリアムさん! もうすぐです!」
「……あ、はーい」
係の人に呼ばれた。ミリアムは軽い返事をしてから、包んでいたロゼットの手の甲にそっとキスをする。
「行ってくるわ」
「はい」
ミリアムはくるりと身を反転させ、明るい方向へと歩き出す。
穏やかな風にスカートの裾が揺れていた。
◆おわり◆
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