新日本警察エリミナーレ

四季

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111話 「恐怖を抱きながらも」

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「……光った」

 モルテリアが静かな声で言ったのは、もうすぐ着く、という時だった。

 武田はすぐにブレーキを踏む。タイヤと地面が擦れる高く鋭い音が鳴り、車は停まる。シートベルトをしていて良かった、と安堵した。

 ——直後。
 弾丸がフロントガラスに突き刺さる。ちょうど武田の目の前だ。

 彼は一瞬にしてシートベルトを外すと、ドアを開け、切羽詰まった声で叫ぶ。

「降りろ!」

 次は私に弾丸が来るかもしれない、という恐怖が突然襲いかかる。私はあまりの恐怖に動けなくなってしまった。
 指、手、腕に足。すべてが激しく震え出す。

 後部座席の三人は既に車を降りていた。車内に私だけが残ってしまう。
 何とか速やかに外へ出ようとするが、シートベルトを外すことすらままならない。なんせ、手が震えてまともに動いてくれないのだ。

「沙羅! 何をしている!?」

 私がもたついていることに気づいた武田は、すぐに車内へ戻ってきてくれた。

「どうしたんだ」
「こ、これ……取れなくて……」

 私はシートベルトを指差す。それが限界だ。

「任せろ、すぐに外す」

 武田はその大きな手が私のシートベルトへ伸ばした——刹那。車外のエリナが叫ぶ。

「二発目が来るわよ!」

 怖い。純粋に。
 生まれて二十年以上経つが、これほど怖いと思ったことはない。

 シートベルトを外した武田は、私に被さるような体勢をとり、耳元で小さく呟く。

「目を閉じろ」
「……え」
「いいから。早く」

 日頃より厳しい声色だった。
 なので私は指示通り目を閉じる。彼がいるから大丈夫。そう信じ、その場でじっとすることに専念する。
 それから数秒、硝子が割れるような聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。鋭さはあるが、一瞬だけの音だった。

「沙羅、少しじっとしていてくれ」

 硝子が割れるような音が消えた後、武田の声が聞こえた。それとほぼ同時に体が持ち上がる。どうやら彼が抱えあげてくれたようだ。
 こうして、私はようやく車外に出られた。
 怪我なく済んだことは嬉しいが、逆に、早速迷惑をかけてしまったことは悔しい。改めて自分の弱さを感じてしまい、少し胸が痛くなる。

「怪我はないか?」
「は、はい」
「そうか。……良かった」

 安堵したように笑みを浮かべる武田。彼の笑みは、自然で、とても優しく、そして柔らかだった。
 そこへ飛んでくるエリナの指示。

「徒歩で建物へ向かうわよ!」

 指示を聞き、武田は立ち上がる。それを見習い、私も腰をあげる。

「沙羅、歩けるか」
「はい。大丈夫です」

 彼の問いに頷く。
 この頃になって、ようやく足の震えが収まってきた。色々と危ういが、何とか歩けそうだ。

「武田! 何してるの! もたもたしてないで、早く来なさい!」

 ナギとモルテリアを引き連れて先に駆け出していたエリナが、振り返り、遅れている私らに向けて叫ぶ。いつになく緊迫した声だった。しかも「的にされるわよ!」などと付け加える。物騒なことを言わないでほしい、と密かに思った。
 この状況下でそんな物騒なことを言われては、不安が高まって仕方ないではないか。やみくもに不安を煽るような発言は、極力避けていただきたいものである。

「行こう、沙羅」

 不安が募る中、私は武田に手を引かれ歩き出す。速度は徐々に上がり、いつしか小走りのようになっていく。

 足の回転が速まると同時に、胸の鼓動も加速していく。やがて呼吸も速くなる。
 もっとも、それが単に運動したせいなのか否かは、誰にも分からないが。


 やがて建物へたどり着く。
 一見どこにでもありそうに思える、何の変哲もない三階建てくらいの建物である。以前宰次に連れてこられた時に見たのとまったく同じ光景だ。

 入り口付近へ到着すると、エリナがやや大きめの声で言い放つ。

「約束通り来たわよ! 畠山宰次!」

 この季節にしては冷たい強風が、桜色の髪を激しく揺らす。エリナは面倒臭そうに、片手で髪を押さえていた。

「まさか逃げたんじゃないでしょうね!」

 代表してエリミナーレの到着を伝えるエリナには、真剣な顔つきのナギがぴったりと張り付いている。
 細身で高校生のような顔立ちのナギだが、真剣な顔つきをしていると、一人前のボディーガードに見えないこともない。今日は珍しくスーツを着ているので、その影響もあるのかもしれないが。

『……ふふ。逃げた、とは面白い発想ですな』

 どこからともなく宰次の声が聞こえてきた。
 生の声ではなさそうな感じがする。恐らく、建物周辺に設置されたスピーカーから、聞こえてきているのだろう。

『僕が逃げるわけないことは、分かっているでしょう? ふふ。まずは最上階まで来ていただきましょうかな。……天月さんをお忘れなく』
「沙羅を利用するなんて、随分卑怯なのね! 畠山宰次!」
『僕のもとには天月さんの父親がいますからな。彼が殺されて困るなら、絶対に、天月さんを忘れぬように』
「覚悟なさい、卑怯者! 必ず痛い目に遭わせてやるわ!」

 エリナは彼への不快感を隠さない。露骨に顔に出している。隠す必要もない、という判断を下したようだ。

 ——それにしても、なんて卑怯なのだろう。

 私はこの時、宰次に対し、初めてそんなことを思った。
 人一人の命がかかっていればエリナは逆らえない。それを知っていてこんな手を使っているのだろう。人の命で自在に操ろうとするなど、卑怯の極みである。

「……沙羅は頼むわよ」

 エリナは静かに、私の近くに待機している武田を一瞥する。それに対し武田は首を縦に動かす。

 それから数秒後。
 放たれた、エリナによる「突入!」の合図で、私たちは建物へ入っていくこととなった。
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