新日本警察エリミナーレ

四季

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159話 「新日本警察エリミナーレ」

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 二○四六年、十一月。
 エリミナーレが活動を再開してから、早いもので、もう五ヶ月が過ぎようとしている。

 暑かった夏も終わり、季節は、徐々に冬へと向かっていく。ついこの間までは薄い上着一枚で出掛けられたというのに、ここ数日で一気に寒くなってきた。昨日の夜などは、ある程度分厚い上着が必要だったくらいである。


 そんな秋の日。
 私はいつもより早く起き、身支度を済ませ、事務所のリビングへ向かう。

「おはようございます」

 挨拶をしながら入ったリビングには、エリナの姿があった。桜色の髪と大人びた顔立ちは、相変わらず魅力的だ。

「あら、沙羅。朝早いわね」
「はい」
「そういえば、今日、打ち合わせの日だったかしら?」

 私は迷いなく頷く。

 エリナの言う通り、今日は打ち合わせの日だ。しかし、これだけでは、何の?と思われるかもしれないので説明を付け足しておく。
 打ち合わせというのは、武田との結婚式の打ち合わせである。

「ゆっくり楽しんでくるといいわ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「礼を言われるほどじゃないわよ。貴女はどのみち戦えないもの、いてもいなくても同じだわ」

 何げに酷い。
 しかし、これはエリナの優しさだ。数ヵ月一緒に過ごしてきた私にはそれが分かる。

 彼女は案外恥ずかしがり屋だ。だから、礼を言われ恥ずかしいのを隠すために、こんな風な発言をすることも珍しくはない。

 エリナはそれから、手元の書類を触りつつ、キッチンに向かってナギの名を呼ぶ。すると、キッチンからナギがやって来た。

「何か用事っすか?」
「飲み物。注いでちょうだい」
「あ、またブドウジュースっすね?」
「そうよ。さっさとしなさい」

 近くに置いていた透明のグラスを、エリナはナギへと差し出す。

「すぐ入れてくるっす!」

 ナギはグラスを受け取ると、キッチンの方へ駆け戻っていく。若さゆえか、すべての動作が素早い。

 ちょうどそのタイミングで、リビングと廊下を繋ぐ扉が開く。誰かと思い振り返ると、そこには、綺麗にスーツを着たモルテリアが立っていた。
 タイトスカートのスーツ、薄い緑色のブラウス。シンプルできりりとした服を身にまとっていると、モルテリアでさえクールビューティーに見えるのだから、人の目とは不思議なものだ。

「……お腹、空いた……」

 しかし、モルテリアはモルテリア。発言は普段通りだった。

 そこへ、レイもやって来る。
 今日もパンツスーツがよく似合っている。毛量は多くないが長さはある青い髪は、動くたびさらりと揺れ、女性的な魅力を高めていた。

「沙羅ちゃん、今日は早いね」
「打ち合わせなので」
「あ、そうか! 結婚式の、だっけ?」

 彼女の確認に私は「はい」と首を縦に動かす。するとレイは微笑んで「楽しみだなぁ、沙羅ちゃんの結婚式」と笑う。

「だから早起きなんだね……って、あれ? 武田は? 一緒に行かないの?」

 そういえば、今日に限って、武田はなかなか起きてこない。彼は時間を守るタイプなのに、珍しい。

 まだ寝ているのだろうか……。

 そんなことを考えていた時だ。突如、ドスドスと激しい足音が聞こえてきた。地響きのような、低く大きな音である。
 リビングにいた私たちは、戸惑いに包まれた。

 刹那、凄まじい早さで扉が開く。開けた勢いで扉が壁に激突する。

「沙羅! いるかっ!?」

 息を乱しながらリビングへ飛び込んできたのは武田だった。
 寝癖のついた髪、よれたパジャマ。武田らしからぬ格好だ。いつも気づけばスーツに着替えている武田が、このような状態でリビングへ駆け込んでくるとは、驚き以外の何物でもない。

「た、武田さん……?」
「沙羅! すまん、少しだけ待ってくれ! すぐに用意する!」

 彼は顔面蒼白だった。
 予定より寝坊したくらいで大袈裟だと思うのだが——日頃あまり寝坊しない武田にしてみれば大事件なのかもしれない。

「沙羅、怒っているか!?」
「いえ。別に」
「やはり怒っているんだな!?」
「そんなこと言ってな……」
「いや。沙羅が怒るのも当然だ。二人の大切な打ち合わせだというのに、よりによって寝坊とは……! 情けない!」

 頭を抱え、自身に怒りを向ける武田。
 いつも冷静な彼があたふたしていると物珍しい感じがする。しかし嫌な感じではない。むしろ、人間らしさを感じられて、愛着が湧くぐらいだ。

 だが、武田が自分を責めると可哀想なので、私は一応言う。

「落ち着いて下さい、武田さん。時間はまだありますから。というより、まったく遅れてませんから。ゆっくり準備して下さい」

 すると彼は「そ、そうか」と短く言い、コクリと頷く。モルテリアみたいな頷き方だ。
 その頃になってようやく落ち着いてきたらしい武田は、「では準備をしてくる」と言い、素早く洗面所へと向かった。

「まったく。朝から騒々しいわね」
「ホントホント。武田さんダサいっすねー」

 溜め息を漏らすエリナと、ブドウジュースを注いだグラスを運んでくるナギ。二人はもうすっかりお似合いだ。

「エリナさん、俺にして良かったっしょ?」
「そういうのはいいから。それより、グラスをさっさと渡してちょうだい。喉が渇いて、もう死んでしまいそう」
「マジっすか!? 遅くてすいません!」
「……冗談よ」

 エリナとナギが仲良く話している光景を見ると、私はなぜか、少し嬉しい気持ちになった。幸せそうな人を見ているとこちらまで幸せになってくるから、人の心とは面白いものだと思う。


 十分後。

 再びリビングへ現れた武田は、いつも通り、完璧な姿だった。黒いスーツをきっちり着こなし、髪や顔も清潔そのもので、隙がない。

 これぞ、できる男。
 そう言っても過言ではない。

「待たせてしまってすまなかったな、沙羅」
「いえ、大丈夫です。十分くらいしか待っていません」
「……優しいな、お前は。こちらのミスを責めず、優しく受け止めてくれる……そういうところが好きだ」

 好きだ、なんて、みんなのいる場でははっきり言わない方が良い気がする。
 だが、この妙な積極性は、武田の美点の一つだ。普通は恥ずかしくて言えないようなことを、躊躇なく言えてしまう——それは、ある意味才能かもしれない。

「ではエリナさん。打ち合わせへ行ってきます」
「そうね。行ってらっしゃい」
「抜けてしまいすみません」
「いいわよ、心配しなくて。エリミナーレの務めは私たちがちゃんと果たしておくわ」
「ありがとうございます」

 珍しく親切なエリナに礼を述べ、軽くお辞儀をしてから、武田は私へと視線を向ける。
 そして、その手をこちらへ差し出してきた。

「よし、行こう」

 差し出された手のひらに、私は手を重ねる。

 これまで幾度も握ってきた武田の手。けれども、今日は今日の、特別な良さがあった。


 事務所を出て、道を歩いている時、武田が唐突に尋ねてきた。

「さらぼっくり。新たな道へ歩み出す今、お前は何を望む?」

 私の望みは武田の大切な人になること。そして、それはもう叶った。しかも非常に良い形で叶ったのだ。

 これ以上何かを望むなど贅沢だろう。
 そう思っていたけれど。

「私はエリミナーレの一員だが、その前に、さらぼっくりの一番の理解者でありたい。そして、お前の望みを叶えられる男でありたいと、そう思う。お前は私に幸せを教えてくれた。だから、これから長い時間をかけて恩返しをしたい」

 彼は言ってから微笑んだ。

 今の私にはまだ、彼のような、はっきりとした目標はない。そして、それを大きな声で述べる勇気も、恐らくない。
 ただ、一つだけ、忘れたくないことはある。

「……私は」

 たいしたことではないけれど。
 他者からは笑われるようなことかもしれないけれど。

「いつも前を向いていられる人でありたいです」

 どんな小さな光も見つけられる、そんな人間でありたいと思う。
 困難にぶつかった時、悲しくても辛くても、真っ直ぐに前を向いていられる人。希望を探すことを諦めない人。

 それが私の理想だ。

 そんな人になれるように、私はこれから先の人生を生きたい。

 こんなことを言えば、良い子ぶっていると思われるかもしれない。理想は所詮理想で現実にはならない、と言われるかもしれない。

 それでも私は、理想を信じる。信じて、歩むのだ。
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