新日本警察エリミナーレ

四季

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155話 「吉報」

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 良い知らせ。

 今、ナギは確かにそう言った。
 ということはもしかして——と思っていたら、レイが先に口を開く。

「それって、もしかしてっ!?」

 レイの瞳は希望に満ち、輝いていた。今、彼女の脳内には、彼女が何よりも望んでいたことが浮かんでいるに違いない。
 叶わぬことを悲しみ、涙を流しまでした自身の願いが、目の前で僅かに煌めき始める。それはどんなに嬉しい光景だろう。

「多分その通りっす」

 言いながら、ナギはいつも通りの無邪気な笑みを浮かべる。

「エリミナーレ解散は、なし! 決まったっすよ!」

 純真無垢な笑顔でナギが告げた瞬間、レイは片方の手のひらで口元を覆った。瞳が潤み、細めた目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「ちょ、なんで泣くんすか!? 解散なしっすよ!?」

 レイがいきなり涙を流し出したものだから、ナギは大慌て。何かやらかしただろうか、とでも思っているのだろう。
 もっとも、昨夜のことを知らないナギが混乱するのは仕方のないことだが。

「……泣かせた」
「ちょ、モルちゃん!? 俺、悪いことしてないって!」
「……レイを泣かせた。これは悪くないこと……?」
「うっ。確かに、泣かせるのは良くないっすけど……」

 モルテリアに厳しく言われ、やや落ち込むナギ。

「レイ」

 ナギの後ろを来ていたエリナが、合流し、レイの名を呼ぶ。

「エリナ……さん」

 号泣しているレイは、頬を濡らしたまま顔をあげる。涙で潤んだ瞳は、エリナを捉えて離さない。

「心配かけたわね、レイ」

 エリナはレイに歩み寄ると、その手をそっと握る。爪の先まで隙のない麗しさを持つエリナの指が、レイの指と絡む。
 それでもまだ、レイは涙していた。
 瞼、目の周囲、鼻や頬の周辺。すべてを赤く腫らしながら、レイはまだ泣き続けている。

「泣かないで、レイ。もう涙は要らないわ」
「……ごめんなさいっ。でも、あたしっ……」

 レイは何か言おうとする。けれど、ちゃんとした言葉にはならない。恐らく、今の彼女にはまだ、気持ちを言葉にするほどの余裕はないのだろう。

 そんなレイを静かに抱き締めるエリナ。

「心配かけて、悪かったわね」

 あのエリナが素直に謝るとは、少々意外だ。

 感動的な光景を見守りつつ、私は黙って武田へ目線を向ける。すると、ちょうどその時、武田もこちらを見ていた。
 またしても目が合うという偶然。しかし、もう慣れっこである。

「解散は免れましたね」
「あぁ。そのようだな」

 私は武田と一言だけ交わした。あっさりとした言葉、一言だけ。

 だが、私の胸は熱くなっている。これからもエリミナーレにいられる、という未来への希望が生まれたからだ。
 最終決定はリーダーであるエリナがすることと思っていたため、極力言わないように意識してきた。むやみに説得することはエリナに負担をかける、と思ったからというのもある。

 しかし、私とて人間。エリミナーレがなくなるのは寂しいし、みんなと別れるのは辛い。それは事実だった。

 だから、今、凄く嬉しい気持ちである。


 朝食を終えると、私たちは一度それぞれの部屋へ戻る。そして荷物をまとめ、客室内を軽く整備し、部屋を出た。たった一晩過ごしただけだが、部屋との別れは少し寂しく感じられた。

「旅館とかホテルの部屋を出る時って、何だか寂しい気持ちになりませんか?」

 私の分まで荷物を持ってくれている武田に話しかけてみる。
 すると彼は首を傾げた。

「そうか?」
「なんとなく、しんみりしません?」
「……すまない。私にはよく分からない……」

 もしかしたら私だけの感覚なのかもしれない。
 私は小さな頃から、旅館やホテルの部屋とお別れするのを寂しく感じることがあった。一日二日とはいえ、食べたり寝たりと暮らした場所だから、寂しく感じるのだと思う。

「いえ。私が特別なだけだと思うので、気にしないで下さい」
「そうか? それならいいが」

 武田は両手に荷物を下げたまま、よく分からないといった顔つきをしている。

「すまない、沙羅。私は人の心に疎く、お前を分かってやれない……」
「大丈夫! 大丈夫ですよ!」

 武田が落ち込んでは可愛そうなので、一応フォローしておく。
 彼は見かけによらず繊細なので、扱いが難しい。心も体と同じくらい頑丈ならいいのに、と若干思う。

「それに、だいぶ分かるようになってきてますって!」
「そうだろうか……」
「はい! 武田さんは思いやりが成長しました!」

 もはや自分の発言の意味が分からぬ。

「それに、人への愛情も成長してますし!」
「だがそれは、沙羅、お前のおかげであってだな……」

 面倒臭い。
 これはもう、その一言に尽きる。

 だがしかし、今こうして彼と話せるのは、私が幸運だったからだ。見えない力のおかげである。それには感謝しなくては。

「とにかく、武田さんは武田さんのままでいいんです」
「……私のままで?」
「今の優しい武田さんが、私は大好きですから」

 すると彼は目をパチパチさせた。私の顔から視線を逸らし、気恥ずかしそうに黙り込む。そして、それから少しして、「ありがとう」と呟いた。

 なんと初々しい反応。
 純真さが垣間見えるこういうところが武田の美点だと、私は改めて確信した。

「沙羅ちゃん! 武田! そろそろ行くよ!」
「あ、はい!」

 レイの声に返事をし、武田に視線を向ける。

「行きましょうか」
「あぁ、そうだな。行こう」

 武田の表情は柔らかかった。
 戦う時とは違う、他の者と話す時とも違う、私だけに向けてくれる特別な笑み。二人の時間を彩る彼の表情に、私も自然と頬が緩んだ。
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