新日本警察エリミナーレ

四季

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94話 「一週間後に」

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 場が沈黙に包まれた。
 驚き、戸惑い、言葉を失う。誰もがそんな状態になっていた。当事者である私ですらも。
 深海のような沈黙は一分以上続いた。だが、静寂は時間を異様に長く感じさせるものだ。だから、感覚的には、三十分か一時間くらい経ったかのようだった。

 長い沈黙を破り最初に口を開いたのはエリナだった。

「沙羅が裏切り者? 何を根拠にそんなことを」

 宰次は白髪混じりの髪を時折撫でていた。その動作からは中年の余裕が漂っている。敵対する者を前にしても慌てない落ち着きぶりを、見せつけているかのようだ。

「失礼。正しくは『裏切り者の娘』ですな。沙羅さんの父親はエリミナーレの敵なのですよ」
「沙羅の父親が? 何よ、それ。いきなり馬鹿げたことを言い出すのね」
「馬鹿げたことではありません。沙羅さんの父親は資金提供という形でエリミナーレの敵に協力しておられる。ふふ、ご存じでしたかな?」

 そこへレイが「ちょっと待って下さい」と割って入る。彼女は武田を支えた体勢のまま、はっきりと続ける。

「そのエリミナーレの敵というのは、貴方のことですよね」

 はっきりとした声色で言われた宰次は、ほんの僅かに眉を上げた。

「ほぅ。なぜそう思われるのですかな?」
「吹蓮にエリミナーレ殲滅を依頼したのは貴方なのでしょう。そうでなければ、吹蓮がここにいる理由が分かりませんから。エリミナーレ殲滅を依頼したのは貴方。つまり、貴方は我々の敵です」
「実にアバウトで分かりづらいですな。さすがの僕も理解に時間がかかりましたよ。ただ、間違いではない」

 呆れ顔になりつつも宰次は笑みを消さなかった。口元に怪しい笑みを湛えたまま、彼は言う。

「その方が仰る通り、沙羅さんの父親が協力したエリミナーレの敵とは、僕のことです」

 咄嗟に鞭を構え、戦闘体勢に入るエリナ。
 しかし宰次は、「少し待っていただきたいものですな」と、今にも攻撃しそうなエリナを制止する。戦う気はなさそうだ。

 彼の思考はまったく読めない。エリミナーレ殲滅などとえげつないことを言っているかと思えば、戦わないような態度をとったりもするのだから、常人には理解不能だ。見れば見るほど、知れば知るほど、よく分からなくなっていく。

「一つ、提案が」
「……何かしら」

 エリナは宰次に、警戒心剥き出しの鋭い視線を向けている。茶色い瞳は蛍光灯の光を受けて赤く輝いていた。まるで彼の本心を見抜こうと試みているかのように。

「本当はここで貴女たちを潰してしまうつもりでいたのですが……やはり一週間後にしませんかな?」

 いきなり勝手なことを言い出す宰次。エリナのことを自己中心的と言っていたが、結局のところ彼も同じではないか。

「ぶつかりあうならお互い準備万端でぶつかりあう方がいい。そう思いましてな」
「随分いい人ぶるのね。今まで散々狡いことばかりしてきたくせに」
「そうですな……ただ」

 宰次はゆっくりとエリナに歩み寄る。そして、彼女の顔に、顔を近づけた。エリナとは背の高さが近いため、武田の時とは違い、真正面から顔面を近づける形となっている。

「それはそちらも同じでしょう?」

 言葉を詰まらせるエリナ。
 そんな彼女を見て、宰次は、目を細めながらニヤリと口角を持ち上げる。いかにも裏のありそうな笑みだ。

「僕への復讐を密かに企んでいたことは知っていますよ。ふふ……」

 彼は意味深な言葉を発しつつ、エリナの肩をぽんと叩く。エリナは「触るんじゃないわよ」と速やかにその手を払った。手を払われた宰次は、「中年は損ですな」と漏らしつつ、ゆったりとした足取りで歩き出す。

 扉の方へと近づいてくる宰次を警戒するレイ。しかし彼は、レイらには目もくれず、そそくさと部屋から出ていく。
 不気味なほどあっさりしている。

「では、一週間後にこの場所で。待っていますよ。今から楽しみですな」

 散々風雨を起こし、突如去っていく、台風のような気まぐれな人だと思った。彼はかなり変わっている。もしかしたら、私が平凡なだけかもしれないが。


 こうして、私たちはその場に残された。まるで、大きな嵐が過ぎた後の荒れた世界に、ぽつんと取り残されたかのようだ。
 言動に翻弄され、心を掻き乱され、最終的には置いていかれる——何もかも宰次の思うつぼだったのかもしれない。もっとも、彼に狙いを直接尋ねることはできないので、本当のところは分からないのだが。

 宰次に置いていかれたエリナは、難しい顔をして、暫しその場から動かなかった。だが少しだけ理解できる気がする。今の彼女の心境は、恐らくかなり複雑なものだろうから。

「……あっ!」

 レイが唐突に声をあげた。支えていた武田が倒れ込みかけたのである。レイの素早い対応のおかげで転けずに済んだものの、かなり危ない状況だった。

「いきなりどうしたの?」
「なんでもない」
「転けそうになるなんて普通じゃないよ。何かあるんでしょ? はっきり言ってくれる?」
「いや……」

 武田がなかなか答えないことに対し苛立ったレイは鋭く放つ。

「本当のことを言って!」

 こんなきつい言い方はレイらしくない。ナギ以外にきつい言い方をするなんて不自然だ。

「待って下さい、レイさん」

 刺々しい空気になりそうだったので、勇気を出して口を挟んでみた。

「沙羅ちゃん?」

 戸惑った顔でこちらを見るレイ。

「武田さんは足を撃たれています。だから、立っているのが辛いのかもしれません」
「足を?」

 レイは驚いたように武田へ目をやり、「そうなの?」と確認する。武田は少々気まずそうに、小さく「実は」と答えた。
 ほんの少しだが空気が和らぐ。刺々しさがなくなり、私は密かに安堵した。エリミナーレ内で喧嘩なんて嫌だ。

「なら早く言ってよ」
「あんな形で出ていってしまったのでな……言いづらかったんだ。はっきり伝わずすまない」
「ま、いいよ。あれはあたしも言いすぎだったし」

 そんな温かな言葉を交わす二人。

 私がいない間に何かあったのだろうか?気になるので、ぜひ教えてほしい。
 そんな風に思っていると、まるで私の思考を読んだかのように、レイが言った。

「なんか気を使わせてごめんね、沙羅ちゃん。ちょっと事務所で喧嘩みたいな感じになっちゃってね」
「珍しいですね」
「沙羅ちゃんが連れていかれたって聞いて、びっくりして、つい一方的に武田を責めてしまったんだ」

 なんだろう、凄く罪悪感。
 私のせいで二人が喧嘩した。無関係だとはどうも思えない。私が捕まらなかったら、二人が喧嘩することはなかったのだから。

 なので一応頭を下げる。その場にいなかったから無関係、ということではないと思うからだ。

「迷惑かけてすみません」

 取り敢えずでも謝っておく方がすっきりする。
 するとレイは「謝らないで」と言ってくれた。凛々しい顔には、ほんの少し笑みが戻っている。やっといつものレイに戻ったような感じがした。

 そこへ、エリナがやって来た。非常に淡々とした足取りだ。

「帰りましょう。いつまでもここにいては、時間の無駄だわ」

 エリナの顔は大人びていて美しい。年齢など少しも感じさせない、魅力的な容姿をしている。
 けれども、その表情はどこか暗かった。茶色い瞳にはいつものような自信の光はなく、どこか悲しげな色を湛えている。遠いところを見つめるような目つきは、彼女らしくない。

「……エリナさん」
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