アイネと黄金の龍

四季

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6話 「初めて見る世界」

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 ソラの背に乗り満天の星空を飛んでいく。飛ぶのが速いせいか前からの風がきつい。けれど決して嫌ではない。こんな日が来るとは夢にも思っていなかった。この星空だけで満足してしまいそうだ。
 最初は一番近くの都市へ向かうことにした。信じられないくらいあっという間に着いた。ソラは都市上空をゆっくり旋回する。真下に広がる都市は、夜中なのに明るい。見下ろせば光の洪水のように思える。
 それにしても、黄金の龍に乗って空中散歩とはなんという贅沢か。人に言っても到底信じてもらえないような話だ。いや、もちろん約束は守る。人に言い触らす予定はない。
 それから緑が豊富な山々を越え、砂っぽい砂漠を咳き込みながら通り過ぎた。私は初めて見るものばかりでやや興奮気味。 やがて花畑に到着するとソラは私を地面に降ろしてくれた。初夏というのもあるのだろうが花畑は想像している以上に華やかだった。思っていたよりずっと色とりどりだし、心地よい風と花の薄く爽やかな香りが混じり夢の世界のよう。現実ではないどこかに来たのかと錯覚しそうだ。

 花畑を発って少しすると海に到着した。人の気配がない白い砂浜。海は暗いが満月が照らしてくれるおかげで近くからなら波が目視出来る。
「アイネ。色々見てみてどうだった?」
 背後からそんなことを言ったソラは人間の姿になっていた。
「素敵だったわ。感動させてくれる風景ばかりよ」
 満天の星空と広大な海。眺めているだけで嫌なことなど全て記憶から消えてしまいそうだ。頬を撫でる風はほのかに温かくて心が落ち着く。少しべたつくのが気になるけれど、この風景を見ているとそんなことは気にならない。
「ありがとう、ソラ。貴方のおかげでこんな素敵な景色を見ることが出来たわ」
「感謝される程のことじゃないよ。ちょっとしたお返しさ」
 ソラは歩いて近付いてきて私の隣まで来ると立ち止まる。金の衣装が海風にはためいて美しい。
「それでも嬉しいわ。こうして色々なものを見ることが出来たんだもの」
 生涯見ることはないと諦めていた外の世界。この目で見る風景、肌で感じる風。
 ただ、この時、心の奥底から「死にたくない」という感情が込み上げてきた。私に残された時間はもう一年もない。死んだら、今日こうして過ごした時間をきっと忘れてしまうだろう。それだけは嫌だった。
「……ソラ。私、まだ死にたくない」
 海を眺めながら私は呟く。
「君はどうしてそんなに死を怖がるんだい?人間はみんな、いつか死ぬのに」
 永遠に生き続けることが出来る彼には死を恐れる気持ちが理解出来ないのかもしれない。
「嫌なの……もうこんな風に過ごせなくなるのよ。寂しいわ」
「ふぅん、そういうもの?そんなに気にすることでもない気がするけど」
「貴方には分からないのよ!」
 私がたまらず声を荒らげるとソラは珍しく驚いた顔をした。
「何の努力もせず永遠に生きられる貴方には分からない!私がどんな思いで今日まで過ごしてきたのか!」
 こんなのは無意味な八つ当たりだ。分かっている。自覚しているのに、私は言うのを止められなかった。
「私には時間がないの!貴方は永遠だから時間を退屈と感じるかもしれない!でも、私は一秒でも時間が欲しいの!」
「……アイネ」
 突如ソラは私を抱き寄せた。彼が積極的に触れてくるのは初めてな気がする。
「人間に命をあげることは許されないんだ」
 ソラは悲しそうに小さく声を発した。いつもは掴み所のない言動なだけに、悲しそうな顔というのは新鮮な感じだ。
「僕の命は無限。あげることだって出来る。だけど、人間に命を与えるのは禁忌なんだよ。そんなことをしたら僕は永遠に闇の中で過ごさなくちゃならないんだ」
「……いいの。折角願いを叶えてくれたのに、贅沢言ってごめんなさい」
 ソラが悪いわけじゃない。悪いのは私の身体、いや、こうなってしまった運命か。
「私のために貴方が犠牲になる必要はないわ。……さっきは失礼なこと言ったわね」
「君がさっき言ったのは本当のことだよ」
 彼は抱き締める腕を離すと、海の方へ歩いていく。
「死は分からない。ただ、一度だけ……人を見送ったことがあるんだ」
 そして切なそうに星空を見上げた。足首くらいまで海に浸かっている。
「ずっと昔、人間界に迷い込んで怪我していた僕を助けてくれた。優しい女の人だったな」
「助けてくれるなんて、素敵な方ね」
 彼は静かに頷いた。
「うん。仲良くしていたよ。だけど僕は人間じゃないから、一緒には暮らせない。少ししてその人は結婚したから、もう会えなくなったんだ」
「もしかしてそのまま……?」
「ううん。その人が死ぬ直前、一度だけ会えた。もうすっかり忘れられていたけどね」
 彼は苦笑する。けれど、その裏にある悲しみが見えるような気がした。
 自分を助けてくれた恩人を慕い、その人の幸せを願って身を引き、ようやく再会したと思えば完全に忘れられていて。彼女が亡くなる時、どんな思いで見送ったのだろう。
「……私は忘れないわ。ずっと……永遠に」
「いや、忘れるよ。いつかは。本当は交わるべきじゃない。こんなのは幻なんだ。だから忘れた方がいい」
 ソラは諦めたようにそんなことを言うけれど、私はそうは思わない。こんなに傍にいて、ちゃんと話をしているのだから。
「違うわ。幻なんかじゃない。紛れもなく現実よ」
 私は彼に駆け寄り手をとる。
「少しでも長く一緒にいましょう。そうすれば、この先どれだけ時間が経っても、私がいなくなっても、貴方はこの日々を確かなものと思えるはずだわ。永遠に!ずっと!」
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