エトランジェの女神

四季

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51.会いたい

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 なすべきことは取り敢えず終わった。

 その瞬間、ミリアムはロゼットのことを思い出す。
 寄り添ってくれていた人。落ち込んでいたところを励ましてくれた人。そのロゼットに会いたいと、ミリアムは強く思う。

 なんせ、ミリアムがここに立てたのは彼のおかげなのだ。

 ミリアムは、非能力者に対して力を使ってしまったことによって、道を迷いかけた。志に忠実であることさえ恐ろしく感じられ、立ち止まりそうになった。けれども、ロゼットが背中を押してくれて、それでまたこの場所へ戻ってくることができたのだ。

 ミリアムが『エトランジェの女神』であり続けられたのは、ロゼットのサポートがあってこそだった——そう言っても過言ではない。

「なぁミリアムさん」
「パン?」
「思ってることがバレバレな顔してるぜ」
「……どういうこと?」

 けれども、ミリアムの背中を押してくれたロゼットは今、完全な状態ではない。聞いた話によれば、命を落とすには至らなかったものの負傷しているらしい。

 ミリアムはずっとそのことが気になっていたのだ。

 途中で戦場から抜け出すわけにはいかないので、極力思い出さないよう努力してきた。けれど、もう我慢できそうにない。

「ロゼットに会いに行きたいんだろ」

 考えていることを当てられたミリアムは、少し恥じらうように目を伏せる。

「……えぇ。それは、とても」

 こんな時に男のことを考えているなんてと幻滅される可能性に思考を及ばせるほどの気力はミリアムにはなかった。
 ただ、漠然と「会いたい」と思うのみ。
 パンはそれを察している。言葉を交わすことはせずとも、ミリアムの心をある程度理解していた。

「ロゼットは後方のテントだ。行ってきていいぞ」
「……中途半端じゃないかしら、今ここを離れるなんて」
「待ってるだろ。向こうも」
「そう……理解してくれるのね、パン。……ありがとう」

 まとっている服は絞れそうなほどに水分を含み、生地が肌に吸い付く。それによって肌も湿気を帯び、皮膚呼吸がしづらいような錯覚に陥る。シャワーを浴びたい衝動に駆られるような湿り気。さらに、衣服の重みも増している。濡らしたタオルが妙に重くなるように、着ている服もずっしりとした重みがあった。

 それでもミリアムはロゼットに会いに行きたかった。
 本当なら先に服をどうにかするべきだったのだろう。ミリアムも、普段であればそれを優先したはずだ。なんせ不快なのだから。
 けれど、今は違う。
 不快感よりも、ロゼットへの心配に意識が向いている。

「じゃあ、ロゼットのところへ行ってくるわ」

 周りに気を遣って気にしていないふりをしていたミリアムだったが、パンが理解を示してくれたことで本当の気持ちを晒せるようになった。

「あぁ! 気をつけろよ!」
「……娘みたいに扱うのね、私のこと」
「そんな感じだろ?」
「確かに。まぁそうね」

 笑ってから、ミリアムは走り出す。

 目指すのはロゼットがいる場所——後方のテントだ。


 ◆


 街を駆ける。ただひたすらに駆ける。街中を突き進む足裏が地に当たるたび、スタッカートのように水溜りから雫が跳ねる。それでもミリアムは足を止めない。跳ねた水滴が足首を濡らしたとしても、そんなことはどうでもいいこと。ミリアムはただ前を見て、足を動かすことを続ける。

 やがて、救護所と描かれた看板が見え、簡易テントが現れた。
 そこが目的地であると察し、ミリアムは一旦足を止める。が、またすぐに足を動かし始めた。ただし全力疾走ではない。小走り程度の歩き方。

「あらミリアムさん! 誰かお探し?」

 せっかちそうに歩いていると、一人の女性に声をかけられた。

「えぇ、そうなの。ロゼットを探しているの。ここにいると聞いたのだけど」
「ロゼットさんね。いらっしゃるわよ。良ければ案内するわ」

 今のミリアムには、優しい言葉をかけてくれる女性が天使に見えた。
 会いたくて会いたくて仕方ない人のところへ連れていってくれるのだ、天使以外の何者でもない。


 ◆


「ロゼット! 生きていたのね!」

 女性に案内され歩くことしばらく、ロゼットの姿がミリアムの視界に入る。
 その瞬間、ミリアムは衝動的に駆け出してしまった。
 それまでは我慢していたもの、抑えていた感情が、ダムから水が溢れるかのように溢れ出して。それでもう、他のことは何もかんがえられなくなった。

「良かった!」

 ミリアムはロゼットが座っている簡易ベッドのところまで全力疾走し、その勢いのまま、ロゼットを抱き締めた。

 唐突過ぎる行動に困惑するロゼット。
 彼は目を見開いたまま、動けなくなっていた。

「ミリアム……さん?」
「会いたかった」
「そ、それは……僕もそうですが……」
「会いたかった!」

 今のミリアムは、他者から幼い頃に戻ったかと思われそうなくらい、己の感情に忠実だった。
 せき止められていたものが一気に溢れ出したから、コントロールしようがなかったのかもしれない。
 ミリアムをここまで案内した女性も、周りで動き回っている人たちも、皆同じように抱き合う二人を見ていた。ある人は母親のような温かい眼差しで。ある人は驚いたような顔で。反応の仕方は個人差があるが、不快感を露わにしている者はいなかった。

「それにしてもミリアムさん、凄く濡れていますね。降らせ過ぎたでしょうか」
「……そんなことはどうでもいいの」
「僕の服まで濡れてきました」
「あっ……。そ、そうよね。ごめんなさい」

 それまでは何の迷いもなくロゼットを抱き締め続けていたミリアムだったが、濡れると言われて、すぐに腕と体を離した。

「抱き締めるのは、乾かしてからの方が良かったわね」
「この奥に色々なものを乾かす場所があります。そこを利用するというのはいかがでしょうか」
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