新日本警察エリミナーレ

四季

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96話 「見えぬ明日へと歩み行く」

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 武田を病院前で降ろす。
 掛かり付け医と知り合いであるエリナが武田に付き添うことになった。医師を知っている方が話が早い、という理由である。確かにその通りだと思う。嫌な気持ちにはならなかった。

 それから私たちは事務所へ帰る。

 一人電車で帰ったナギはというと、私たちが帰った時には既に事務所内にいた。ソファに座り、巨大シニオンが個性的な李湖と何やら話している。

「ただいまー」

 レイの声を聞き、素早く顔を彼女へ向けるナギ。非常に素早い動作だ。

「レイちゃん! お帰りっ!」
「ただいま。ナギ、お疲れ様」
「いやー、照れるっすわ。たいしたことしてないけど、褒められたらやっぱ嬉しいっすね」

 穏やかな空気であることを感じ、私は密かに安堵した。
 仲間内で揉めたり、重苦しい空気になったりするのは、嫌なものだ。エリミナーレには穏やかで温かい空気の方が似合う。これは間違いない。

「ちゃんと行けたんですかぁー?」

 李湖が唐突に口を開いた。

 ファンデーションがべったりと塗られた顔は今日も厚ぼったい。グロスで異様な艶が出た唇、頭上の巨大なシニオン。
 相変わらずな見た目だが、体調は悪化していないようで、少し安心した。彼女のことは別段好きではないが、逆に恨みがあるわけでもない。だから、元気であってくれれば一番良い。

「行けたよ。情報ありがとう」

 レイは李湖に、あっさりとした調子でお礼を述べる。すると李湖は偉そうにふんぞり返り、「感謝して下さいねぇ」などと言う。随分大きな態度だ。何とも言えない容姿と相まって、少しばかり鬱陶しい感じである。

「あの場所を教えてもらえて助かったよ。おかげで沙羅ちゃんを助けられたからね」
「場所を教えてあげた親切な李湖に、感謝して下さいねー」
「もちろん感謝してるよ。ありがとう」

 ストレートにお礼を言われると、李湖は戸惑ったように言葉を詰まらせていた。まさか本当にお礼を言われるとは思いもしなかったのだろう。

 それにしても、こんな形で李湖が活躍するとは、分からないものだ。


 その夜、午後七時くらいに、武田とエリナは帰ってきた。もう少し早く帰ってくるものと思っていたので、何かあったのかと心配していたが、何もなかったようだ。

 みんなが揃っているところへ合流した武田は報告する。

「一応全治二週間らしいが、特に大きな問題はなさそうだ」

 その顔はどこか嬉しそうであった。
 軽傷であっても負傷したことに変わりはない。だから、今は嬉しそうな顔をする場面ではないと思う。
 しかし、歓喜の声があがる。

「元気……良いこと……」
「大事なくて良かったよ」
「さすがっすね!モテない男ほど生命力は強いって言——」
「ナギ! それは余計!」

 くだらない発言をしたナギは、レイから厳しい注意を受けていた。
 それにしても、モテない男ほど生命力は強いって……。どこからそんな理論が発生したのか謎である。
 なんだかんだで仲良しなレイとナギをぼんやり眺めていると、武田が声をかけてきた。

「沙羅は聞こえなかったか?」
「え、私ですか」
「あぁ。念のためもう一度言おう。掛かり付け医に診てもらったのだが、たいした傷ではなかったようでな。一応全治二週間と言われた」

 先ほどと同じことを再び話す武田は、生き生きとした表情をしている。

「それは良かったです。けど、痛みくらいはあるのでは?」
「確かに、痛みがまったくないことはない。だが軽いものだ。右肘と左足がほんの少し動かしにくい程度で、たいしたことはない」

 武田はたいしたことはないと繰り返し主張する。しかし、それは彼が怪我に慣れているからだと思う。肘や足を動かしにくい程度の痛みはあるのだとすれば、軽いとは言い難い。

「武田さんがこんなことになったのは、私のせいです。……何と言えばいいものか。軽めでまだしも良かったですけど、でも……」

 発する言葉を迷っていると、武田が唐突に「待て」と言った。いきなりだったので驚き、私はゆっくりと彼へ視線を向ける。彼の瞳も私を捉えていた。

「私が怪我をしたのは沙羅のせいではない。宰次のせいだ」
「でも原因を作ったのは私で……」
「いや、宰次だ。沙羅を拐ったあいつが悪い」

 武田は譲らない。どうしてこうも頑固なのか。日頃は私の意見も聞いてくれるのに、こんな時に限って聞こうとしない。
 まぁ確かに、考えようによってはそうとも取れるが。しかし、そう容易く「宰次が悪いよね!」とは言えないのも、また事実である。

「そうですよね、エリナさん」

 エリナに同意を求める武田。敢えて関係のないエリナに話を振るというのは、恐らく昔からの癖なのだろう。

「えぇ、そうとも言えるわね。宰次は存在が悪だわ」

 エリナの発言は少々極端な気もする。しかし、過去に色々あったことを考えれば、極端になるのは仕方ないようにも思えた。
 エリナの返答を聞くや否や、すぐにこちらへ視線を戻す武田。

「沙羅は何も気にするな。すぐに治……あっ」

 彼はいつものように屈もうとしたが、突如痛みを感じたらしく、前向けに転倒しそうになる。このまま倒れてきたら、私も巻き込まれてしまう——そう思い、咄嗟に彼の体を支えた。

 彼は少し気まずそうに「すまない」と謝る。

「武田さん。やっぱり、少し休んだ方がいいですよ。せめてどこかに座るとか」
「そうか。それもそうだな」

 武田は納得したように頷いた。
 私は彼をソファの方へ連れていき、座らせる。既に座っていた李湖は、逃げるようにその場を離れた。

 ちょうどそのタイミングで、エリナが告げる。

「とにかく、今日はここまでとしましょう。宰次の件は明日から取りかかるわ」

 彼女は始終、疲弊したような暗い瞳をしていた。普段通りのように振る舞っているものの、明らかに疲れた顔だ。宰次が去った直後よりかは元気になっているように見えるが、それでも普段通りとはいかない。

 彼女はエリミナーレのリーダー。だから、しっかりしていてもらわなくては、エリミナーレ自体が駄目になってしまう。宰次と対峙し精神的に疲労しているのは仕方ないが、少々心配である。

 明日どうなっているかは予想がつかない。これからどうなっていくのか、私には分かりようがない。ただ、それでも進み続けるしかないのだ。

 漠然とした不安を抱きながら、私はこの日を終えた。
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