39 / 57
38.板
しおりを挟む
室内にいる者は皆一様に緊張感を抱いていた。
その心境はミリアムも分からないではない。調査だ何だと言いつつ好き放題していく輩が来るかもしれないのだから、緊張感を抱いてしまうのも仕方のないことだろうとミリアムは思う。
現に、ミリアム自身も言葉にならない緊張感を抱いている。
銀の国の輩が来るのが嬉しくないのは非能力者に限ったことではない。この街で暮らしている者なら、誰だって同じ気持ちになるはずだ。銀の国からの調査員が流れ込んでくることを喜ぶ人がいたとしたら、かなり稀なはずである。こっそり向こうと繋がっている者であるならば、話は別だが。
何にせよ、能力者である調査員が流れ込んでくることは避けたい。
そんなことになれば、エトランジェ中が混乱するだろうから。
「そうだったの……。で、調査が来るのはいつなの?」
暫し黙り、その後に、ミリアムは尋ねた。
「それがなぁ。今日らしいぜ」
「今日!?」
ミリアムは驚きのあまり大きな声を発してしまった。
声は反射的に出たのだ。自身の意思で止めることはできなかった。もしそれができたとしたら、ミリアムはそんな大声を出したりはしなかっただろう。驚きを表現するにしても、もう少し工夫して別の反応にしたはずである。
「あぁ、そうらしいぜ。いきなりにもほどがあるよな。まったく、だ」
パンは大きなため息をつく。
唐突な出来事に呆れると共に疲れてきているようだ。
「それは大変ね……。厄介だわ……」
「銀の国のやつがエトランジェに入れないようにしようかーって話してたんだ」
「壁でも作る?」
「そりゃ面白いが、さすがに間に合わないだろうな」
ミリアムがパンと話している間、ロゼットはミリアムの右斜め前辺りに佇んでいた。口を挟むことはせず、しかしながら、会話する二人の姿をじっと見ている。その表情は落ち着いたものだ。
「簡易的なものなら作れるかもしれないわよ」
「ほぅ。簡易的な、か」
「対能力者用の鉄板があるでしょう?」
「あぁ、あれならすぐ用意できるが」
「それで街の入り口を塞ぐというのはどうかしら。そして、それから交渉するの」
ロゼットの数歩分後方の辺りに立っていた男性は、ミリアムとパンが話している間、所持していたショルダーバッグの外側についたポケットを開ける作業を始める。が、チャックがおかしくなったようで、開ける作業は想定外に難航していた。ただ、その様子を見ている者は誰もいなかったのだが。
「まずは鉄板を用意するか」
「えぇ。幸い、外とこの街の繋がりは少ないわ。出入りを防ぐことは可能よ」
「おう! ……よし、じゃあそうしよう。皆、今から、入り口を鉄板で防げ!」
ミリアムとの会話をある程度終えると、パンは周囲にいる男性たちに向けてそう告げる。
「対能力者用鉄板を使うんか?」
「そうそう!」
「でもそれだと枚数が限られますよ。普通の鉄板もあるんで、それも同時に使っていった方が良いんやないですか?」
「ううーむ。確かになぁ」
今度はパンと周囲の男性たちとの会話が始まる。
サラダは早く動きたそうな顔をしていた。
「サラダ、普通の鉄板がどれぐらいあるか知ってるか?」
パンは視線を急にサラダの方へと動かした。
しかも、ただ目をやるだけではなく、何の前触れもなく問いを放つ。
「そうですねー。昨日見た時は、倉庫に、十五枚くらいありましたよ」
ミリアムは「答えられるのか?」と一瞬心配したが、それは杞憂でしかなかった。というのも、サラダは何の迷いもなくスムーズに答えたのだ。それも、不自然でないきちんとした答えを。
「十五……微妙だな……」
「でも対能力者用の鉄板ならもっとありますよ!」
「あぁ、そうだったな」
「それの一部も使えば、道は塞げると思います!」
「よし。じゃあそうするか」
先ほど「普通の鉄板もあるからそれも同時に使っていった方が良い」というようなことを主張していた男性は、不満げな顔。しかもこっそり「だから言ったんや……それやのに……」と愚痴を漏らしていた。ミリアムはそれを確かに聞いたが、当人であるパンは気づかなかったようだ。
「取り敢えず、鉄板あるだけ持ってきましょっか?」
「あぁ。頼むぞサラダ」
「はーい! じゃ、急ぎます!」
サラダは明るく返事をし、速やかに部屋から出ていく。
その直後、付近にいた男性二人も急に歩き出した。サラダさんに協力します、とだけ述べて、サラダの背中を追うように退室していく。
こうして、室内にいる人間の数がぐんと減った。
とはいえまだ数人は残っている。
「パン。そういえば、あの男の人の見張りは? ロゼットがしていたでしょう?」
人数が減ってから、ミリアムはそんなことを尋ねた。
別段深い思考があっての問いではない。あくまで、ふと疑問に思ったからというそれだけの理由での問い。一度気になり出すと気になって仕方がないので、早めに尋ねてみておこうと考えただけのこと。
「あぁ、それはな、ロボボンがやってる」
ミリアムはかつてその『ロボボン』なるものについて聞いたことがあった。
それは、まだエトランジェへ来て間もない頃のことである。
パンと知り合い、この施設を訪問するようになってすぐの頃に、ミリアムはそのロボットと遭遇した。身長こそ低めだが人によく似た形をしたロボット、それが『ロボボン』なるものの正体である。
全身が白いが、人型で、自動的に歩いたり用事を行ったりする。
その姿に驚いた記憶がミリアムにはある。
「ロボボン? それって……確か、たまに使っていたロボットよね」
「そうだ。ロゼットに任務ができたので、見張りはアレに任せておいた」
「へぇ……そうだったのね……」
ロボボンはこの施設内に一体しか存在しない。その訳は、一体買うだけでもかなりのお金がかかったからだ。
ミリアムには、そんな話をパンから聞いた記憶もあった。
「……でも、ロボット任せで平気なの?」
「ロボボン、な」
ロボットではなくロボボン——そこを、パンはわざわざ直した。
「えぇ、ごめんなさい。ロボボン任せで大丈夫なの?」
「ロボボンには精神がない。ある意味安全だろ」
「確かに! それはそうね」
「あれは高価だが優秀だからな。見張りくらい大丈夫だと思うぞ。取扱説明書の用途欄にも『見張り』入ってたしな」
その心境はミリアムも分からないではない。調査だ何だと言いつつ好き放題していく輩が来るかもしれないのだから、緊張感を抱いてしまうのも仕方のないことだろうとミリアムは思う。
現に、ミリアム自身も言葉にならない緊張感を抱いている。
銀の国の輩が来るのが嬉しくないのは非能力者に限ったことではない。この街で暮らしている者なら、誰だって同じ気持ちになるはずだ。銀の国からの調査員が流れ込んでくることを喜ぶ人がいたとしたら、かなり稀なはずである。こっそり向こうと繋がっている者であるならば、話は別だが。
何にせよ、能力者である調査員が流れ込んでくることは避けたい。
そんなことになれば、エトランジェ中が混乱するだろうから。
「そうだったの……。で、調査が来るのはいつなの?」
暫し黙り、その後に、ミリアムは尋ねた。
「それがなぁ。今日らしいぜ」
「今日!?」
ミリアムは驚きのあまり大きな声を発してしまった。
声は反射的に出たのだ。自身の意思で止めることはできなかった。もしそれができたとしたら、ミリアムはそんな大声を出したりはしなかっただろう。驚きを表現するにしても、もう少し工夫して別の反応にしたはずである。
「あぁ、そうらしいぜ。いきなりにもほどがあるよな。まったく、だ」
パンは大きなため息をつく。
唐突な出来事に呆れると共に疲れてきているようだ。
「それは大変ね……。厄介だわ……」
「銀の国のやつがエトランジェに入れないようにしようかーって話してたんだ」
「壁でも作る?」
「そりゃ面白いが、さすがに間に合わないだろうな」
ミリアムがパンと話している間、ロゼットはミリアムの右斜め前辺りに佇んでいた。口を挟むことはせず、しかしながら、会話する二人の姿をじっと見ている。その表情は落ち着いたものだ。
「簡易的なものなら作れるかもしれないわよ」
「ほぅ。簡易的な、か」
「対能力者用の鉄板があるでしょう?」
「あぁ、あれならすぐ用意できるが」
「それで街の入り口を塞ぐというのはどうかしら。そして、それから交渉するの」
ロゼットの数歩分後方の辺りに立っていた男性は、ミリアムとパンが話している間、所持していたショルダーバッグの外側についたポケットを開ける作業を始める。が、チャックがおかしくなったようで、開ける作業は想定外に難航していた。ただ、その様子を見ている者は誰もいなかったのだが。
「まずは鉄板を用意するか」
「えぇ。幸い、外とこの街の繋がりは少ないわ。出入りを防ぐことは可能よ」
「おう! ……よし、じゃあそうしよう。皆、今から、入り口を鉄板で防げ!」
ミリアムとの会話をある程度終えると、パンは周囲にいる男性たちに向けてそう告げる。
「対能力者用鉄板を使うんか?」
「そうそう!」
「でもそれだと枚数が限られますよ。普通の鉄板もあるんで、それも同時に使っていった方が良いんやないですか?」
「ううーむ。確かになぁ」
今度はパンと周囲の男性たちとの会話が始まる。
サラダは早く動きたそうな顔をしていた。
「サラダ、普通の鉄板がどれぐらいあるか知ってるか?」
パンは視線を急にサラダの方へと動かした。
しかも、ただ目をやるだけではなく、何の前触れもなく問いを放つ。
「そうですねー。昨日見た時は、倉庫に、十五枚くらいありましたよ」
ミリアムは「答えられるのか?」と一瞬心配したが、それは杞憂でしかなかった。というのも、サラダは何の迷いもなくスムーズに答えたのだ。それも、不自然でないきちんとした答えを。
「十五……微妙だな……」
「でも対能力者用の鉄板ならもっとありますよ!」
「あぁ、そうだったな」
「それの一部も使えば、道は塞げると思います!」
「よし。じゃあそうするか」
先ほど「普通の鉄板もあるからそれも同時に使っていった方が良い」というようなことを主張していた男性は、不満げな顔。しかもこっそり「だから言ったんや……それやのに……」と愚痴を漏らしていた。ミリアムはそれを確かに聞いたが、当人であるパンは気づかなかったようだ。
「取り敢えず、鉄板あるだけ持ってきましょっか?」
「あぁ。頼むぞサラダ」
「はーい! じゃ、急ぎます!」
サラダは明るく返事をし、速やかに部屋から出ていく。
その直後、付近にいた男性二人も急に歩き出した。サラダさんに協力します、とだけ述べて、サラダの背中を追うように退室していく。
こうして、室内にいる人間の数がぐんと減った。
とはいえまだ数人は残っている。
「パン。そういえば、あの男の人の見張りは? ロゼットがしていたでしょう?」
人数が減ってから、ミリアムはそんなことを尋ねた。
別段深い思考があっての問いではない。あくまで、ふと疑問に思ったからというそれだけの理由での問い。一度気になり出すと気になって仕方がないので、早めに尋ねてみておこうと考えただけのこと。
「あぁ、それはな、ロボボンがやってる」
ミリアムはかつてその『ロボボン』なるものについて聞いたことがあった。
それは、まだエトランジェへ来て間もない頃のことである。
パンと知り合い、この施設を訪問するようになってすぐの頃に、ミリアムはそのロボットと遭遇した。身長こそ低めだが人によく似た形をしたロボット、それが『ロボボン』なるものの正体である。
全身が白いが、人型で、自動的に歩いたり用事を行ったりする。
その姿に驚いた記憶がミリアムにはある。
「ロボボン? それって……確か、たまに使っていたロボットよね」
「そうだ。ロゼットに任務ができたので、見張りはアレに任せておいた」
「へぇ……そうだったのね……」
ロボボンはこの施設内に一体しか存在しない。その訳は、一体買うだけでもかなりのお金がかかったからだ。
ミリアムには、そんな話をパンから聞いた記憶もあった。
「……でも、ロボット任せで平気なの?」
「ロボボン、な」
ロボットではなくロボボン——そこを、パンはわざわざ直した。
「えぇ、ごめんなさい。ロボボン任せで大丈夫なの?」
「ロボボンには精神がない。ある意味安全だろ」
「確かに! それはそうね」
「あれは高価だが優秀だからな。見張りくらい大丈夫だと思うぞ。取扱説明書の用途欄にも『見張り』入ってたしな」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる