新日本警察エリミナーレ

四季

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142話 「誰に向かって言っている」

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 布団の中を何かが動くような、カサッという小さな音で目が覚めた。
 室内は暗く、何も見えない。

「……っ!?」

 少しして、驚く。私の布団の中に武田の体があったからだ。
 よく見ると彼は起きているようだった。最初は寝惚けて寄ってきたのかと思ったが、意識があるようなので、寝惚けているのではなさそうである。
 だからといって、いかがわしい理由で近づいてきている感じもない。

「これは?」
「……極力話さず、じっとしていろ」

 短くそう言った武田の顔つきは険しかった。鋭い目つきに、つり上がった眉。戦闘中のような、固い面持ちである。

 彼の言葉に従い黙ると、室内の空気が普通ではないことに気がつく。肌を刺すようなピリピリした空気に包まれている。

「……何事ですか?」

 一つの布団に二人で潜り込んだかなり狭く息苦しい体勢のまま、私は武田に尋ねた。数十秒前に目覚めたばかりの私は、まだ状況が飲み込めていないのだ。

 すると彼は、低く小さな声で、「怪しい物音がする」と教えてくれた。

「物音……ですか」
「聞いてみろ」

 はい、と頷き耳をすます。すると、意識を集中させなくては聞こえないくらいの、小さな話し声が耳に入ってきた。三人くらいの話し声で、恐らく、この客室の前辺りから聞こえてくるものと思われる。

「他の泊まっている方では?」

 夜中とはいえ、廊下を誰も歩かないという保証はない。宿泊客数名が移動しているという可能性もおおいにある。なので、廊下から話し声が聞こえるだけで「怪しい」と判断するのは、やや早計ではないか。
 私はそう考えていたのだが、武田から「数十分この調子だ」と聞いたことで、段々、本当に怪しい者かもしれないと思ってきた。

「どうしましょう?」
「取り敢えずレイを起こそうかと思う」
「私の方が近いので起こしてみましょうか」
「あぁ、そうだな。よろしく頼……」

 武田が言い終わる直前、突如、部屋の入り口付近からガンガンと大きな音がした。夜の静寂を揺らす荒々しい音に、私は思わず身を縮める。

「……まずいな、これは」

 いよいよ起き上がる武田。
 布団から出た彼の顔つきは、間違いなく戦闘時のそれだった。

 直後。
 またしても、ガァン、と音が響く。

「これは……?」
「沙羅。レイを起こしてくれ」
「は、はい」

 続けてガチャガチャッと音が鳴る。鍵穴に太めの針金を突っ込みでもしたような、先ほどまでとは違った音。

 それを耳にした瞬間、私は身の危険を感じた。何者かが入ってくるかもしれない、と本能的に感じたからだろう。
 私はすぐに、隣で眠るレイを起こそうと試みる。腕や脇腹をトントンと叩いたり、彼女の名を呼んでみたりしたが、レイはなかなか起きない。
 その間も鍵穴を弄るような音は鳴り続ける。

「レイさんっ……」

 可能なら大声で起こしたいものだが、それは無理だ。あまり大きな声を出すわけにはいかない。
 そこで私は、両手で彼女の片腕を掴み、大きく揺すぶってみる。すると、よく眠っていたレイもさすがにこれには気がついたらしく、目を開け、「何?」と漏らす。

「まだ夜じゃ……」
「起きれますか? 不審な音が」
「不審な音? 沙羅ちゃん、それ多分夢だよ……」

 呑気なことを言うレイ。
 彼女の意識はまだ完全には戻っていないようだ。半分寝ていると言っても過言ではない状態である。


 その時。ガタッ、と低くも大きな音が室内に響く。

 扉が開いたのだろうか……。

 それと同時にパタパタと足音が聞こえた。

 入り口と、私たちが寝ている部屋の間は、一枚の襖で仕切られている。なので、仮に誰かが侵入してきたとしても、襖を開けるまで姿は見えない。
 だから今も、誰が入ってきたのかは分からない。けれども、数人はいるということだけは、気配で分かる。
 私が彼女の目を覚まさせようとして、揺らしたり小声で呼んでいると、武田が唐突に「沙羅、やはりもういい」と言ってきた。

「でも」
「騒ぎになれば起きるはずだ。それまで私がやる」
「そんな。怪我が治りきっていないのに……!」

 せっかく温泉旅行でゆっくりできると思っていたのに、なんてアンラッキーなのだろう。
 私が不運を引き寄せたのだろうか——。
 ついマイナス思考になってしまう私に、武田は淡々とした調子で言う。

「恋人だからな、沙羅。必ず護る」

 いやいや。恋人になる前から護ってくれていたではないか。
 脳に突っ込みが浮かんできたが、この緊迫した空気の中で言うのは駄目だと思い、言葉を飲み込む。

 既に立ち上がっている武田は、威嚇するような険しい顔で待ち構える。


 刹那、襖が開く。
 そこに立っていたのは、いかにも怪しい二十代くらいの男性三人組だった。
 虹色のニット帽、顔の半分ほどある巨大サングラス、赤と緑の水玉柄のマスク。それぞれ個性的なアイテムを着用している。想像を絶するカラフルさに、私はしばらく何も言えなかった。

「何をしに来た。それに、戸は閉めていたはずだが」

 武田は三人組を睨みながら、静かな低音で尋ねる。今の武田は、柔らかい表情の時とは別人のような顔つきだ。

 すると、ニット帽が軽い調子で述べる。

「スミマセーン。京極さんて、いらっしゃいますかー?」

 ……京極さん?
 エリナのことだろうか。

「ここにはいないが」

 不審者と対峙しても、武田は心を乱さない。夜中の湖のように静かな瞳で、ニット帽を凝視している。
 ちょっとやそっとで動じないところはさすがだ。

「あ、じゃあどこにいるー?」
「そんなことを教えると思うか」

 武田がキッパリ言い放つと、赤と緑の水玉マスクを着用した男が、どすの利いた声で吐く。

「勘違いすんなよ?」
「その言葉、そのまま返す」
「ぐっ……クソがっ!」

 淡々と言い返され苛立ったマスクは、ついに果物ナイフを取り出す。
 私は怖くて思わず布団に潜り込んでしまった。隙間から様子を見つつ、恐怖によって荒れた呼吸を整える。

「刺されたくなけりゃ、とっとと答えろってんだ!」
「誰に向かって言っている」
「あぁ!? 調子こいてんじゃねぇぞ!」

 どすの利いた声はマスク越しでもしっかり聞こえる。

「答えられねぇってことは! ここに隠してるんじゃねぇのかよ!」

 なんと悪い言葉遣い。

「黙ってんじゃねぇよ、おっさん!」

 果物ナイフを持った水玉マスクが武田に接近していく。怒りで興奮しているのか、男の瞳は大きく見開かれていた。

「何か言えってんだ!」
「誰に向かって言っている」
「ぐっ……テメェ! 馬鹿にしてると痛い目に遭うぞ!」

 真正面から果物ナイフを向けられても武田の表情は揺れない。刃で彼を動揺させるなど不可能だ。

「私が誰か、知らないのか」
「知るかよ! 京極出せ!」
「そうか、知らないか。まぁ……仕方ない。ニュースには滅多に出ないからな」

 武田は少し残念そうだった。


 ——次の瞬間。
 水玉マスクが果物ナイフを突き出す。武田は咄嗟にその手首を掴む。尋常でない武田の反応速度に、水玉マスクは顔をひきつらせた。

 怪我が治りきっていなくても、武田はやはり早い。彼の戦闘能力が常人の域を越えていることに変わりはなかった。
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