新日本警察エリミナーレ

四季

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107話 「仲直りの証?」

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 白一色で統一されたさほど広くない病室内に、いるだけで心労がかさむような張り詰めた空気が漂う。
 一秒後に何が起こっているか分からない、というような緊迫感。私はそれに押し潰されそうな気がして仕方ない。

 暫し沈黙があり、やがて、ナギに右腕を掴まれている武田が言う。

「離せ、ナギ」

 威圧感のある低音だ。
 だがナギは武田に慣れている。低い声で言われたくらいで素直に従うはずもない。それに、彼のことだ。むしろ言われたのと真逆の行動をとる勢いである。

「こんなところで本気でやり合うつもりか。迷惑極まりない」
「逃げるんすね。じゃあ、レイちゃんの気遣いを邪険に扱ったこと、謝ってほしいっすよ!」
「それとこれとは話が別だろう」

 武田とナギは真剣に睨み合っている。
 レイは「いい加減止めて!」と言い、男二人を制止しようとする。しかし、ナギも武田も反応しない。完全無視である。レイが無視されるなんて信じられない。

 やがて怒りを露わにしているナギの手が、肘の方へと移動する。意図してか偶然かは分からないが。そんなことで肘を強く握られた武田は、またしても顔を歪める。詰まるような苦痛の息を漏らしていた。

「なっ、ナギさん! お願いです。止めてあげて下さいっ!」

 余計な刺激を加えることは避けるべきなのに、堪らず口を挟んでしまう。武田が苦しんでいる光景を目にしながら黙っていることは、私にはどうしてもできなかった。
 私にしては大きな声に、ナギは驚いたようにこちらを向く。

「これは俺ら二人の問題なんで、止めないでほしいんすけど」
「でもっ。武田さんは苦しそうな顔をして……」
「これは男同士の話。沙羅ちゃんみたいな可愛い女の子が入れる話じゃないんすよ」

 いつもなら言われて嬉しいであろう「可愛い」も、このタイミングだと嬉しくない。話に入ってくるなと言われているような気分になるからである。

「沙羅、構うな。お前が心配することはない」

 続けて武田が言ってきた。

 一見優しい言葉だけれど、それはどこか私を拒否するような言葉だ。
 妙に悔しい気持ちになる。

「心配しますよ! だから止めて下さいっ!」

 私は思わずそう叫んでしまった。
 狭い部屋がしんと静まりかえる。そして、全員の視線が私に集まった。攻撃的な視線ではない。だが、小心者の私にとっては、大勢から視線を向けられるのが少々苦痛だ。
 それにしても、まさか私の声でみんなの動きが止まるとは思わなかった。

「そうだよ。沙羅ちゃんの言う通り」

 一番に口を開いたのはレイ。

「ナギも武田も、喧嘩するのは良くないよ。こんな時だからこそ結束を固めないと」

 確かに、と思う。彼女の言っていることはまっとうだ。
 巨大な敵に向かう時ほど力を合わせなくてはならない。これは小学生でも分かるような当たり前のことである。しかし、当たり前のことほど忘れるというのもまた、事実だ。

「仲良し……いいね……」

 ようやく場が落ち着いてきたところで、モルテリアが口を挟んできた。彼女は持っていた紙袋から小さなたい焼きを取り出し、ナギと武田にそれぞれ手渡す。

「……仲直りの、証……あげる……」

 いきなり小さなたい焼きを渡されたナギと武田は、ほぼ同時に困惑した顔になる。

「何だ、これは」
「これ何すか」

 どうやらモルテリアの意図が掴めていないようだ。あまりに突発的なので、意図が掴めないのも分からないことはない。

 しかし、当のモルテリアはというと、困惑した顔をされても気にしていない。僅かに口角を持ち上げ、丸みを帯びた顔に柔らかな笑みを浮かべている。
 白玉のような頬が愛らしい。

「これ食べて、仲良く……!」

 それは、食べ物好きがよく現れた、非常に彼女らしい発言であった。


 ナギと武田の喧嘩はなんとか収まった。二人を制止することができたのは、ある意味モルテリアのおかげかもしれない。彼女が突然小さなたい焼きを渡したことで、雰囲気が変わった気がするのだ。

 とにかく大事にならなくて良かった、と私は内心安堵の溜め息を漏らす。

「ナギさんは今日もこちらに?」

 私は何げなく尋ねてみた。
 荷物の準備もなしに二日も泊まるというのは大変だろう。だがレイを思うナギなら、多少苦労しても二泊するかもしれない。
 そんな風に考えていたからだ。

「俺っすか? いやー、まだ考え中なんすけど……多分もう一晩泊まるっす」
「ナギ。事務所へ帰って」

 私の問いにナギが答え終わった直後、ベッドの上のレイがきっぱりと言った。ナギは驚いたようにレイを見て、「ちょ、何で!?」などと返す。

「ナギはエリミナーレに残るって、昨日言ってたよね。エリミナーレのメンバーなら、事務所に帰って戦いに備えた方が良いと思う」
「俺はレイちゃんを一人にすんのは嫌っすよ」
「結局ナギはどっちなの? どっちつかずは良くないと思うよ」

 真剣な顔つきで淡々と話すレイ。そこにいつものような爽やかな笑みはない。

「あたしはもうエリミナーレの一員を名乗る資格がない。でもナギにはその資格があるんだから。ナギはエリミナーレを選んでいいと思うよ」

 数秒して、レイは続ける。

「それにほら。ナギはエリナさんのこと凄く心配していたよね。看病してあげなくていいの?」
「まぁそうっすけど……」
「だったら早く事務所へ帰った方がいいよ!」
「けど、そしたらレイちゃんが一人に……」
「あたしのことは気にしないでいいから」

 レイの声は冷ややかだった。
 決して荒々しい調子ではない。しかし、レイの静かな声には、漠然とした鋭さがあった。

 彼女は彼女なりに思うところがあるのだろう。その心の内は私には分からないけれど、彼女にも思いがあるということだけは感じられる。きっと複雑なものに違いない。
 だから私はこう言った。

「ナギさん、一度事務所へ帰りませんか? レイさんもああ言ってられることですし。あ、もちろんモルさんも」

 するとナギは黙り込んだ。らしくなく、何か考えているような真面目な顔をする。いつも活発で騒がしいナギだけに、黙っていると不思議な感じだ。
 私は彼の返答をじっと待った。急かすのは良くない気がしたからである。

 待っていると、やがて、ナギが口を開いた。

「そうっすね! 一旦帰ることにするっすわ!」

 私の予想とは違った返答だった。
 こんなことで、微妙な空気を十分には払いきれぬまま、事務所へ帰ることとなった。

 帰りしな、レイは私に向けて、微笑みながら手を振ってくれた。気を遣ってくれたのだと思う。彼女は本当に優しい人である。
 だが、その優しさが彼女自身を怪我させることとなったのも、また事実だ。みんなを傷つけさせまいとした結果、彼女が傷ついた……それを考えると、明るい気持ちにはなりきれない。
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