85 / 161
84話 「調べものをするために」
しおりを挟む
武田の提案で出掛けることになった私は、速やかに鞄の用意をし、玄関へ向かう。
武田とモルテリアは既に準備を終えていたらしく、二人とも靴を履いているところだった。いや、身軽な二人にはそもそも準備するものがないのかもしれない。
「沙羅、用意はちゃんとできたのか。忘れ物のないように」
そんなことを言いながら、靴箱から私の靴を取り出してくれる武田。私は軽く礼を述べ、彼が取り出してくれた靴を履く。
「特に携帯電話。くれぐれも忘れないようにな」
「あっ、はい! ちゃんと持ってます」
武田はいちいち細かなところまで確認してくる。ありがたいことではあるのだが、本音を言うなら、少し面倒臭いと感じてしまう時もある。
だが携帯電話を忘れたらどうしようもないことは事実だ。
それから武田は、視線を私からモルテリアへ移す。
「モル、今日はしっかり頼む」
「……何を?」
「今日は沙羅がいる。緊急時には彼女を護るように」
無表情な武田は、話が理解できていないモルテリアに対し、淡々とした声で告げた。そこまで説明を受け、モルテリアはようやく納得したように頷く。
「……うん。霧吹き、ちゃんとある……」
あれか。
彼女が言う「霧吹き」とは、恐らく昨日の「酢プラッシュ」なる技に使っていた、あの霧吹きだろう。ということは、またあの技を使う予定なのか。なかなか恐ろしい。
だが、逆に心強くもある。なんせ吹蓮さえ怯ませることのできた技だ、一般人にでも効果はあるはずである。……酢、だが。
「ところで武田さん。今日はどちらへ?」
事務所を出てから、気を取り直して尋ねてみる。
行き先も分からず歩き続けるのはどうも性に合わない。私は目的地を把握していないと心配になるタイプなのだ。
そんな私の問いに、彼は嫌な顔一つせず答えてくれる。
「図書館だ」
しかし、その答えには首を傾げてしまった。
調べものをするために図書館へ行くのは分かる。至って普通の行為だ。だが今日調べるのは、吹蓮にエリミナーレ殲滅を依頼した者について。それを調べるために図書館が役立つのだろうか。
「え、図書館……ですか?」
「あぁ。今日は沙羅、お前の存在が役に立つ」
「私の存在?」
「そうだ。行けば意味が分かる」
行けば分かる、か。
前以て教えておいてほしい気もするが、武田がそう言うのなら仕方ない。私はもうそれ以上聞かないことにした。敢えて深入りする必要もないだろうから。
図書館へはすぐに着いた。
特別急ぐこともなく、普通の速度で歩いたのだが、到着するまで三十分もかかっていない。予想していたよりかはずっと近かった。
「す、凄いっ!」
図書館の外観を目にし、私は思わず漏らしてしまう。
というのも、図書館がこれほど立派だとは考えてもみなかったのである。
白と銀を基調とした、ほどよくシンプルでありながらも安っぽさのない建物。それは、周囲の住宅とは印象がかなり異なる。漫画や映画で見かける近未来の世界に建っていそうな雰囲気すら感じさせる建物だ。
「沙羅はここへ来るのは初めてか」
始終先頭を歩いていた武田が、足を止めて尋ねてくる。
「はい。図書館へ来ることなんてほとんどなかったので」
それは事実だ。
私の暮らしには「図書館へ行く」という行為が定着していなかった。
「武田さんはよくここへ来られるんですか?」
「日頃は私もあまり来ないな。用事がある時だけだ」
少し離れて後ろにいるモルテリアが、ててて、と駆け寄ってくる。相変わらず小股の走り方だ。小鳥のようで可愛らしい。
「……何の話、してるの……?」
彼女が自ら参加してくるのは珍しい。非常に新鮮に感じられる。
「日頃図書館に来るかどうか、という話だ」
「……図書館、に?」
モルテリアは愛らしく首を傾げた。
「モルさんは図書館、初めてですか?」
彼女だけ話に参加できないというのも少し可哀想なので、私は彼女に質問してみる。
すると彼女は首を左右に振り、「たまに来る……」と言った。食べ物にしか興味のなさそうな彼女が、図書館に来たことがあるとは驚きだ。
私がモルテリアと話していると、武田が唐突に言う。
「よし。ではそろそろ行くとしようか」
その言葉によって私は思い出した。今日は遊びにやって来たのではないのだ、と。
これも仕事の一環だ。
一応危険な仕事ではないが、だからといって気は抜けない。いつ何が起こるのか分からないのがエリミナーレである。
「ここからしばらくは沙羅と二人で行動する。モル、お前は喫茶店に入っていて構わん」
「……いいの?」
「あぁ。どのみちお前は入れないからな。だが、緊急時には駆けつけてくれ」
「……嬉しい。ケーキ、パン、食べ放題……」
モルテリアは丸い頬を赤く染め喜びを露わにした。
喫茶店へ行けば色々な物を食べられる。それは彼女にとってかなり嬉しいことなのだろう。ケーキやパンを食べられることは、至上の喜びなのかもしれない。
「……行ってきまーす……」
モルテリアは蝶のようにふわりふわりと、喫茶店の方へ歩いていく。完全に気を取られている。
それにしても、モルテリアは喫茶店で私は武田と一緒に行動。この差は不自然だ。
「モルさんは入れない場所へ行くんですか?」
「あぁ。重要なことの書かれた書物がある書庫だからな、モルは入れない」
「じゃあ私も無理なんじゃ……」
「いや、沙羅は恐らく入れる。お前の父親は確か新日本銀行に勤めていただろう」
「それ関係あります?」
今まったく関係のない話のように思えるが、どうやらそうでもないらしい。このタイミングで無関係な話を始めたりはしないだろうから、なにかしら関係あるに違いない。
「あぁ、関係ある。その肩書きはかなり大きいからな」
彼は一度だけ首を縦に振り、それから私に手を差し出す。私のより大きな手だ。
「では、行こうか」
その手を取らずにはいられない。それが私である。
「よく分かりませんが、力になれるよう努めます」
「……固いな」
怪訝な顔をされてしまった。
元気な声を出しても、真面目な言葉を選んでも、結局違和感を感じられてしまうようだ。
「気にしないで下さい」
「そうか。すまない」
「悪くはないので、謝らないで下さい」
「……そうか。色々すまない」
武田とモルテリアは既に準備を終えていたらしく、二人とも靴を履いているところだった。いや、身軽な二人にはそもそも準備するものがないのかもしれない。
「沙羅、用意はちゃんとできたのか。忘れ物のないように」
そんなことを言いながら、靴箱から私の靴を取り出してくれる武田。私は軽く礼を述べ、彼が取り出してくれた靴を履く。
「特に携帯電話。くれぐれも忘れないようにな」
「あっ、はい! ちゃんと持ってます」
武田はいちいち細かなところまで確認してくる。ありがたいことではあるのだが、本音を言うなら、少し面倒臭いと感じてしまう時もある。
だが携帯電話を忘れたらどうしようもないことは事実だ。
それから武田は、視線を私からモルテリアへ移す。
「モル、今日はしっかり頼む」
「……何を?」
「今日は沙羅がいる。緊急時には彼女を護るように」
無表情な武田は、話が理解できていないモルテリアに対し、淡々とした声で告げた。そこまで説明を受け、モルテリアはようやく納得したように頷く。
「……うん。霧吹き、ちゃんとある……」
あれか。
彼女が言う「霧吹き」とは、恐らく昨日の「酢プラッシュ」なる技に使っていた、あの霧吹きだろう。ということは、またあの技を使う予定なのか。なかなか恐ろしい。
だが、逆に心強くもある。なんせ吹蓮さえ怯ませることのできた技だ、一般人にでも効果はあるはずである。……酢、だが。
「ところで武田さん。今日はどちらへ?」
事務所を出てから、気を取り直して尋ねてみる。
行き先も分からず歩き続けるのはどうも性に合わない。私は目的地を把握していないと心配になるタイプなのだ。
そんな私の問いに、彼は嫌な顔一つせず答えてくれる。
「図書館だ」
しかし、その答えには首を傾げてしまった。
調べものをするために図書館へ行くのは分かる。至って普通の行為だ。だが今日調べるのは、吹蓮にエリミナーレ殲滅を依頼した者について。それを調べるために図書館が役立つのだろうか。
「え、図書館……ですか?」
「あぁ。今日は沙羅、お前の存在が役に立つ」
「私の存在?」
「そうだ。行けば意味が分かる」
行けば分かる、か。
前以て教えておいてほしい気もするが、武田がそう言うのなら仕方ない。私はもうそれ以上聞かないことにした。敢えて深入りする必要もないだろうから。
図書館へはすぐに着いた。
特別急ぐこともなく、普通の速度で歩いたのだが、到着するまで三十分もかかっていない。予想していたよりかはずっと近かった。
「す、凄いっ!」
図書館の外観を目にし、私は思わず漏らしてしまう。
というのも、図書館がこれほど立派だとは考えてもみなかったのである。
白と銀を基調とした、ほどよくシンプルでありながらも安っぽさのない建物。それは、周囲の住宅とは印象がかなり異なる。漫画や映画で見かける近未来の世界に建っていそうな雰囲気すら感じさせる建物だ。
「沙羅はここへ来るのは初めてか」
始終先頭を歩いていた武田が、足を止めて尋ねてくる。
「はい。図書館へ来ることなんてほとんどなかったので」
それは事実だ。
私の暮らしには「図書館へ行く」という行為が定着していなかった。
「武田さんはよくここへ来られるんですか?」
「日頃は私もあまり来ないな。用事がある時だけだ」
少し離れて後ろにいるモルテリアが、ててて、と駆け寄ってくる。相変わらず小股の走り方だ。小鳥のようで可愛らしい。
「……何の話、してるの……?」
彼女が自ら参加してくるのは珍しい。非常に新鮮に感じられる。
「日頃図書館に来るかどうか、という話だ」
「……図書館、に?」
モルテリアは愛らしく首を傾げた。
「モルさんは図書館、初めてですか?」
彼女だけ話に参加できないというのも少し可哀想なので、私は彼女に質問してみる。
すると彼女は首を左右に振り、「たまに来る……」と言った。食べ物にしか興味のなさそうな彼女が、図書館に来たことがあるとは驚きだ。
私がモルテリアと話していると、武田が唐突に言う。
「よし。ではそろそろ行くとしようか」
その言葉によって私は思い出した。今日は遊びにやって来たのではないのだ、と。
これも仕事の一環だ。
一応危険な仕事ではないが、だからといって気は抜けない。いつ何が起こるのか分からないのがエリミナーレである。
「ここからしばらくは沙羅と二人で行動する。モル、お前は喫茶店に入っていて構わん」
「……いいの?」
「あぁ。どのみちお前は入れないからな。だが、緊急時には駆けつけてくれ」
「……嬉しい。ケーキ、パン、食べ放題……」
モルテリアは丸い頬を赤く染め喜びを露わにした。
喫茶店へ行けば色々な物を食べられる。それは彼女にとってかなり嬉しいことなのだろう。ケーキやパンを食べられることは、至上の喜びなのかもしれない。
「……行ってきまーす……」
モルテリアは蝶のようにふわりふわりと、喫茶店の方へ歩いていく。完全に気を取られている。
それにしても、モルテリアは喫茶店で私は武田と一緒に行動。この差は不自然だ。
「モルさんは入れない場所へ行くんですか?」
「あぁ。重要なことの書かれた書物がある書庫だからな、モルは入れない」
「じゃあ私も無理なんじゃ……」
「いや、沙羅は恐らく入れる。お前の父親は確か新日本銀行に勤めていただろう」
「それ関係あります?」
今まったく関係のない話のように思えるが、どうやらそうでもないらしい。このタイミングで無関係な話を始めたりはしないだろうから、なにかしら関係あるに違いない。
「あぁ、関係ある。その肩書きはかなり大きいからな」
彼は一度だけ首を縦に振り、それから私に手を差し出す。私のより大きな手だ。
「では、行こうか」
その手を取らずにはいられない。それが私である。
「よく分かりませんが、力になれるよう努めます」
「……固いな」
怪訝な顔をされてしまった。
元気な声を出しても、真面目な言葉を選んでも、結局違和感を感じられてしまうようだ。
「気にしないで下さい」
「そうか。すまない」
「悪くはないので、謝らないで下さい」
「……そうか。色々すまない」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
苦労人お嬢様、神様のお使いになる。
いんげん
キャラ文芸
日本屈指の資産家の孫、櫻。
家がお金持ちなのには、理由があった。
代々、神様のお使いをしていたのだ。
幼馴染の家に住み着いた、貧乏神を祓ったり。
死の呪いにかかった青年を助けたり……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
【完結】あやかしの隠れ家はおいしい裏庭つき
入魚ひえん
キャラ文芸
これは訳あってあやかしになってしまった狐と、あやかしの感情を心に受け取ってしまう女の子が、古民家で共に生活をしながら出会いと別れを通して成長していくお話。
*
閲覧ありがとうございます、完結しました!
掴みどころのない性格をしている狐のあやかしとなった冬霧と、冬霧に大切にされている高校生になったばかりの女の子うみをはじめ、まじめなのかふざけているのかわからない登場人物たちの日常にお付き合いいただけたら嬉しいです。
全30話。
第4回ほっこり・じんわり大賞の参加作品です。応援ありがとうございました。
お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………
ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。
父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。
そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる