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147話 「二人がいい」
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スライド式の扉が乾いた音をたてて開く。
現れた武田は、いつもの黒スーツ姿ではなかった。ポロシャツと布ズボンというカジュアルな格好だ。普段と違った印象だが、自然体な感じがしてこれはこれで悪くない。
「朝早くにすまない」
「武田さん……!」
「会いたくて、つい来てしまった」
なんという甘い発言。
あれほど恋愛感情に疎かった武田と同一人物とは到底思えないような発言だ。人はこんなに変わるものか、と私は内心少し驚いた。
彼はこちらへ足を進め、私の布団のすぐ近くに正座する。いきなり距離が近い。
「肩、大丈夫でしたか?」
ずっと気になっていたことを尋ねてみる。
あの時、武田は、水玉マスクに肩を攻撃されていた。苦痛が一過性のものなら良いのだが、後を引くようなものだったらどうしようと思い、心配していたのだ。
質問してから彼の顔を見つめていると、彼はふっと頬を緩める。
「あぁ。平気だ」
柔らかな微笑みだった。
「あのくらい、どうということはない。それより、お前の腕の傷はどうなんだ?」
「傷と言うほどの傷じゃないですよ。深くもないですし」
まったく痛まないわけではないが、騒ぐほどの傷でもない。
「だがさらぼっくり、出血していただろう」
武田は包帯が巻かれた私の腕をそっと取る。そして、私の顔をじっと見つめてくる。いきなり三十センチも離れていないくらいに顔を近づけてこられ、私は戸惑いを隠せない。
「本当に大丈夫なのか?」
心から心配してくれているようだった。
「はい。大丈夫です」
「痛みは残っていないか?」
「ほとんど大丈夫です」
「やはり少しは痛むのか!」
凄まじい勢いで食いついてくる武田。
「い、いえ。たいしたことじゃ」
「さらぼっくりが痛い思いをするなど駄目だ!」
「あっ、た、武田さん。静かに……!」
一応まだ早朝である。
この部屋が旅館内のどの辺りかは分からないが、あまり騒がない方が賢明だろう。部屋の外へ声が漏れない方がいい。
「あ、あぁ。そうだな。すまない。つい取り乱してしまった」
「気をつけて下さいね」
「もちろん、もちろんだ」
武田はコクコクと何度も頷いた。その動作はどこか子どものようで、妙な愛らしさを感じる。姉か母親かになったかのような心境だ。
私はそれから少し武田と話した。二人きりだと、他者がいる時よりも気楽に話せるので、私としてはありがたい。
「そうだ、さらぼっくり。明日……いや、もう今日だが、足湯へは行けそうか?」
そんな話をしたことを、私はすっかり忘れてしまっていた。
「はい。でもどこの足湯へ?」
「この近くに足湯カフェなるものがあるらしい。そこはどうだろうか」
「なんだか面白そうですね」
足湯カフェなど日頃ほとんど見かけないので新鮮だ。
「そうしましょうか! みんなも誘って……」
「いや、二人が良い」
「えっ……」
またまたややこしいことを言い出した。
せっかくのエリミナーレでの旅行だ、私としてはみんなでワイワイする方が良い。しかし、武田が二人を望むなら、二人でも良いとは思う。
だが一番の問題はそこではない。仮に二人で行くとして、それをどのように説明するか。そこが一番の問題である。素直に「二人で楽しんできます」とは言いづらいが、こっそり抜け出すようなことをしてはまた心配させてしまう。
「二人ですか? 構いませんけど、でも、どうして?」
なぜ二人が良いのか尋ねてみる。
すると彼はニコッと笑みを浮かべ、愛嬌を前面に押し出しつつ、「恋人だからだろう」と答えた。さも当たり前といった風に。
翌日の朝食には、行かないことにした。バイキング方式というのは気になったが、元気に朝食をとれるような気分ではなかったからだ。
「……ちゃん。沙羅ちゃん!」
布団の中で温もりながら眠っていた私は、レイの爽やかな声で目を覚ました。
「あ、レイさん」
「起きれた? おはようっ」
最高の目覚まし時け——いや、そんなことは重要ではない。今は起こしてくれたレイにお礼を言うのが先だ。
「おはようございます。起こして下さってありがとうございます」
「いいよいいよ。気にしないで」
「今何時ですか?」
「朝の十時! 今からお出掛けしようって話してるところだよ」
レイは凛々しい顔に爽やかさのある笑みを浮かべ、快く教えてくれる。私は彼女の心の広さを尊敬した。
それからしばらく。
段々意識がはっきりしてきて、ようやく上半身を起こすと、布団のすぐ隣に鞄が置いてあることに気がつく。荷物を詰めてきた私の鞄だ。
「あの、この鞄は?」
「客室から運んできておいたよ。必要な物とか入ってるだろうから」
「ありがとうございますっ」
私は何度か頭を下げる。心からの感謝を込めて。
「本当にお世話になってばかりで、あの、本当にありがとうございますっ」
繰り返し礼を述べると、レイは少し気恥ずかしそうに笑う。
「そんなたいしたことじゃないよ。ただ荷物運んで起こしただけだから、ありがとうなんて。おかしな感じ」
はにかみ笑いもよく似合うと思った。正直意外だ。
そこでレイは話題を変える。
「あっ、そうだ。今日のお出掛けなんだけど」
「はい」
「武田と二人で足湯カフェ行くって?」
聞いた瞬間、一瞬、心臓が止まりそうになった。まさかレイからその話が出てくるとは予想していなかったからだ。不意打ちはダメージが大きい。
「武田から聞いたんだけど、本当?」
「……は、はい」
嘘ではないので、頷いておく。
「じゃあその間は別行動だね。あたしたちは買い物するかなー?」
レイは少し間を開けて続ける。
「足湯、楽しんでね」
どこか男性的な凛々しい顔立ち。その魅力を存分に引き出す爽やかな笑み。それらが見事に混じり合い、奇跡的なハーモニーを奏でている。
「……はいっ!」
私ははっきりと返事した。
いつもは、こんな風にハキハキと物を言うことは、なかなかできない。性格ゆえに。だが、今は迷いなく答えられた。
武田と二人で足湯を楽しむくらいならできると思ったからだ。
現れた武田は、いつもの黒スーツ姿ではなかった。ポロシャツと布ズボンというカジュアルな格好だ。普段と違った印象だが、自然体な感じがしてこれはこれで悪くない。
「朝早くにすまない」
「武田さん……!」
「会いたくて、つい来てしまった」
なんという甘い発言。
あれほど恋愛感情に疎かった武田と同一人物とは到底思えないような発言だ。人はこんなに変わるものか、と私は内心少し驚いた。
彼はこちらへ足を進め、私の布団のすぐ近くに正座する。いきなり距離が近い。
「肩、大丈夫でしたか?」
ずっと気になっていたことを尋ねてみる。
あの時、武田は、水玉マスクに肩を攻撃されていた。苦痛が一過性のものなら良いのだが、後を引くようなものだったらどうしようと思い、心配していたのだ。
質問してから彼の顔を見つめていると、彼はふっと頬を緩める。
「あぁ。平気だ」
柔らかな微笑みだった。
「あのくらい、どうということはない。それより、お前の腕の傷はどうなんだ?」
「傷と言うほどの傷じゃないですよ。深くもないですし」
まったく痛まないわけではないが、騒ぐほどの傷でもない。
「だがさらぼっくり、出血していただろう」
武田は包帯が巻かれた私の腕をそっと取る。そして、私の顔をじっと見つめてくる。いきなり三十センチも離れていないくらいに顔を近づけてこられ、私は戸惑いを隠せない。
「本当に大丈夫なのか?」
心から心配してくれているようだった。
「はい。大丈夫です」
「痛みは残っていないか?」
「ほとんど大丈夫です」
「やはり少しは痛むのか!」
凄まじい勢いで食いついてくる武田。
「い、いえ。たいしたことじゃ」
「さらぼっくりが痛い思いをするなど駄目だ!」
「あっ、た、武田さん。静かに……!」
一応まだ早朝である。
この部屋が旅館内のどの辺りかは分からないが、あまり騒がない方が賢明だろう。部屋の外へ声が漏れない方がいい。
「あ、あぁ。そうだな。すまない。つい取り乱してしまった」
「気をつけて下さいね」
「もちろん、もちろんだ」
武田はコクコクと何度も頷いた。その動作はどこか子どものようで、妙な愛らしさを感じる。姉か母親かになったかのような心境だ。
私はそれから少し武田と話した。二人きりだと、他者がいる時よりも気楽に話せるので、私としてはありがたい。
「そうだ、さらぼっくり。明日……いや、もう今日だが、足湯へは行けそうか?」
そんな話をしたことを、私はすっかり忘れてしまっていた。
「はい。でもどこの足湯へ?」
「この近くに足湯カフェなるものがあるらしい。そこはどうだろうか」
「なんだか面白そうですね」
足湯カフェなど日頃ほとんど見かけないので新鮮だ。
「そうしましょうか! みんなも誘って……」
「いや、二人が良い」
「えっ……」
またまたややこしいことを言い出した。
せっかくのエリミナーレでの旅行だ、私としてはみんなでワイワイする方が良い。しかし、武田が二人を望むなら、二人でも良いとは思う。
だが一番の問題はそこではない。仮に二人で行くとして、それをどのように説明するか。そこが一番の問題である。素直に「二人で楽しんできます」とは言いづらいが、こっそり抜け出すようなことをしてはまた心配させてしまう。
「二人ですか? 構いませんけど、でも、どうして?」
なぜ二人が良いのか尋ねてみる。
すると彼はニコッと笑みを浮かべ、愛嬌を前面に押し出しつつ、「恋人だからだろう」と答えた。さも当たり前といった風に。
翌日の朝食には、行かないことにした。バイキング方式というのは気になったが、元気に朝食をとれるような気分ではなかったからだ。
「……ちゃん。沙羅ちゃん!」
布団の中で温もりながら眠っていた私は、レイの爽やかな声で目を覚ました。
「あ、レイさん」
「起きれた? おはようっ」
最高の目覚まし時け——いや、そんなことは重要ではない。今は起こしてくれたレイにお礼を言うのが先だ。
「おはようございます。起こして下さってありがとうございます」
「いいよいいよ。気にしないで」
「今何時ですか?」
「朝の十時! 今からお出掛けしようって話してるところだよ」
レイは凛々しい顔に爽やかさのある笑みを浮かべ、快く教えてくれる。私は彼女の心の広さを尊敬した。
それからしばらく。
段々意識がはっきりしてきて、ようやく上半身を起こすと、布団のすぐ隣に鞄が置いてあることに気がつく。荷物を詰めてきた私の鞄だ。
「あの、この鞄は?」
「客室から運んできておいたよ。必要な物とか入ってるだろうから」
「ありがとうございますっ」
私は何度か頭を下げる。心からの感謝を込めて。
「本当にお世話になってばかりで、あの、本当にありがとうございますっ」
繰り返し礼を述べると、レイは少し気恥ずかしそうに笑う。
「そんなたいしたことじゃないよ。ただ荷物運んで起こしただけだから、ありがとうなんて。おかしな感じ」
はにかみ笑いもよく似合うと思った。正直意外だ。
そこでレイは話題を変える。
「あっ、そうだ。今日のお出掛けなんだけど」
「はい」
「武田と二人で足湯カフェ行くって?」
聞いた瞬間、一瞬、心臓が止まりそうになった。まさかレイからその話が出てくるとは予想していなかったからだ。不意打ちはダメージが大きい。
「武田から聞いたんだけど、本当?」
「……は、はい」
嘘ではないので、頷いておく。
「じゃあその間は別行動だね。あたしたちは買い物するかなー?」
レイは少し間を開けて続ける。
「足湯、楽しんでね」
どこか男性的な凛々しい顔立ち。その魅力を存分に引き出す爽やかな笑み。それらが見事に混じり合い、奇跡的なハーモニーを奏でている。
「……はいっ!」
私ははっきりと返事した。
いつもは、こんな風にハキハキと物を言うことは、なかなかできない。性格ゆえに。だが、今は迷いなく答えられた。
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