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120話 「置いては行けない」
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勢いと運任せで放った弾丸は、手下の男の顔面に当たる直前で弾けた。黒と白の混ざった謎の粉が散り、男は大きなくしゃみをする。
突然のことに困惑の色を浮かべる武田。ただ、冷静さと判断力は健在だ。男の力が緩んだ隙を見逃さず、上手く脱出した。
疲労困憊でもある程度能力を発揮できる、というのは彼の日々の努力の賜物だろう。日頃から積み重ねを怠らない彼だからこそなせる業に違いない。
武田は一直線にこちらへと駆けてくる。
私はなぜか妙に冷静に、「まだ走る力が残っていたのか」と思った。まだ何も解決しておらず、そんなことを考えている余裕はないのに。
傍へ来た彼は、先ほど弾丸が掠った私の左腕へ視線を向けた。整った顔に不安の色が濃く浮かんでいる。
「沙羅っ。腕、怪我して……」
「だ、大丈夫です! こんなくらい!」
私は強がりを言った。
大丈夫とは言い難い状態だ。しかし、今ここで私が弱音を吐いたりしたら、武田は更に不安になり弱ってしまうことだろう。
だから弱音を吐くことはしない。決して。
「まったく。沙羅さんは余計なことばかりしてくれますな」
宰次は顔を歪め、再び不快感を露わにしていた。
自分の思い通りに進まないのが気に食わないのだろう。どこまでも自己中心的な男だ。本当に、救いようがない。
「あまり手間をかけさせないで下さいよ。ね、沙羅さん?」
「……大人しく死ねということですか」
「理解が早くて良いですな。二人揃ってここで消えなさい」
宰次はもう、私すらも生かしておく気がなくなったようだ。武田も私も、私の父親も。このままではやられてしまうだろう。
今エリナたちが来てくれればどうにかなりそうな気もするのだが……。
「京極エリナは来ませんよ」
突如、宰次が言った。まるで私の心を見透かしたかのように。
「足止め要員はあの小娘二人だけではありませんよ。他にもたくさんいます。いくら戦闘能力が高くとも、あれだけの数を倒すにはかなりの時間がかかることでしょうな」
つまり、と彼は続ける。
「お二人に助かる道などないのです。ふふ」
すると武田は一歩前へ出る。しかし足に力が入らないらしく、膝が半分くらい曲がっている。だがそれでも諦めた顔にはなっていない。
彼は宰次の攻撃に備えつつ、私を一瞥する。
「沙羅、行け」
私はすかさず首を左右に振った。
傷だらけの彼を置いては行けない。私が助かるために彼を見捨てるなど、絶対に後悔する。
本当は逃げた方が賢いのだろう。それに、二人まとめてやられるよりかは、一人でも助かる方が良い。そういうものなのだろう。
けれども、私は嫌だ。
一緒に。
そう約束したのだから、二人で生き延びなくては意味がない。
「……行きません」
「沙羅、わがままを言うな。今のお前は出血もあるんだ。もたもたしていたら手遅れになる」
「それでも、嫌です。武田さんを置いては行けません」
もしこの場にまったく関係ない者がいたとすれば、「無力な者が一人いたところで何が変わる?」と思ったことだろう。意地を張る私を嘲笑したかもしれない。
「早く行け」
「……一人では嫌です」
「頼む。行ってくれ」
「一人は嫌!」
思わず大きな声を出してしまった。
怖かったのだ。彼と別れることが。
今ここで別れたら、もう生きては会えない気がした。武田がそう簡単に死ぬとは思っていないけれど、なぜか、再び会うことはないような気がする。
「沙羅。お前は本当に」
直後。
彼の細い目が、大きく見開かれる。
「……えっ」
私を狙ったのであろう宰次が放った銃弾は、咄嗟に庇おうと前へ出た武田の肩に突き刺さっていた。
撃たれた衝撃もあってか、彼は真後ろへ倒れ込む。脱力し、私に向かって倒れてくる。
私は慌てて彼の体を支えた。……もっとも、支えたと言っても、座るような体勢になっているが。
「おや。武田くんが庇うとは」
宰次は愉快そうに口元を歪める。
「ふふ。沙羅さんは幸運ですな」
なんてことを言い出すのか。こんなものは私が求めていた結末ではない。
「宰次! なんてことを!」
「なぜ怒られるのですかな? 沙羅さん。怪我せずに済んで良かったではないですか。ふふ」
「良かった!? ふざけないで下さい!」
「まさか。僕はいつだって真剣ですよ」
宰次への怒りと悔しさが混じり、視界が涙で滲む。唇が震えた。
「武田さんを傷つけた、貴方は、貴方だけは……絶対許さない!」
込み上げる感情を抑えることは、今の私にはできなかった。
「何を言い出すのですかな? 武田くんが撃たれたのは沙羅さんのせい。沙羅さんがすぐに逃げなかったからではないですか」
「そもそも撃ったのは貴方じゃない!」
「けれど、武田くんがここまで追い込まれたのは、間違いなく沙羅さんのせいですな」
私はそれ以上言い返せなかった。喉元で言葉が詰まり、出てこない。宰次が言っていることもまた事実だったからだろう。
「……っ」
目に溜まっていた涙が、一気に溢れた。熱いものがこぼれ落ち、頬を濡らしていく。
絶対に負けないと決めていたのに、結局これだ。これだから私は。情けない。
そんな時だった。
背後の扉が、バァンッと大きな音を立て、勢いよく開く。
「沙羅っ!!」
エリナの鋭い声が聞こえてくる。張りのある強く歯切れのよい声だ。今はその声が、救世主の声のように感じられる。
鞭を持っているエリナの隣には、拳銃を構えたナギ。モルテリアの姿はないので、彼女は別行動のようだ。
「……ちっ。京極エリナ……」
エリナらの到着に、顔をしかめる宰次。
「随分やってくれたみたいね。……まぁいいわ」
桜色の長い髪を一度掻き上げ、エリナはいつになく強気な表情で啖呵を切る。
「畠山宰次! 覚悟しなさい! 貴方も今日でお仕舞いよ!!」
突然のことに困惑の色を浮かべる武田。ただ、冷静さと判断力は健在だ。男の力が緩んだ隙を見逃さず、上手く脱出した。
疲労困憊でもある程度能力を発揮できる、というのは彼の日々の努力の賜物だろう。日頃から積み重ねを怠らない彼だからこそなせる業に違いない。
武田は一直線にこちらへと駆けてくる。
私はなぜか妙に冷静に、「まだ走る力が残っていたのか」と思った。まだ何も解決しておらず、そんなことを考えている余裕はないのに。
傍へ来た彼は、先ほど弾丸が掠った私の左腕へ視線を向けた。整った顔に不安の色が濃く浮かんでいる。
「沙羅っ。腕、怪我して……」
「だ、大丈夫です! こんなくらい!」
私は強がりを言った。
大丈夫とは言い難い状態だ。しかし、今ここで私が弱音を吐いたりしたら、武田は更に不安になり弱ってしまうことだろう。
だから弱音を吐くことはしない。決して。
「まったく。沙羅さんは余計なことばかりしてくれますな」
宰次は顔を歪め、再び不快感を露わにしていた。
自分の思い通りに進まないのが気に食わないのだろう。どこまでも自己中心的な男だ。本当に、救いようがない。
「あまり手間をかけさせないで下さいよ。ね、沙羅さん?」
「……大人しく死ねということですか」
「理解が早くて良いですな。二人揃ってここで消えなさい」
宰次はもう、私すらも生かしておく気がなくなったようだ。武田も私も、私の父親も。このままではやられてしまうだろう。
今エリナたちが来てくれればどうにかなりそうな気もするのだが……。
「京極エリナは来ませんよ」
突如、宰次が言った。まるで私の心を見透かしたかのように。
「足止め要員はあの小娘二人だけではありませんよ。他にもたくさんいます。いくら戦闘能力が高くとも、あれだけの数を倒すにはかなりの時間がかかることでしょうな」
つまり、と彼は続ける。
「お二人に助かる道などないのです。ふふ」
すると武田は一歩前へ出る。しかし足に力が入らないらしく、膝が半分くらい曲がっている。だがそれでも諦めた顔にはなっていない。
彼は宰次の攻撃に備えつつ、私を一瞥する。
「沙羅、行け」
私はすかさず首を左右に振った。
傷だらけの彼を置いては行けない。私が助かるために彼を見捨てるなど、絶対に後悔する。
本当は逃げた方が賢いのだろう。それに、二人まとめてやられるよりかは、一人でも助かる方が良い。そういうものなのだろう。
けれども、私は嫌だ。
一緒に。
そう約束したのだから、二人で生き延びなくては意味がない。
「……行きません」
「沙羅、わがままを言うな。今のお前は出血もあるんだ。もたもたしていたら手遅れになる」
「それでも、嫌です。武田さんを置いては行けません」
もしこの場にまったく関係ない者がいたとすれば、「無力な者が一人いたところで何が変わる?」と思ったことだろう。意地を張る私を嘲笑したかもしれない。
「早く行け」
「……一人では嫌です」
「頼む。行ってくれ」
「一人は嫌!」
思わず大きな声を出してしまった。
怖かったのだ。彼と別れることが。
今ここで別れたら、もう生きては会えない気がした。武田がそう簡単に死ぬとは思っていないけれど、なぜか、再び会うことはないような気がする。
「沙羅。お前は本当に」
直後。
彼の細い目が、大きく見開かれる。
「……えっ」
私を狙ったのであろう宰次が放った銃弾は、咄嗟に庇おうと前へ出た武田の肩に突き刺さっていた。
撃たれた衝撃もあってか、彼は真後ろへ倒れ込む。脱力し、私に向かって倒れてくる。
私は慌てて彼の体を支えた。……もっとも、支えたと言っても、座るような体勢になっているが。
「おや。武田くんが庇うとは」
宰次は愉快そうに口元を歪める。
「ふふ。沙羅さんは幸運ですな」
なんてことを言い出すのか。こんなものは私が求めていた結末ではない。
「宰次! なんてことを!」
「なぜ怒られるのですかな? 沙羅さん。怪我せずに済んで良かったではないですか。ふふ」
「良かった!? ふざけないで下さい!」
「まさか。僕はいつだって真剣ですよ」
宰次への怒りと悔しさが混じり、視界が涙で滲む。唇が震えた。
「武田さんを傷つけた、貴方は、貴方だけは……絶対許さない!」
込み上げる感情を抑えることは、今の私にはできなかった。
「何を言い出すのですかな? 武田くんが撃たれたのは沙羅さんのせい。沙羅さんがすぐに逃げなかったからではないですか」
「そもそも撃ったのは貴方じゃない!」
「けれど、武田くんがここまで追い込まれたのは、間違いなく沙羅さんのせいですな」
私はそれ以上言い返せなかった。喉元で言葉が詰まり、出てこない。宰次が言っていることもまた事実だったからだろう。
「……っ」
目に溜まっていた涙が、一気に溢れた。熱いものがこぼれ落ち、頬を濡らしていく。
絶対に負けないと決めていたのに、結局これだ。これだから私は。情けない。
そんな時だった。
背後の扉が、バァンッと大きな音を立て、勢いよく開く。
「沙羅っ!!」
エリナの鋭い声が聞こえてくる。張りのある強く歯切れのよい声だ。今はその声が、救世主の声のように感じられる。
鞭を持っているエリナの隣には、拳銃を構えたナギ。モルテリアの姿はないので、彼女は別行動のようだ。
「……ちっ。京極エリナ……」
エリナらの到着に、顔をしかめる宰次。
「随分やってくれたみたいね。……まぁいいわ」
桜色の長い髪を一度掻き上げ、エリナはいつになく強気な表情で啖呵を切る。
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