エトランジェの女神

四季

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 室内にいる者は皆一様に緊張感を抱いていた。

 その心境はミリアムも分からないではない。調査だ何だと言いつつ好き放題していく輩が来るかもしれないのだから、緊張感を抱いてしまうのも仕方のないことだろうとミリアムは思う。

 現に、ミリアム自身も言葉にならない緊張感を抱いている。

 銀の国の輩が来るのが嬉しくないのは非能力者に限ったことではない。この街で暮らしている者なら、誰だって同じ気持ちになるはずだ。銀の国からの調査員が流れ込んでくることを喜ぶ人がいたとしたら、かなり稀なはずである。こっそり向こうと繋がっている者であるならば、話は別だが。

 何にせよ、能力者である調査員が流れ込んでくることは避けたい。
 そんなことになれば、エトランジェ中が混乱するだろうから。

「そうだったの……。で、調査が来るのはいつなの?」

 暫し黙り、その後に、ミリアムは尋ねた。

「それがなぁ。今日らしいぜ」
「今日!?」

 ミリアムは驚きのあまり大きな声を発してしまった。

 声は反射的に出たのだ。自身の意思で止めることはできなかった。もしそれができたとしたら、ミリアムはそんな大声を出したりはしなかっただろう。驚きを表現するにしても、もう少し工夫して別の反応にしたはずである。

「あぁ、そうらしいぜ。いきなりにもほどがあるよな。まったく、だ」

 パンは大きなため息をつく。
 唐突な出来事に呆れると共に疲れてきているようだ。

「それは大変ね……。厄介だわ……」
「銀の国のやつがエトランジェに入れないようにしようかーって話してたんだ」
「壁でも作る?」
「そりゃ面白いが、さすがに間に合わないだろうな」

 ミリアムがパンと話している間、ロゼットはミリアムの右斜め前辺りに佇んでいた。口を挟むことはせず、しかしながら、会話する二人の姿をじっと見ている。その表情は落ち着いたものだ。

「簡易的なものなら作れるかもしれないわよ」
「ほぅ。簡易的な、か」
「対能力者用の鉄板があるでしょう?」
「あぁ、あれならすぐ用意できるが」
「それで街の入り口を塞ぐというのはどうかしら。そして、それから交渉するの」

 ロゼットの数歩分後方の辺りに立っていた男性は、ミリアムとパンが話している間、所持していたショルダーバッグの外側についたポケットを開ける作業を始める。が、チャックがおかしくなったようで、開ける作業は想定外に難航していた。ただ、その様子を見ている者は誰もいなかったのだが。

「まずは鉄板を用意するか」
「えぇ。幸い、外とこの街の繋がりは少ないわ。出入りを防ぐことは可能よ」
「おう! ……よし、じゃあそうしよう。皆、今から、入り口を鉄板で防げ!」

 ミリアムとの会話をある程度終えると、パンは周囲にいる男性たちに向けてそう告げる。

「対能力者用鉄板を使うんか?」
「そうそう!」
「でもそれだと枚数が限られますよ。普通の鉄板もあるんで、それも同時に使っていった方が良いんやないですか?」
「ううーむ。確かになぁ」

 今度はパンと周囲の男性たちとの会話が始まる。
 サラダは早く動きたそうな顔をしていた。

「サラダ、普通の鉄板がどれぐらいあるか知ってるか?」

 パンは視線を急にサラダの方へと動かした。
 しかも、ただ目をやるだけではなく、何の前触れもなく問いを放つ。

「そうですねー。昨日見た時は、倉庫に、十五枚くらいありましたよ」

 ミリアムは「答えられるのか?」と一瞬心配したが、それは杞憂でしかなかった。というのも、サラダは何の迷いもなくスムーズに答えたのだ。それも、不自然でないきちんとした答えを。

「十五……微妙だな……」
「でも対能力者用の鉄板ならもっとありますよ!」
「あぁ、そうだったな」
「それの一部も使えば、道は塞げると思います!」
「よし。じゃあそうするか」

 先ほど「普通の鉄板もあるからそれも同時に使っていった方が良い」というようなことを主張していた男性は、不満げな顔。しかもこっそり「だから言ったんや……それやのに……」と愚痴を漏らしていた。ミリアムはそれを確かに聞いたが、当人であるパンは気づかなかったようだ。

「取り敢えず、鉄板あるだけ持ってきましょっか?」
「あぁ。頼むぞサラダ」
「はーい! じゃ、急ぎます!」

 サラダは明るく返事をし、速やかに部屋から出ていく。
 その直後、付近にいた男性二人も急に歩き出した。サラダさんに協力します、とだけ述べて、サラダの背中を追うように退室していく。
 こうして、室内にいる人間の数がぐんと減った。
 とはいえまだ数人は残っている。

「パン。そういえば、あの男の人の見張りは? ロゼットがしていたでしょう?」

 人数が減ってから、ミリアムはそんなことを尋ねた。

 別段深い思考があっての問いではない。あくまで、ふと疑問に思ったからというそれだけの理由での問い。一度気になり出すと気になって仕方がないので、早めに尋ねてみておこうと考えただけのこと。

「あぁ、それはな、ロボボンがやってる」

 ミリアムはかつてその『ロボボン』なるものについて聞いたことがあった。

 それは、まだエトランジェへ来て間もない頃のことである。

 パンと知り合い、この施設を訪問するようになってすぐの頃に、ミリアムはそのロボットと遭遇した。身長こそ低めだが人によく似た形をしたロボット、それが『ロボボン』なるものの正体である。

 全身が白いが、人型で、自動的に歩いたり用事を行ったりする。
 その姿に驚いた記憶がミリアムにはある。

「ロボボン? それって……確か、たまに使っていたロボットよね」
「そうだ。ロゼットに任務ができたので、見張りはアレに任せておいた」
「へぇ……そうだったのね……」

 ロボボンはこの施設内に一体しか存在しない。その訳は、一体買うだけでもかなりのお金がかかったからだ。

 ミリアムには、そんな話をパンから聞いた記憶もあった。

「……でも、ロボット任せで平気なの?」
「ロボボン、な」

 ロボットではなくロボボン——そこを、パンはわざわざ直した。

「えぇ、ごめんなさい。ロボボン任せで大丈夫なの?」
「ロボボンには精神がない。ある意味安全だろ」
「確かに! それはそうね」
「あれは高価だが優秀だからな。見張りくらい大丈夫だと思うぞ。取扱説明書の用途欄にも『見張り』入ってたしな」
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