新日本警察エリミナーレ

四季

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143話 「奇跡の中の奇跡」

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 武田に果物ナイフを握る手首を捕まれ、赤と緑の水玉柄のマスクを着用した男は動揺の色を浮かべる。マスクをしていて顔の下半分が見えない状態であっても、彼の顔面に広がる動揺の色は、確かに見て取ることができた。

「く、こいつ……!」

 水玉マスクは必死に平静を装おうとしている。だが、武田から刃のような視線を向けられると、どうしても心が乱れてしまうようだ。

「夜中に客室に忍び込むのは良くない」
「うるせぇ!」

 果物ナイフを持っているのと逆の拳で、武田の腹部を殴ろうとする水玉マスク。しかし気づいていた武田は、膝で拳を防ぎ、更に払った。
 元の体勢へ戻る。

 そこへニット帽が言葉を投げる。

「京極さんはー? 早く教えてー」

 相変わらず軽い調子だ。

 武田と水玉マスクは硬直状態。お互いに相手の様子を窺い、どちらも次の一手を打たないためである。

 その時、今まで黙っていた巨大サングラスをつけた男が声を出す。

「あそこの布団に隠れてんの、京極さんなんちゃう?」
「マジかよ。ないない」
「何やそれ! めっちゃ疑いの目やん!」

 ニット帽とサングラスが話している。

「取り敢えず発掘してみるわ!」
「まぁ好きにしろ」
「オッケーオッケー。そっちはそっちでやっといて」

 ——まずい!

 サングラスがこちらへ近づいてくるのが、布団の隙間から見えた。彼は間違いなく私を狙っている。

 見えていないはずなのに。たいした音もたてていないはずなのに。
 もしかして、気配で察したのだろうか……?

「ちょっとごめんなー。確認さしてもらうで」

 サングラスは私の前で足を止める。

 心臓がドクンドクンと大きく鳴る。私以外にまで聞こえるのでは、と思うくらいの音である。拍動がいつになく早く大きくなり、胸が痛い。
 今さら逃げるのは無理だ。私の力ではサングラスに勝てない。ならどうすれば良いのか、どうするべきなのか。私は必死に考える。
 そのうちに、サングラスの手が布団へ伸びてくる。

 ——そうだ。
 この際どうなってもいい。そのくらいの決意で、私は布団から出た。

「うわ。可愛い女の子やん」

 サングラスは漏らし、口元を緩める。彼の気は、確かに緩んでいた。

 その隙にちゃぶ台の上の湯飲みを掴む。

 そして、サングラスに投げつける——!

「うっわ! 何これ、水っ!?」

 顎から上半身にかけてお茶がかかったサングラスは、予想通り、数歩退いた。
 寝る直前にレイが淹れてくれたお茶がなみなみと入った小さな湯飲み。時間が経っているため冷めてはいるが、それでも僅かな抵抗にはなるに違いない。
 そう考え投げつけてみたが、見事に成功した。奇跡だ。

「いきなり何すんねん!」

 憤慨するサングラス。

 私は床に落ちた掛け布団を持ち上げながら、武田を一瞥する。彼はまだ水玉マスクと硬直状態であった。

「湯飲み投げつけるとか、いくら可愛い子でも許せへん! うちの父ちゃんは陶芸家や!」

 ごめんなさい。湯飲み割れてないから、大目に見て。
 私は内心謝る。それから、持ち上げた掛け布団を体の前へやる。

「え、何や? 何なんや?」

 そしてそのままサングラスへ直進していく。戸惑って動きが鈍くなっている彼を、私は掛け布団ごと壁へ押しやる。
 何もない普通の状態だったなら、かわされるか逆に押し返されるかだっただろう。上手くいったのはこれまた奇跡としか言い様がない。

「沙羅!?」
「こ、こっちは大丈夫ですっ」
「危ないことをするな!」
「大丈夫ですからっ」

 本調子でない武田に負担をかけるわけにはいかない。少しでも彼にかかる負担を減らす。それが今の私にできる、数少ないことだ。

「レイさん! 起きて下さいっ!」

 サングラスを壁に押し付けつつ、私は全力で叫んだ。するとレイはごそごそ動き、数秒してむくっと上半身を起こす。

「まだ夜だよ、沙羅ちゃ——え?」

 ようやく室内の異変に気づいたらしく、レイは顔を硬直させる。

「これは一体!?」
「手伝ってほしいです!」
「う、うん!」

 レイは、よく分からないといった顔をしつつも、首を縦に振った。

「任せて!」

 言いながら手のひらで両頬をパンと叩き、自ら目を覚まさせる。そしてそのまま立ち上がるレイ。

 その姿を目にし、ニット帽は顔色を変えた。三対三になれば負ける、と悟ったのかもしれない。

「お前らはヘタレか! とっとと黙らせろよ!」

 ニット帽が焦った声色で叫ぶ。武田と硬直状態の水玉マスクと、私によって壁に追いやられているサングラスに対して。

「こいつが未知数すぎて、下手に動けねぇよ!」
「この子好みすぎて、抵抗なんかできへんわ!」

 水玉マスクとサングラスが同時に言い返した。

 サングラスの方は色々とおかしいが、気にしている余裕はない。意識を逸らせばその隙を狙われる。今私は危険と隣り合わせの状況なのだ、気を引き締めなくては。

「あたしの相手は真ん中だね」

 立ち上がり室内の様子を見回していたレイは、ニット帽に視線を定め、落ち着いた調子で言った。寝起きとは思えぬ勇ましさである。

「あ、えーと。お姉チャン、京極さん?」
「違うけど」
「うっ、またハズレか……。それじゃあさ、京極さんがどこにいるか知ってる?」
「知ってる。でも話す気はないよ」

 躊躇いなく真っ直ぐに返すレイは凛々しく、武田と並ぶくらいかっこよく見えた。

「悪いことする気でしょ? 魂胆が見え見えだよ」
「なっ……」
「エリミナーレとして、これは見逃すわけにはいかない」

 今のレイは銀の棒は持っていない。しかし、ニット帽を捕まえる気満々のようだ。

「全員捕獲するから。覚悟!」

 鋭く叫び、レイはニット帽に向かって一歩を踏み出した。
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