新日本警察エリミナーレ

四季

文字の大きさ
上 下
110 / 161

109話 「真剣」

しおりを挟む
 武田の顔は真剣そのものだった。静かな中にも強い意思の感じられる顔つきをしている。エリナを見つめる眼差しは真っ直ぐで、微塵の迷いもない。
 一応お願いという形をとってはいるが、心は固く決まっているようだ。

「何よ、いきなりプロポーズ?」

 エリナは冗談めかす。
 しかし動揺を隠せてはいない。もっとも、いきなりこんなことを言われたのだから、動揺するのも無理はないが。
 それに私はエリナのことを言える立場にはない。私だってかなり動揺しているからである。

「いえ、違います。沙羅を護る許可をいただきたいのです」

 武田は淡々と述べる。非常に落ち着いていた。
 彼は決して揺るがない。エリナはそう察したようだ。軽く深呼吸してから、ゆっくりと告げる。

「……分かったわ。貴方には沙羅の護衛を任せる。その代わり、こちらからも条件を提示させてもらうわね」
「何でしょう」
「条件一、沙羅に一つも傷をつけさせないこと。条件二、貴方も生きて帰ること。飲んでくれるかしら」

 武田は瞼を閉じ、数秒黙る。そして、やがて言う。

「分かりました。それで問題ありません」

 エリナは足を組み直し、「決まりね」と独り言のように呟く。

「それじゃあ、ナギ」
「はいっ!」
「貴方が私についてちょうだいね」

 するとナギの表情がぱあっと晴れた。
 まるで雨上がりに雲の隙間から光が差し込んできたかのようである。

「そりゃもう、喜んで! 本気でいくっす!」
「今回は特に、うっかりミスは許されないわよ」
「イエス! ノーミスでいくっす!」

 浮かれた様子のナギは、軽いノリで言いながらビシッと敬礼する。やる気満々のようだが、妙に高いテンションが心配である。
 だが彼もエリミナーレの一員。そう容易くやられることはないだろう。

「悪いな、ナギ」

 武田は珍しく素直だ。
 ナギはすぐに調子に乗る。

「心から感謝してほしいっすね! 危険な任務を引き受けてあげるんすから! ……エリナさん可愛いんで嬉しいんすけどね」

 最後若干本音がポロリしていた気もするが、それは聞かなかったことにしよう。敢えて突っ込むほどのことではない。

「私のわがままに付き合ってくれること、心より感謝する。この恩はいつか必ず返す」
「ちょ、なんすか!? なんか重いっすよ!」
「重くはない。当然のことだ」
「めんどくさ……」

 妙に深刻な顔で話す武田に、ナギは呆れた表情を浮かべる。心から面倒臭いと思っているような表情だった。

「ではレイ以外全員参加ね」

 エリナの言葉に、全員がしっかりと頷く。決して迷いのない瞳で。
 全員がそれぞれ覚悟を決めたところで、ナギが話し出す。

「そうそう、エリナさん! 報告があるっすよ!」
「どうぞ」
「吹蓮のことなんすけど」
「何かしら」
「自爆したらしいっす!」

 それを聞き、エリナは眉をひそめた。怪しむような目でナギを見ている。

「レイちゃんが言ってたんで、間違いないっすよ!」

 ナギだって最初は信じていなかったのに、と内心思った。

「吹蓮が自爆ですって? ……なんだか怪しいわね。このタイミングで吹蓮が自爆することを、あの宰次が許すかしら」
「他の手がある、ということかもしれませんね」

 私は勇気を出して会話に参加してみる。
 誰かと誰かが真面目な話をしているところに入っていくのは苦手だ。だが、だからといっていつまでも黙っていては、空気同然である。
 エリミナーレの一人なら、空気同然では駄目だ。そう言い聞かせ、自身を鼓舞する。

「お! 沙羅ちゃんが自ら入ってくるとか、レアチーズケーキっすね! なんか思いついたんすか?」
「もっと役に立つ者が現れたから吹蓮を切り捨てた、とか考えました」

 普通はそんな酷なことはなかなかできないだろうが、宰次ならやってのけそうだ。
 なんせ彼は、親しかった瑞穂すら殺めた男である。依頼という繋がりだけしかない吹蓮など、躊躇いなく切り捨てられるに決まっている。

「あー、なるほど。吹蓮はもういらなくなったってことっすね」
「確かにそれはある」

 何事もなかったかのように突然参加してくる武田。
 彼は納得したように頷きつつ、握手を求めてくる。

「さすがだ、沙羅。お前は本当に良いことを言うな。やはりお前は、エリミナーレに相応しい素敵な女性だ」

 なんのこっちゃら、である。
 私は素敵な女性ではない。

「ひゅーっ! 武田さんってば、沙羅ちゃんにメロメーロっすね!」
「黙りなさい、ナギ」
「いてぃっ!!」

 余計なことを言い出したナギは、席から立ち上がってきたエリナに背中をしばかれ、痛みに身を縮める。

「……とにかく。あと数日、おのおの調子を整えておくように。最良のコンディションで行くのが礼儀だものね」

 エリナは落ち着いた声色で述べた。
 マスクをしていても、女王の風格は消えはしない。顔全体が見えなくとも、彼女の大人びた雰囲気は変わらない。

「……うん、頑張る。調子、整えるものない……けど……」
「拳銃の調整は必須っすね! 早速弄ってくるっすわ!」

 モルテリアとナギは返事するや否や離れていく。解散の号令は放たれていないにもかかわらず。

 ……かなり自由奔放だ。

 一方、場に残った武田は、エリナの茶色い瞳をじっと見つめ、「ありがとうございます」と礼を述べていた。
 相変わらず真剣な顔で。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

女王様は猫ですから!

ねこ沢ふたよ
キャラ文芸
すっごい可愛い仔猫を友達からもらったの。 たくさん産まれたからって、飼い方の基本をレクチャーして渡してくれたのは、三毛猫。 ふんわり綿毛のようなぽわぽわした毛並み。仔猫特有のクリクリの大きな瞳。 天使のようだと家族全員で虜になったの。 それで「アンジュ」と名付けたのだけれど……。 それは、ほんの半年前のこと。 天使の美少女は、今や我が家に君臨する女王となった。 お母さん! またアンジュが私の通学リュックに! 私は、この絶対君主たるアンジュ女王に負けない決意を固めた(勝てる気はしない)。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

さらさらと流れるように描くように

日野
キャラ文芸
はじめての死後の世界、右も左もわからない。 紅香は最期の記憶がないまま常世で暮らしはじめた。 これが夢であれなんであれ、現世とおなじく暮らさねばならず――未知も怪異も、衣食住の前では些細なこと。 角の生えた少年・多娥丸のもと、紅香は頼まれていないのに掃除やお使いをはじめ、居場所の確保に成功する。 しかし亡者は亡者でも、紅香は理からはぐれた特異な存在だった――安穏とした時間は短く、招いてもいない客が現れはじめた。

苦労人お嬢様、神様のお使いになる。

いんげん
キャラ文芸
日本屈指の資産家の孫、櫻。 家がお金持ちなのには、理由があった。 代々、神様のお使いをしていたのだ。 幼馴染の家に住み着いた、貧乏神を祓ったり。 死の呪いにかかった青年を助けたり……。

【完結】あやかしの隠れ家はおいしい裏庭つき

入魚ひえん
キャラ文芸
これは訳あってあやかしになってしまった狐と、あやかしの感情を心に受け取ってしまう女の子が、古民家で共に生活をしながら出会いと別れを通して成長していくお話。  * 閲覧ありがとうございます、完結しました!  掴みどころのない性格をしている狐のあやかしとなった冬霧と、冬霧に大切にされている高校生になったばかりの女の子うみをはじめ、まじめなのかふざけているのかわからない登場人物たちの日常にお付き合いいただけたら嬉しいです。 全30話。 第4回ほっこり・じんわり大賞の参加作品です。応援ありがとうございました。

処理中です...