アイネと黄金の龍

四季

文字の大きさ
上 下
7 / 11

6話 「初めて見る世界」

しおりを挟む
 ソラの背に乗り満天の星空を飛んでいく。飛ぶのが速いせいか前からの風がきつい。けれど決して嫌ではない。こんな日が来るとは夢にも思っていなかった。この星空だけで満足してしまいそうだ。
 最初は一番近くの都市へ向かうことにした。信じられないくらいあっという間に着いた。ソラは都市上空をゆっくり旋回する。真下に広がる都市は、夜中なのに明るい。見下ろせば光の洪水のように思える。
 それにしても、黄金の龍に乗って空中散歩とはなんという贅沢か。人に言っても到底信じてもらえないような話だ。いや、もちろん約束は守る。人に言い触らす予定はない。
 それから緑が豊富な山々を越え、砂っぽい砂漠を咳き込みながら通り過ぎた。私は初めて見るものばかりでやや興奮気味。 やがて花畑に到着するとソラは私を地面に降ろしてくれた。初夏というのもあるのだろうが花畑は想像している以上に華やかだった。思っていたよりずっと色とりどりだし、心地よい風と花の薄く爽やかな香りが混じり夢の世界のよう。現実ではないどこかに来たのかと錯覚しそうだ。

 花畑を発って少しすると海に到着した。人の気配がない白い砂浜。海は暗いが満月が照らしてくれるおかげで近くからなら波が目視出来る。
「アイネ。色々見てみてどうだった?」
 背後からそんなことを言ったソラは人間の姿になっていた。
「素敵だったわ。感動させてくれる風景ばかりよ」
 満天の星空と広大な海。眺めているだけで嫌なことなど全て記憶から消えてしまいそうだ。頬を撫でる風はほのかに温かくて心が落ち着く。少しべたつくのが気になるけれど、この風景を見ているとそんなことは気にならない。
「ありがとう、ソラ。貴方のおかげでこんな素敵な景色を見ることが出来たわ」
「感謝される程のことじゃないよ。ちょっとしたお返しさ」
 ソラは歩いて近付いてきて私の隣まで来ると立ち止まる。金の衣装が海風にはためいて美しい。
「それでも嬉しいわ。こうして色々なものを見ることが出来たんだもの」
 生涯見ることはないと諦めていた外の世界。この目で見る風景、肌で感じる風。
 ただ、この時、心の奥底から「死にたくない」という感情が込み上げてきた。私に残された時間はもう一年もない。死んだら、今日こうして過ごした時間をきっと忘れてしまうだろう。それだけは嫌だった。
「……ソラ。私、まだ死にたくない」
 海を眺めながら私は呟く。
「君はどうしてそんなに死を怖がるんだい?人間はみんな、いつか死ぬのに」
 永遠に生き続けることが出来る彼には死を恐れる気持ちが理解出来ないのかもしれない。
「嫌なの……もうこんな風に過ごせなくなるのよ。寂しいわ」
「ふぅん、そういうもの?そんなに気にすることでもない気がするけど」
「貴方には分からないのよ!」
 私がたまらず声を荒らげるとソラは珍しく驚いた顔をした。
「何の努力もせず永遠に生きられる貴方には分からない!私がどんな思いで今日まで過ごしてきたのか!」
 こんなのは無意味な八つ当たりだ。分かっている。自覚しているのに、私は言うのを止められなかった。
「私には時間がないの!貴方は永遠だから時間を退屈と感じるかもしれない!でも、私は一秒でも時間が欲しいの!」
「……アイネ」
 突如ソラは私を抱き寄せた。彼が積極的に触れてくるのは初めてな気がする。
「人間に命をあげることは許されないんだ」
 ソラは悲しそうに小さく声を発した。いつもは掴み所のない言動なだけに、悲しそうな顔というのは新鮮な感じだ。
「僕の命は無限。あげることだって出来る。だけど、人間に命を与えるのは禁忌なんだよ。そんなことをしたら僕は永遠に闇の中で過ごさなくちゃならないんだ」
「……いいの。折角願いを叶えてくれたのに、贅沢言ってごめんなさい」
 ソラが悪いわけじゃない。悪いのは私の身体、いや、こうなってしまった運命か。
「私のために貴方が犠牲になる必要はないわ。……さっきは失礼なこと言ったわね」
「君がさっき言ったのは本当のことだよ」
 彼は抱き締める腕を離すと、海の方へ歩いていく。
「死は分からない。ただ、一度だけ……人を見送ったことがあるんだ」
 そして切なそうに星空を見上げた。足首くらいまで海に浸かっている。
「ずっと昔、人間界に迷い込んで怪我していた僕を助けてくれた。優しい女の人だったな」
「助けてくれるなんて、素敵な方ね」
 彼は静かに頷いた。
「うん。仲良くしていたよ。だけど僕は人間じゃないから、一緒には暮らせない。少ししてその人は結婚したから、もう会えなくなったんだ」
「もしかしてそのまま……?」
「ううん。その人が死ぬ直前、一度だけ会えた。もうすっかり忘れられていたけどね」
 彼は苦笑する。けれど、その裏にある悲しみが見えるような気がした。
 自分を助けてくれた恩人を慕い、その人の幸せを願って身を引き、ようやく再会したと思えば完全に忘れられていて。彼女が亡くなる時、どんな思いで見送ったのだろう。
「……私は忘れないわ。ずっと……永遠に」
「いや、忘れるよ。いつかは。本当は交わるべきじゃない。こんなのは幻なんだ。だから忘れた方がいい」
 ソラは諦めたようにそんなことを言うけれど、私はそうは思わない。こんなに傍にいて、ちゃんと話をしているのだから。
「違うわ。幻なんかじゃない。紛れもなく現実よ」
 私は彼に駆け寄り手をとる。
「少しでも長く一緒にいましょう。そうすれば、この先どれだけ時間が経っても、私がいなくなっても、貴方はこの日々を確かなものと思えるはずだわ。永遠に!ずっと!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ミズルチと〈竜骨の化石〉

珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。  一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。  ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。 カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。

あさはんのゆげ

深水千世
児童書・童話
【映画化】私を笑顔にするのも泣かせるのも『あさはん』と彼でした。 7月2日公開オムニバス映画『全員、片想い』の中の一遍『あさはんのゆげ』原案作品。 千葉雄大さん・清水富美加さんW主演、監督・脚本は山岸聖太さん。 彼は夏時雨の日にやって来た。 猫と画材と糠床を抱え、かつて暮らした群馬県の祖母の家に。 食べることがないとわかっていても朝食を用意する彼。 彼が救いたかったものは。この家に戻ってきた理由は。少女の心の行方は。 彼と過ごしたひと夏の日々が輝きだす。 FMヨコハマ『アナタの恋、映画化します。』受賞作品。 エブリスタにて公開していた作品です。

ずっと、ずっと、いつまでも

JEDI_tkms1984
児童書・童話
レン ゴールデンレトリバーの男の子 ママとパパといっしょにくらしている ある日、ママが言った 「もうすぐレンに妹ができるのよ」 レンはとてもよろこんだ だけど……

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

わたしの師匠になってください! ―お師匠さまは落ちこぼれ魔道士?―

島崎 紗都子
児童書・童話
「師匠になってください!」 落ちこぼれ無能魔道士イェンの元に、突如、ツェツイーリアと名乗る少女が魔術を教えて欲しいと言って現れた。ツェツイーリアの真剣さに負け、しぶしぶ彼女を弟子にするのだが……。次第にイェンに惹かれていくツェツイーリア。彼女の真っ直ぐな思いに戸惑うイェン。何より、二人の間には十二歳という歳の差があった。そして、落ちこぼれと皆から言われてきたイェンには、隠された秘密があって──。

【完結】魔法道具の預かり銀行

六畳のえる
児童書・童話
昔は魔法に憧れていた小学5学生の大峰里琴(リンコ)、栗本彰(アッキ)と。二人が輝く光を追って最近閉店した店に入ると、魔女の住む世界へと繋がっていた。驚いた拍子に、二人は世界を繋ぐドアを壊してしまう。 彼らが訪れた「カンテラ」という店は、魔法道具の預り銀行。魔女が魔法道具を預けると、それに見合ったお金を貸してくれる店だ。 その店の店主、大魔女のジュラーネと、魔法で喋れるようになっている口の悪い猫のチャンプス。里琴と彰は、ドアの修理期間の間、修理代を稼ぐために店の手伝いをすることに。 「仕事がなくなったから道具を預けてお金を借りたい」「もう仕事を辞めることにしたから、預けないで売りたい」など、様々な理由から店にやってくる魔女たち。これは、魔法のある世界で働くことになった二人の、不思議なひと夏の物語。

Sadness of the attendant

砂詠 飛来
児童書・童話
王子がまだ生熟れであるように、姫もまだまだ小娘でありました。 醜いカエルの姿に変えられてしまった王子を嘆く従者ハインリヒ。彼の強い憎しみの先に居たのは、王子を救ってくれた姫だった。

処理中です...